74・トラック野郎、陽射しの中で
宿は高級感あふれる作りで、モリバッカとはまた違う南国風の内装だった。部屋にハンモックなんて普通はあり得ない。
アルルはモリバッカの時と違い大人しい。故郷に帰ってきた喜びより、不安が大きいようだ。
俺たちは一度集まり確認する。ちなみにシャイニーはさっきからずっと機嫌が悪い。まぁ仕方ないと思うけどな。
「アルル、大丈夫ですか?」
「······うん」
キリエが話しかけても俯いたままだ。
「お母さん······わたし、お母さんに会いたい」
「もうすぐ会えるさ。不安なのは分かるけど、お母さんもきっとアルルに会いたいはずさ」
「······」
うーん、やっぱり不安なのかね。
もしもの可能性の話は何度もした。母親がアルルを受け入れなかった場合、俺達と共に暮らす事も了承してくれた。
でも、やはり育ての親と一緒に暮らしたい気持ちが強いのだろう。父親はともかく、母親に甘えたい盛りの子供なのだ。
ちなみに父親である国王の事は気にしていないようだ。
どうも忙しくてなかなか会う機会がなかったのと、アルルが連れ去られても何のアクションも起こさなかったことから、アルルの中で父親は居ない存在になっていた。
「アルル、大丈夫よ」
「······お姉ちゃん」
「いい? アルルはとっても幸せなの。お母さんがいて、アタシ達がいて、学校では友達もたくさん出来た。もしお母さんがアルルを拒絶しても、アタシ達がいる。もしお母さんがアルルを受け入れてくれたら、また一緒に暮らせる。みんなに愛されてるアルルは、どんな道を進んでも愛に溢れた人生を生きていける」
「あい?」
「そう、『愛』よ。アタシはアルルを愛してる。貴女の人生が光り輝くように、貴女の幸せを願ってる。だからアルル、お母さんに思い切りぶつかりなさい。お母さんは貴女を抱きしめて愛してくれるわ」
「·········もし、お母さんが抱きしめてくれなかったら?」
「その時はアタシが抱きしめる。潰れちゃうくらい強くね」
「お姉ちゃん······」
なんとまぁ恥ずかしいセリフだ。愛だの幸せだの、臭いセリフで鳥肌が立ちそうだ。
でも、アルルを抱きしめるシャイニーを見ると、俺の抱いた感想は酷く醜く感じる。
「············愛」
「キリエ? どうしたんですか?」
「·········いえ、何でもありません」
アルルとシャイニーを見つめるキリエがポツリと呟き、それを聞いたミレイナがキリエに聞いた。だがキリエは何も言わなかった。
明日、アルルの母親に会いに行こう。
翌日。天気は快晴だがアルルはずっと緊張していた。
サルトゥースの調査によると、アルルの母親であるアルメロさんは、ウツクシー国王と離婚して町の外れの小さな家をお情けで貰い生活してるらしい。
アルルを失い無気力な毎日を過ごしていた所で、カフェを経営する男性と知り合い、誘われるがまま従業員として働き始めたそうだ。こりゃ再婚間近だな。
「で、あそこが件のカフェか」
「ふむ。なかなかいい感じですね」
トラックは目立つので近くの広場に置いて来た。今は俺とキリエの二人だけで様子を見に来ている。ミレイナとシャイニーはアルルの付き添いだ。
キリエは薄手の白いワンピースに麦わら帽子。白い髪を飾ることなく流してるせいか、どこぞの令嬢みたいに見える。ぶっちゃけかなり可愛い。
カフェはこじんまりとした可愛らしい南国カフェ。外観もロッジみたいで雰囲気もいい。
「では社長、行きましょうか」
「お、おう」
キリエはいつもと変わらずにスタスタ歩き出す。
なんかこうして見るとキリエとデートしてるみたいだ。ちなみに俺はアロハシャツにハーフパンツ、そしてサンダルとサングラスだ。なんかチャラ男みたいだけど、ウツクシー王国らしいスタイルでってミレイナに勧められた。
「ヤバい、俺も緊張してきた」
「お勧めは······ふむ、魚介たっぷりシーフードカレーですか。これは是非とも味わいたいですね」
俺の緊張をよそに、キリエは店の前に設置された手書きのミニ看板を見てる。おいおい目的は食事じゃねーぞ。ってか異世界にもカレーってあるのか。
俺とキリエはさっそく店内へ。
「いらっしゃいませ」
うお、めっちゃ美人の女性が出迎えてくれた。
色気満々の人妻オーラがヤバい。薄手のシャツにスカート姿でエプロンを付けてるが、柔らかい笑顔にお辞儀をした瞬間に揺れた巨乳が素晴らしい。
これぞ大人の女性。年齢は三〇前半くらいだろうか、正直かなり俺好みの女性だ。
「お客様、どうぞお席へ」
「いやぁ、どうもどうも。ははは」
「社長、気味が悪いです」
キリエがゴミを見るような目で俺を見る。やめて、そんな目で見ないで。エプロンを盛り上げる胸部なんて見てませんから。
窓際の席に案内され、お冷を出される。
窓際の席が三席、カウンターが四席のこじんまりとした喫茶店だ。店内も落ち着いた雰囲気で風通しもよく、柔らかな陽射しと合わさってとても気持ちいいね。
カウンターを見ると、マスターらしき男性と先ほどの女性が楽しそうに会話してる。飲食店としてはアウトだが不思議と絵になる光景だ。
「社長。私はシーフードカレーを」
「あのな、俺たちは調査を·········まぁいいか」
俺は手を上げて女性を呼ぶと、シーフードカレーとトロピカルジュースを頼んだ。
「あの女性がアルルの母親でしょうか?」
「多分な。どことなくアルルに似てると思うし」
「根拠としては弱いですね。ここは私にお任せ下さい」
「は? 何する気だよ?」
「ふふ、見てて下さい」
キリエが怪しく笑う。なんか嫌な予感がする。
するとお盆にフルーツたっぷりのトロピカルジュースと、美味そうなシーフードカレーを載せて、女性がやって来た。
「失礼します。こちらシーフードカレーとトロピカルジュースになります。それではごゆっくりどうぞ」
「お、どうも」
「ありがとうございます。あの······すみません」
「はい?」
さて、ここからはキリエに任せよう。ヤバくなったら止めればいい。
「店員さん、どこかでお会いした事ありませんか?」
「え、ええ? 私ですか?」
「はい。どうも見た事があるような·········」
「い、いえ、気のせいだと」
「いえ、私は記憶力に自信があるのです。貴女を見たのは······そう、ウツクシー城ですね。確か女の子を連れていたのを目撃してますが、もしかして貴女、ウツクシー王族と関係が?」
「そ、その、見間違いだと······」
おいおい、遠回しに聞いて揺さぶりを掛けてやがる。
「安心して下さい、私達は怪しい者ではありません。実は私達、王族の失踪事件について調査をしておりまして、よろしければお名前を伺っても宜しいでしょうか」
「え······」
おいおい、ウソにも程があるぞ。何が調査だよ、俺たちはアルルの母親がホントに居るか確認しに来ただけだろうが。
「実は、連れ去られた少女を一人保護してまして。もしかしたら貴女がと思ったのですが······」
「まさかアルルを⁉」
「うおっ⁉」
突然の大声にビビった。お客が俺たちだけで良かった。女性は口に手を当ててキリエを凝視してる。こりゃ決まりだな。
「アルメロ、どうしたんだ⁉」
「あ、あの······その、ごめんなさい」
お、今度はマスターも出てきた。
四〇手前くらいの渋いイケメンだ。女性と並ぶとかなりお似合いなのがわかる。なんか悔しい。
「アルメロ。やはり貴女がアルルの母親なのですね? 少しお話を伺っても宜しいでしょうか」
「······はい」
キリエはマスターにお願いし、店を一時休業してもらう。話の分かるマスターで良かった。どうやらマスターはアルメロさんの事情を知ってるらしい。
「あの、アルルは、あの子は」
「落ち着いて下さい、ちゃんと説明します。ですがその前に」
完全にキリエのペースだ。ぶっちゃけ俺いらなくね?
キリエはスプーンを掴み、シーフードカレーを一口食べる。
「カレー、食べちゃいますね」
俺は息を吐き、トロピカルジュースに口を付けた。
キリエは、アルルを保護した経緯を説明した。
ゼニモウケの孤児院に居た事も、シャイニーに懐いている事も、俺たちと暮らした日々の事も。
それを聞いてアルメロさんは、口を押さえて静かに泣いていた。
「私達がこの国に来たのは、アルルが母親である貴女に会いたいと言ったからです。ですが、新たな人生を歩む貴女にとってアルルがどのような存在かを見極める為に、私達はここに来ました」
キリエの声は変わらない。怒りも悲しみも感じない。
アルメロさんとキリエだけの会話だ。完全に二人の世界で、俺とマスターは話を聞いてるだけだ。
「単刀直入に聞きます。貴女はアルルと共に暮らせますか?」
「当然です。私は······アルルの母親ですから」
「アルルは一度ウツクシー王国を追放されています。これから先、どのような危険があるかわかりませんよ?」
「私が守ります。何があっても」
うおお、なんかカッコいいな。母は強しってヤツだろうか。
すると石像と化してたマスターが言う。
「アルメロ。キミの娘······ボクにも守らせてくれないか」
「え······?」
「その、子供には母親だけじゃなく、父親も必要だろう? その役目······ボクに任せて欲しい」
うっおおお‼ 何プロポーズしてんだよマスター‼
タイミングや空気的に間違っちゃいないけど、なんか見てるこっちが恥ずかしい。おかげでますます俺が空気になるじゃねーか。
「アルメロ。その、ボクと家族になってくれ」
「······はい」
うっぎゃーっ‼ なんか痒い、痒すぎる‼
他人のプロポーズってこんなに痒いのか。くそ、なんか悔しい。
「これなら問題はありませんね。社長、シャイニー達を呼んで下さい」
「······はいよ」
俺はイヤホンでタマを呼び、トラックに待機してるシャイニー達を呼ぶ。
それから五分と掛からずゆっくりとドアが開き、帽子を被ってたシャイニーとアルル、その後ろにミレイナが現れた。
アルメロさんの姿を見たアルルは、帽子を投げ捨て叫ぶ。
「お母さん······おかあさぁんっ‼」
「アルル······アルルぅっ‼」
母と子、感動の対面だ。
ミレイナはハンカチ片手に目頭を拭い、キリエはいつもと変わらぬ表情で二人を見つめる。シャイニーは······なぜかそっぽ向いていた。
それから暫く抱き合った母子は、アルルと同じ髪と瞳を持つシャイニーの元へ。
「まさか生きておられたとは······」
「やめて。アタシはシャイニーよ、王族じゃないわ」
「お姉ちゃん、お母さんね、わたしと一緒に暮らすって。わたし、帰って来ていいって」
「良かったわね。たっぷり抱きしめて貰いなさい」
「うん‼」
シャイニーはアルルの頭を撫でる。
こんな光景も、まう見れなくなると思うと少し寂しかった。だけどアルルの帰る場所は母の胸の中だ。きっとこれが正しい事なんだろう。
これで本当に、アルルとはお別れだ。
その後、アルルの荷物を運んだり食事をご馳走になり、そろそろ別れの時間がやって来た。
喫茶店の前にアルルとアルメロさん、そしてマスターが並ぶ。この三人が並ぶと誰がどう見ても家族にしか見えない。
「おじさん······」
「元気でなアルル。また遊びに来るからな」
「うん。おじさん、お世話になりました‼」
「おう」
結局、俺は最後まで『おじさん』だった。
「ミレイナちゃん······」
「アルル、また会いましょう。お母さん、お父さんと幸せにね」
「うん。ミレイナちゃん、ありがとう······大好き」
「······私もです」
ミレイナはアルルを抱きしめ、流れる涙を静かに拭う。
「キリエちゃん······」
「アルル、貴女の人生が輝くように祈っています。どうかお元気で」
「ありがとう、キリエちゃん。大好きだよ」
「············はい」
キリエは笑ってる。だけど、それが無理矢理作られた笑いに見えたのは何故だろうが。まるで笑い方がわからないような気がした。
そして、最後はシャイニーの元へ。
「お姉ちゃん」
「アルル、また来るわ。それまで元気でね」
「うん。お姉ちゃん、ホントはずっと一緒に居たいけど······」
「アタシもよ。だけど······」
「わかってる。お仕事があるんだよね? 運送屋のお仕事が」
「ええ。だけど、絶対にまた会えるわ。約束よ」
「うん‼ お姉ちゃんは、絶対に約束を守るもんね」
「ええ······」
シャイニーとアルルは指切りをする。
それは、どんなに神々しい儀式よりも輝いて見えた。
「皆さん、本当にありがとうございました」
「気にしないで。それより、アルルの事を頼むわよ」
「はい。アルルはボクとアルメロで守ります」
これで別れは済んだ。この国での用事は終わったし帰るだけだな······と思ったら、アルメロさんがシャイニーに話しかけた。
「あの······」
「何?」
「その······シャローナの事ですが······」
「······」
シャイニーはアルメロさんから何かを聞いていた。だけど俺たちはそれを聞かず、アルルと最後の別れをした。
こうして、俺たちのウツクシーでの用事は終わった。帰ったらアルルの退学届けを出して、また四人での暮らしに戻るか。
とりあえず、今日は帰ってゆっくり休もう。




