53・トラック野郎、アルルに話す
アルルを連れてアガツマ運送へ戻って来た。
「さ、ここがアタシたちの家よ」
「わぁ〜······大っきなお家だね」
まぁ会社だしな。住居は二階だし、ガレージに荷物倉庫もある。普通の家よりは遥かにデカいだろうな。
シャイニーはアルルの手を引いて二階へ。俺はアルルの荷物である小さなカバンを持っていた。二階からは良い香りが漂い、ミレイナのあったかご飯が俺たちを待っている。
「ただいまーっ‼」
「ただいま、ミレイナ、キリエ」
「おかえりなさい、コウタさん、シャイニー」
「おかえりなさい、社長、シャイニー」
二人とも私服に着替え食事の支度をしてる。すると視線はシャイニーの背に隠れたアルルへ向く。ミレイナは優しく微笑んでアルルの傍へ。キリエはその後ろへ。
「初めまして、私はミレイナです。よろしくねアルル」
「私はキリエ・エレイソンです。お見知りおきを」
「あ······わ、わたしはアルルです。よろしくおねがいします。ミレイナちゃん、キリエちゃん」
二人はちゃん付けに少し驚いたが、すぐに微笑んだ。
「さぁ、食事にしましょう。今日はご馳走ですよ」
「お、やったぁ‼ さてアルル、部屋はアタシと一緒よ。着替えてご飯にするわよ」
「はーい‼」
シャイニーは俺からアルルのカバンをひったくると、そのまま二人で自室に消えた。
「綺麗な蒼い髪と瞳。二人は間違いなく血縁関係にありますね」
「ふふ、そうじゃなくても姉妹みたいですけどね」
「そうだな」
さて、俺も着替えて来るとしますかね。
アルルの歓迎会を兼ねた夕食はとても楽しかった。
ミレイナ特製のオムライスを頬張るアルルは凄く可愛らしく、最初の緊張が嘘のようにアルルは二人に懐いた。
食事を終えて談笑してると、アルルを抱っこしたシャイニーが、今日の帰りに出会ったニナの事を話した。
「つまり、ウツクシーに行くためには土砂崩れの撤去作業を手伝わなくちゃ行けないの。そこでまた仕事を少し減らしたいんだけど······」
シャイニーは少し言いにくいのか不安げだ。またキリエに何か言われるのを恐れてるのかも。
「それなら問題ありません。配送のスケジュールを立てましたので、これからは毎日配達に出る事はありません。空いた日に土砂崩れの撤去作業をすると良いでしょう」
「す、スケジュール?」
「はい。これからは週七日のうち週四日を配達日として、残りの二日を倉庫整理や書類整理、残りの一日を休日に当てたいと思います。さすがに毎日配達だとこちらの身が持ちませんし、前々からタマとミレイナに相談していたんです。細かな詳細を書いた報告書がありますので、社長の判断をお聞かせ下さい」
するとキリエはテーブルの下から報告書を出して俺に手渡す。さすがに驚いたぜ、ここまで自力で考えていたとは。
「······なるほどな。実は俺も同じ事を考えてたんだ」
仕事が軌道に乗るまでは毎日配達をしてたが、やはり休みは必要だ。みんな若い女の子だし、買い物やお茶をして休みを満喫したい気持ちもあるだろう。
キリエの報告書は細かい記載までされ、文句の付けようがなかった。会社に設置する配送日を明記した看板の制作費と見積書まであったしな。
「よし。さっそく看板の発注をしてくれ。数日はいつも通り営業するけど、看板が完成しだい新体制で行こう」
「畏まりました。明日にでも手配致します」
うんうん、やっぱり休みは必要だよな。これで週一日の休みは確保出来た。本来ならもっとヌルいスローライフ生活を送ろうとしてたのに、いつの間にか仕事人間になっていた。ミレイナ達も不満を言わなかったから甘えてたぜ。
話が難しすぎたせいか、アルルがぼんやりしてる。寝る前にいくつかは話しておかないといけない事がある。
「アルル、ちょっといいか?」
「ふぁ······なーにおじさん?」
どうもおじさんが定着してる。悲しい。
「アルル、ウツクシーに行くまで暫く掛かる。お母さんに会えるのは時間が掛かりそうだけど、我慢できるか?」
「うん、だいじょうぶ。お姉ちゃんもいるし」
アルルはニッコリ笑う。ここまではいいが問題は次だ。アルルは小さいけど理解する必要がある。アルルの今後の人生に関わる事だし、ウツクシーに向かうまでに心を整理しておけばちがうはずだ。
「よし。それと、アルルの人生に関わる事だから言うぞ。もしも、もしもお母さんと一緒に暮らせないとしたら······」
くそ、小さな子にこんな事を言うのは気が重い。だけど言わないといけない。
「······お母さんが、わたしを要らないって言うの? お母さん、わたしが邪魔なの?」
「それは······」
アルルは悲しそうに俯く。そりゃそうだ、お母さんと離れ離れになって孤児院に連れて行かれ、やっと会えたと思ったらいらない子扱いされるなんて悲しいなんてモンじゃない。
するとシャイニーが言う。
「アルル、お母さんはきっとアルルに会いたがってるわ。だけどね、アルルのためにアルルと暮らせないかもしれないの。もしそうなっても我慢出来る?」
「わたしの、ため?」
「そう。アルルのお母さんは、きっと辛いと思う。でもアルルを愛してる事は間違いないわ。もしお母さんがアルルを拒絶しても、アルルは頑張れる?」
「······わかんない。わたし、お母さんに会いたい」
ミレイナとキリエは黙っている。どうやら俺とシャイニーに任せるようだ。とはいえ、俺にはもうできる事はない。
「難しいかもしれないけど、ゆっくり考えて。お母さんと一緒に暮らせない時は、アタシと一緒にこの家で暮らしましょう」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
するとキリエが、アルルに質問をした。
「ところでアルル、貴女はどうやってこのゼニモウケに来たのですか? ウツクシーからゼニモウケはかなり距離がありますし、かなりの長旅になったはずですが」
「えっとね、最初はお母さんとお城にいたの。おっきなお庭を散歩しながら、お母さんの育てたお花を眺めてたの」
「なるほど、ウツクシー城の庭園ね」
「そしたらね、いきなり真っ暗になったの······わたし、動けなくて、気が付いたら眠くなって······起きたら馬車の中だったの」
とんでもないな。それって攫われたって事じゃねーか。まさか誘拐されてゼニモウケに来たとはな。
「ねぇアルル、アルルがいたお城の王様は誰?」
「おうさま? 王様はパパだよ。《フィルマメント・ウツクシー・ビューティフル》ってお名前で、わたしやお姉ちゃんと同じ蒼い髪と瞳なの」
「ぶふっ」
ちょっとシリアスなのに吹き出してしまった。何だよウツクシービューティフルって。それが名字なのか?
するとシャイニーが顎に手を当て、名探偵のようなポーズで言う。
「なるほど。まだ王座はアイツの手に渡ってないようね······さしずめ、王候補の子供達を徹底的に始末してるってところかしら」
「そんな、酷いです······」
「ですが、そんな乱暴な手段を使えば国王が黙ってないのでは?」
「あぁ無理無理、あのバカ王はスケコマシのお人好しで、自分の子供が他の子供を始末してるなんて夢にも思ってないでしょうね。『母は違えど皆が家族』とか言ってる平和ボケ男だから、次期王候補同士で争ってる事すら知らないんじゃないかしら」
「さ、さすがにそこまで言ったらまずいだろ」
「事実よ。多分、有力な候補である上の兄貴達は殺された可能性もあるわね。武闘派の兄貴もいたから数人は残ってるかも……うーん、わかんないわね」
「え、で、でもシャイニーは? もう五年も帰ってないんですよね」
「アタシは追放だからね。国宝を壊した罪は王族でも許されない事だし、今更あのバカ父なんてどうでもいいけどね」
おいおい、ウツクシーの王様はとんでもない人みたいだ。ちょっと無責任過ぎるだろ。するとキリエが再度アルルに確認する。
「アルル、攫われた時の事、何か覚えていませんか?」
「ちょっとキリエ、どういうつもりよ」
「いえ。ウツクシーに向かう事は決定してますので、どんな些細な情報でもデータがあれば対応できます」
なんかキリエの考えはタマみたいだ。データや情報は必要だけど、こんな小さな子に聞くのはどうかと思う。だけどアルルは答えてくれた。
「えっとね、わたし、抱きしめられたの」
「ふむ、それで?」
「それでね、おっぱいがすごく柔らかい人だったの」
「ふむ、アルルを攫ったのは女性ですか」
冷静だけど何とも言えん。もの凄いデブの可能性だってあるだろ。
「あとは·········あ、そうだ。綺麗な色だった」
「綺麗な色?」
「うん。髪の毛」
アルルはこくりと頷き、はっきりと言った。
「とっても素敵な『藍』色の髪だったよ」