75・トラック野郎、ホッとする
アルルは、幸せな人生を歩いて行けるだろう。
俺たちは寂しかったが、アルルの新しい門出を祝った。
場所は変わり、宿屋に戻ってこれからどうするかを話す。
「さーて、観光して帰るか」
「はぁ? コウタ、アタシの用事を忘れたの?」
「······やだな、忘れてないよ」
くそ。いい感じでアルルと別れたから終わったと思ったのに。
というかプルシアンとかいう王女をぶん殴るとか正気じゃない。犯罪者コース一直線じゃねーか。
そもそもシャイニーは国を追放されてる身だし、当初の予定では災害級危険種を討伐して、その素材を国に献上して許して貰う筋書きだったよな。
「整理します。まずシャイニーは追放されてる身ですのでこのまま姿を見せる事は難しい。そして現在、この国では災害級危険種が海を荒らし、その討伐の為に勇者パーティーが来ている」
キリエは順序よく説明する。実に分かりやすい。
「シャイニーの追放処分を取り消す為には、破壊された国宝である『水龍の涙』に匹敵する宝が必要。そこで勇者に頼み災害級危険種の素材を貰い、新たな国宝として献上するという事ですね。そしてシャイニーの追放処分を取り消して貰うと」
「別に追放云々はどうでもいいわ。アタシは合法的にプルシアンに近付ければそれでいい。アタシやアルルにした落とし前を付けさえすれば、この国に未練はないからね」
怖ぇえ。本音がダダ漏れですよ。
すると今度はミレイナがシャイニーを宥めつつ言う。
「と、とにかく。災害級危険種の情報が欲しいです。明日ギルドに行ってみませんか?」
「そ、そうだな。ついでに太陽たちに会って交渉しないと。災害級の素材なんてどれも国宝だろうし、そう簡単に貰えるかわからんしな」
「はい。アルメロさんやマスターも、災害級危険種が討伐されたとは聞いてないようですし、まだこの国を荒らしているのは間違いありません」
「ええ。でも、勇者がこの国に来て結構過ぎてるわよね? あの無鉄砲バカなら真っ先に海に飛び込んで討伐に向かうと思ったのに」
「確かに。なんか事情でもあるのかね?」
というかシャイニー、無鉄砲バカって太陽の事かよ?
その辺の事を踏まえて、ギルドで情報収集をするべきだろう。シャイニーには悪いがぶっちゃけ面倒くさいな。
「じゃ、明日はギルドね」
はいはい。仕方ないな。
そんなわけで翌日。俺たちは冒険者ギルドで情報収集をする。
ギルド内には冒険者が結構いた。ていうかみんなガッチリ装備を固めてるし、筋骨隆々な肉体をしてるから俺としては怖い。ただでさえ知らない人に話しかけるのも厳しいのに。
「では私とミレイナは冒険者達から話を聞いてきます。社長は受付の方からお話を伺って下さい」
「あ、ああ。気をつけろよ」
「はい。コウタさん、また後で」
ミレイナとキリエは近場にいた冒険者の元へ。まさかキリエは俺に気を使ったのではないだろうか。
とにかく、受付(女性のみ)なら俺でも話しかけられる。顔を見られると不味いシャイニーは留守番だし、しっかりと情報を集めないと。
何人かの受付嬢に勇者の話を聞くと、面白いくらい簡単に情報が集まった。どうやら太陽達はギルドに顔を出しに来たらしい。そしてギルドの船を借りて海に出たようだ。
ミレイナ達と合流してトラックに戻る。そして居住ルームで情報を共有することにした。
「太陽達は、王族専用のプライベートビーチに泊まってるようだ。何でも、災害級危険種を討伐しに海に出たはいいが、負けて引き返したようだ」
「なるほどね。悔しいけど、勇者はアタシより遥かに強いわ。その勇者が負けた以上、戦闘では力になれないわね」
「だな。さすがのトラックも水中じゃ走れないしなぁ」
「都合よく、災害級の素材だけを下さいと言うのは、流石に無理かもしれませんね······」
「やはり、シャイニーには諦めてもらうしかありませんね」
「·········むぅ」
お、もしかしてシャイニーのヤツ、揺れてる?
「シャイニー、落とし前も大事だけど、流石に危険は犯せない。ここは勘弁してくれないか?」
暫しの沈黙。するとミレイナがシャイニーに確認した。
「そういえば、近日中に王様が『王令』を使うって聞きましたけど、王令ってなんですか?」
「王令⁉ まさか、それ、ホント⁉」
「は、はい」
「·········タイムリミットか」
シャイニーはがっくり俯き、ため息を吐いた。
「シャイニー、王令とは何ですか?」
「······ウツクシー国王が一度だけ下せる絶対遵守の命令よ。どんなに無茶苦茶な内容でも王令は絶対。何があろうと覆せない命令なのよ、歴代の王達は国民の為になる法律を制定したらしいわね」
「へぇー、そりゃすげえな」
「そして、王令を使った王はその役目を終え、新たな王を指名する義務がある。つまり······バカ姉プルシアンが新たな女王に任命されるってワケよ」
つまり、シャイニーの復讐はできない。残念ながらタイムリミットってわけだ。
「ここまで、か······ま、アルルを返せただけでも良しとしますか。プルシアンが王女になればアルルに手を出す必要もないし、安心でしょうね」
「シャイニー、構わないのですか?」
「ええ。どうせアタシの復讐なんて個人的な事情だし、この国に思い入れなんてないから別にいいわ」
シャイニーは椅子に寄りかかり、天井を見上げながら言う。
「ねぇ、お腹も空いたし、外でご飯にしましょ。美味しい海鮮丼のお店があるのよ」
シャイニーに誘われ俺たちは外へ出た。
俺たちも余計な事は言わない。ぶっちゃけ俺は海鮮丼のが気になっていた。
「あ‼ やっぱりおっさんじゃねーか‼」
だからこそ、トラックを見ていた勇者パーティーを見てホントに驚いた。
*****《プルシアン視点・ウツクシー城》*****
「ついに、ついに来た······」
「ええ。陛下は『王令』を発動させると仰られた。それはつまり、次期国王を指名するという事ね」
プルシアンとアインディーネは、プルシアンの自室で歓喜していた。その理由は、次期国王の座がほぼ確定したからである。
フィルマメント国王に呼ばれたプルシアン並びに残り三人の王候補達は、国王の口からはっきり聞いた。プルシアン以外はまだ喋る事すらままならない子供や赤ん坊であったが。
「近日中に『王令』を使う」
プルシアンは歓喜し、笑いを必死に堪えながら聞く。
「父上、ようやく兄弟姉妹の捜索に手を出さるおつもりにですね‼」
無論、そんな事はどうでもいいし欠片も思っていない。兄弟姉妹を心配する姉としてのパフォーマンスだ。
「いや、違う」
「え?」
「私は、この国の為に王令を使おうと思う。今言えるのはそれだけだ」
「は、はぁ······」
プルシアンは首を傾げたが、特に深く考えなかった。
その事を思い出しつつ、プルシアンは薄く笑う。
「ま、どうせ下らない命令に違いない。あんな甘ちゃん王が出す命令なんてどうでもいい」
「ふふ、この国における貴女の信頼はかなりの物だしね。兄弟姉妹を失いつつも、ウツクシー王国に身を捧げる第一王女。町ではそんな噂しか聞こえて来ないわよ?」
「そりゃそういう風に動いたからな。全く退屈だったよ」
「うふふ、やっぱり貴女と居ると退屈しないわね」
ここでアインディーネは思い出した。
「そういえば、勇者達はどうするの?」
「勇者? ああ、災害級を倒しに来た勇者か。まぁ放っておけよ、どうせモンスター退治したら帰るだろうし、国の問題には関われないだろうしな」
「そう。ちなみにまだ災害級は倒してないみたい、なんでもかなり厄介なモンスターだとか」
「知らねーよ。そのための勇者なんだから放っておけ」
プルシアンはどうでもいいように手を振って話を終わらせる。すると、楽しそうにこれからの事を話す。
「やる事はたくさんある。まずは海産物と住民税の値上げ、そして軍事力の強化と海軍の設立、街道を整備して輸出ルートを増やす。観光業だけじゃない富豪国家として、このプルシアン・ウツクシー・ビューティフルの名前を轟かせてやる」
「野心家ねぇ·········どうしてそんな風になっちゃったの?」
「別に。歴代国王も親父も下らなくてヌルい政治ばかりやってるからな。どいつもこいつも平和ボケしたようなヘラヘラした顔で笑うのがムカつくんだよ。だからあたしが面白可笑しく、そして強く儲かるように国を変えてやるんだよ」
「ふぅん。貴女なりに国を考えてるのねぇ」
「ふん。親父が愛人を囲みまくったおかげで後継者候補の始末に苦労したがな。始末する価値のないガキはともかく、そこそこ厄介な奴らもいたから大変だったぜ」
「大変だったのは私でしょ? もう······」
「悪い悪い。でも、もうすぐだ」
プルシアンは笑う。醜悪で歪んだ笑みで。
アインディーネは嗤う。妖艶な笑みで。
『王令』は、もう間もなく発動する。