58・勇者のお話①
青い空、白い雲、黄金の砂浜。
ここは海水浴場にピッタリなロケーションの海だ。夏になれば親子や恋人、友人達で賑わうことは間違いない。だがこの砂浜は全くと言っていいほど人が居ない。
それもそのはず。この海は遊泳禁止であり、海上に向かって大きな石造りの橋が架けられている。
石橋の先にあるのは大きな浮島。しかも石橋は一本ではない、数はなんと十本もの石橋が浮島に架けられている。
石橋の上には何台もの馬車が行き交い、大きな荷を積んだり、何人もの観光客を運んだりしている。
そう、ここは『水上王国ウツクシー』
少々女癖の悪い国王が治める観光王国。海産物やリゾートが有名で、休暇を楽しみに来る観光客や、別荘を持つお金持ち、旅の一休みに訪れる冒険者などで賑わう王国だ。
ウツクシー城と呼ばれる王城は浮島の中心に建ち、国全体を一望できるほどの大きさ誇る、ウツクシー王国のシンボルだ。
このウツクシーの国王である『フィルマメント・ウツクシー・ビューティフル』は、王様とは思えないラフな服装で王座に座っていた。
「そうか………まだ見つからないのか」
「はい……力及ばず、申し訳ありません」
フィルマメントの前に跪くのは、二十代後半ほどの美しい女性だった。
長く美しい蒼髪を丁寧に纏め、着ている服も高級感あるドレスだ。仕草の一つ一つが精錬され、彼女が王族であるのは間違いない。
「アルル……我が愛しき娘。ああ、会いたい、会いたいなぁ……」
「父上、アルルは必ず探し出します。どうか暫くお待ち下さい」
「わかってるよプルシアン。ぼくの愛しい娘。何度も言ったけど、ぼくの天使達の護衛を増やしてくれ。こうも王族ばかり賊に狙われるなんて、ぼくには耐えられないよ……」
蒼髪の女性ことプルシアンは一礼した。顔を押さえて悲しむ父の肩は震えている。
「父上、どうか元気を出して下さい。父上の娘プルシアンは、父上が心配です……」
「おお、すまない……だが、天使達の事を思うと……」
フィルマメントは五十代半ばだが、顔つきや体格はどう見ても三十代前半にしか見えない。そんな彼が肩を振るわせ泣く姿は、とても国王には見えなかった。
プルシアンは静かに一礼し、謁見の間を後にした。・
優雅な足取りで自室に戻ったプルシアンは、ドレスのままベッドにダイブした。
プルシアンは仰向けに寝転がると、顔を歪ませて悪態を吐く。
「ったく、なーにが天使だ気持ち悪ぃ。さっさと王座を明け渡せってんだよクソ親父!!」
ギリギリと歯を食いしばりながら父を罵る。それが聞こえていたのか、部屋の中に居たもう一人の女性がクスクスと笑う。
「くくく、怖い怖い……次期女王サマは随分と荒れてるわねぇ」
「ケッ!! あのクソ親父がさっさと王座を明け渡さねぇからだ。クソ姉妹を追放したり売り飛ばしたりしてんのがアタシだと知ったらどんな顔をするか見てみたいけどよ、それはアイツの死の間際に言うって決めてるからなぁ……ストレスが溜まってしょうがねぇよ」
「ふふふ、貴女が女王になるのは決まってるものね。後は王様が貴女を指名すれば済むのに、なかなか王様はそれをしない……」
「そうだ。おいアインディーネ、親父を脅してさっさと指名するように言えよ」
アインディーネと呼ばれた女性はクスクス笑う。藍色のセミショートヘアに浴衣のような服を着て、腰には着物のような帯を巻いている。そしてアインディーネの傍らには長い一本の片刃の長剣が鞘に収められていた。コウタが見れば「刀」と呼んだであろう。
アインディーネは肩を竦めて首を左右に振る。
「それはムリよ。そもそも、王様は『王令』を使っていないじゃない? だから貴女を指名しないのよ」
「チ……確かにな。ウツクシーの国王が出す至上の命令、誰にも覆すことが出来ない、一度だけ使うことが許される王の命令か」
「うふふ、あの王様はどんな命令を出すのかしらね」
「さぁな。歴代の国王はしょーもない命令ばかりだぜ? どうせ親父も大したことねぇよ。『ウツクシー王国の通行料金を無料に』とかじゃねぇの?」
「あはは、あの国王なら言いそうね」
プルシアンは冗談で言ったつもりはないが、アインディーネにはそこそこ受けた。
「くっくっく……もう少し、もう少しでアタシは王女になれる。アンタにバカ高い報酬を払ってまで王候補を始末して貰った甲斐があったぜ」
「言っとくけど、女の子や子供は殺してないわ。殺したのは男だけ、それにけっこう苦労したんだから……盗賊に見せかけたり、事故を装ったりね」
「わかってるよ。残ってる候補は赤ん坊や喋ることも出来ないガキばかり……アタシの王座はもうすぐだ」
プルシアンの歪んだ笑みに、アインディーネは暗く微笑む。
「うふふ、やっぱり貴女、いい顔で笑うわね……」
「ん?……おい、何だよお前、こんな昼間からか?」
「いいじゃない、ちょっとだけ……」
「チッ、仕方ねぇな……」
アインディーネが立ち上がり、プルシアンの隣に座る。
二人分の重量にベッドが軋み、二人の顔が徐々に近づく……すると。
「失礼します。プルシアン様」
部屋のドアがノックされた。
アインディーネは不機嫌になったが、プルシアンはその顔を押しのけて深呼吸する。そして心の中でスイッチを入れると、立ち上がり豪華な椅子に腰掛けた。
「どうぞ、お入り下さい」
「失礼します」
入ってきたのは城の執事。簡潔に用件だけを伝える。
「勇者様がお見えです。謁見の間にお越し下さい」
*****《勇者タイヨウ視点》*****
オレは伝説の勇者タイヨウ‼ 泣く子も尊敬するこの世界の救世主だ。今日も三人の嫁を引き連れて世界中を冒険するぜ‼
オレたちは青い海がとてもキレイな水上王国ウツクシーにやって来た。ここはリゾート地として有名だし、旅の息抜きも兼ねてこの国の王様に挨拶しに来たのだ。
「太陽、わかってるわね」
「わーってるよ月詠。滞在は一週間だけだろ? バカンスとしては短いけどしょうがないな」
「違う‼ この国に来たのは災害級危険種を倒しに来たからでしょ‼」
オレの嫁一号である『獅子神月詠』は、黒いポニーテールを揺らしながらプリプリ怒る。そういえば旅の途中でオレサンジョウから手紙を貰い、救援要請を受けてやって来たんだ。すっかり忘れてた。
「まぁまぁ月詠ちゃん。確かに依頼は大事ですけれど、この美しい海を見て遊びたくなる気持ちもわかりますよ」
「う······まぁ、確かに」
俺の嫁二号の『延寿堂煌星』は、潮風で揺れるゆるふわウェーブを手で押さえながら言う。さすがにわかってるな。
「さっすが煌星だぜ。へへへ、さっさとモンスターをぶっ飛ばしてバカンスと行こうぜ。なぁクリス」
「うん、そうだねタイヨウ。私の水着姿、タイヨウに見せてあげたいな♪」
「お、おう······」
金髪ロングヘアーの『クリス・エレイソン』は、オレの腕にじゃれつきながら言う。可愛いしオレにベタ惚れのクリスは聖女と呼ばれた奇跡の少女らしい。なんでも、どんな怪我でも治す奇跡を神から貰ったそうだ。細かい事はよく知らんけど。
オレたちはウツクシーに到着し、まずは王様に謁見する。すると月詠が言う。
「何でも、王様は体調が良くないみたい。どうやら王様の子供達が何人も行方不明になってるそうよ」
「可哀想に······何故そんな事に?」
「さぁね。王様の後継者争いって言われてるけど、あたし達には関係ないわ。とにかく、災害級危険種の情報を貰って仕事をしましょう」
「はーい。ねぇツクヨ、キラボシ、その後はバカンスでしょ?」
「······まぁ、そうね」
「やたっ‼」
バカンス、それはつまり水着で泳ぐという事だ。
オレも男だしみんなの水着姿には興味津々だ。三人の誰とも一線は超えてないし、オレはここで覚悟を決める。
誰もいない砂浜、夜空に輝く星と月、そしてオレに寄り添う三人の嫁······誰と最初にするかで揉めるかも知れない。だからオレは言ってやるんだ。
『この空で一番輝いてるのは月だ。だから月詠······キミが最初だ』
『た、太陽······あたし』
『煌星、クリス、もちろんキミ達が輝いてないわけじゃない。オレは三人を平等に愛してる。だけどオレの竿は一本しかないんだ』
『わかってます。太陽さん』
『私も、タイヨウを信じてる』
『ありがとう······じゃあ行くぞ月詠っ‼』
『来て、タイヨぉぉぉっ‼』
なーんて、なーんてな‼ いいねいいね、漲って来たぜ‼
「よぉーし行くぜ‼ モンスターなんざオレがぶっ飛ばしてやる‼」
「ええと、太陽さん、どうしたんでしょうか?」
「ふん。どうせ不埒な事でも考えてるんでしょ。あの顔は碌でもない事を考えてる時の顔よ」
「へぇ、ツクヨはそんな事までわかるんだね」
お父さん、お母さん、オレはこのリゾートで男になります。見てて下さい。
オレを先頭に、ウツクシー城へ向けて歩き出した。