60・トラック野郎、緑の国を観光する
検問は特に怪しまれず通過し、俺たちアガツマ運送会社はモリバッカに入る事が出来た。
「おじさんおじさん!! なんかいいニオイがするっ!!」
「お、これは……肉のニオイだな……じゅるり」
「おじさん、わたしお腹へった!!」
「俺もだ。早く宿に向かって町を観光するか」
「うん!!」
助手席のアルルは元気いっぱいだ。窓から身を乗り出して外を眺めてる。
やれやれ、そんな格好だからパンツ丸見えだぜ? 流石に十歳の少女のパンツを見てハァハァする趣味はない。俺は紳士だからさりげなーくアルルに言う。
「ほらアルル、危ないぞ」
「はーい。あ、おじさんパンツみた?」
「いやいや、見てないぞ」
「えへへー、おじさんのエッチ」
うーん、可愛いけど一本取られたな。スカートを押さえてイタズラっぽくアルルは微笑んでる。このおませさんめ。
「おじさん、お宿はどこにするか決めてるの?」
「ああ。この都市で一番大きな宿にするよ。タマが案内してくれるんだ」
「そうなの? タマすごーい」
『恐縮です』
町に入る前に、タマに頼んで一番有名で高級な宿までのルートを検索してもらった。
森林都市と言うだけあって緑が多い。だが道はちゃんと舗装されてるし道幅も広い。トラックをジロジロ見る視線にはもう慣れたが、興味半分で後を追ってくる奴はうっとうしくてしょうがない。
ほんの少しだけ加速し、フロントガラスに表示されたルートを進む。
「森林都市、か……」
「おじさん?」
「いや、気持ちいいなってさ」
都会暮らしだから、こんな森林に囲まれるなんてなかった。
森林浴……気持ちいいじゃん。
ナビの案内で到着したのは、モリバッカで一番の高級宿である『森の止まり木』という宿だった。
驚いたのはその建築方法で、一本の大木の上にログハウスが何軒も建築されている。木の根元には本館と思われる宿があり、木の上には鳥小屋みたいなログハウス。こりゃ斬新で面白い。
トラックを馬車の駐車スペースに止め、荷物を持ってみんなで降りる。
「おぉ……まるで鳥小屋だな」
「まずは本館で受付ですね。部屋が空いてるといいんですが……」
「じゃ、行きましょ。出来れば一番上のロッジが良いわね」
「早く行こ!! お姉ちゃん早く!!」
「アルル、走ると転びますよ?」
「ほらアルル、待ちなさーいっ!!」
「きゃ---っ!!」
走り出したアルルをシャイニーが追いかけ、俺とミレイナとキリエはそれを見て微笑みながら歩き出す。
見上げれば鳥の小屋で、柔らかい日差しが俺たちの身体を包む。本来の目的を忘れそうになるくらい、俺はこの町に癒やされていた。
「なぁ、滞在予定は十日だったよな」
「はい。ギルドでの情報収集と、観光とお買い物です」
「その次はスナダラケ砂漠ですからね。準備はしっかりしないと行けませんからね」
「そうだな。今日は町で食事をしてゆっくり休もう。観光は明日だな」
時間はお昼を少し過ぎた頃だ。受付をして町に出ればちょうどいいな。
俺たちは、本館に向けて歩き出した。
受付にはシャイニーとアルルが並んでいる。二人の笑顔から推測するに、どうやら部屋がないと言うことはなさそうだ。
俺たちはシャイニーの元へ近づくと、嬉しそうにシャイニーは言う。
「あのさ、最上層ロッジが空いてたの。そこで良いわよね?」
「へぇ。値段は………一泊十万コイン!?」
人数にかかわらず、一泊十万コインのロッジだ。俺たちの滞在予定は十日。つまり百万コインがここで消える。
「………ダメなの?」
アルルが悲しそうに言う。おいおい、だって百万だぜ?
「当然、ここにするぞ!! 最上層なんて最高じゃんか」
「ホント!? やったぁ!!」
ふふふ。土砂の撤去作業で稼いだ金は百万程度で消える訳がない。ニナが撤去作業の功労者として特別報酬をくれたからな。ニナにはお土産を買っていこう。
と言うワケで最上層ロッジを借りた。お金も一括で支払い、俺たちは本館の裏へ案内される。どうやら専用のリフトがあるみたいだ。
リフトは高層ビルの窓拭きで使うような剝き出しのゴンドラで少し怖かったが、スピードも意外と速く五分ほどでロッジに到着した。
「へぇ……キレイなロッジだ」
「わぁ!! お姉ちゃん、すっごい広いよ!!」
「ホントね。ここで十日間過ごすのね」
ロッジは広く、部屋も立派な造りだ。大広間は立派な暖炉があるし、二階には個人の部屋がある。
ベッドもフカフカだし、何より驚いたのは外の景色だった。
「コウタさん、外……」
「おぉ……」
ミレイナと一緒に二階を散策してると、バルコニーから見える外の景色に釘付けだった。
モリバッカの町を見下ろせる景色に、ロッジの後ろには『聖樹ククノチ』がそびえ立つ。
「とんでもねぇな……」
「はい。すごいです」
暫し景色を堪能していると、シャイニーとアルルがやって来た。
「二人とも、町にご飯を食べに行くわよ」
「おじさん、ステーキ食べに行こ!!」
「わかったわかった。今行くから」
苦笑しつつ、みんなでリフトへ向かい町に降りた。
町にはいくつもステーキハウスがあり、中でも一番いい香りのするステーキハウスに入った。シャイニーが選んだ一番いい香りの根拠は分からないが、確かにいい匂いがする。
店員に案内され席に座り、さっそくメニュー表とにらめっこ。
「俺はオススメステーキセットで」
「私も同じので」
「アタシは……ジャンボステーキっ!!」
「わたしもっ!!」
「私はジャンボステーキに鬼辛デスソース付きで」
「よし。ってアルル、ジャンボステーキなんて食べられるのか?」
「うん。オナカ減ったしへーきだよ」
「食べられなかったら私が食べますので」
まぁキリエなら食えるか。っていうか鬼辛デスソースって。
注文を済ませ暫く待つと、それぞれのステーキが運ばれてきた。俺とミレイナのオススメステーキセットは普通のステーキにライスとサラダとスープ付きの一般的なセットだ。まぁ一般的なのがオススメなのはわかる。シャイニーとアルルとキリエのステーキは………デカい。俺のステーキの三倍はある大きさだ。シャイニーの頬がヒクヒクしてるのは気のせいだろうか。
「お、お、美味しそうじゃない!! いただきまーす!!」
「いただきまーすっ!!」
「では、いただきます」
シャイニーとアルルはさっそくステーキを食べ始める。キリエは真っ黒い地獄のようなソースをステーキにぶっかけてた。どうやらあれが地獄のデスソースみたいだ。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
俺とミレイナもナイフとフォークを使って肉を切る。柔らかくジューシーな肉汁が溢れ、口からヨダレが垂れそうになった。危ない危ない。
「では………」
肉を口の中に………うん、美味い!!
柔らかくジューシー、口の中でトロリとほぐれる食感。まるで上質のサーロイン。油はサラサラでしつこくない、何枚でも食べれそうだ。
「美味しいです、コウタさん」
「ああ、最高だ」
俺とミレイナはにっこり笑い、特に問題なく完食した。
問題はやっぱり、シャイニーだ。
「…………」
「キリエちゃん、ごめんなさい……」
「構いませんよ。お皿をこちらへ」
シャイニーは半分ほど食べると手が完全に止まり、アルルは半分も食べれずキリエに皿を渡す。キリエはあっさりと完食し、デスソースのお代わりまで貰っていた。
「キリエ……」
「ごちそうさま。もうお腹いっぱいです」
「…………」
「おや、何か用ですかシャイニー?」
「…………」
シャイニーはキリエに何かを訴えていたが、キリエは小首を傾げる。ありゃ確信犯だな。
「ぐぶ……」
「お、おいシャイニー!?」
「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
口元を押さえたシャイニーの背中を、アルルは優しくさすっていた。
リバースは避けられた、それだけ言っておく。
俺たちはステーキハウスを出て腹ごなしの散歩をしていた。おかげでシャイニーも落ち着いたのか、いつもの調子を取り戻したようだ。
「はぁぁ、美味しかったわね。また来たいわ」
「いいけど、もうお前は普通サイズだけな」
「………そうする」
「お姉ちゃん、あそこにジュースがあるよ、みんなで飲もう!!」
「アルル、危ないですから走っちゃダメですよ」
「はーい!!」
町には多くの露店が並び、その中の一つに飲み物を売ってる屋台があった。
口の中も脂っこいし、サッパリしたジュースでも買って飲もう。そう思い先に向かったアルルの元へ行く。すると。
「おねーちゃ、あぅっ!!」
「いってぇ、何だこのガキ……アブねぇだろうが!!」
「ひっ、ご、ごめんなさ……」
ガラの悪そうな冒険者二人組とアルルがぶつかり、アルルが尻餅をついた。
俺はアルルの元へ走りアルルを立たせて頭を下げる。みんなも俺の後ろに付いて来た。
「アルル、大丈夫か? ほら立って。申し訳ありません、怪我はありませんか?」
「いってぇなぁ兄ちゃんよぉ……こりゃ骨が折れてるわ。慰謝料払ってくれや」
「え……い、慰謝料?」
「へっへっへ、それともそっちの女で払うか? 一晩オレたちの相手してくれたら許してやるよ」
何ともまぁ、典型的なチンピラだ。頭悪そうな感じだがはっきり言って怖い。俺は善良な一市民だし、こんな風に絡まれるなんて日本でもなかった。改めてここが異世界だと実感する。
「あ、あの……」
「おい見ろよ、どれも美味そうな女じゃねぇか」
「へへへ、娼館に行く手間が省けたぜ」
「え、ええと……その、申し訳ありません。何とか勘弁して……」
「あぁん!? 何だ兄ちゃん、ぶつかっておいて詫び入れて仕舞いってか!? 舐められたモンだなぁおい!!」
「そうだなぁ、オメーがオレらのストレス発散に付き合ってくれるなら許してやっても良いぜ? どうするよオイ!!」
「ひぃぃっ!?」
ヤバい、メッチャ怖い。
チンピラ二名は指をゴキゴキ鳴らして俺に迫って来た。アルルもすっかり怯えてるし、絶体絶命の危機だ。
「………ゲス野郎が、見た目もだけど頭の中も腐ってるようね」
「え」
するとシャイニーが一歩前に出た。するとチンピラ二名は顔を見合わせ、シャイニーに向かって吠える。
「おい嬢ちゃん……今なんて言った?」
「見た目と頭の腐ったゲスって言ったのよ。一回じゃ理解出来ない辺り、ホントに頭が腐ってるみたいね。悪い事言わないから医者に行った方がいいわよ」
「………く、くくく、ははははは!!」
「がっはっはっはっはっ!!」
「あはははははっ!! ホントに狂ったみたいね!! おっかしーーーッ!!」
シャイニーの言葉にチンピラ二名は大笑い。シャイニーも釣られて大笑いする。これヤバいやつだ。
チンピラ二名はいきなり拳を振り上げると、シャイニーに向かって振り下ろした。
「死ねこのアマ!!」
「テメェは犯す!!」
シャイニーはまだ笑ってる。全く手加減のない拳はシャイニーの元へ。
「シャイニーっ!!」
ミレイナの叫び。俺は思わず目を逸らした。
「………え」
「流石ですね」
ミレイナの驚きと、キリエの無感動な賞賛が聞こえて目を開ける。するとそこにはチンピラ二名の手首を掴んだシャイニーが涼しい顔で立っていた。
「おっそ……それに力弱っ、この程度でアタシにケンカ売ったの?」
「いでででででっ!?」
「あだだだだだっ!? は、はなせ、離せぇぇっ!!」
「ふざけんな。そうね……アタシのストレス発散に付き合ってくれなら許してあげる。どう?」
「ひ、ひぃぃぃっ!? いでででっ!?」
「わ、悪かった悪かったぁだだだだっ!?」
「ふん」
シャイニーは手を離すと、チンピラ二名を睨み付ける。
「消えなさい」
その一言で、チンピラ二名は逃げていった。いやマジでカッコいいなシャイニー。正義のヒーローみたいな格好つけだった。
「お姉ちゃんかっこいい!! ありがとう!!」
「いいのよ。それより怪我はない?」
「うん。おじさんもありがとう」
「ああ。何もしてないけどな……」
いやマジで。すると、どこからかパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。音の方を見ると、そこには一人の男性が笑顔で手を叩いていた。何だコイツ?
「あら、丁度良いタイミングね。まさかここで会えるなんて」
「ははは、かっこいいいねシャイニーブルー。まるで正義のヒーローだ」
「あのね、見てたなら止めなさいよ。あんたの所の冒険者はチンピラしかいないの?」
「耳が痛いな。あれは流れ者の冒険者だから、仕方ないんだよ。さすがのボクもそこまでは管理できないさ」
青年は二十歳くらいだろうか、緑を基調とした狩人みたいな服を着てる。顔立ちはかなりのイケメンで、背中には弓を背負っていた。どうやらシャイニーの知り合いらしい。
「おっと、初めましての方が多いね。ボクはサルトゥース。シャイニーブルーの友人さ」
「ど、どうも……」
とりあえず頭を下げる。おいおい、このイケメンとどういう関係なんだよ。
するとシャイニーが捕捉してくれた。
「あ、こいつは『七色の冒険者』の一人、『緑の狩人サルトゥース』なの。ウツクシー王国の事を聞くにはもってこいの奴でしょ?」
「え」
どうやら、このイケメンはとんでもないヤツみたいだ。