64・勇者のお話③
何やら声が聞こえる。オレの意識はボンヤリとしていた。
「ふむ·········海水浴場におかしな所は無いわね。モンスターが現れたのは沖の方だし、近くには遊泳客も普通に泳いでる。やっぱり沖を調査したいけど······」
「王族の調査船は全滅という話でしたね。ならば冒険者ギルドにお願いして船を出して貰うのは? 地元の漁師さん達は船を出してくれないんですよね?」
「ええ。モンスターが災害級危険種だとわかると、みんな漁を止めて休業してるみたいだし。でもギルドもどうかしらね」
「だったら、私達で船を借りて動かすのは? それなら危険は無いでしょー?」
「それは無理よ。モーターボートならまだしも、この世界の船は帆船よ? 知識の無いあたし達には不可能よ」
「もーたー? ボート?」
「う······い、いてて······」
「あ、タイヨウが起きたよ」
クリスがオレの近くに座ると、オレの頭をヨシヨシと撫でる。どうやら気を失ってたようだ。
「タイヨウ、痛くない?」
「あれ、オレは······あれ?」
「タイヨウ、ツクヨに殴られて気絶してたの。二時間くらいかなー」
「え······じゃあ、調査は?」
「終わったよ。それにしてもツクヨは酷いよ、どうせいつか見せる事になるのに、おっぱい見られたくらいでタイヨウを殴るなんてー」
「し、仕方ないでしょうが······心の準備だってあるし」
ああそうか、オレは月詠のおっぱいを見たんだ。
大きくもないけど小さくもないベストサイズ。白い肌に咲く桃色の突起。あぁ触ってみたい。
「タイヨウ、なんかエロい顔してるね」
「離して煌星、あと一発ぶん殴るから」
「ダメですよ月詠ちゃん。太陽くんが壊れちゃいます」
ヤバいヤバい、股間のマグナムを落ち着かせよう。ちょっと真面目な会話をして精神を集中させる。
「ええと、調査は?」
「この周辺は問題ないですね。目撃情報によるとモンスターは大きな蛇のような姿で人語を操るという事でしたので、やはり魔王四天王の線が濃厚です」
「調査するなら沖ね。とりあえず冒険者ギルドに船を出すように頼むけど······望みは薄いわ。さすがに命は惜しいでしょうしね」
「それに問題もあるよ? もし戦闘になったらどうやって戦うの? 水中じゃ私達は動けないし、『鎧身形態』でも呼吸は必要だよ?」
「うーん、クリスの魔術でもダメなのか?」
「ムリムリ、危険種くらいなら倒せるけど、水中の災害級危険種なんて倒す魔術は知らないよ。それこそ魔神級クラスの魔術を使わないと」
「うーん······困ったな」
暫し無言になる。
頭の悪いオレでもわかる。鎧身は強固な鎧だけど万能じゃない、呼吸は必要だし水中で戦えるような機能は付いてない。
「とにかく、沖に出る準備は必要ね。ギルドに掛け合いましょう」
月詠の提案で、オレたちはギルドに向かう事にした。
結論。ギルドは船を出してくれなかった。
冒険者全員が『海の魔物』の恐ろしさに震え、船を貸すのはいいが手は貸せないと言ったのである。みんなビビリ過ぎだろ。
「船だけあってもなぁ」
「うーん、考え方を変えましょう。例えば······沖に出るんじゃなくて、モンスターを誘き寄せるとか」
「はぁ? どうやってだよ」
「それを考えるの‼」
「うぉっ、お、怒るなよ」
月詠は怒りっぽい。カルシウムが足りねーんじゃねーのか? こんな時は甘い物でも食べるのが一番。近くの屋台でクレープでも買うか。
「月詠、せっかくだし甘い物でも食べようぜ。糖分を取ればいいアイデアが浮かぶさ」
「······そうね。じゃあ太陽、みんなの分を買ってきて。あたし達は一度ホテルに戻るから」
「わーったよ。じゃあ後でな」
「太陽くん、わたくしも手伝いますよ」
「いいって。女の子同士で町をブラついて来いよ」
「そうだね、たまには女の子同士で親睦を深めよっか。行こうツクヨ、キラボシ」
「はいはい」
「では、お言葉に甘えて」
オレの嫁三人は仲良く歩いて行った。まぁ焦らなくてもモンスターは逃げない。気分転換しながらオレも町を歩くか。
装備は『聖剣グロウソレイユ』だけで鎧も付けてないラフな服装だ。まぁモンスターが町に出るワケないし動きやすいからこれでいい。
散歩しながら露店のある中央通りまでやって来た。そして約束のクレープを買おうと露店に近付いて気がついた。
「············サイフ、忘れた」
ポケットの中には何もない。ヤバイな、海パンから着替えた時にホテルに置きっぱなしにしたんだ。小銭すらない。
「あー·········どうすっかな」
自分で言っておいて手ぶらで帰るのもなんか嫌だ。月詠のためにもクレープを買って帰りたいけど······あ、そうだ。
「よし、借りてこよう」
オレの目の前には、ウツクシー城が見えた。
オレはさっきの門番に挨拶する。
「これはこれは勇者様。どのようなご用事で?」
「ええと、ちょっと王様に話があるんだ。極秘なんだ」
「なんと······それは」
「王様と二人で話したい。この事は誰にも言うなよ、特にあの王女様にはな」
「······畏まりました。暫しお待ち下さい」
金を貸してくれなんて恥ずかしくて言えない。それにあんな美王女に知られたら格好悪くて失望されちまう。とにかく、王様なら気前良く金貸してくれそうだし、月詠達にバレないように釘を刺しておける。男同士ならきっとわかってくれるはずだ。
それから十分くらい経過すると、門番の一人が戻ってきた。
「勇者様、こちらへどうぞ」
「悪いね」
門番の後に着いて行く。
謁見の間とは別のルートに進んで行く。これはラッキーだ、金を借りるのに謁見の間だと不都合だからな。どうやら運はオレに向いてるぜ。
それにしても、どこまで行くんだ?
明らかに城の中じゃない。城の外周を回って裏口みたいなドアの前に到着する。
「こちらです。どうぞ」
「サンキュー」
ドアを開けて中に入ると、中はとても狭かった。
ここはどうやら物置みたいだ。木箱や使ってなさそうな古い鎧や盾がいくつも置いてある。それにしても王様はこんな場所にいるのか?
「······こちらへ」
「うおっ⁉」
足元から声が聞こえた。思わず後退りすると、足元の古い木箱がガタガタ横に揺れ、一人通るのがやっとの地下通路が現れた。
「勇者殿、こちらへ······急いで」
「ええと、はい」
オレはとりあえず指示に従った。
地下への階段を降りると、そこはまるで秘密基地みたいだった。天井は低く通気性も悪い、古いソファとテーブルと本棚しかない空間だけど、なんかワクワクする。
「ここはボクの秘密基地でね、ボクの部屋のベッド下から直接繋がってるんだ。これを知ってるのは歴代の王と王の信頼するたった一人だけ。キミが話しかけた門番は、ボクの長年の友人なのさ」
「はぁ」
ソファに座り酒を飲む男。もしかしてこの人が王様なのか?
男は傾けたグラスをテーブルに置くと、立ち上がって挨拶した。
「初めまして若き勇者よ。ボクはこのウツクシーの王であるフィルマメントだ」
「ええと、オレはタイヨウです」
「タイヨウ、いい名だ。強く勇敢な意思を感じる」
「いやぁ、どうもどうも」
なんか照れるな。おっと、さっそく本題に入るか。
「あの」
「大事な話とは······後継者の事だね?」
「へ?」
「仲間も連れずに一人で来るのはいいが迂闊過ぎる。もしキミが話しかけたのがプルシアンの手先だったら、いかに勇者と言えど危なかった。だがキミは見事ボクの元に辿り着いた。強さだけじゃなく運も持っている。キミは信用出来る」
「はぁ」
何言ってるかサッパリわからん。後継者ってなんだ? プルシアンって誰だ?
「伝説の勇者まで干渉するとは、やはりウツクシーの後継者問題は外部に広がってるのか。実に情けなく、申し訳ない······」
「ええと、後継者? あのー······なんか勘違いしてません?」
「え?」
「オレはその······サイフを忘れたんで金を貸して貰いに来ただけなんですけど」
「············は?」
王様は凍りついた。オレも頭をポリポリ掻いて苦笑いするしかない。
「え、じゃ、じゃあ、大事な用事とは」
「は、はい。少しでいいんで、こっそり金を貸してくれたらなぁ、なんて」
「お、王様と二人で話したい、とは?」
「あの、美人の王女に金の無心をするのは格好悪いから、その······王様なら男同士だし、楽かなーって」
「そ、それが極秘の話なのか?」
「そうっす」
「·········」
ヤバい、怒らせたかな。でも勝手に喋り出したのは王様だし、オレの落ち度はないはずだよな。
「そうか·········すまない、どうやら勘違いをしたようだ。今の話は全て忘れてくれ」
「は、はい」
「金は······これで足りるか?」
王様はポケットから一万コイン札を取り出した。クレープを買ってもお釣りが来るぜ。後で返すことを誓い、ありがたくお借りする。
「ええと······」
「·········」
なんか出づらいな。勘違いとは言え妙な期待をさせたようだ。何か事情がありそうだけど、どうしよう。
「あの、なんか手伝いましょうか?」
「その言葉を待っていた‼ さぁさぁ座ってくれ。是非とも勇者の力を借りたい」
余計な事を言ったと後悔しつつ、オレは王様の話を聞く事にした。