79・トラック野郎、蚊帳の外
翌日。
ホテルの朝食を食べて俺たちは外へ出た。
今日はトラックの出番はない。徒歩で散歩しながら城へ向かう。何でも『王令』を聞くために、国中の人達がお城を包囲するみたいだ。暴動とか起きないのかね?
「歴代の『王令』は全て国民の為になる命令だったわ。税の軽減とか個人での馬の所有とかを許したりね」
「ふーん」
この異世界では馬の所有は個人で認められていない。それをこのウツクシー王国は許可したようだ。だけど、馬は高いのであんまり浸透してないみたいだけどな。
ちなみに今日はそこそこいい服を着てる。
ミレイナとキリエは買ったばかりのワンピース。シャイニーは完全なフル装備で、正体を隠すために外套と帽子を被ってる。俺は普通の服装だ。
スターダストで買ったばかりの服はとてもいい。ウツクシー王国の気温が高いせいかミレイナもキリエも薄着だ。ちょっと露出が高いので胸の谷間も見えちゃいます。
「二人とも、よく似合ってるぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます。王に謁見するのですから、失礼のないように、この国ならではの服を選びました」
「·········え」
王国に謁見? それってシャイニーだけじゃないのか?
ミレイナを見ると不思議そうに首を傾げ、シャイニーを見ると呆れたように言う。
「あのねコウタ、あんたも行くのよ?」
「は⁉ な、なんで⁉」
「当たり前じゃない。何よ、もしかして······一人で待ってるつもりだったとか?」
「ぎっくりどきっ‼ そ、そんなわけないだろ······ははは」
「社長、その擬音はなんでしょうか?」
ヤバい、バレてしまった。
せっかく一人になるし、町で見つけた気になる看板のお店に行こうとしてたなんて口が裂けても言えない。
「ふぅん······じゃ、問題ないわね。行くわよ」
「········はぁい」
シャイニー達と町を歩くと、俺の目には一軒の店が見えた。
立派な造りの建物で、看板には女性が描かれた、男なら誰もが興味のあるお店だった。
『社長。娼館はまた今度』
「やかましい‼ 見てんじゃねーよ‼」
俺はイヤホンを外し、ポケットに突っ込んだ。
ウツクシー城の周りには、大勢の国民で溢れていた。
おかげで進むのも困難で、城へ向かうのも一苦労だった。
「うげぇ、暑苦しい······」
「コウタさん、お水を飲みますか?」
「サンキュ、ミレイナ」
ミレイナから水筒を受け取りゆっくり飲む。
中身は水だが、異世界レモンを絞ったレモン水だった。さすがミレイナ、気が利いてるね。
「コウタ、すぐに謁見出来るように城へ行くわよ。勇者達が先導してくれるんでしょ?」
「ああ。太陽達は城に泊まったみたいだし、特等席を用意してやるって言ってたけど」
「社長、あそこにクリス達が居ます」
キリエが指差した場所は城へと続く架け橋の一本。そこに太陽達がキョロキョロ周囲を見回してる。
「どうやら私達を探しているようですね」
「ホントだ。よし、行くか」
人混みをかき分けて太陽達の元へ。
ある程度近付くと、向こうもこちらに気が付いたのか、手を振っている。
太陽は大声で俺を呼んだ。
「おっさーんっ‼」
おい、関係ない数人のおっさんが太陽を注目したぞ。
ここで俺が出て行ったら俺より年上はみんなおっさん認定されたようなもんだぞ。
とはいえ行かないわけには行かないってか。
「あ、来た来た。みんな、おっさんが来たぞ‼」
「おい、おっさんはやめろっての」
月詠達にも挨拶し、架け橋を渡って城の入口まで来た。
架け橋は何本かあるが、どうやら本日は通行禁止みたいだ。だが勇者の肩書のおかけで問題なく進めた。
すると顔を隠したシャイニーが、太陽に向かって言う。
「ありがとね。その······この借りは必ず返すから」
「別にいいって。あと、このイベントが終わったらすぐに謁見出来るからさ」
「うん、本当にありがとう」
それにしても、太陽はかなり変わったな。
もっと恩着せがましい奴かと思ったが、心身共に成長してるって事か。まさに主人公だな。
俺たちは城へ入らず、橋の上で王令を聞くことにした。
「·········来たわね」
シャイニーが城を見上げながら言う。すると、蒼い髪の男性が現れた。
「あれがシャイニーの親父さんか······」
「へへ、始まるぜ」
『王令』の演説が始まった。
どういう理屈なのか、王様の声は拡声機でも使ったようにデカく響いた。
『ウツクシー国民の諸君。早朝から申し訳ない、すぐに終わらせて仕事が始められるようにするから、少しだけ付き合ってくれ』
なんとまぁフランクでフレンドリーな話し方だ。
国民も笑ってるし、ヤジを飛ばしたりしてる人は殆どいない。
「変わらないわね······ああやって威厳を見せない事で相手との距離をゼロにするのよ。威圧的な王よりも、身近に感じる王の方が民衆からの支持を得られるからね」
シャイニーの補足。だが太陽の意見は違うようだ。
「そうかなぁ? あの王様はそんな難しい事を考えてない気がするぜ?」
「·········」
シャイニーは無言だった。
王様の演説は続く。
『さて、今日こうして話をする機会を貰ったのは、この国の王に許された命令である『王令』を使おうと思ってね。あぁ心配しなくていい、そんなに大した命令じゃないからさ』
今度は不安の声が聞こえてきた。
王様は慌ててフォローするが、国民はまだ不安そうだ。
『前々から思っていた事がある。みんなも知ってる通り、ボクには妻がたくさんいる。もちろん皆を愛しているし、生まれてきた子供知達はボクの天使達だ』
王様、自分をボクって言ってるよ。でもなんか似合うな。
『当然たがこの国の王である以上ボクの後継者は必要だ。だけど·········子供達は後継者の争いに巻き込まれ何人も死んだ。妻も城を出て行った。これらは全てボクの責任であり罪だ。後継者問題を放置し、子供の死の悲しみに暮れ、仕事の全てをプルシアン王女に任せて泣いていたボクの責任だ』
いつの間にか、周囲は静寂に包まれていた。
『でも、この国の王としてボクはまだ出来る事がある。ボクは妻を、子供を、この国を愛してる。だからこそボクは決めた。これから先、新たな王が生まれてもきっと争いは起きる。だから······』
王様は息を吸い、国全体に響くような声を出した。
『ボクは宣言する。ここに水上王国ウツクシーの終わりを宣言し、王政による政治を廃止する事を‼』
それは、ウツクシー王国の終わりであり、新たな都市の誕生であった。
こりゃ驚いた。後継者問題で揉めるなら、後継者そのものを生み出せないようなシステムを作ったのか。
「なるほど。王が居なければ王令という制度そのものが崩壊します。つまり、王族という制度も崩壊するという事ですね」
キリエが納得したように頷き、ミレイナは口を抑えて呆然としていた。
国民も困惑してるが、王様が追加の説明をした。
何でも、これからはウツクシー十三地区の地区長達による議会で都市を運営して行くとの事だ。王様は財産を都市に寄付し、十三地区の議長として都市のために働くそうだ。
思わず俺は隣にいた太陽に言う。
「おいおい、歴史が変わる瞬間に立ち会ったのか······」
「さすがだぜ。あの王様もやりやがる」
「全く、元はと言えばあんたのせいでもあるのよ? あんたが言ったんじゃない、『王様なんて必要ない。オレはそんな小難しい制度なんてやめて、オレだけのハーレムで暮らしていく』って」
「そこで陛下は思ったんです。王様なんて必要ない······つまり、王政の廃止を」
「なるほど······やるな、太陽」
「お、おう。へへへ」
あ、こいつわかってねーな。
ここで王様の演説は終了した。しばらくは王政として続けるが、徐々に議会という形で都市を運営して行くそうだ。
まさか王国の終了と都市の誕生に立ち会えるとは。でもこれで後継者問題は解決した。だって王制が終わったから後継者もクソもない。シャイニーもプルシアンもみーんな平民になって終了だ。これからは一市民として都市を支えて行くんだろうな。
「よかったな、シャイニー」
「············」
シャイニーの顔は、よく見えなかった。