42・トラック野郎、過去の話を聞く①
ニナとシャイニーの出会い。気にならないと言えばウソになる。
シャイニーを除いた俺たちとニナは、食後の一服をしながらニナの話を聞くことにした。そのためにミレイナがわざわざお茶を煎れ直したくらいだからな。じっくり聞かせて貰うか。
「シャイニーブルーと出会ったのは五年前……あいつが十四歳の頃だった。私は二十歳になったばかりで、先代の『虹色の冒険者』から『蒼』の称号を継いだばかりだった」
「へぇ~、やっぱ強かったんだ」
「当然です!! 当時のニナさんは歴代最強の『蒼』と呼ばれていたんですよ!! 個の実力よりも統率力や指導に優れ、弱冠二十歳でその腕を買われ何度もオレサンジョウの騎士団指導のお声が掛かったんですが、冒険者である事を選んだ生きる伝説なんですから!!」
「す、すんません……」
ミレイナちゃん怖い······ニナもちょっと困ってる。
「ミレイナ、落ち着いてくれ。あまり持ち上げられても困る」
「あ……」
俺はミレイナに怒られてへこみ、ミレイナはニナに指摘され恥ずかしがって沈む。キリエはのんびりお茶を啜り、ニナに続きを促した。
「まぁ当時の私は自身の腕がピークに達してる事に気が付いていたからな、自身の腕を磨くことを諦め、後継者を育てる事を考えていた」
「そ、そんな……まさか」
「元々そんなに才能は無いと感じていたからな。私の戦闘技術は全て努力によるものだ、それこそ血反吐を吐きながら己を鍛えた成果でもあるがな」
意外だ。ニナってそんな泥臭い修行をするタイプだったのか。
「個人の力より他者を育てるのが得意なのは事実だ。その技術に特化してるから、私個人の強さが霞んで見えるんだろうな。もちろん私が弱いというワケではないが」
そりゃそうだ。俺はニナがマッドコングを一突きで倒したのを見てる。
「そんな時だった。シャイニーブルーに出会ったのは……」
お、ようやく本題に入ったか。
「シャイニーブルーと出会ったのは、ゴンズの武具屋だった」
「ゴンズ?」
「私とコウタさんが、ゴブリンの洞窟で見つけた武具を売った場所です。あそこは冒険者の支度所とも呼ばれ、駆け出し冒険者が最初の装備を揃えるのにピッタリのお店なんです。私もギルドの紹介で装備を調えたんです」
「へぇ、そりゃ知らなかった」
要はゲームで言う最初の武器屋か。鉄の剣や革の鎧なんかを取り扱ってる店って事だな。
「そう。そのゴンズの武具店にシャイニーブルーがいた。ボロボロの服を着て白いフードで顔を隠した少女が、見たことも無いような宝石をいくつもカウンターに出して換金してな、そこで鉄の剣や防具を買っていたのを見て、当初は不審に思っていた。あんな高価な宝石をどこで手に入れたのかと問い詰めようとして、驚いた」
ニナは懐かしむように、テーブルに頬杖をつく。
「その少女は煤けていたがとても美しかった……蒼い髪と瞳、華奢だが強い表情で私を睨んだ。その瞬間に思ったよ、この宝石は少女の持ち物で間違いないとね。それくらい少女からは高貴な何かを感じたんだ」
「高貴……シャイニーが、ですか?」
キリエがそう訝しむのもわかる。俺だって信じられない。
「ああ。小生意気な態度こそ今と変わらんがな」
過去を懐かしむように、ニナは微笑んだ。
*****《五年前・ニナ視点》*****
『七色の冒険者』となり、このゼニモウケで名前が知られ始めた頃、私ことニーラマーナはよく町を散策した。
最強の冒険者の一人と言われてるが、私はそう思わない。私より強い人間はいくらでもいると思うし、私は戦闘より他者を鍛え育てる事に向いていると、先代の『蒼』も言っていた。
私の真の役目は、次なる『蒼』を見つけて育てる事。それが分からないほど鈍くない。先代はそのために私を『蒼』にしたとわかっていた。
だから私は町を歩き、次なる後継者を探す。このゼニモウケは冒険者になるためにギルドの門を叩く若者や、補給の為に立ち寄る冒険者達などがいくらでも集まる。
「まぁ······そんな簡単に見つかる訳もないがな」
道行く人は私を見て羨望の眼差しを向けたり、不敵な笑みを浮かべてる者もいる。だがどれも大した事はない。少なくとも私に劣る者ばかりだ。
そんな中、顔馴染みの冒険者グループが声を掛けてきた。
「ようニーラマーナ。調子はどうだい?」
「いつも通りさベックス、ジーレ、ガードル」
「あは、ニナは相変わらず一人? 何度も言ってるけどさ、あたし達と一緒に冒険しよ?」
「すまんなジーレ。私にはやる事がある」
「全く······ですが私達は諦めませんよ? 貴女ほどの女性を諦めるなど、私には出来ないのでね」
「ガードル、お前も大概だな」
剣士のベックス、魔術師のジーレ、盾使いのガードル。この冒険者グループはゼニモウケでも五指に入るA級冒険者グループ『トリニティ』だ。私を何度もグループに誘ってくれる物好きな連中であり、酒飲み友達でもある。
「まぁいい。おいニーラマーナ、今夜オレたちに付き合えよ」
「構わんが、これから仕事なのか?」
「ああ。『キンリン街道』に出没する『ガッシュウルフ』の討伐だ。簡単な依頼だし、報酬が入ったら奢ってやるぜ」
「······わかった。楽しみにしておこう」
「じゃあまた今夜ねニナ、ばいば〜い」
「ふふふ、これで借りが一つ······」
ガードルが何か言ってたが気にしない。まさか酒をネタに私をグループに誘うつもりなのだろうか。まぁベックスにそんな小細工は出来ないだろうし、ジーレは普通に飲みたいだけだろうし、ガードルの思い付きだろう。
私はベックス達を見送り、再度町中を歩く。
「······久しぶりに挨拶しておくか」
私の目に入ったのは一軒の武具屋。ゴンズ武具店と看板が掛けられてる、駆け出し冒険者たちの御用達の店だ。私もここに世話になったし、店主のゴンズは一度でも来店した人間を絶対に忘れない。ゴンズ曰く明晰な頭脳だからなせる技と言っていたが、どうも嘘くさい。
私は少しだけ微笑み、ゴンズの店のドアを開いた。
「いらっしゃい······おぉニーラマーナじゃないか。相変わらずのべっぴんさんじゃ。それに色っぽくなったのう」
ゴンズの視線は私の胸に集中してる。この爺さんも相変わらずだ。
「そりゃどうも。通り掛かったから挨拶に寄らせて貰った······っと、悪いな」
どうやら来客中だ。ボロボロのマントを着た旅人が、ちょうどゴンズに話し掛けている最中のようだ。
「これ、買い取りして。それと服と装備を見繕って」
「はいよ······おぉ⁉ これはこれは······」
旅人の懐から出て来たのは美しい宝石の山だった。真っ赤な上質ワインのようなルビー、青空のようなアクアマリン、澄んだ緑のエメラルドなど、素人の私でも高価な物だとわかった。
「·········」
私は一瞬で、この旅人を警戒した。
これ程の宝石は市場に出回るのも稀だ。この商業都市ゼニモウケでも見る機会は少ないだろう。それをこんなボロ切れを着た旅人が持つということは、よほどの事情があるか盗賊の部類に入る可能性がある。
「ふむ······すまんが、ここでは買い取りできんな。非常に高価過ぎて店の金庫の中身じゃ全然足りん」
「じゃあお金はいい、装備を見繕ってちょうだい。それと交換でいいから」
「······悪いが、それも出来ん。等価交換として成り立たん」
「えぇ〜、アタシは気にしないからいいわよ。そんな宝石より服や装備の方が重要だし、剣が無いと冒険者になれないじゃん」
冒険者。その一言で私は動いた。
旅人の傍まで進み、その肩に手を乗せる。
「少しいいか? 冒険者になりたいのならアドバイス出来る」
「はぁ?」
私は旅人を探り、その正体を見極めるつもりで声を掛けたつもりだった。これ程の宝石の出処として可能性があるのは、盗賊や王族の墓荒らし。話をして情報を引き出してやろうと思ったが······思わず見惚れてしまった。
「何よアンタ、人の顔をジロジロ見て」
「······あぁ、すまんな」
肩を掴むと旅人は振り返り、その勢いで頭を包んでいたフードが落ちた。そしてハラリと美しい『蒼』が揺れる。
顔は多少汚れていたが美少女だ。整った顔に美しく光るブルーの瞳は青空を思わせる。まだ子供だが私は直感で悟った。
「私はニーラマーナ。良かったら装備のアドバイスをしよう」
この少女とは、長い付き合いになると。