83・トラック野郎、青い海にさよなら
*****《コウタ視点・カフェ》*****
俺たちは、アルルの母親であるアルメロさんが働くカフェで朝食を取っていた。
全ての用事は済んだし、そろそろゼニモウケに帰らなくちゃいけない。だから挨拶がてら朝食を食べに来たのである。
ちなみに朝食はツナのサンドイッチやコーヒー。それ以外にも海の幸を使ったパスタやカレーなどだ。朝からカレーは重いと思ったが、そんな事は無く実に美味かった。
そして俺たちが座る席には、ニコニコ笑顔のアルルが座っている。
「おじさん、今日はみんなで遊んでくれるの?」
「ああ。もちろんだ」
「ふふ、行きたい所があれば、みんなで行きましょう」
「そうですね。ショッピングセンターなんてどうですか?」
「行きたい!!」
アルルは興奮してる。
ミレイナとキリエが優しく微笑んでるのを見ながらシャイニーの様子を見る。
「シャイニー、怪我は平気なのか?」
「へーきよ。それより……こっちのが重傷ね」
「あー………」
シャイニーは朝食をがっつきながら、自分の双剣を眺めていた。
アインディーネとの戦いの影響なのか、両剣ともヒビが入ってる。確か鎧もボロボロだったような気がした。
「ま、仕方ないわ。鍛冶屋に依頼して直して貰うから」
「そうか」
「それより……アルル、今日はいっぱい遊びましょうね!!」
「うん!!」
コーヒーも飲み終わり、さっそく出かけようと会計を済ませる。
アルメロさんとマスターに俺は頭を下げた。
「では、アルルをお預かりします」
「お願いします、ご迷惑をお掛けしますが……」
「皆さん、お気を付けて」
アルメロさんもマスターもいい人だ。
シャイニーがアルルの手を引いて店の出口に向かうと、アルルが振り返った。
「行ってきますお母さんと……おとーさんっ!!」
その言葉を聞いたマスターは、目頭を押さえていた。
たっぷりと町を満喫し、再会を約束してアルルと別れた。
俺たちは宿へ戻り、のんびりしながら雑談する。
「出発は明日でいいか」
「はい。帰ったら仕事の再開ですね」
「その前に事務所の掃除ですね。長い期間留守にしていたので、ホコリが溜まってるはずです」
ミレイナとキリエはやる気満々だ。
俺も帰ったら試したいことがある。
「あのさ、もう一泊していい?」
「え、なんでだ?」
シャイニーのお願い。なんか申し訳なさそうに言ってる。
「やっぱり武器がないと落ち着かないのよ。だから明日、武器屋で代わりの双剣を買ってくるわ」
「代わり?」
「ええ。いざという時に武器がないと困るしね。それにアタシの双剣は特別だから、ゼニモウケのゴンズにしか直せないのよ」
「ゴンズ……ああ、初心者向け武器屋の爺さんか」
「そうよ。と言うワケで、いい?」
「私はいいですよ」
「私も構いません」
「………俺も構わないぜ」
なんてこった。とんでもない事を思いついた。
「ありがと。じゃあ明日は自由行動にしましょ」
「はい。私はどうしましょうか……」
「私はこの近くで見つけた図書館にでも行きましょうかね。よければミレイナも如何です?」
「図書館ですか……いいですね、一緒に行きましょう。コウタさんは?」
「俺はいいや。二人で行ってこいよ」
神は俺を見捨てていなかった。ぐふふ、俺は大人の店にでも行きましょうかね。
久し振りにイイ気持ちになれそうだ……ぐふふふふ。
翌日。朝食を終えた俺たちは、自由行動のため別れる。
「では行ってきます、コウタさん」
「シャイニー、気を付けて」
「ああ、いってらっしゃい」
「アンタ達もね、キリエ」
ミレイナとキリエは図書館へ。
あの二人が揃って図書館に出かけるなんて絵になるな。
「じゃ、アタシも行くわね」
「ああ、いってらっしゃい」
シャイニーは軽く手を振ると歩き出す。なんだか淋しそうな後ろ姿に見えるのは気のせいだろうか。
それからしばらく宿で時間を潰し、俺は外へ出る。
「ぐふふふふ……さて、俺も行動開始だ」
自分でもわかるほどゲスっぽい笑顔で街に繰り出す。
持ち物はショルダーバッグ、中身は財布と拳銃が入ってる。
日本だったら職質されて持ち物検査、あっという間に逮捕コースだが異世界だから関係ない。あくまでも護身用の武器だ。
『社長』
「うるさい、今日は何も言うな、俺だって楽しみたいんだ」
『いえ。シャイニーブルー様の向かった場所はウツクシー四番街。四番街は居住区で武器屋は一軒もありません。シャイニーブルー様の目的が不明。調査が必要かと』
「……………」
おい、このタイミングで言うか?
「あー……」
『社長』
「まぁ、シャイニーの故郷だし、友達にでも会いに行くんじゃね?」
『社長』
「…………はぁ、わーったよ」
俺の予定は、シャイニーの様子を確認する事になった。
トラックだと目立つので、タマの案内で人力車を使った。
見た目はまんま京都にあるような人力車。どうやら観光用の乗り物で、なぜか上半身裸のマッチョが牽引してくれる。ちくしょう、なんでこんなマッチョと町を回らにゃならんのだ。
気が滅入ると時間が経つのが早い。あっという間に四番街に到着した。
マッチョに代金を支払い人力車から降り、住宅街を歩く。
「この辺りは完全に住宅街だな……」
『位置検索…………シャイニーブルー様は現在位置より東に一五〇メートル先にいます』
「お前、宿屋にいるのになんで分かるんだ?」
『デコトラカイザーの強化により索敵範囲も強化されています。今のスペックですとウツクシー王国全域を索敵可能です』
「たいしたもんだよ………」
俺はタマの案内で住宅街を進み、一軒の家の前に佇むシャイニーを見つけた。
「………」
その横顔だけで、話しかけてはいけないと判断できた。
一軒家の先に居るのは、仲の良さそうな家族。
ボール遊びをする三歳くらいの男の子と父親らしき男性。そしてそれを見守る優しそうな母親。
母親は三〇代後半くらいだろうか、質素な服を着て幸せそうに微笑んでいる。
「………」
その家族から見えないような位置にシャイニーは立っていた。
その横顔からは何を考えてるかわからない。すると母親が立ち上がり、家の中に入っていった。
シャイニーは満足したのか、立ち去ろうと踵を返した瞬間だった。
「………あ」
「まってー」
男の子が投げたボールが、シャイニーの傍に転がった。
シャイニーはボールを拾い、男の子に目線を合わせてボールを差し出す。
「はい」
「ありがとうおねーちゃん!!」
「いいのよ。気を付けて遊びなさい」
「うん!!」
シャイニーは男の子の頭をなでると、優しく聞く。
「お母さん……優しい?」
「おかあさん? もちろん、すっごく優しいよ!! あのね、きょうのお昼はオムライスを作るんだって!!」
「そう……お母さんのオムライス、美味しいよね」
「うん!!」
シャイニーはそう言うと男の子の頭をなでる手を止めた。
「ほら、お父さんが待ってるわ………じゃあね」
「うん。ばいばいお姉ちゃん!!」
男の子は父親の元へ走って行った。
それを見届けたシャイニーは、ポツリと呟いた。
「料理、上手になったんだ…………」
ツゥ……と、シャイニーの頬に涙が流れた。
それを慌てて拭うと、シャイニーはゆっくり歩き出す。
「…………バイバイ、お母さん」
俺はずっと勘違いをしていた。
てっきりシャイニーは、家族なんてどうでもいいのかと思ってた。
だけど、家族をどうでもいいなんて考えるヤツが、アルルの事をあそこまで考えるだろうか。
きっとシャイニーは、本心を隠していたんだな。
俺はシャイニーが居なくなるまで隠れていると、家のドアが再び開く。
「さ、オムライスが出来たわよ」
「はーい!! おかあさん、さっきね、キレーなおねえちゃんに会ったよ!!」
「あら、可愛い女の子だった?」
「うん!! すっごくキレーな蒼い髪の毛だったよ!!」
「…………え?」
そこまで聞いた俺は、ゆっくりとその場から離れた。
翌日。俺たちはトラックの前に並んだ。
「さて、ゼニモウケに帰るとするか」
「はい。帰って仕事の準備ですね」
「また私たちの日常が始まります。頑張りましょう」
「あのね、そういうのはゼニモウケに着いてからいいなさいよ」
シャイニーはいつもと変わらない。
たぶん気持ちの整理を付けたのだろう、俺が言うべき事は何も無い。
「帰ったら試してみたい事がある」
「試してみたいこと?」
「ああ。ポイントも大量にあるし、新しい車を買おうと思う」
「新しい……」
「車、ですか?」
シャイニーとキリエの息がピッタリだ。これもまた珍しい。
「トラックほど大きくないけど、新しい車を買えるようになった。そこでみんなに運転してもらおうと思ってな」
「それって、アタシも運転できるの?」
「まぁな。タマ曰くマニュアル車だから練習は必要だけど」
「わぁお、面白そーじゃん!!」
後は、どんな車を買うか決めるだけ。現状では軽トラか軽ワゴンしか買えないから、帰りはスナダラケ砂漠でポイントを稼ぎつつ進んで行こう。
「よし、ゼニモウケに帰ろう!!」
俺の号令で三人はトラックの居住ルームへ乗り、俺は運転席に座る。
『社長。お疲れ様です』
「ああ、帰ろうぜ。ゼニモウケにな」
『はい。帰りましょう』
青い空、白い雲、潮の香りのウツクシー。
また来ようと俺は誓い、ゼニモウケに向けてアクセルを踏んだ。
次回、新章。