85・トラック野郎、教習所教官
町中を走ると、久しぶりに注目された。
トラックを見慣れたところでこの軽ワンボックスだ。大きさも馬車より小さいし、驚くのも無理はない。 すると助手席のシャイニーが、俺の事をジロジロ見てるのに気が付いた。
「ふむふむ······」
「何だよシャイニー」
「うぅん、見てると簡単に操作出来そうね。これならアタシにも運転出来るわ‼」
「くっくっく······」
甘い、甘すぎる。
マニュアル操作の難しさをわかっていない。まぁ会社に帰ったら実際に運転してもらうが、その時にわかるだろう。
「帰ったら練習してみるか」
「当然よ‼ ふふふ、楽しみね」
「わ、私もですよね?」
「ふむ。私は興味があります」
シャイニーとキリエは楽しそうだが、ミレイナはいまいちってところか。
「大丈夫だってミレイナ。最初はムズいけど慣れれば簡単だからさ」
実際、その通りだと思う。
何事も慣れが肝心。俺だって最初はエンストしまくった。
「早くニーラマーナに渡すモン渡して、さっさと会社に戻りましょ‼」
「はいはい······」
カーナビが必要ないくらいは道を覚えたので、冒険者ギルドへ迷わず到着した。
シャイニーは行かないみたいなので、俺とミレイナとキリエでギルド内へ。
「こんにちはー······っと、ちょうど良かった」
「ん? ああ、コウタ社長。帰って来たのか」
「ああ。昨日帰って来たばかりでな、挨拶に来たんだ」
ニナはちょうど受付にいた。
青い髪をなびかせ、胸元の開いた大胆な服を身に着けてる。今日もいい谷間をゴチになります。
「ミレイナ、キリエも久しぶりだな」
「お久しぶりです、ニナさん」
「留守中の見回り、ありがとうございました」
「え、何だよそれ?」
「気にするな。不埒な輩が会社に侵入しないように、定期的な見回りをしただけだ。依頼でも何でもない、友人の頼みを聞いただけだからな」
なんとまぁ実に男前だ。
「そうだったのか······ありがとう、ニナ」
「ふ、気にするな。ところでシャイニーブルーは?」
俺は親指をクイクイと入口のドアへ。するとニナは察したのか、小さく息を吐いて微笑んだ。
「ニナさん、これお土産です」
「お土産? ふふ、ありがたく頂こう」
ニナに渡したのは、ウツクシー国で作られた乾物に、甘味処で売られてたゼリーなどの詰め合わせだ。ゼリーはトラックの冷蔵庫に入れておいたから問題ない。しかも出したばかりだから冷えている。
ニナは受付にゼリーの袋を受付嬢さんに渡すと、受付嬢さんは嬉しそうにバックヤードへ引っ込んだ。
『みんな、ウツクシー国のゼリーだって‼』
『ホント⁉ やったぁっ‼』
『なんとこれ、ニナさんの彼氏からのお土産だってさ‼』
『ウッソ⁉ 勝手に食べたらヤバくない⁉』
なんか聞こえてくる。
ニナはニッコリ笑うと一言呟いた。
「すぐ戻る」
ニナがバックヤードに入ると、騒ぎ声はピタリと止んだ。
戻って来たニナは、いつも通りのニナだった。
「えーと······」
「心遣い感謝する。仕事は明日から再開するのか?」
どうやら話題を切り替えるようだ。
「いや、明後日から始める。新しい車を買ったから、今日明日は練習に当てようと思ってな」
「新しい車? そうか、またスゲーダロの新型か」
やべ、そういえばニナには異世界云々の事を話してない。
でもまぁ、上手い具合に勘違いしてるし別にいいや。
「そ、そうなんだ。シャイニーが乗りたがってな」
「ふふ、あいつらしいな」
「社長。そろそろ戻らないと、シャイニーが怒りますよ?」
キリエが絶妙なトスを入れる。
俺はここでアタックを仕掛ける事にする。
「そういうわけだ。悪いなニナ、また遊びに来てくれ」
「そうだな、寄らせて貰おう。ミレイナ、キリエ、また今度」
「はい、ニナさん」
「それでは失礼します、ギルド長」
ニナに挨拶を終えてギルドを出て、シャイニーの待つエブリイワゴンに戻って来た。
「遅い‼」
「悪い悪い」
適当に謝りエンジンを掛ける。
「さて、会社に戻ってみんなに運転してもらうか」
会社に戻った俺たちは、さっそく始める。
「えー、まず最初に運転するのは」
「アタシでしょっ‼」
「だと思ったよ」
こいつが一番運転したがってたしな。
「さーて、やり方を教えなさい‼」
「お前それがモノを教わる態度かよ······まぁいいや」
まずは初歩的な確認から。
これはシャイニーだけじゃなく、みんなに言う。
「いいか、車体の点検は必要ないから、まずは安全確認からだ。車の周りをグルッと一周回って、車の下や後ろに人や動物がいないか確認する」
最初が肝心だ。
多分、全国どこの教習所でも最初はコレだ。
俺たちは四人並んでエブリイワゴンをグルッと回る。
「あのさ、コウタはいつもこんな事やってないわよね?」
「·········」
申し訳ありません、やってません。
「つ、次はいよいよ運転席だ。ミレイナとキリエは危ないから乗るな、離れて見てろ」
「え? ダメなんですか?」
「ああ」
俺は助手席に、シャイニーは運転席に座る。
「まずはシートの位置を合わせて、バックミラーを調整、シートベルトを締めて」
「面倒ね」
「いいからやれっての」
シャイニーは渋々とだが言われたとおりにする。
シートを直したところで気が付いたが、身長は俺より低いのに、足の長さは殆ど変わらない。地味にショックだ。
「で、次は?」
「ん、ああ、次はギアを入れるんだ。このレバーをニュートラルに入れて」
「ニュートラル?」
「ああ、ギアを入れる前の状態だ。ほら、プラプラするだろ?」
レバーを揺らすとプラプラ動く。
つまり、どのギアにも入っていない証拠だ。
「この状態でクラッチとブレーキを踏む。クラッチは一番左のペダルで、ブレーキは真ん中のペダルだ」
「これ?」
「ああ。それがクラッチ、真ん中がブレーキ、右がアクセルだ。クラッチはギアの切り替え時に踏むペダルで、ブレーキはスピードを落として停車する時、アクセルはスピードを上げる時に踏むペダルだ」
「なーる。踏めばいいのね」
シャイニーがクラッチとブレーキを踏んでるのを確認する。
ブレーキは踏まなくても良かった気がするが、俺は踏むようにしてる。
「よし、そこでエンジンを。キーを回して」
「行くわよ‼」
エブリイワゴンのエンジンが点火し、トラックとはまた違うエンジン音が鳴り響く。
「やったぁっ‼」
「おい、クラッチとブレーキは離すなよ。次はギアをセカンドに入れるんだ」
「セカンド······」
「ほら、レバーの取手をよく見ろ、ロー、セカンド、サード、トップ、ハイトップ、そんでバックギアだ」
「セカンド······これ?」
「そうだ」
「······ちょ、入らないわよ‼」
「場所が違う、よく見ろよ」
最初は位置を掴みにくいんだよな。俺も経験あるからわかるぜ。
シャイニーは何とかギアをセカンドに入れた。
「よし、真ん中のブレーキはもういい。クラッチはそのままだ」
「······」
さて、いよいよ発車だ。
俺もシートベルトを締め、衝撃に備えた。
「いいか、安全確認をしてゆっくりクラッチを戻す。そしてサイドブレーキを解除すれば前進する。まずはアクセルをゆっくり踏んで、ゆっっっくりクラッチを戻して······」
「えい」
次の瞬間、車体は激しいノッキングに襲われた。
この野郎、クラッチをいきなり離しやがった。
「うぴゃぁぁぁっ⁉」
「ちょ、ゆっくりって言っただろ⁉ クラッチ踏めクラッチ‼」
「こここここれっ⁉」
「それはアクセルっ‼ 一番左だーーっ‼」
ガッコンガッコンと車体は揺れ、最終的にエンストして止まった。
「な、何よこれ‼ 壊れてんじゃないの⁉」
「んなわけあるか‼ クラッチはゆっくり離すんだっての‼」
「あーもう‼ ゴチャゴチャしてわかりにくいっ‼」
「最初はそうなんだよ‼ 文句言うなっての‼」
ああ、前途多難だ。
こりゃマジで時間が掛かりそうな気がするぜ。