50・トラック野郎、やっと給料を渡す
コピ商会に発注した伝票やシールを受け取り、俺とシャイニーは会社に戻って来た。ミレイナ達も午前中の受付が終わり、お昼の支度と午後の準備をしているだろう。
トラックをガレージに入れて降りると、ガレージ横の荷物倉庫で荷物のチェックをしてるキリエと遭遇した。
「おかえりなさい。社長、シャイニー」
「ああ、お疲れ様キリエ、ただいま」
「·········おつかれ」
シャイニーはポツリと呟く。どうやらまだ気にしてるようだが、それに比べてキリエは全く気にしていないように声を掛ける。
「そろそろお昼の時間ですね。今日はミレイナ特製の野菜カレーですよ」
「お、そりゃいいな。腹減ったぜ」
「野菜カレーっ‼ いいわね、最高よ‼」
キリエは微笑むと、持っていた折り畳みバインダーを閉じて言う。シャイニーも野菜カレーの誘惑に負けたようだ。一人でさっさと二階へ上がってしまう。
「では行きましょう。私もお腹が空きました」
「だな。続きはメシの後でだ」
とりあえず、ミレイナのあったかご飯が最優先だ。
二階に上がった俺とキリエは、手を洗い居間へ。
「おかえりなさいコウタさん。お昼の支度は出来てますよ」
「ああ、ありがとな」
「うぅん、いい匂いねぇ。やっぱりミレイナのご飯は最高よ」
「ありがとうございます、シャイニー」
「では、いただきましょうか」
態度こそ変わらないが、シャイニーはキリエと話さないし視線も合わせようとしない。まぁカレーの誘惑に負けてるだけかも知れないけどな。
「いただきまーす」
俺の挨拶でみんなが食べ始める。
最初の一口をパクリ······うん、やっぱ美味い。異世界の野菜をたっぷり使用したスペシャルカレーだ。辛さも程よく、メインはやっぱり野菜。甘い人参やゴロゴロのジャガイモ、まぁ全部が異世界産の野菜だけどかなり美味い。
ミレイナ以外おかわりを頼み、カレーはあっという間になくなった。これにはミレイナも驚いていた。
「かなり多めに作ったんですけど······」
「それほど美味かったんだよ。ミレイナは料理の鉄人だな」
「は、はい。ありがとうございます·········鉄人?」
まぁわからなくて結構。とりあえずご馳走さまです。
ミレイナが食後に冷たいお茶を出し一息入れる。俺はこのタイミングでみんなに声を掛けた。
「みんな、ちょっといいか? これから今月の給料を配るから」
当然ながら、ミレイナたちは「え、このタイミングで?」みたいな表情をしてる。もちろん、これにはちゃんとワケがある。
「本当は昨日渡すはずだったけどな、いろいろあって渡せなかったから、今渡す事にした」
今日の夜はアルルについての話をする。また感情的になれば話は強制終了になるかもしれないし、給料を渡すチャンスがまた先送りになる。だからこそ今渡す。
「ちょっと待ってろ」
俺は事務所に降りて、金庫からそれぞれの給料袋を取り出して居間に戻る。俺は座らずに立ったまま名前を呼ぶ。
「じゃあまずは、ミレイナ」
「は、はい」
ミレイナは立ち上がると俺の前に立つ。俺はミレイナの名前が書かれた給料袋を差し出した。
「お疲れ様。これからもよろしくな」
「······はい。ありがとうございます」
ミレイナは嬉しそうに袋を受け取り、両手で胸に抱きしめる。
四人での生活費は別だが、個人での給料は初めてだろうし、嬉しいのも無理はないだろうな。
「次は、シャイニー」
「はーい」
蒼いポニーテールを揺らしながら、シャイニーは俺の前に立つ。しかも何故か堂々と。
「お疲れ様、これからもよろしくな」
「当然よ。当たり前でしょ」
言い方はアレだが嬉しそうだし許してやろう。ポッキーやカフェオレ代はちゃんと引かれてるから安心して欲しい。
「最後はキリエ」
「はい」
キリエは変わらない表情で俺の前に立つ。安心するような、不安になるような。もう少し喜んでもいいんだけどな。
「お疲れ様、これからもよろしくな」
「ありがとうございます社長。これからも頑張ります」
キリエは中身を確認する事なく席に戻る。うーん、もうちょい喜びを見せてくれてもいいと思うんですけどね。
「最後は俺……お疲れさん、と」
俺は自分の封筒を胸元へ。この異世界で稼いだ最初の給料だ、大事に使おう。
「んふふ、お給料。どれどれ……」
「お給料……えへへ」
「労働の対価ですか。やはり嬉しい物ですね」
シャイニーは中身を確認、ミレイナはほっこりと喜び、キリエはよく分からん感想を述べていた。やれやれ、これで初任給の支払いは終わり、あとは難しい話があっても大丈夫。
「ちょ、なによこれーーーッ!!」
「おわっ、何だよシャイニー、五月蠅いぞ」
「何だじゃない!! なんかすっごい少ないんだけど!!」
「はぁ? 明細書が入ってるだろ、ちゃんと読めよ」
「明細………ぐ、ぐぬぬ……」
シャイニーは給料袋の中に入ってる折り畳まれた紙を抜き、勢いよく広げて斜め読みする。すると思い当たる節があるのか、プルプルと震えていた。
「ちなみにポイントで買い物したお菓子やジュースはちゃーんと引かれてるからな。まぁ最初に言った通りだけど、実際に数字にするとけっこう驚くだろ?」
「わ、私……こんなにポテチを食べてたんだ。うぅぅ、そう言えばお腹周りが……」
「ふむ。スルメに酢烏賊、柿ピーにチーズ……ちょっと買いすぎましたね」
明細にはポイントで買った商品が事細かく記載されてる。タマの集計だからまず間違いない。ぶっちゃけ俺も買い食いしてたから人のこと言えないけどな。
「社長!! ポイントの買い物は給料から引かないで下さーい!! あれはお金でなくてモンスターを倒した経験値だから、給料は関係ないと思いまーす!!」
うぬ、シャイニーの奴なんだかんだでトラックの知識を付けてやがる。だがそれは却下だ。
「却下。それじゃお菓子やジュースのありがたみがないだろ。少しは我慢しないと駄目だ」
「えぇぇー……」
「私はそれで構いません。ありがた過ぎるのもちょっと……贅沢に慣れすぎると後が怖いですし、ポテチは週に一袋を心がけます!!」
「私もです。人には分相応という物があります。恵まれすぎた生活は我が身を滅ぼす切っ掛けにならないとも限りません。日常を彩るほんの少しの贅沢が、我々に相応しいと思います」
「う、ぐぐぐ……ポッキー……カフェオレ……」
「という事だ。諦めろシャイニー」
「……………はぁい」
ガックリと肩を落とすシャイニー。まぁ初任給はみんな大差ない。さっ引かれて一番少ないのがシャイニーだ。次がキリエでその次が俺、一番多いのはミレイナだろうな。
「あの、タマさんには?」
「タマか……あいつに現金を渡してもなぁ」
「では、皆さんで洗車するというのはどうでしょう。ピカピカにしてあげれば喜ぶと思います」
「いいわね、その案で行きましょ」
いつの間にかみんな仲良く会話していた。シャイニーもキリエも普通に会話してる。ミレイナも気が付いたのか、俺を見てニッコリと笑う。
これが切っ掛けになったのか、シャイニーがキリエに言う。
「………あのさ、キリエ」
「何でしょう?」
「その………酷いこと言ってゴメン」
「あぁ、そのことですか。気にしないで下さい、貴女の言った事は全て事実です」
「それでもゴメン。あんたはその、アタシをからかうし、バカにするけど……ちゃんと優しい奴だって知ってるから。アルルの事だってアンタは間違ってないわ。アタシのワガママだってのも分かってる」
「はい。知ってます」
「やっぱムカつくわね……でも、これだけは言いたいの。理屈なんかじゃない、先の事や結果が分からなくても、アルルのために何かをしたい気持ちだけは抑えきれないの。あの子は私の……異母妹だから」
「…………はい」
「その上で言うわ。キリエ……アタシは、アルルを母親に会わせてあげたい。どんな結果になろうと、アルルは母親に会いたがってる。理屈なんか無視して、あの子が母親に会うのを手伝ってあげたい。これがアタシの気持ちよ」
シャイニーは、キリエを真っ直ぐ見て言う。キリエもシャイニーの視線を真顔で受け止めていた。言っちゃ悪いけど俺とミレイナは空気だな。
すると今度はキリエがシャイニーに向かって言う。
「……シャイニー、私にはその理屈がよく分かりません。貴女が言うとおり、私は母の愛を知らずに育ちました。だからどうしても理解出来ないのです」
「………」
「現在のアルルは恵まれています。孤児院では衣食住も、教育も、友人も、生きていく上で必要な物が全て揃っています。それを捨ててまで母親に会いたい理由が、どうしても理解出来ません」
「キリエ………アンタ、まさか……」
シャイニーも何かに気が付いたようだ。きっと俺と同じ、キリエに足りない何かを感じたに違いない。
「きっと私はおかしいのでしょうね。私には人として大事な何かが欠けている。それを知りたいと思う気持ちも私にはありません……」
「キリエ……」
「貴女とアルルを見れば、それは理解出来るのでしょうか?」
これは、シャイニーに対する質問だ。こんなデリケートな問題、俺には難しくて分からない。
シャイニーは不適に笑い、あっさりと言った。
「知らないわよそんなの。でもまぁ、見てれば分かるかもね」
「ちょ、シャイニー、お前」
「なるほど……それなら、見せて頂いてよろしいですか?」
「もちろんよ」
おいおい、それってもしかして。
「シャイニー、キリエ……うぅ、よかったです」
「ちょ、ミレイナ?」
なんかミレイナは感動して泣いてる。おいおい、どういう流れだよ。
この流れってつまり、アルルを引き取って『水上王国ウツクシー』に連れて行くって流れなのか?
だが俺も空気を読めない人間じゃない。ここで余計な言葉を挟まず、俺も覚悟を決める。
「じゃあ、アルルを一時的に引き取るって事でいいわね」
「はい!! 私は賛成です!!」
「私も構いません。理屈ではなく、これからシャイニーが見せてくれる物が何なのか、気になります」
「コウタ、アンタは?」
「………わかったよ」
こうして、シャイニーの異母妹であるアルルを引き取ることになった。
問題は山積みだけど、取りあえず一緒に暮らすことになりそうだ。