80・トラック野郎、めっちゃ空気
王様の『王令』から数十分。俺たちは謁見の間にやって来た。
さっそく王様に謁見するために、太陽達とやって来たのだが、何やら様子がおかしい。
「…………この声」
「何か騒いでるな、なんだろう?」
全身を外套と帽子で隠したシャイニーが何かに気付いた。それに謁見の間から怒鳴り声が聞こえてくる。
謁見の間を守る守衛はドアを開けようとしない。俺は太陽を促すと、太陽は頷いて守衛に詰め寄った。
「おい、開けてくれよ」
「ゆ、勇者殿……しかし、今は誰も通すなと……」
「頼むよ、こっちは急ぎなんだ」
「で、ですが……」
「いいから、開けろ」
太陽がドスの利いた声で脅す。
守衛はビクリと震え慌ててドアを開ける。そこまでしなくていいのに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
こんな状況で騒ぐのは一人しかいない。考えなくても分かったが、やっぱりそうだった。
「父上!! どうしてこんな下らないマネを!! 王令は兄弟姉妹を探すために使うのではなかったのですか!! それを、それを……まさか、ウツクシー王国を滅ぼすために使うなんて!!」
「プルシアン………わかってくれ、これは王国のためなんだ」
「何が王国のためだ!! 何が新しい都市だ!!」
「プルシアン……」
「あたしは……私は、この国の女王として、この国のために、この国を発展させるために!!」
王座に座る王様と、その下で憤慨する女性がいた。たぶんあれがプルシアン王女だろうな。
王様は悲しそうにプルシアン王女を見ていたが、開いたドアから現れた俺たちに目を向けた。そして王様の視線を追ったプルシアン王女が振り向く。
「うわ……」
俺は思わず呻いた。
だってプルシアン王女、めっちゃ顔を歪ませてこっちを睨んでるんだもん。顔は美人でシャイニーと同じ綺麗な蒼い髪と瞳なのに、怒りのせいで顔が歪んでいた。
ふとシャイニーから冷たい何かを感じ、俺の身体がブルリと震えた。
「…………」
「お、おい、落ち着けよ」
ヤバい、シャイニーがブチ切れそうだ。
すると、自身の顔が歪んでる事に気が付いていないのか、プルシアン王女が口元をヒクつかせながら言う。
「申し訳ありません勇者様、まだお話の途中故、しばしお待ちを」
「あー、その、ちょっと王様にお話があるんだ。頼むよ」
「お願いします。すぐに終わりますから」
「わたくしからもお願いします」
「あ、じゃあ私もー」
勇者パーティー総勢でのお願いだ。こいつらマジでいい奴等だな。
すると王様は頷き立ち上がる。
「プルシアン、少し落ち着いて待ってなさい。すぐに終わるから」
「な……ふざけんな!! 黙ってりゃ調子に乗りやがって……」
「はいはい、落ち着いて」
「な、離しやがれアインディーネ!!」
「いいから、なんだか面白くなりそうだしね」
「テメェっ!!」
いきなり美人のお姉さんが現れた。
露出の激しい改造着物みたいなのを着て、腰には長い刀剣を差している。なんだか和風な刀士って感じだな。
お姉さんはプルシアン王女を引っ張り口を塞いだ。この隙に話を進めよう。
「勇者達よ。此度は世話になった」
「いやいや、こっちもいい休暇になったし、また来るからよ」
「ああ。そうだ、この地に勇者パーティー専用のプライベートビーチを建設しよう。王政は終了するが、これくらいの命令は出来るだろう」
「マジ!? うおっしゃぁぁぁっ!!」
「あのね……でもまぁ、嬉しいかも」
「プライベートビーチですか、嬉しいですね」
「やったぁ、別荘ゲット!!」
なんか盛り上がってるな。こっちも忘れないで欲しい。
それからいくつか話をすると、王様の視線はようやくこっちに向いた。
「して、彼らが面会希望の者達か?」
「ああ。オレの友達でさ、王様に話と頼みがあるんだって、聞いてやってくれよ」
「あ、ああ。構わんが……」
友達と来ましたか、まぁ別にいいや。
するとシャイニーがゆっくり前に出て、静かに話し始めた。
「陛下。国の為に国を捨てる決断と覚悟、お見事でした」
「う、うむ………ん?」
意外にも、シャイニーの言葉は賞賛だった。
王様もシャイニーの声を聞いて眉を顰めている。まさか気が付いた……わけではなさそうだ。
「陛下に確認したい事がございます。五年前、ウツクシー王国の至宝である『水龍の涙』が失われた事件……覚えておいででしょうか」
「………忘れるわけがない。あれは、実に不幸な事件であった」
「水龍の涙……?」
あれ、プルシアン王女も反応した。
王様は俯き、静かに語る。
「あの事件は当時一四歳の私の娘シャルルブルームが、宝物庫に侵入して至宝を盗み出し、その現場に駆けつけたプルシアンに捕らえられたと聞いた。その時の弾みで至宝は割れた……実に不幸な事故だった」
「え? シャルルブルーム?」
「………」
俺の疑問は無視された。
シャイニーはどんな表情をしてるかわからない。
だけど、王様の言葉はまだ続いていた。
「当時一四歳のシャルルが至宝の美しさに目が眩んだのも仕方がないと思い、私は一〇日間の謹慎という処罰を与えたが、罪の重さに耐えかねたシャルルは行方を眩ませた。後に謝罪の書状が届き、追放処分にしてくれと………私は悲しみ、妻のシャローナも出て行った」
あれ……………なんかおかしくね?
シャイニーの空気が変わったのが、明確に理解出来た。
「陛下………その話、真実ですか?」
「あ、ああ。プルシアンから全て聞いたから間違いない。シャルルを捕らえたのも、シャルルを尋問したのもプルシアンだからな」
「………………そうですか」
うわぁ……これ、ガチ切れしてるわ。
するとシャイニーは、とても明るい声で語り出した。
「陛下、その話は少し違います」
「なに?」
「当時一四歳のシャルルブルームは、姉であるプルシアンに誘われて共に宝物庫に侵入したのです。一度でいいから『水龍の涙』を見てみたいという姉を喜ばせるために宝物庫の天窓から侵入し、水龍の涙を手に取った。すると突然宝物庫の扉が開き、シャルルブルームはわけも分からぬまま逮捕、そして追放された………これが真実です」
シャイニーが真実を語る。
王様は唖然とし、プルシアン王女は目を見開いている。
「な……そなたは、何を言っている?」
「五年前の真実です。あの事件は、王座を狙うプルシアン王女が引き起こした、自作自演の物語です」
「な、何だと!?」
「で、でたらめを言うなっ!! あ、あたしが妹を……シャルルを追放しただと!!」
「その通りです」
プルシアン王女もキレた。っていうか口調が変わってるよ。
それに比べてシャイニーは落ち着いてる。こっちはこっちで怖い。
「し、しかし、なぜそなたがそのような事を?」
「それは簡単な事です……」
お、ついに来たか。
シャイニーはヤクザ脱ぎで外套と帽子を投げ捨てる。あれってボタンとかネクタイとかどうやってるんだろうな、一瞬で上半身裸になるってある意味とんでもない技術だ。
「それは……アタシが当事者だからだよ、このクソ姉貴がッ!!」
蒼い髪と瞳。青く輝くハイミスリルの鎧。背中に背負った『シュテルン&エトワール』という名の双剣。
『蒼き双月シャイニーブルー』と呼ばれた元『七色の冒険者』の少女の叫びが、謁見の間に轟いた。
シャイニーの登場に王様もプルシアン王女も仰天していた。
「しゃ、シャルル!? い、生きておったのか!?」
「久し振りね父上、あんたの出した決断と覚悟は見事だった。これだけは褒めてあげる」
「おい、上から目線すぎじゃね?」
思わず俺はツッコミを入れた。
今更だがシャイニー以外めっちゃ空気だ。勇者パーティーもミレイナもキリエも黙ってるし、俺のツッコミも空しく響く。
「今の話は真実よ。アタシは……そこのプルシアンに嵌められた」
「しゃ、シャルルお前!! こ、この野郎……」
「とはいえ、至宝を失う原因を作ったのは否定しない。だから代わりを用意したわ……受け取りなさい」
「代わり?………うおっ!?」
「ちょ、シャイニーお前っ!?」
なんとシャイニーはサーペンソティアの龍核を王様めがけてぶん投げた。
あんたなんちゅー事を。災害級危険種の龍核は歴史上初だって自分で言ってただろうが!?
だが王様は危なげにキャッチ。手にした龍核をジロジロ見る。
「これは……龍核、か?」
「そう、災害級危険種サーペンソティアの龍核よ。それなら至宝の代わりに十分でしょ?」
「さ、災害級危険種!?……そうか、勇者もグルなのか!?」
プルシアン王女の視線は勇者に。答えたのは月詠だった。
「何の事でしょう? 我々が命じられたのは災害級危険種の討伐……素材に関しては特に命令を受けていませんが?」
「確かにそうですね。もしかしてやっちゃいました?」
うーん、月詠も煌星も何故か楽しそうだ。
「それでアタシの罪はチャラね。いいでしょ?」
「あ、ああ……すまん、頭が痛くなってきた」
「理解しなさい。それともう一つ。『水龍の涙』は超危険種オーシャンドラゴンの龍核……災害級危険種の龍核じゃ割に合わないわよね。差し引きの報酬が欲しいわ」
「おい、どこの暴君だよ」
なんかどっちが悪役かわかんねーな。ここまで傍若無人に振る舞えるなんて、シャイニーの怒りは収まる気配がない。
「報酬とは、コインか?」
「いいえ………アタシの望みは、プルシアンの謝罪と落とし前よ。アタシを嵌めた事、アルルを追放した事、全て白状しなさい。ついでに他の兄弟姉妹達もね」
「ついでかよ」
俺のツッコミが冴え渡る!! 誰も聞いてないけどね!!
「ふ……巫山戯るな!! あ、あたしが、謝罪だと!?」
「そうよ、アンタがそこの女に命じて兄弟姉妹を始末させたんでしょ? さっさと白状しなさい」
「あら、ふふふ……これって絶体絶命?」
藍色の髪の女性、彼女がアインディーネなのは間違いない。アルルを攫ってゼニモウケに追放したのも彼女の仕業だろう。
「言えないなら……身体に聞いてあげる。そろそろ我慢の限界だしね」
シャイニーは今までにないくらい怖い顔をして、ゆっくりプルシアン王女の元へ近づく。
謁見の間には護衛の兵士が何人かいるが誰も動こうとしない。プルシアン王女に疑念を抱いているのか、単純にシャイニーが怖いのか。
すると、シャイニーの前にアインディーネが立ちふさがる。
「退きなさい」
「ダメよ。私はプルシアンの護衛だもの」
「退いて」
「ダーメ」
「どけ」
「イ・ヤ」
「…………」
「…………」
次の瞬間、激しい金属音が謁見の間に響いた。