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異世界の配達屋さん~世界最強のトラック野郎~  作者: さとう
『第5章・トラック野郎と蒼い世界』
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48・トラック野郎、ギクシャク

 気不味いまま話し合いが終わった翌日。朝食は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 結局、給料どころではなかった。夕食が終わったら配布しようと思っていた給料は金庫の中に仕舞ったままだ。今夜こそ配布式をやりたいが……難しいかな。

「ミレイナ、おかわりちょーだい」

「は、はい。大盛りですね」

「私もおかわりをお願いします」

「はい。ええと、特盛りですね」

 いつもと変わらないやり取りなのに、昨日の一件を意識してるのか、俺とミレイナは緊張していた。

 シャイニーはキリエと目を合わせようとしないし、キリエはいつもと変わらな過ぎる。当事者の二人はこんな感じなのに、何で俺とミレイナの胃が重くなるのだろうか。

 今日の朝ごはんはシーラフィッシュという秋刀魚みたいな魚の照り焼きと、ミレイナ特製の甘い卵焼き。味噌汁があれば完璧なのだが、残念ながら味噌は異世界にない。米はあるのに味噌が無いとは残念だ。

 シャイニーは魚の頭をバリバリ食べ、キリエは骨すら残さず完食する。おかしいな、魚って普通は骨と頭は残るよね?

「ごちそーさま。コウタ、アタシはトラックを洗車してるから」

「お、おう」

「ミレイナ、私は開店準備を済ませますので、食器をお任せして宜しいでしょうか」

「は、はい」

 二人は目を合わせずに居間から出て行った。

 俺とミレイナは同時に肩の力を抜く。

「なぁ、キリエは怒ってるよな?」

「分かりません······シャイニーは気不味いのか、キリエと目を合わせませんし」

「これじゃ業務に支障が出るよなぁ······」

「はい······」

 社員同士のケンカを仲裁するのも社長の務めか。ここは俺が二人からちゃんと話を聞こう。

「ミレイナ、少しキリエと話してくる」

「はい······お願いします、コウタさん」

 シャイニーはトラックの中で話せるし、まずはキリエと話そう。




 俺は仕事着に着替え、事務所に入る。

 本来ならタイムカードを押してアルコールチェック。始業の挨拶をしてからトラックの点検、そして荷物の運搬と入るが、今日はキリエと話すのが最優先だ。

 キリエは事務所の掃除をしていた。事務机を拭き、花瓶の花と水を変え、ロビーと事務所の掃き掃除とモップ掛け、そして伝票の記入スペースの掃除をしていた。手際もよくテキパキと作業してるから中々話しかけにくい。だけど仕事が始まる前に少しは話さないと。

「あー……キリエ?」

「はい社長。何かご用でしょうか?」

「あ、ああ。その……シャイニーのことだけど」

「シャイニー? ああ、昨日の件ですか」

 キリエは本当に今思い出したような口調だった。

「その、シャイニーも昨日は言い過ぎたって思ってるだろうし、許してやって欲しい。シャイニーとも話すけど、このままじゃ業務に支障が出るからな。いつも通りの二人に戻って」

「あの、ちょっと宜しいですか社長」

「え、ああ」

 俺の言葉を遮ったキリエが、首を傾げながら聞いた。

「いつも通りも何も……私は昨日のことは全く気にしてませんよ?」

「え、でも」

「シャイニーの言った事は事実です。大聖堂での生活でも母と呼べる人物はいませんでした。それに教育係のシスターはただの教師でしたし……私が母の愛を知らないというのは本当のことです。その事を指摘されて私が怒るという事が理解出来ないのですが……」

「………」

 俺は、ここに来て初めて分かった。

 キリエはウソを吐いていない。この子は本当に分かってないんだ。

「シャイニーには気にするなと言ったのですが、何故伝わらないのでしょうか? 今朝も私と視線を合わせようとしないし、避けられてるような気がします」

「………」

 この子は、思った以上に重傷かもしれない。

 妹を大事に思う気持ちは間違いなくある。玄武王に挑んだときも、いの一番にクリスの元に駆けつけたくらいだ。誰かを思う気持ちは間違いなくある。

 だけど、大事な何かが欠落してるような……そんな気がした。

「なぁキリエ……お前さ」

「はい?」

「お前さ、両親に会いたいとは思わないのか?」

「ええ全く。私の人生に必要ありませんし」

 真顔での返答だった。自分を捨てた事による怒りも悲しみも全く無い。あるのは無関心、それだけだった。

「そうだ社長。今日の配達の途中で『コピ商会』に寄って下さい。発注した伝票が出来上がっていると思いますので、代金の支払いをお願いします」

「わ、わかった……」

 今のキリエには、何を言っても無駄な気がした。




 キリエは掃除を再開し、俺は荷物搬入のためガレージ脇の倉庫へ来た。

 思った以上にキリエと話していたようでトラックの洗車は既に終わり、シャイニーが荷物をトラックに搬入している所だった。

「遅い!!」

「わ、悪い」

 俺は平謝りして作業を手伝う。果物が詰まった木箱や、包装用紙に包まれた紙箱、細長い剣のような大きさの包みなど、様々な配達物がある。

 殆どシャイニーのおかげで積み込みが終わり、後は午前中の受付で来た荷物を搬入して出発するだけだ。

 本当ならこのまま出発して、朝の受付で出た荷物はもう一台のトラックに積み込みたい所なんだが……そんな贅沢は言えない。それにトラックは一台しかないし、運転も俺だけしか出来ない。

 それでもナビ機能のおかげで配達はスムーズだし、ゼニモウケ内には渋滞も信号もないからサクサク進む。これ以上の贅沢は言えないだろうな。

 そんな事よりも、シャイニーとキリエのことだ。俺はシャイニーを見るとバッチリと目が合う。

「何よ、どうせキリエと話したんでしょ」

「ま、まぁな」

「ふん」

 シャイニーは鼻を鳴らすが、いつもの覇気が感じられない。こいつもどうやら気にしてるようだ。

 マジマジと見すぎたのか、シャイニーが不機嫌そうに言う。

「悪いけど、アタシはアルルを諦めないわよ。あの子が母親に会いたがってるのは事実だし、アタシに救いを求めてきた」

「だけど、どうするんだよ。キリエの言った通りアルルの母親が拒絶したら、あの子はかなり傷付くぞ。それに母親に会わせて駄目だったから、また孤児院に戻すってのもなぁ……」

 引き取ったら最後まで面倒を見ないといけない。ヘタな希望を持たせて連れ回し、駄目だったから孤児院に戻れなんて子供をバカにしてる。さすがにそんな外道なマネは出来ない。

「ちょっと、引き取ったら孤児院に戻すなんてしないわよ」

「え、じゃあ……」

「決まってるでしょ、アタシが育てるのよ。もちろん母親の元へ返す事を前提としてだけどね」

「はぁ!?」

 冗談だろ。アルルは見た目十歳くらいの女の子だぞ。

 子育てしながら仕事をするのは珍しくないけど、それでも仕事の負担になるのは間違いない。

「安心して。ここを辞めるつもりはないし、仕事をしながら育てていくから。それにゼニモウケには学校もあるしね」

「おい、そんなペットを飼うような感覚で引き取るつもりかよ」

「失礼ね。ちゃんとアルルの人生のために引き取るのよ。孤児院にいてもウツクシーに帰れる保証はないし、アタシがあの子を引き取れば故郷に連れて行けるチャンスはあるわ」

「うぅ~ん………」

 そう言われると一概に駄目とは言えない。

 俺とシャイニーの関係はあくまでも社長と従業員だ。どこまで踏み込んでいいのかよく分からない。俺としてはシャイニーとキリエの意見を聞きつつ穏便に済ませたかったのに。

 キリエとしては真っ向から反対してるワケじゃない。あくまで個人としての意見を述べたに過ぎないだろう。だが俺としてもキリエの意見に賛成なんだよなぁ。

「ねぇコウタ、アルルを引き取ってもいいでしょ? 住む場所はアタシの部屋でいいし、仕事の間には学校に通って貰うからさ」

 どうしよう。

 ここで「いいよ」と答えれば、シャイニーは喜んでアルルを引き取るだろう。孤児院の園長先生に渡された書類を見た限りでは、生活地や収入などに問題はないしな。

 だが、俺の中では危険のアラートがビービー鳴ってる。絶対に厄介事に巻き込まれるという確信がある。

 アルルを帰すって事は、シャイニーとアルルの故郷である『水上王国ウツクシー』に行くって事だろ? どこにあるか知らないけど、シャイニーが追放されたくらいだし近いわけがない。トラックで送るとしたらまた会社を休業しなくちゃならんし、送らないと言ったらシャイニーは馬車で向かうだろう。それこそ何ヶ月もかけて。しかも、シャイニーの故郷では後継者争いがあるっていうし、そこにシャイニーとアルルを連れて行くって事は、強制イベントが待ってるようなもんだ。それこそ血が流れるような厄介事が。

「………う、うむむ」

「何よ、難しい顔して。ねぇいいでしょ? 迷惑は掛けないからさ」

 難しすぎる問題だ。これは俺の一存で決めていい問題じゃない。

「…………やっぱり、ミレイナやキリエの了承が取れてからだ」

「やっぱそう来るのね。あの二人はきっと反対するわよ。特にキリエなんてね」

「あのな、お前も少しは考えろよ。昨日キリエが言った事だって、俺は間違ってるとは思わないぞ」

「確かに昨日は熱くなったけど、アタシだってそう思うわ。でもね、それでもアルルは会いたいって言ったのよ」

「は? アルルが会いたいって?」

「ええ。アルルが言ったのは『帰りたい』じゃなくて、『お母さんに会いたい』よ。アルルは強いから、どんな結果になってもきっと受け入れるわ」

「う~ん……わかった。もう一度今日みんなで話そう。ケンカなしでな」

「ええ、わかったわ」

 ここまで話して気が付いたが、会社はもうオープンしていた。

 ロビーからはお客様の声が聞こえ、今日も大勢のお客様が荷物を持ち込んでいる。

「さ、取りあえず仕事だ仕事」

「はーい社長、今日も頑張りまーす」

 話し合いも大事だけど、今日こそ給料を配らないとな。

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お読みいただき有難うございます!
最弱召喚士の学園生活~失って、初めて強くなりました~
新作です!
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