55・トラック野郎、撤去作業開始
午前中の配達を終え、事務所で昼食を終える。
その後、俺は一人で冒険者ギルドに向かった。土砂の撤去作業の協力を申し出るつもりだ。
冒険者ギルドの馬車スペースにトラックを駐車させ、ギルドの中へ入る。するとギルド内は疲れ切った顔の冒険者や、酒を飲みながら食事をがっついてる冒険者で溢れていた。
「……汗臭い」
思った通り、ここにいる冒険者達は撤去作業の帰りだ。最優先の依頼は冒険者総出で行わなくちゃいけないらしい。逃げたり不当な理由で作業をすっぽかすと、相応のペナルティがある。例えば冒険者等級の降格処分とか。
おっと、まずはニナに会わないと。俺はいつもの受付お姉さんの元へ。
「すみません、ニナ……ニーラマーナギルド長は居ますか?」
「あ、はい。少々お待ち下さいね」
受付お姉さんは立ち上がり、ギルドの裏に走って行く。しかも声が聞こえてきた。
「ギルドちょーっ!! 彼が来ましたよーっ!! ニナに会いに来たって行ってますよーっ!!」
おい、なんかニュアンスがおかしいぞ。まるで恋人に会いに来たみたいじゃねーか。
すると受付お姉さんの首根っこを掴みながらニナが現れた。
「やぁコウタ社長、何か用かな?」
「あ、ああ。その……」
俺の視線は受付お姉さんへ。よく見ると頭にはたんこぶが出来てる。
「ん、ああ、コイツは気にするな。不埒な勘違いをしてたからお仕置きしただけだ」
「そ、そうか」
ニナは気絶した受付お姉さんを無理矢理イスに座らせると、改めて俺に言う。
「さて、立ち話も何だ、こちらへ」
「ああ、ありがとう」
ニナに案内され応接室へ。さっさと用事を済ませるか。
以前も来たことがある応接間に案内され、柔らかなソファに座る。
ニナも座った事から特にお茶などは出されない。ニナらしいというか何というか、俺もお茶を飲みに来たわけではないから、さっさと用事を済ませる。
「さっそくだけど、ウスグレー参道の土砂の撤去作業はどうなってる?」
「ん? ああ気になるのか。そうだな、正直なところ全く進んでいない。今はようやく二次災害が起きないように魔術で斜面に岩を設置した。ここからは手作業で土砂を取り除く作業だが……数ヶ月は掛かるだろうな」
「なるほど……」
魔術というのは予想外だが、俺の出番はありそうだ。
「実は、ウスグレー参道の先にあるモリバッカを経由して、水上王国ウツクシーに行かなくちゃいけない。だから土砂の撤去作業を急いで欲しいんだ」
「………気持ちは分かるが、現状の人数では」
「だから、俺に手伝わせて欲しい」
「………何?」
ニナは訝しげに俺を見る。多分だけど、俺の体つきを見てるんだろうな。悪いけど俺は中肉中背の一般的な体型だ。力仕事はそんなに得意じゃない。
「ああ、俺がスコップ片手に掘るんじゃなくて、トラックを使うんだ」
「あの運送道具をか?」
「そうだ。報酬とかはいらないから手伝わせてくれ」
「ふむ、手が増えるのはありがたいが、どうやって……」
「そこは信用してくれ」
「……わかった、手を貸してくれ。それと報酬は支払おう、労働である以上対価は支払わないとな」
「いやでも、俺は冒険者じゃないし……」
「気にするな。本来なら商人や兵士にも手を貸して貰うのが当たり前なのだが、奴等は急かすばかりで手伝おうともしない。皆が通る参道なのに冒険者ばかりに負担を強いるのがおかしいのだ、報酬を支払うのは当然だ」
まぁ確かに、どうして冒険者ギルドだけで撤去作業をしてるんだろうと思ったが、そういう事なのか。商人だって兵士だって街道や参道は使うのにな。
「仕事もあるから毎日は厳しいけど、週の二日は手伝える。その時は現場に向かうから」
「ああ、助かる」
こうして、俺は土砂の撤去作業を手伝うことになった。
週に二日というのは、配達日ではない日の事だ。
この日は倉庫整理や事務作業を行う日で、俺は土砂の撤去作業に向かう。
シャイニーも付いて来たそうだったが却下した。だって俺が運転するだけだし、事務作業もそこそこ忙しいからミレイナ達の手伝いは必要だからだ。
新体制に入り、さっそくその日がやって来た。出発前にミレイナ達が見送りに来てくれる。早朝のためアルルはまだ寝ているようだった。
「いいなー、アタシも行きたい」
「駄目ですよシャイニー。今日は伝票整理のお手伝いです」
「はーい、ちぇ」
「シャイニー、おやつにフルーツパイを焼きますから、我慢して下さいね」
「マジでっ!? 頑張るっきゃないっしょ!!」
「み、ミレイナのフルーツパイだと……」
「ふふ、コウタさんの分もちゃんとありますよ。それと、お弁当です」
「おぉぉっ!?」
なんと、ミレイナがお弁当を用意していた。しかもフルーツパイは大きなバスケットに入ってる。量もかなりありそうだ。
「たくさん作りましたので、冒険者の皆さんと食べて下さい」
「……天使か」
いやマジで。思わず声に出してしまった。
俺が独り占めしたいが、そんな卑怯なマネはしない。冒険者のみんなと共有して、天使ミレイナの作ったフルーツパイの美味さを称えよう。
「じゃ、行ってくる」
ミレイナ達に見送られ、俺は現場に出発した。
ウスグレー参道へ続く街道はトラックフォームで走り、目的地の近くでブルフォームに変えることにした。ぶっちゃけキャタピラじゃスピードは遅いし振動でケツが痛くなる。
そしてウスグレー参道まで残り一キロほどの場所で、俺はタマに言った。
「タマ、ブルフォームにチェンジ」
『畏まりました。ブルフォームチェンジ……完了』
運転席がガラリと変わり、俺はギアを入れてアクセルを踏む。オートマだからギアを変えるだけで自由に速度が変わるから楽でいい。
ちなみに俺はブルドーザーもホイールローダーも運転できる。講習を受けたから問題ないけど、運転は久し振り過ぎてけっこう不安だ。
「えぇと……アクセル、ブレーキ……そんでこれがバケットを動かすレバーで……」
それぞれのレバーを確認しながら少しずつ動かす。取りあえずは何とかなりそうだ。
「よし、行くぞ」
再び前進。目的地は直ぐそこだ。
ちなみに今日はニナも現場に来てるそうだ。どうやら週の半分以上は現場で指揮を執ったり冒険者を労ったりしてるらしい。さすがギルド長だ。
ブルドーザーが近づくと、俺の目でも分かるくらい冒険者たちが指さしてるのが見えた。しかも中には武器を取り出そうとしてる者も居るが、俺を察したニナが冒険者を諫めてる。
注目されるのにもかなり慣れた。俺は現場に到着すると、やかましいエンジンを止めて窓を開ける。するとニナが驚きを隠さずに言った。
「や、やぁ社長………何から聞けばいいのか」
「まぁ取りあえず聞くな。それより……」
俺の視線は目の前の土砂崩れ現場だ。ウスグレー参道は横幅がかなりあるが、全て山の斜面から流れた土砂で塞がれている。そして二次被害が起きないように、山側の道に巨大な岩が列をなしていた。どうやらストッパーの代わりみたいだが、魔術で作ったらしい。
「………いけるな」
見た感じ、土砂を掬いながら掘り進めばいい。手作業の何十倍も速くやれる。
「コウタ社長、いけるのか?」
「ああ任せろ。それと冒険者達を下がらせてくれ」
「わかった」
よし、目立つのはイヤだがもうかなり注目されてるし開き直る。ついでに驚かせてやるか。
ニナの合図で冒険者達が下がり、全員がブルドーザーを見守る。
「じゃ、行くぞ」
エンジンを掛け、ゆっくりと前進する。
土砂の手前で止まり、バケットを操作して位置を決める。そしてゆっくりと前進して土砂を掬い取った。
「おぉ……スゲぇパワーだ、こんなに力があったなんて」
『デコトラカイザーのエンジンレベル三十。この程度の土砂では障害にもなりません』
「エンジンレベル……なるほど、パワーの事か」
驚いてるのは俺だけじゃなかった。後ろでブルドーザーを見ていた冒険者達も、大量の土砂を掬い取ったバケットを見て驚いていた。
「見ろよすっげぇぞ!! あれなら早く終わるぜ!!」
「あれが噂のアガツマ運送会社か!!」
「さっすがギルド長の恋人だぜ!! やるときゃやるんだな!!」
「あんな秘密兵器が作られてたなんて、スゲーダロの技術も凄いぜ!!」
何かいろいろ言ってるな。何人かがニナに殴られてるけど、どうしたんだ?
掬い取った土砂は少し離れた街道脇の広場に捨てた。まずは参道の開通を優先させるため、この広場に山積みして構わないらしい。
「さぁ、私たちも負けられないぞ。一日も早く開通させるために手を動かせ!!」
「「「「「オォォォーーーッ!!」」」」」
冒険者たちの雄叫びが聞こえ、屈強な男達がスコップ片手に作業を再開する。
流石に一日では終わりそうにないが、このペースなら早く終わりそうだ。
『このペースで週二日。開通までの時間を再計算します…………計算完了。ウスグレー参道の開通は十二日から十五日となります』
「おぉ、かなり早いな」
『はい。ですので、アガツマ運送会社の休業申請を提案します』
「あー……そっか」
つまりウツクシーに向かう準備だ。それにウツクシーの前にモリバッカを経由する。ちょっとした観光気分にもなるな。
「よし、ウツクシーの出発は一ヶ月後だな。それくらいならいいだろ?」
『肯定します』
よし。そうと決まったら俺も作業に戻ろう。
たっぷりと労働して、ミレイナの美味しいお弁当を食べる。そしておやつにミレイナのフルーツパイをみんなで食べる……うん、俄然やる気が出てきた。
俺は再びアクセルを踏み、土砂へ向かって進み出した。