56・トラック野郎、撤去完了
それから一ヶ月。俺は配達が休みの日に現場に赴き、土砂の撤去作業を行った。
おかげでブルドーザーの運転にかなり慣れた。やっぱ考えるよりも身体で覚えるのが早い。これは全ての運転に共通することだと思う。
それに、頑張ったのは俺だけじゃない。冒険者達もかなり頑張って作業した。理由は気に食わないが、それのおかげで作業が予定よりも早く終わったのは複雑な誤算だ。本来なら最長で十五日の予定が、十日で殆ど開通した。
問題の理由がこれだ。
ある日、昼食が終わって数時間、やや小腹が空いた頃だった。俺はブルドーザーを止める。
「みなさーん、おやつですよー」
「「「「「オォォォーーーッ!!」」」」」
「………」
俺は冒険者達の魂の雄叫びを聞く。
そう、ミレイナが差し入れを作るためにブルドーザーに乗車しているのだ。
ミレイナのフルーツパイが大好評だった旨を伝えるとミレイナは大いに喜び、毎回凝りに凝った差し入れを作るようになった。そしてそれを俺が振る舞うたびに、ミレイナ人気は加速。ついにトラックのキッチンで出来たてホヤホヤのおやつを作るまでになっていた。
ミレイナはいつの間にか、冒険者達のアイドルになっていた。中にはミレイナにちょっかいを出そうとした奴も出たが、ニナがミレイナをガードしたり、他の冒険者にタコ殴りにされていた。どうやらここの冒険者にとってミレイナは癒やしであり、触れてはならない天使のような存在らしい。なんじゃそりゃ。
「今日のおやつはパンケーキ♪ 甘いハチミツを掛けて召し上がれ♪」
「「「「「ギャオォォォォーーーーーッ!!」」」」」
「…………」
なんぞこれ。何か獣みたいな叫びになった。
ミレイナは癒しの笑顔を振りまきながら、いつの間にか設置されていたテントで焼きたてパンケーキの配布を始める。ミレイナに不埒なマネをさせないように、近くにはニナが控えていた。
「はい。ハチミツたっぷり、疲労回復にはもってこいです。これを食べて頑張って下さいね」
「は、はいぃぃっ!! うぉぉぉぉぉっ!! みなぎってきたぁぁぁぁぁーーーッ!!」
「…………」
何がだよ。もう俺は疲れたっての。
俺もテントに向かい、ミレイナからパンケーキの皿を貰う。
「皆さん、私の作ったお菓子を美味しいって……嬉しいです」
「よかったな、ミレイナ」
「はい!!」
俺としては複雑だけどな。
すると、パンケーキを貪る冒険者を眺めていたニナが近くに来る。
「お疲れ様、ミレイナ、社長」
「お疲れ様です、ニナさん」
「お疲れさん。ニナも大変だな」
ニナはパンケーキの皿を受け取り、満足そうに微笑む。
「いや、ここまで早く作業が進むとは思わなかった。私としては全く大変じゃない。むしろ社長のおかげでかなり楽をさせて貰えてる………ふむ、やはり美味い」
パンケーキを食べながら言うニナに、俺とミレイナは微笑んだ。
そんな感じで作業は進み、ウスグレー参道はようやく開通した。
ギルドから報酬を貰い、それをウツクシーに向かうための資金に充てた。
一ヶ月前から休業の知らせをしていたので会社は休業。今日は出発の支度をするために買い物に行く。メインは食材だ。こればかりは新鮮な物を買いたい。
「では、私とキリエで食材を買いに行きますね」
「じゃあ、アタシはアルルとお買い物に行くわ」
「えへへ、お姉ちゃんとお買い物。ねぇねぇ、わたしケーキが食べたい!!」
「はいはい。仕方ないわね」
「では社長、行って参ります」
「ああ。ホントに俺は行かなくていいのか?」
「はい、社長はゆっくり休んで下さい」
何でも、ずっと土砂の撤去作業をしていた俺は休んでいいとの事。これからかなりの距離を運転しなくてはならないため、今日は何もせずにゆっくり休んでくれと、みんなが気を遣ってくれたのだ。
ありがたいが、やることがないと暇だ。なので相棒の所へ向かう。
「おーいタマ、暇だから相手してくれ」
『お疲れ様です。社長。相手とは?』
「いや、暇だからさ。何かゲームでもないか?」
『残念ながら、ゲーム機能は搭載されていません。申し訳ありません』
「いやマジで謝るなよ……冗談だって」
搭載されてたら逆に驚くわ。あり得そうで怖いが付いてないらしい。ある意味とても残念だ。せっかくだし暇つぶしに聞いてみるか。
「なぁタマ、デコトラカイザーってロボットだよな?」
『肯定です。正確には神が生み出した機械の神です。社長の《デコトラ》がコントローラーであり命です。故に社長が死亡すればデコトラカイザーも崩壊します』
「ふーん……神ねぇ。俺を蘇らせたのも神だし、もしかしてその神様は特撮好きだったのかな」
『回答不能』
「はは、そりゃそうだ」
俺は運転席に寄りかかりながら、タマと会話する。
最近の事や仕事のこと、タマは感情と言うよりは質問に対する答えを述べてるだけに聞こえるが、俺にはタマには意思があると思ってる。声も女性だし、きっと美人だろうな。
「………ふぁ」
『社長。お疲れのようです。休息をお勧めします』
「………そう、だな」
睡魔が俺を襲う。俺は席に浅く座ると目を閉じた。少し運転席で休ませてもらおう。
『お休みなさい。社長』
俺の意識は、ゆっくり闇に溶けていった。
そして翌日。ウツクシーに向けて出発の日。
俺たちは朝食を済ませ、会社の前に並んでいた。
「えー、まずはウスグレー参道を抜けて森林都市モリバッカに向かう。その後にスナダラケ砂漠を超えて水上王国ウツクシーに到着のルートだ。かなりの長旅になるからな」
「はい。わかりました」
「りょーかいよ」
「わかりました。社長」
「はーい‼」
みんな元気でよろしい。それぞれの旅支度もバッチリだ。
俺は普段着に拳銃を装備のスタイルで、アルルはシャツとスカート、ミレイナは可愛らしいシャツとミニスカート、シャイニーはいつものフル装備に、キリエは何故かシスター服を着ていた。
「キリエ、あんた······暑くないの?」
「ええ。このシスター服には魔術が施されてますので、外気温に合わせて温度が変化する特注品なんです」
「うっそ⁉ そんな魔術聞いたことないわ‼」
「はい。嘘ですから」
「·········」
シャイニーとキリエは置いておこう。確かに、最近は少し暑くなってきた。この世界にも四季ってあるのかな。
「ねぇミレイナちゃん。モリバッカってどんなところ?」
「モリバッカは自然に囲まれた都市ですよ。そうですね······このゼニモウケとは正反対の都市ですね」
「せいはんたい?」
「ええと、狩猟や木材建築に力を入れた都市······ええと、ちょっと説明が難しいですね」
いやはや、こっちは和むね。ミレイナとアルルはモリバッカの話をしている。そういえば俺も知らないな。
「よーし、じゃあ出発するぞ。目的地は水上王国ウツクシーだ」
本来の目的は、アルルのお母さんを探す事だ。もしかしたら辛い事実に直面するかも知れないけど、それならそれで俺たちがアルルを支えればいい。
助手席にはミレイナが座り、他の三人は居住ルームへ乗り込む。
「皆さんで出かけるのは久し振りですね」
「だな。玄武王の討伐以来だな」
まさか今回はそんな心配しなくていいよな。行くとしてもウツクシーだし、人間関係のドロドロはあっても、魔王なんて物騒なイベントはありえない。それこそトラックを変形させるような事態にもならないはずだ。
「そういえば、モリバッカにもスターダストってあるのか?」
「もちろんです‼ あの、寄れますよね⁉」
「うぉっ⁉」
ミレイナが詰め寄って来た。近い近い。
「も、もちろんだ。モリバッカで補給しないといけないし、アルルに観光もさせてやりたいしな」
「やった‼」
まぁ、観光気分でのんびり行きますか。もしアルルの母親がアルルを受け入れなかったら、俺たちが受け入れてやればいいし、あまり深く考えずに先に進もう。久し振りの遠出だし、のんびり行きますかね。
「タマ、案内よろしくな」
『畏まりました』
俺はトラックを発進させ、ウスグレー参道へ向かった。
この時は、あんな事になるなんて思わなかったよ。