72・勇者のお話⑦
「それにしてもデカいな……」
「ええ。長さ一〇〇メートル以上はありそうね……」
船を蜷局を巻くようにモンスターが包囲してる。例えるなら、大型バスを二〇両編成の新幹線が円形に包囲してる感じだ。ぶっちゃけあり得ない光景だ。ちなみに船員達は船室に避難して貰った。
「ねぇ、もしかしてあそこ、頭じゃない?」
「本当ですね……形状が違います」
クリスが指さした部分が凸凹してるのがわかる。海中だから見にくいけど、たぶん頭なのは間違いない。オレたちのそんな会話が聞こえたのか、海上が不規則に揺れ船も大きく揺れた。
「おわわっ!?」
船の柵にしがみつくと、頭の部分が海中から現れる。
それはヘビのようでもあり竜のようにも見え、全身が群青色に輝く不気味な生物だった。なんか目もヘビみたいにギョロついて気味悪いな。
『人間共め……くくく、懲りずにまた来たか』
「おぉ? 喋ったぞ?」
「あのね、報告にもあったでしょうが。喋るモンスターだって」
巨大なウミヘビはオレをギョロリと睨み付け、大きな口を開けて喋り出す。
『無知な人間め。我は《青龍王ブラスタバン》様の眷属、《海蛇サーペンソティア》である』
「あ、なーんだ。青龍王じゃないのか」
「あ、バカ!!」
思わず漏れた本音に月詠が慌ててオレの口を塞ぐ。すると怒りなのか、サーペンソティアとかいうウミヘビの瞼がピクピク動いた。
『命知らずな人間が居るようだな……くくく、どうやらまた我のエサになりたいようだ』
「アホか。こっちはお前を討伐しに来てるんだよ。お前みたいにマズそうなウミヘビはメシのおかずにもなりゃしねぇ。玄武王みてーに始末してやるよ」
売られたケンカは買う。それにコイツのせいで死んだ人間だって居るんだ。マジで容赦しねぇでぶっ殺してやる。
『玄武王?………そうか、貴様達が報告のあった勇者か。くくく、玄武王など名ばかりのチンピラを始末した所で替えなぞいくらでも居る。むしろ始末に困っていたあやつを倒してくれて魔王様は感謝していたそうだぞ?』
「え、マジで?」
「バカ、素直に信じるなっての」
すると月詠が前に出て、サーペンソティアに話しかけた。
「聞きたいことがある。どうしてこの海を荒らすの?」
『ふん、決まってる。始末に困っていたとはいえ、我らが魔王軍の四天王の一人が倒されたからだ。なので報復に四天王様がそれぞれの眷属を人間界に放ったのだよ』
「何ですって!?……じゃあまさか!?」
『そうだ。我は人間界に放たれた六匹の眷属の一体に過ぎぬ。くくく……直に他の眷属も暴れ出すだろうよ、人間界の混乱が目に見えるわ』
うわー……こいつ、聞いてもないのにベラベラ話しやがる。
六匹の眷属って、青龍王と白虎王と朱雀王の眷属って事だよな。じゃあコイツが青龍王の眷属で……ええと。
「まさか、あなた以外にも海の眷属が!?」
『そうだ。ここではないどこかの海で《咬鮫シャークラー》が暴れてるだろうよ。ハッハッハ!!』
「最低です……貴方、こんな事をして、恥を知りなさい!!」
「そうだそうだ!!」
煌星とクリスもキレてる。当然だがオレも頭にきてる。
「おい月詠、もういいだろ……」
「そうね。予定変更、調査じゃなくてここでコイツを討伐するわよ」
「わたくし、覚悟を決めました」
「私だって許さないもん!!」
オレたちはそれぞれ武器を構え、オレは『太陽剣グロウソレイユ』を突き付ける。
「おいウミヘビ、お前はここでぶっ潰す!!」
『くくく、海の恐ろしさを知らない人間の勇者よ。ここで我のエサとなるがいい!!』
サーペンソティアは大口を開け、オレらに向かって威嚇した。
「よっしゃ行くぞ!!」
状況は不利だが、ここで逃げてやるもんかよ!!
先手を打ったのは、クリスだった。
『ふん、貴様等など船ごと沈めて……ぬ?』
「ぐ、ぬぬぬぬっ!!」
クリスの杖から淡い光が灯され、周囲の海全体に何かしらの魔術を行使してるのがわかった。
「わ、私がこの周囲の海を押さえてあいつを抑えるから……今のうちに!!」
「任せろ!! 行くぞ月詠!!」
「わかったわ!!」
「わたくしは援護を!!」
煌星が飛び上がり、船のマストの上に登るのを確認し、オレと月詠は魔力を漲らせサーペンソティアに向かって突進した。
「太陽、魔力を足裏に集中させれば水の上を歩けるわ!!」
「わーってる、修行で毎日やってたからな!!」
正確な魔力コントロールを身体に覚えさせるために、魔力を足裏に集中させての水上歩行訓練は毎日の日課だった。それと同じ原理で木登りもやったな。
『面白い!! 掛かってこい勇者たち!!』
クリスが海水を操ってるおかげなのか、海上に現れた頭と身体の部分しか動けないようだ。だがクリスも長い間は拘束できない、早めにケリを付けてやる!!
オレと月詠が狙うのは頭。こういうのはゲームでもおなじみだし、頭を潰せば死ぬのがオチだ。
「燃えろ!!」
月詠の両手に装備された籠手が真っ赤な炎を帯びる。あれが『灼熱拳レーヴァテイン』の力の一つ、発火能力だ。訓練でオレ相手にも全く遠慮することのなかった炎の拳がサーペンソティアを襲う。
「オレだって負けるか!! ゴールドエッジ!!」
グロウソレイユの刀身に黄金のオーラを纏わせ、一本の巨大な剣を生み出す。
オレと月詠はサーペンソティアの頭に向かって同時に飛び上がった。
『ふん、温いわ!!』
「なにっ!?」
「きゃぁぁっ!?」
サーペンソティアの口から、ヘドロ臭い水が噴射された。
オレと月詠のオーラと炎は消え、ダメージこそ少ないが吹き飛ばされる。
『ふん、動けぬとて貴様等如きには関係無いわ!! たかが人間が嘗めるなよ!!』
「うっせーーーッ!! テメェこそたかがウミヘビが嘗めんじゃねぇっ!!」
月詠はチラリとクリスを見てオレも見る。ヤバいな、汗だらだらで肩で息をしてる。
クリスの魔術が解除されれば、このウミヘビは船を沈めるだろう。その前にケリを付けないとマズい。
「使うぜ、月詠」
「ええ、あたしもそう思ってた」
オレと月詠からブワッと魔力が溢れる。たった一度の攻防だけどわかった。コイツは強い、もし万全な状態なら、最初の水ブレスで船は沈められてた。
前のオレなら正々堂々に拘ってたかもしれないが、今は違う。生きて前に進むためにどんな状況でも全力で戦い生き残る。
サーペンソティアは動けない以上、水ブレス以外の攻撃は出来ないかも知れない。月詠が分析した情報によると、コイツに沈められた船は殆どが締め付けられ圧迫されたように潰されていた。つまり長い身体を船に巻き付けてジワジワといたぶるように沈めたんだ。
とにかく、クリスが倒れる前にケリを付ける。
「「『鎧身』」」
『ほう……』
オレは黄金、月詠は真紅の鎧を装着する。
この状態での身体能力は数倍に跳ね上がり、武具に搭載されてる機能の全てを扱える。肉体に掛かる負担は凄まじいが、オレたちが力尽きる前に倒せばいい。
「太陽、アレやるわよ」
「アレか、いいね」
月詠の提案にオレは乗る。
アレとはつまりそう、合体奥義だ。
「灼熱拳レーヴァテインよ、真っ赤に燃え上がれ。マグマの如く噴火せよ」
「太陽剣グロウソレイユよ、黄金に光り輝け。太陽の如く照らせ」
魔力と認証コードがスイッチとなり、鎧の各部分が展開する。
月詠の鎧は真っ赤に燃え上がり、マグマのように魔力がドロッと溢れていく。
オレの鎧は黄金に輝き、眩しいくらいの黄金で周囲を照らす。
『ぬ!?……これは、ちと不味いな!!』
ガパッと大口を開けて水ブレスを吐こうとしてるが関係ない。オレたちには最高の狙撃手がいる。
「させません!! 『鎧身』!!」
碧の鎧を纏った煌星が、魔力で具現化させた矢を何十本も放つ。それはサーペンソティアの口の中を正確に狙い、水ブレスを中断させた。
「黄金の太陽」
「灼熱の太陽」
「「今こそ融合し顕現せよ!! 『灼熱の黄金太陽』!!」
オレと月詠が作り出したのは、真っ赤に燃え黄金の光を放つ太陽そのもの。月詠が太陽の核となる塊をマグマに似た魔力で作り、オレはその上からコーティングするように黄金を纏わせる。
大きさはかなりでかい。玄武王戦の後に生み出した必殺技その一だ!!
『ッブハ!! クハハハハハッ!! まさか人間がここまでの魔力を持つとは!! これが勇者の力かァァァッ!!』
「ごめ……もう、ダメ……っ」
クリスが魔力切れで倒れたのか、その場で気絶した。
だけどもう関係ない。この技が完成した以上、コイツの負けは確定してる。
『来い勇者達よ!! 我が濁流で全てを飲み込んでくれるわ!!』
クリスの拘束から解放されたからか、元気いっぱいのサーペンソティア。今まで見えなかった身体をくねらせて身体を大きく持ち上げる。
口から大きな水の球体を作り出し、オレと月詠の生み出した『灼熱の黄金太陽』と同じ位の大きさまで膨らませる。この野郎、張り合うつもりか……面白ぇ。
「「喰らいやがれぇぇぇぇぇっ!!」」
『ガァァァァァァァァッ!!』
次の瞬間、黄金の太陽と濁流の水弾が衝突した。
どういう原理かは知らねーが、爆発が起きた。
オレと月詠は吹っ飛ばされ船に激突、サーペンソティアも爆発に巻き込まれたみたいだ。
「いってぇ……や、やったのか?」
「ぐ……いえ、まだよ」
オレも月詠もダメージが少なくない。鎧の内部に響く衝撃で頭がくらくらする。
『グヌ……ウォォ……』
サーペンソティアはボロボロだった。身体は青い血が至るところで流れてる。痛みに苦しんでるようだが、何故か笑い出した。
『グハハハハッ!! まさか人間が我をここまで傷付けるとは、実に面白い!!』
「んだとテメェ……」
『よかろう、今回は我が引いてやる。次に会うときは完全決着だ、勇者達よ!!』
「はぁ!? 逃げるのかよ!!」
『ふん、バカを言うな。我はまだ戦える、今この瞬間にも船を沈められる事を忘れるな。だが今回は貴様等の奮闘に敬意を表して引いてやるというのだ。くくく、次に会うときまで腕を磨いておけ』
「この野郎!!」
「止めなさい太陽!!」
月詠がオレを止める。するとサーペンソティアはゆっくりと海中に消えていった。
オレと月詠は船の甲板に上がり、倒れたクリスを介抱する。煌星は乗組員に指示を出し、急いで港に戻る準備をさせていた。
「不味いわね。地形でのハンデがここまであるなんて」
「確かに、どうすんだよ」
「クリスが海上を抑えられるのは精々二分、その間に決着を付けるしか……でも、難しいわね」
「ああ、しかも次は使えないかもしれねぇ。こっちの手の内は今回の件で知られたようなモンだしな。開幕で大津波でも起こされたら一瞬で全滅だ」
「…………」
「……な、なんだよ」
「いえ………太陽もちゃんと考えるようになったなぁ、って」
「まぁな。調子に乗って痛い目に遭うのは玄武王で懲りたしな」
「ふふ、そうね」
「う、うぅ~ん……」
お、クリスが起きた。俺の腕の中でモゾモゾ動いてる。
とにかく、このままじゃサーペンソティアには勝てない。対策を練らないとな。