49・トラック野郎、値段に驚く
午前中の受付が終わり、俺とシャイニーは配達に出かける。
どんな事情があろうと仕事は別。ようやく軌道に乗り始めた運送屋だ、荷物を預かるということは信頼を預かるということなのだ。
今まではざっくばらんに荷物を預かっていたが、今度から「割れ物注意」シールや「天地無用」シールも特注で作る事にした。これなら工芸品や取り扱いの難しい荷物も注意して扱えるようになるし、より一層運送屋らしくなる。
俺としてもアイデアはいくらでもあるんだが、トラックが一台しか無いというのもキツい話だ。まぁ俺しか運転できないし、そこまで贅沢を言うつもりもない。できる範囲でやれる仕事をキチンとやろう。
仕事の分担はいつもと同じ。俺が運転をしてシャイニーが荷物を届ける。シャイニーも随分と慣れたのか、受け取りのサインを貰う流れもスムーズだ。
シャイニーがサインを貰ってるおばさんは、ゼニモウケ内に住む息子夫婦とよくやり取りをしてるおばさんだ。地区が広いからおばさんじゃ移動は大変なので、会社の近くに家を構える息子夫婦は、週に一度はおばさんに届け物をしている。中身は孫の手紙だったり手作りのお菓子だったりと様々だ。
「じゃあここにサインを下さいね」
「はいよ。いつもありがとうねシャイニーちゃん」
「いいの、週に一度の楽しみでしょ? 今日はなんだろうね」
「ふふふ、きっと孫のお手紙と嫁の手料理だね。はぁ、お返しをしたいんだけどねぇ」
「おばさん······」
そう、この『地区』は会社からかなり遠い。山手線半周くらいの距離はありそうだ。おばさんの歩きじゃ半日は掛かる。
アガツマ運送の事務所からも遠いしな。考えはあるんだけどこれ以上の仕事はトラック一台じゃ無理だ。
シャイニーはおばさんに一礼するとトラックへ戻って来る。
「はぁ、届け物をしたくても出来ないかぁ······」
「う〜ん。手が無いわけでもない」
「え?」
「集荷だよ。依頼を受けて自宅で荷物を預かって指定地に届けるサービスだ」
そう、集荷をすれば問題は解決する。
おばさんみたいな自宅から遠い人でも、届け物をした際に集荷案内用紙を配る。ネットで申し込みなんて出来ないからアナログだけどな。
「じゃあやればいいじゃん」
「アホ、さすかに無理だ。トラックは一台しか無い。本来なら集荷と配達のトラックは別々なんだよ。手が空けば行けない事もないけど、このゼニモウケ全域をカバーするのは不可能だ」
たぶんだけど、このゼニモウケは東京二十三区くらいの広さはある。アガツマ運送の名前が売れて来た今、これ以上の風呂敷を広げるのは得策じゃない。俺の会社の社訓は『定時出社・定時帰宅』だ、集荷なんて始めたら昼飯を食う時間が無くなる。まぁ社訓は今考えたけどね。
「お前だって昼飯抜きで仕事はしたくないだろ。ミレイナのあったかご飯は俺たちの午後の活力だ。それを抜きにして仕事が出来るか?」
「うぐぐ······で、出来ません」
「そういうこった。おばさんには悪いけど仕方ない。息子夫婦と会えないワケじゃないんだし」
「·········だよね」
ちょっと可哀想だけど仕方ない。この話は終わりと思った途端、意外な声が聞こえてきた。
『社長。提案とアドバイスがあります』
タマの提案、もといアドバイスか。
聞きたいような、聞きたくないような。
『この《デコトラカイザー》は社長にしか運転は出来ません。このトラックが社長のスキルを体現する存在であるからです』
「それは知ってるよ」
シャイニーがおふざけで運転席に座ってもエンジンは掛けられ無かったしな。それに拳銃の引き金を引いたりも出来なかった。どうやら武装も使えないらしい。
『そこで新項目【従車販売】です。《デコトラカイザー》の封印が解除された事により、新たな項目が開放されました。これはポイントを消費する事により、新たな車を入手する事が可能です』
「新たな車って······従者ならぬ従車かよ?」
『はい。従車は社長以外の人間が運転する事が可能です。登録制になりますので、一度登録した人間以外には動かす事は出来ません。更に戦闘の際は《デコトラウェポン》として変形し、《デコトラカイザー》の換装武器として扱えます』
「とりあえずツッコミは置いておく。何で今になって言うんだよ」
『最初の時点で社長の頭では整理出来ないと判断しました。なのである程度時間経過後に説明した方が効率的と判断しました』
「素敵な気遣いありがとよ‼ どうせ俺は頭が悪いっての」
『選択車種を表示します』
「無視かよこの野郎」
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【従車販売】
○軽トラック[80万] ○軽冷凍車[90万] ○軽ワンボックス[100万]
○ハイエース[200万] ○軽自動車[120万] ○フォークリフト[170万]
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「たっか⁉」
「アタシにはサッパリよ。なんなのこれは?」
八十万なんてどんだけ稼げばいいんだよ。玄武王を二匹倒しても六十だぞ、とても手が出ない値段だ。コツコツとポイントを貯めて車を買うしか·········って、当たり前だよな。そんな簡単に車を買えるわけがない。やっぱしばらくは無理だな。
「ま、コツコツ貯めていくか」
「だから何をよ?」
「ポイントだよ。なぁタマ、とりあえず車用に貯金って出来るか?」
『可能です。これから獲得するポイントの一部を貯金に回します。金額の設定は如何なさいますか?』
「じゃあとりあえず·······獲得ポイントの二割で」
『畏まりました。それではこれより【ポイント貯金】を設定します。武装により倒したモンスターの経験値ポイントから二割を貯金へ回します』
よし、後はポイントが貯まったら車を買おう。運転はシャイニーに任せたいけど······こいつで大丈夫かな。
「ねぇ、ちゃんと説明しなさいよ」
「ああ。お前にも運転させてやろうかなって」
「え」
ま、しばらく先の話だけどな。
俺とシャイニーは『コピ商会』にやって来た。町の外れにある中規模の商会で、布製品や紙製品を扱う商会だ。アガツマ運送からもそこそこ近いし、値段も良心的なのでよく利用してる。キリエが伝票の製造を交渉したようで、改めてキリエは凄い人材だというのがわかった。
ここに来たのは、キリエに頼まれた伝票や、新しく発注した『割れ物注意』と『天地無用』のシールを取りに来たからだ。俺は大きなコンビニみたいな店内を進み、精算カウンターで挨拶をする。そこには恰幅のいいオークみたいなおじさんであり、この『コピ商会』社長のプータさんがいた。ちなみにシャイニーは店内を物色してる。まぁ放っておこう。
「お疲れ様です。アガツマ運送ですが、頼んでいた伝票を受け取りに来ました」
「おおコウタ社長。伝票とシールはばっちり仕上がってますよ。おーい、アガツマ運送の商品を誰か持ってこーい」
すると奥のドアが開き、大きな木箱を抱えた少年が現れる。どうやらここの従業員らしいな。
プータ社長は木箱を床に置かせ、中から伝票とシールを取り出してカウンターに並べる。
「頼まれていた伝票と指定された通りに作ったシールです。どうぞ確認を」
「では拝見します」
伝票はいつものと変わらないから大丈夫。シールもこの世界の文字でしっかりと書かれてる。赤いシールの『天地無用』と赤と青のシールの『割れ物注意』だ。
「確認しました。ありがとうございますプータ社長、いい仕事してますね」
「いやいや、今話題のアガツマ運送さんに褒めて貰えるとは。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
業者との付き合いは大事だからな。ちゃんと挨拶をしておかないと。
「ところでコウタ社長、最近の話なのですが······何でも、伝説の勇者が現れたとか」
「あ、ああ、そんな話も聞きましたねぇ」
まぁ会ったというか一緒に戦ったというか。変な噂でもされたら怖いから、あいつらとの関わりは伏せておく。俺も一傍観者として勇者を応援する立場になる。
「いやはや、異世界の勇者とは······勇者はともかく、異世界とは信じられませんなぁ」
「全くその通りですね。まぁ我々みたいな仕事人には関係のない話でしょうね」
「ははは、その通りですな。魔王や魔王四天王より今日の売上が怖いですからなぁ」
「ホントにそうですね。はははは」
なんか普通の世間話だな。こういうなにげない会話に平和を感じるぜ。
「そういえば、昨日の事故を聞きましたか?」
「事故?」
「ええ、何でも土砂崩れだとか。『森林都市モリバッカ』への道が完全に塞がれたようで、冒険者たちを集めて土砂の撤去作業をしてるとか」
「そりゃ初耳ですね」
「ええ。モリバッカへ商品を卸してる商人には大打撃ですよ。ウチは取引がないからいいですがね」
「ウチもまだそこまで行ったことないですね」
「そうでしょうね、モリバッカへ続く道はかなりの悪路でして、距離自体もかなりあるのに、馬車自体が駄目になるんですよ。ですがモリバッカで採れる木材はかなりの高級品で、それに見合う価値はあると言われてますね」
「へぇ、そりゃ凄いですね」
まぁトラックなら問題ないだろうな。馬車が進めない道でもガンガン進みそうだ。
「更にモリバッカの先は『水上王国ウツクシー』ですからね。森林を抜けた先に広がる大海原は一見の価値がありますよ」
「う、ウツクシーですか······」
「はい。水上に浮かぶ王国です。あそこはリゾートとしても有名ですからねぇ······観光業に力を入れてるそうです」
「ほぉ······」
まさかここでウツクシーの名前を聞くとは思わなかった。
森林王国モリバッカの先が水上王国ウツクシーか。とりあえず覚えておこう。