44・トラック野郎、過去の話を聞く③
*****《五年前・ニナ視点》*****
風呂に向かう前に服屋に寄り、シャイニーブルーの下着を何着か買う。風呂に入っても下着を替えないのでは、真にサッパリしたとは言えないだろう。ついでに普段着用の服も適当に買った。これは冒険者になったら報酬で払って貰おう。
「さて、これでようやく風呂に入れるな」
「うん。さっさと行きましょ」
「ああ」
シャイニーブルーはずっとニコニコしてる。風呂が嬉しいのか、新しい服が嬉しいのかは分からない。さりげなく聞いてみるか。
「シャイニーブルー、聞いてもいいか?」
「何?」
「お前はどこから来たんだ? 見たところ着の身着のままだが」
「…………」
シャイニーブルーは立ち止まる。私の前を歩いているから表情は見えない。
「………遠いところ」
「遠い所? ゼニモウケより遠いとなると、勇者王国オレサンジョウか?」
「………」
「………すまん、忘れてくれ」
どうやら事情があるのは間違いない。
とても高価な宝石、恐らくだがオレサンジョウよりも遠い国、そして故郷の事になると口を閉ざす……もしかしたら、この少女は厄介な事情に巻き込まれでもしたのだろうか。それでゼニモウケに逃げてきたか……当たらずも遠からずだな。
私は深入りする事を止める。その時が来れば関わればいいし、今は先輩冒険者としてルーキーの世話を焼いてやろう。
「シャイニーブルー、風呂に入ったら軽く食事にするか。美味い店がある」
「美味しいお店?」
「ああ。甘いモノは好きか?」
「………うん」
サッパリしたら、冷たいジュースでも奢ってやるか。
私とシャイニーブルーは町のやや外れにある共同浴場へやって来た。
煉瓦造りの立派な建物で内装もかなり広い。依頼を終えた冒険者が汗を流し、そのまま一杯引っかけられるように近くには何件もの酒場がある。もちろん私もよく利用してる。
「へぇ~……」
「このような場所は初めてか?」
「うん。スッゴいわね」
「ふ、お前もここの素晴らしさが直ぐにわかる。冒険者になれば尚更だ」
先輩としての最初の助言だ。「依頼を終えた後の風呂は格別」という、何とも言えない助言だがな。
女湯の入口を二人で進み、受付でコインを支払う。そして脱衣所に向かい服を脱ぐ。
「わぁ……」
「服と装備はこのロッカーに入れろ。カギは無くすなよ」
「はーい」
木製の縦長ロッカーに服と装備を入れカギを掛ける。カギは紐で吊してあるので首に掛けられるようになっている。まぁ装備を盗む奴なんてこの町にはいないがな。
私とシャイニーブルーは裸になる。そしてシャイニーブルーが、着ていたボロ切れをゴミ箱に捨てた。
「おいおい、捨てていいのか?」
「別にいいわ。新しいのがあるし、それにあんなボロじゃもう着れないでしょ」
「……そうだな」
私はゴミ箱をチラリと見て、少し気になった。
シャイニーブルーが着ていたボロ切れは、よく見るとドレスのようなデザインをしていた。多分、動きにくいから加工して着ていたのだろう。内側の色が水色だった事から、元は水色のドレスだったようだ。
だがそんな事はどうでもいい。まずは風呂だ。
シャイニーブルーと共に浴場へ。中は冒険者に配慮されたデザインで、二十以上あるシャワーと、巨大な浴槽が一つだけだ。お湯はこの浴場のスタッフが絶えず沸かしているので尽きる事は無い。
「………」
「……ん、どうした?」
「………いや、アタシもこれからよね」
「ん?」
シャイニーブルーの視線は私の胸に固定されてる。なるほどな、女性として羨ましいのかも知れない。確かにシャイニーブルーのは小さいが、彼女の年齢からするとこれからだろう。
「さ、しっかりと汚れを落とせ」
「うん。ひっさしぶりのお風呂~♪」
シャイニーブルーはシャワーを浴び始め、髪と身体を洗い始める。その様子を確認し私も汗を流した。やはり湯浴みは心地よい。
身体を清めた後は湯船に浸かる。肩まで湯船に浸かり息を吐く……この瞬間がたまらなく気持ちいい。
「はぁ~………気持ちいい」
「そうだな………」
しばし、二人で風呂を堪能した。
風呂上がり、着替えをして外へ。
私の行きつけのカフェで軽い食事をして、今は食後のお茶を楽しんでいる。私は視点を変えてシャイニーブルーに質問をしてみた。
「シャイニーブルー、どうしてお前は冒険者になりたいんだ?」
「そんなの決まってるわ。生きるためよ」
「生きるため……それなら冒険者じゃなくてもいいだろう? 冒険者は命の危険が常に付きまとう過酷な職業だ。それに稼げない冒険者なんて山ほどいるぞ」
「じゃあ訂正。生きる為、そして……強くなる為よ」
「ほう……」
「アタシは弱い。だから一人で生きていけるくらい強くならなくちゃいけないの。そうじゃないと……」
「ん?」
「そうじゃないと、アイツが……」
「アイツ?」
シャイニーブルーは俯き、ギリギリと歯を食いしばる。事情は分からないが悔しいのだろうか。
「何でもない……それより、そろそろ冒険者ギルドに行きましょ」
「……ああ、そうだな」
会計を済ませカフェを出る。冒険者ギルドは直ぐそこだ。
私はシャイニーブルーを連れて『ゼニモウケ・冒険者ギルド』へ到着し、さっそく中で冒険者登録をした。シャイニーブルーは茶色いドッグタグを受け取り、嬉しそうに首から下げる。
「これでお前は晴れて冒険者だ。最初は町中の依頼や薬草採取などの簡単な依頼で実績を挙げるのがいいだろう」
「イヤよそんなの。アタシは強くなりたいの」
「………」
そう言うと思った。全く現実が見えていない。このままでは最初のモンスター退治で死ぬのがオチだろうな。流石にそれでは寝覚めが悪いし、貸した金も返ってこない。
「なら聞くが、見たところお前は剣を握った事すらないだろう? どうやってモンスターを倒す?」
「決まってるわ。斬って斬って斬りまくれば倒せるでしょ」
「…………はぁ」
「何よ、そのため息は」
「いや……お前はかなりのバカなのだな」
「はぁっ!?」
ここまで来ると逆に笑えてくる。仕方ない、まずはこのバカに現実を教えてやろう。
「いいだろう。そこまで言うなら、見せて貰おうか」
「は?」
「お前の実力だ。来い」
私はシャイニーブルーを連れて依頼掲示板を覗く。そこにはいくつかの依頼用紙が貼られ、最も多いのは町内の清掃や倉庫整理など、商業王国らしい依頼が数多くあった。
その中で私は、ゼニモウケ周辺に現れる『ブルブルドッグ』というモンスターの討伐依頼の紙を剥がしてシャイニーブルーに突きつける。
「何よこれ」
「モンスターの討伐依頼だ。最近ゼニモウケ周辺に多く現れる『ブルブルドッグ』が、街道を走る馬車を襲い困ってるそうだな。これを受けるから手伝って欲しい」
「へぇ……」
ブルブルドッグは一般種モンスターの中でも弱い部類に入る。馬車が襲われるのは護衛などを雇っていない馬車で、数と装備さえあれば一般人でも倒すことは難しくない。なので駆け出し冒険者がよく受ける依頼としてこれほど相応しい物はない。だがそれはある程度武術の心得がある場合の話だ。
「私が……いや、お前のサポートに私が付く。報酬はお前が八、私は二でいい」
「……面白そうじゃない。それでいいわ」
「よし。では行こう」
受付で依頼を受理し、シャイニーブルーの初依頼とした。
ゼニモウケ周辺にブルブルドッグは現れる。エサを撒けば十五分もせずにやって来るだろう。今回は十匹討伐すれば依頼達成だ。
「ふふふ、さっそくこの剣に血を吸わせてやれるわ」
「……お前は何を言ってる?」
「べ、別にいいでしょ」
全く。こいつは思った以上にバカかもしれん。
町でモンスター用の餌を買い、ゼニモウケ周辺の街道沿いにやって来た。
「エサを撒くぞ。いつでも戦える準備をしておけ」
「いつでもいいわよ」
こいつ、モンスターとの戦闘経験も無いのにこの自信は何なのだ? 恐怖が欠如しているというか、獰猛な獣のような……ふむ、面白い。
私は匂いの強いモンスター肉を撒き、背中に背負っている愛槍を抜く。
「ブルブルドッグは匂いに敏感だ。すぐに来るぞ」
「準備は出来てる」
「ほう……」
シャイニーブルーの表情は引き締まった。どうやら本当のバカではないらしい、モンスターを前にしてやや緊張してるのか、口数が少なくなった。
そして、匂いに釣られてブルブルドッグはやって来た。
「………」
「来た……」
見た目は一メートルほどの成犬だが、牙は長く爪も鋭い。肉食で凶暴だが動きは意外と遅く、ちゃんと動きを見て対処すればそう問題ではない。簡単に言うと頭の悪いモンスターだ。
「数は四……どれ、私が三匹を引きつけるから、お前一人で一匹倒して」
「行ってくる」
「え……お、おいっ!?」
シャイニーブルーは剣を二本構えて飛び出した。
「バカかお前はッ!!」
私は叫びながら飛び出した。いくら雑魚とはいえモンスターに変わりは無い。しかもシャイニーブルーは戦闘経験がないはずだ。
「やぁぁぁぁっ!!」
シャイニーブルーが叫び、その存在に気が付いた四匹は、それぞれ唸り声を上げて同時に走り出す。
距離は五メートルもない、このままだとシャイニーブルーは四匹同時に襲われる。
「はぁっ!!」
『グァァァァッ!!』
『ガォォッ!!』
最初に飛びかかった一匹を右の剣で切り払い、そのまま身体を捻り足下にいた一匹を左の剣で薙ぐ。すぐさま体勢を整え残りの二匹を同時に切り裂いた。
「馬鹿な!?」
この間二秒。
全てのブルブルドッグの位置を把握し、最低限の動きで切り裂いた。この動きは素人じゃない、完全に戦闘経験がある動きだ。
「ふぅ、何とか行けたわ」
「………」
シャイニーブルーの足下には四匹のブルブルドッグが転がってる。
「お前、戦闘経験があるな?」
「は? 無いって言ったでしょ?」
「ウソを吐くな。お前の動きは精錬された動きだ。素人とは思えない身体捌き……何故ウソを吐いた」
「ウソじゃないってば。それにこのイヌ達の動きは遅いから読みやすかったし、動きも単純だったから簡単に倒せたわ。この剣もアタリね、使いやすいし」
「それだけで済む話じゃない。お前は一体……」
「どうでもいいけど、この程度のモンスターならアタシ一人でも平気よ?」
「………」
ワケが分からん。こいつは一体何なんだ?
「はぁ……わかった。とにかく依頼を終わらせよう」
「おっけー」
結局、私の出番は全く無かった。
ブルブルドッグ二十匹を討伐し、討伐の証である牙を二十本集めた。本来は十匹だが、調子に乗ったシャイニーブルーが現れるブルブルドッグを全て倒したのが原因だ。
わかった事だが、どうやらシャイニーブルーはウソを吐いていない。身体捌きも剣も全てセンスによる物だ。この少女には戦いの才能がある。
はっきり言って、三年も鍛えれば私より強くなるだろう。
ゼニモウケ冒険者ギルドへの帰り道、私はシャイニーブルーと話をした。
「結局、私は見てるだけだったな」
「ふっふっふ、どうよ私の力は」
「ああ、驚いた」
蒼い髪を揺らしながらシャイニーブルーは微笑む。
私は、この少女の行く先を見てみたくなった。
「シャイニーブルー」
「あ、待って。アタシから言わせて」
シャイニーブルーは右手を前に突き出し、私の言葉を制止する。
「あのね、ニーラマーナ……アタシにいろいろ教えてくれてありがとう」
「ああ、気にするな」
「それで、その……アタシはまだ知らない事がいっぱいあるし、等級も最低ランクだし……その、もっといろいろ知るには、ベテランが居ると安心するって言うか……」
煮え切らないな。それとも照れてるのか。
「その、良かったら……アタシと組んで欲しい。あはは……」
モジモジしながら顔を赤らめ、頬をポリポリ掻きながら言う。なんとも可愛らしいじゃないか。
「ふ……最低のF級が、『七色の冒険者』である私を誘うか」
「そ、そんなの関係ないでしょ!!」
「ああ、その通りだ」
私は右手を差し出す。するとシャイニーブルーは私の手と顔を交互に見た。
「お前は私が鍛えてやろう。才能はあるがまだまだ甘い」
「え、あ……ふ、ふん。すぐに強くなってやるから!!」
シャイニーブルーと握手をした。これで今日から師弟関係だ。私の持つ技術を叩き込んで、最強の冒険者にしてやろう。
「まずは武器の手入れからだ。血の脂は刃を駄目にする、すぐに手入れをするぞ」
「え~……オナカ減ったわ」
「駄目だ。師匠の言うことは絶対……覚えておけ」
「し、師匠!? 何よそれ!! アタシはグループとして誘ったのよ!?」
さて、これから忙しくなりそうだ。
*****《現在・コウタ視点》*****
「と、これが出会いの全てだ」
「ほぉ~……」
「へぇ~……」
「なるほど……シャイニーは戦闘センスがずば抜けて高かったのですね」
俺たちはお代わりの紅茶も飲み干しニナの話を聞いた。シャイニーはどうやら戦闘の天才らしい。美少女で強いって、どこの女騎士だよ。オークに捕まったら「くっ殺せ」とか言わされそうなキャラだな。
「それから五年掛けてシャイニーブルーを鍛えた。危険種と戦ったりダンジョンに潜ったり、貴重な素材を求めて各地を回ったり……ふふ、中々面白かったぞ」
「ですが、シャイニーをクビにしたんですよね?」
キリエはまた……聞いちゃいけないような質問をあっさりとしやがる。
「まぁな。あいつの欠点は己の身を全く顧みない事だ。自己犠牲ではないが、他者のためなら自身の安全すら放棄してしまう。疫病に冒された村を救うために単身で特効薬の素材を集めに行ったり、勝ち目のないヴェノムドラゴン相手に飛び出したり……このままでは必ず死ぬ。だから冒険者資格を剥奪した」
「で、でも……ずっと一緒だったのに。それにシャイニーは冒険者の仕事を誇りに思っていたんじゃないんですか?」
「いや、あいつの目的は強くなる事だった。冒険者に憧れてなった訳じゃないし、冒険者になったのは生活費を稼ぐプラス強くなれるからだろう」
「あ、そんなモンなのね」
「本当に未練があるならクビにした時点で引き下がらないさ。この会社で働いている以上、冒険者に戻りたいなんて言わないだろうな」
確かに。シャイニーは冒険者をクビになってすぐにスカウトした。最初こそ冒険者をクビになって喚いていたが、すぐに落ち着いた。それ以降は冒険者に戻りたいとか未練があるなんて言ってなかったな。
「あいつは何かを抱えている。事情は知らんがな」
「はぁ……何だろうな」
「さぁな。少なくとも私は知らん。この五年間、それらしき影すら掴めなかった」
「ふむ……これまでの情報を整理すると、どうやらシャイニーの過去に何かありそうですね」
「シャイニーの過去……気になります」
キリエもミレイナも気になるようだ。まぁ俺も気になる。
すると階段をドタドタ駆け下りる音が聞こえてきた。
「ちょっと!! お昼休み過ぎてるわよ!!」
「あ、しまった」
シャイニーが慌てて降りてきた。確かにいつもより三十分以上多く休んでいた。これはいかん。
「もう!! さっさと午後の配達に行くわよ!!」
「おう……って、お前寝てたのか?」
「う、うるさいわね」
「ヨダレ付いてるぞ」
「なっ!?」
シャイニーは顔を赤くして頬を拭う。ちょっと可愛いなんて思ってしまった。
「さて、私は失礼する。シャイニーブルー、またな」
「ふん、さっさと帰りなさいよ」
「そうさせて貰おう。ご馳走様」
ニナは帰り、片付けをミレイナ達に任せて俺とシャイニーは配達の準備をする。
ガレージを開けてトラックに乗り込むと、シャイニーは言う。
「さ、遅れた分を取り戻すわよ」
「はいよ。じゃあ行くぞ」
シャイニーの過去ねぇ……ま、気にしなくてもいいか。




