81・トラック野郎、『蒼』VS『藍』についていけない
激しい金属音の正体は、シャイニーが右手で抜いた剣がアインディーネの剣の鞘にぶつかる音だった。
おいおい、こんな場所でガチバトル突入ですか。
「お、おい、ヤバいだろ」
俺は周りの兵士を見たが、誰一人動こうとしない。
思わず太陽を見るが、何故か腕組みして見ていた。
「おっさん······これは避けられない戦いなんだ」
「は?」
「シャイニーブルーさん······頑張って下さい」
「え?」
「わたくし、応援しています‼」
「あの」
「ファイトっ‼」
「ええと、その」
何を言ってるんだろう、この勇者パーティーは。
フツーに考えてこんな場所でドンパチ始めるのはおかしい。王様の前だし。それとも俺がおかしいのか?
俺はミレイナとキリエを見た。
「シャイニー······」
「恐らく、このウツクシー王国最後の戦いですね」
「·········」
どうやら、俺がおかしいようだ。
もういい、俺は彫像になり成り行きを見守ろう。
えーと、これは後で聞いた話と合わせた説明だ。
シャイニーの持つ剣の一本『シュテルン』が、アインディーネの持つ刀剣『七堂伽藍』の鞘とぶつかり、お互いの殺気が高まっていく。
「·········アタシ、あんたにも恨みがあるのよね」
「あら怖い。それに貴女、どこかで見た事があると思ったら、『七色の冒険者』のシャイニーブルーじゃない?」
「そうよ·········アタシはシャイニーブルー、シャルルブルームなんてお姫様じゃない。嵌められた借りを返すため、強くなって戻って来たのよ」
「ふふ······健気で可愛いお嬢様ね」
「つーわけで、まずはアンタをボコるから」
シャイニーの剣とアインディーネの鞘が離れ、二人の距離も離れる。
シャイニーは背中の左剣『エトワール』を抜くと、双剣を逆手で構えた。これが本来のシャイニーの構えらしく、ニナは『蒼月の型』って名付けたらしい。
シャイニーは両手を開き一直線にアインディーネに向かって行く。
「『双月』っ‼」
「っと‼」
双剣による連続攻撃。
アインディーネは剣を抜く事も出来ずに鞘で受ける。俺にはよくわからんくらい速い攻撃だ。
「すげーな。シャイニーブルーさん、かなり強えーぞ」
「ええ。速さもだけど目がいいわね、狙いは鞘じゃなくて鞘を掴む手······いえ、指ね」
「ですが、あの女性も上手くポイントをずらして受けてます」
「わ、私、ぜんぜん見えなかった」
勇者達はよくわかるみたいだ。クリス以外。
やっぱ俺みたいな凡人にはついて行けない。
「シャイニー、やっぱり強いです」
「はい。そうですね」
ミレイナとキリエはわかってんのかな?
さっきからギンギンと金属がぶつかり合う音が響く。
「······ッチ」
あ、アインディーネが舌打ちした。
シャイニーの連続攻撃を上手く受けながら、何かを探ってるように見えた。
アインディーネは剣を受けながらバックする。
するとアインディーネの体勢が僅かに崩れた瞬間を、シャイニーは見逃さない。
「喰らえ‼」
「ざんねん♪」
「なっ⁉」
シャイニーの双剣による振り下ろし攻撃をアインディーネは鞘で受け、なんとそのまま鞘を傾けスライドさせるように受け流した。
勢いを付けた一撃は受け流され、シャイニーの体勢が崩れる。
そこをアインディーネは見逃さなかった。
「あちょーっ♪」
「がふっ⁉」
がら空きのボディに強烈な膝蹴り。
ハイミスリルの鎧に覆われていない腹部を狙った膝蹴りは、カウンター気味にシャイニーの腹に吸い込まれた。
シャイニーはその場に崩れ落ちる事はなく、バックステップで距離を取る。
「ふふ、まだまだ甘いわね。勢いに任せた突進はまるで獣みたい」
「あぁ?」
「それに私······まだ剣を抜いてすらいないのよ?」
「······ッ⁉」
アインディーネは『七堂伽藍』を構える。
俺はその姿に見覚えがあった。漫画だけどね。
「居合······」
アインディーネは動きにくそうな着物なのに、シャイニーより速く駆け出す。
「なっ」
「『藍迅』」
次の瞬間、シャイニーの身体が吹っ飛んだ。
シャイニーは壁に叩きつけられた。
女性とは思えないくらいの力だ。俺だったらあんなに人を吹き飛ばすほどの力は出せない。
居合いによって抜かれた刀は俺には全く見えなかった、気が付いたら終わってた。
「へぇー······腕を切り落としたつもりだったけど、よく受けたわね」
「······ペッ」
シャイニーは口から血の塊を吐き出す。
よく見ると右腕から血が出てる。ハイミスリルの鎧もヒビが入りボロボロになっていた。
「ふふ、まだ続けるかしら? 言っておくけど、今のスピードは序の口よ」
「·········」
「私、冒険者最速の剣技の使い手なの」
「·········ふーん」
シャイニーの表情は変わらない。
おい、マジで誰か止めろよ。このままじゃ死人が出るぞ。
シャイニーは改めて剣を構え、真っ直ぐに突っ込んで行く。
「はぁ、おバカさんねぇ」
「······」
先程と同じ、剣と鞘のぶつかり合い。
だけど今回は違う、アインディーネが攻撃を加え始めてる。
「それそれそれっ‼」
「チッ······」
鞘による突きと打撃。抜刀しての斬撃がシャイニーを襲うが、シャイニーは紙一重で回避する。だが壁に激突したダメージなのか、俺でもわかるくらい動きが鈍くなっていく。
「ほらほら、痛いわよ?」
「ぐっ⁉」
鞘による突きがシャイニーの腹部を穿つ。
そのまま流れるように袈裟斬りが繰り出されるが、シャイニーは辛うじて双剣で受け流す。
「プルシアンの妹だから殺さないであげるけど、腕の一本くらいは貰わないとね」
「·········ふん」
アインディーネにダメージは殆どない。
それに比べてシャイニーはボロボロだ。ハイミスリルの鎧は砕け、アインディーネの手加減された斬撃で至るところに裂傷が出来ている。
傷自体は小さいが数が多い。
出血も多いぞ、このままじゃヤバい。
「おい、ありゃマズいぞ‼」
「大丈夫です」
「はい。シャイニーですから」
「は?」
ミレイナとキリエの声色は変わらない。
シャイニーの勝利を確信してるような、そんな声だった。
「社長、シャイニーは必ず勝ちます。信じて下さい」
「え、いや、でもよ」
「コウタさん、大丈夫ですから」
何これ、何でこんなに安心してるんだ?
すると、シャイニーが大きく息を吐いた。
「······ふう、もうわかったわ。終わりにしましょう」
「あら? じゃあ降参かしら? 私ね、女の子は愛でるタチなのよ。だから諦めてくれるといいんだけどねぇ」
「ぶぅわーか。アンタみたいな三下に降参なんかするかっての。わかったのは別のことよ」
「······ふぅん」
するとアインディーネは抜刀の構えを取る。
「じゃあ終わらせましょうか。足を切り落とせば流石に動けないでしょうね」
「やってみろ三下」
『蒼』と『藍』は、同時に動き出した。
ここから先は、後で聞いた話だ。
それくらい速く、俺には理解できなかった。
シャイニーとアインディーネは同時に駆け出し、接触するまで何秒と経過しなかったらしい。
「『藍じ·······え」
「シッ‼」
なんとシャイニーは右剣の『シュテルン』をアインディーネに向けてぶん投げた。
双剣士が剣を投げるなんて想定していなかったアインディーネは一瞬だけ対応が遅れた。だが、鞘から僅かに剣を抜き剣の腹でシュテルンを受ける。
シュテルンはそのまま真上に弾かれ、シャイニーとアインディーネの距離はほぼゼロに。
「ジャッ‼」
「シャッ‼」
残ったシャイニーの剣が抜きかけの『七堂伽藍』と衝突する。
「甘いっ‼」
アインディーネはエトワールを抜きかけの刀身で受け、そのまま鞘を思い切り閉じて鯉口と鍔でエトワールを抑えてシャイニーの体勢を崩す。
アインディーネは勝利を確信した。
「え?」
だが、シャイニーはあっけなくエトワールを手放した。
エトワールを手放したシャイニーは丸腰、アインディーネは鯉口と鍔で抑えたエトワールを解放し、抜刀の態勢に入る。
「おバカさん‼」
「アンタがね」
丸腰のシャイニーは一歩下がり半回転。
アインディーネは悪寒を感じ、胸の前で剣を抜こうと構えた。
「な」
半回転したシャイニーは、右足を上げる。
それはハイキックのような体勢で、まさかの格闘にアインディーネの動きは中途半端に終わる。
剣を僅かに抜いたまま、シャイニーのハイキックにどう対処するか悩む。避けるか鞘で受けるか、その迷いが中途半端な抜刀体勢になり、剣が鞘から僅かに見えていた。
「だらぁっ‼」
「ぎぁっ⁉」
シャイニーの狙いはその僅かな刀身と、落ちて来たシュテルンの柄頭。
シャイニーのハイキックはシュテルンの柄頭に命中し、切っ先は『七堂伽藍』の僅かな刀身に直撃した。
そして『七堂伽藍』は、バギンと音を立てて柄と刀身が見事にへし折れた。
この間、僅か五秒。
シャイニーの狙いは、ハナから武器だった。
「シッ‼」
「いぎゃっ⁉」
シュテルンを掴んだシャイニーは、アインディーネの手を斬りつけた。恐ろしい事に、手を斬りつけたんじゃなくて、両手の指を一本ずつ丁寧に斬りつけていた。
「これで剣は握れない。アタシの勝ちね」
「ぐ、ぅ······」
「一応教えてあげる。アタシがアンタの剣を受けたのはわざと、アンタの剣速を図るためよ」
「なる、ほどね······」
シャイニーの勝利だ。
俺は息を吐いてミレイナ達に向き直る。
「はぁ、なんとか勝ったな」
「はい。シャイニーはやっぱり強いです」
「ま、アガツマ運送会社の護衛ですからね。あれくらいは」
「オラァッ‼」
「ぶぎっ⁉」
叫び声が聞こえ、思わず振り返る。
「おぉぉぉぉッ、らァァァァっ‼」
「ぶぎゅぶっ⁉」
そこにいたのは、アインディーネをぶん殴っているシャイニーだった。
容赦なく顔面を殴り、頭を掴んで地面に叩きつけている。
まるで某ヤクザのヒートアクションだ。『シャイニーが如く』って感じのゲームになりそうだ。
「あの、シャイニーは何を?」
「何って、トドメよ?」
俺の声が聞こえたのか、シャイニーは「何で当たり前の事を?」って感じの顔で聞いてきた。
うげ、アインディーネの顔が鼻血まみれで失神してる。あれじゃ美人が台無しだ。
「さーて……ゴミは片付けたし、あとはメインね」
「ひっ!?」
シャイニーの目はギロリとプルシアン王女に向けられる。
プルシアン王女は、いつの間にか尻餅をついていた。
「あぁ、ずっとこの日を待っていたわ。五年前、アンタに嵌められて追放されてから、アンタの顔面をぶん殴る事ばかり考えていた。やっとその願いが叶うのね」
「しゃ、シャルル、わ、悪かったわ。その」
「黙れ♪」
「あぎぃっ!?」
シャイニーは尻餅をついたプルシアン王女の足を踏みつぶす。
めっちゃ笑ってる。なんか怖くて近付けない。
「ま、さすがのアタシも父親の前で殺すような事はしない………一発。一発だけ全力でぶん殴る。それで勘弁してあげる」
「しゃ、シャルル聞いて」
「あーあーあー、聞かない聞かない。アンタがする事は口を閉じて動かないことだけよ。それと、これが終わったら罪を償いなさい。あ、そうだ、アンタが始末した兄弟姉妹達の無念もついでに拳に込めるわ」
とんでもねーついでだな、めっちゃ軽いぞ。
「ひ、ひ……」
あ、プルシアン王女の股間からジョロジョロと液体が。
そりゃそうか。護衛であるアインディーネを滅多打ちにされ、次はお前だと宣言されて迫られてるんだ。そりゃとんでもない恐怖だよな。
シャイニーはしゃがんだままのプルシアン王女にゆっくり近付く。
「アタシは別にこの国に思い入れはない。今更戻りたいとも思わないし、父親や母親に会いたいなんて全く考えてない、でもね……ダマされ、嵌められ、陥れられて苦汁を嘗めさせられた事だけは許せない。そしてアルルを……あんな小さな子を、王になりたいとかいう馬鹿馬鹿しい考えで母親と引き離すなんて、絶対に許せない」
シャイニーの右拳がブルブル震え、歯をギチギチと食いしばる。
「思い知れプルシアン……これがアタシの五年の怒りだぁぁぁぁっ!!」
「ひぃぃぃっ!!」
泣きじゃくりグシャグシャのプルシアン王女の顔面に、下から掬い上げるようなアッパーが入る。
勢いが強すぎてプルシアン王女の身体が浮き上がり、両手を握りしめたシャイニーはその身体に怒濤のラッシュを叩き込む。
「どりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
まさかの連打。おかしいな、一発って連打なのか?
どうやら一発の定義が俺とシャイニーでは違うようだ。
「うがぁぁぁぁぁっ!!」
プルシアン王女は既に気を失ってる。
最後にダメ押しの一発をたたき込み、ようやくシャイニーの復讐は終わった。
「目が覚めたら尋問をして真実を吐かせなさい。この女も実行犯よ、二人共々牢屋へ入れておきなさい」
「は、はっ!!」
おい、なんで兵士に命令してる。そしてなんで命令を聞くんだ兵士よ。
「シャルル……」
「シャルルブルームは死んだわ。アタシはシャイニーブルーよ」
王様の悲しげな声を、シャイニーはぶった切った。