37・トラック野郎、マジでビビる
モンスターを撃退し、俺たちは全員でトラック脇に集まっていた。
「こんの……バカ太陽!!」
「ひっ」
そこで太陽を待っていたのは、月詠のお叱りだった。
腰に手を当ててプンプン怒ってる。いや、プンプンなんてもんじゃない。これはマジな怒りだ。どうやら原因はあの変身にありそうだった。
「何度も言ったじゃない、『鎧身』は切り札だから多用はしないって!! いい、あの姿は確かに強力だけど、身体に掛かる負荷はとんでもないのよ!? それを四天王と戦う前のザコ戦で使うなんて……」
「だ、大丈夫だって、身体はなんともないっての」
「そういうことじゃない!! 今の一撃で玄武王にこっちの位置がバレたかも……ああもう、ほんっとにバカ!!」
「な、なんだよ、バカバカ言うなよ!!」
「バカだから言ってるんでしょうが!! 本来ならもう少し先でコウタさんに降ろして貰う予定だったのに……コウタさん達の安全を考えると、ここで引き返して貰うしかないわ」
「はぁ!? こんな中途半端な場所でかよ!?」
「そうよ。それともこう言いたいの? さっきの一撃で玄武王にあたしたちの存在がバレました。これから先、危険なモンスターがウジャウジャ出てきますが送ってくれませんか?……って」
「う、ぐぐ……」
うーん。怖くてこっちから何も言えん。確かに今のハデな一撃はかなり目立った。玄武王とかいう四天王が気付いたんならここで引き返すべきだろうな。
「月詠ちゃん、落ち着いて……」
「煌星、甘やかしちゃダメよ。どんな理由があろうと太陽は危険を冒したの。その事をしっかり認識して貰わないと、これから先のあたしたちが危険になる」
「は、はい……ごめんなさい」
「うぅ、ツクヨが怖いぃ……」
俺もそう思うが、月詠の言うことは正しいと思う。
十六歳の少年が変身して戦うなんてシチュエーションだ。太陽が興奮する気持ちはまぁわかる。だけどやらかしたならちゃんと反省しないとな。
これは現実だ、ゲームじゃない。掛かってるのは命で、コンティニューは出来ないんだ。
最初はいいイメージがなかった勇者パーティーだけど、少しくらいなら手助けしてやっても良いか。
俺はミレイナたちを見て確認すると、三人とも仕方なさそうに微笑んだ。
「月詠、そのくらいにしてやれ」
「コウタさん、でも」
「いいって、ちゃんと送ってやるから。それに俺のトラックにだって自衛の手段が無いワケじゃない。道中のモンスターは任せておけ」
「で、でも……」
「いいから。ここは大人を頼れって」
うーん、俺ってカッコいい。
まぁ玄武王は勇者パーティーに任せるけど、道中のモンスターくらいは倒してやろう。武装を見られるけど別にいいや。この勇者パーティーの強さなら、この後で俺を頼ろうとは思わないだろう。
すると、イヤホンではなくトラックから直接タマの声が聞こえた。
『社長。リトルリザードの生き残りが向かってきます。数は三十』
「そうか。迎撃は頼んだぞ」
『畏まりました。[ガトリングガン]展開』
タマの声と同時にボンネットが開き、そこから三門のガトリングガンが展開される。
さらに全く同時のタイミングで、トラック前方にリトルリザードの生き残りが群れで襲ってきた。
『ガトリングガン掃射。殲滅します』
ハデな音と共に弾丸がばらまかれ、リトルリザードの生き残りはあっという間にミンチになる。太陽達は唖然としながらその光景を見つめていた。ふっふっふ、俺も少しかっこつけるぜ。こんなタイミングはそうはない。
「というわけだ。さぁ行こうか」
くっくっく、かっこつけてやったぜ。
この調子で俺が玄武王とやらを倒しちゃおうかな。うへへ、それはいい案かも。途中までじゃなく玄武王の位置まで送ってやろうか。
だけど俺は、どこまでも甘かった。
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「うぉぉぉぉぉーーーッ!?」
俺は全力で逃げていた。
何故なら、後ろから巨人が追いかけてきてるからだ。なんなのこれ?
『危険種サイクロプス。現在の防御力では損傷の可能性あり』
「おいおい、レベル十でベヒーモスの攻撃を防げるんじゃなかったのかよ!?」
『サイクロプスはベヒーモスより上位種です。損傷は軽微で済みますが』
「それでも傷付くのはイヤだっ!! それに怖いっ!!」
勇者たちに格好つけた手前、ここで手を借りるのはかっこ悪い……なんて言ってる場合じゃない。沼地の割には道が広いから飛ばせるけど、このままじゃ捕まる。
「うぉーいタマ、なんとかしてくれーーっ!!」
『畏まりました。[小型ミサイル]発射』
くそ、格好つけないで最初からやればよかった。ミサイルがサイクロプスに着弾すると、サイクロプスの上半身は吹き飛んだ。現代兵器の恐ろしさを改めて知ったね。
その後も、そこそこ強そうなモンスターを倒しつつトラックを進ませると、ついに到着した。
「な、なんか広いとこに出たな」
『周囲検索………ここはソーコナシ沼地の中間地点です』
「お、ようやくかぁ……」
俺はトラックを停車させる。すると勇者パーティーたちがゾロゾロ降りてきた。
俺もトラックから降りて勇者パーティーに向き合う。するとトラックからミレイナ達も降りてきた。
「へへ、おっさん、後はオレたちに任せな」
「ああ、必ず四天王を倒せよ」
「ツクヨさん、気を付けて下さいね」
「はい、ミレイナさんも、美味しいご飯をありがとうございます」
「ま、悔しいけどアタシより遥かに強いアンタたちだし……頑張りなさいね」
「はーい。キリエ姉、ちゃっちゃと倒してくるから、私のすごさを見せてあげる」
「ええ、期待してますよ、クリス」
ここからは歩きで進む。俺たちは引き返し、入口近くで待機してる。
勇者パーティーが四天王を倒したら合図を出すので、迎えに行って回収すればおしまいだ。はっきり言って、あれだけの強さを持つ勇者パーティーなら四天王も問題ないだろう。
「じゃあ、また後でな!! 玄武王の首を土産に持って帰るぜ!!」
「いやいらねーよ」
漫画みたいなセリフを吐くヤツだな。月詠はとことん苦労しそうだ。
手を振りながら、勇者パーティーは去って行った。
俺たちはトラックに乗り込み、助手席にはミレイナが乗る。
「じゃ、入口まで戻るか」
「………はい」
「何だ、心配なのか?」
「……はい。玄武王バサルテス様は、恐らく私たちに気が付いています。勇者様たちの強さなら……」
俯くミレイナを励ますように、後ろの通路スペースからシャイニーとキリエが顔を出す。
「心配ないわよ。はっきり言ってあの鎧みたいな姿は無敵よ。全身に魔力を漲らせて身体を包み込んでるから、魔神級の魔術でもそう傷付かないわ。さすが勇者ってところね」
「それに、怪我をしてもクリスがいます。まさか炎系の魔術まで習得してるとは思いませんでした」
「………はい」
シャイニーやキリエはミレイナを励ましてるんだろうな。やっぱウチの従業員達は仲良しこよしだぜ。社内イジメや嫌がらせなんて一切ありません。
「じゃ、行くか」
俺はトラックを走らせようとした瞬間、全身を悪寒が包んだ。
首筋に冷水をぶっ掛けられたような、思わずハンドルを握りしめていた。
「………な、なん、だ?」
「こ、これは………う、うそ」
「何よ、この感じ……」
「………」
ミレイナ、シャイニー、キリエも感じたようだ。
ワケも分からず手が震える。太陽達と別れて二十分も経過していないのに、凶悪なモンスターが周囲にでも出たのだろうか。
するとタマが、これまで聞いたこともないような警告音を出した。まるでアラートのような警告音だ。
『警告。警告。危険レベル最大。現在のレベルでは太刀打ち出来ないモンスターを感知しました。撤退を推奨します。警告。警告。危険レベル最大』
「お、おいタマ、何が……」
「ま、まさか」
ミレイナは、というか俺たちは気が付いた。
このタイミングでの警告。それはつまり、そう言う事なのか。
『超々危険種モンスター『玄武王バサルテス』を感知しました。超危険種モンスター『タイラントタートル』五十匹を確認しました。警告。警告。現在の武装では太刀打ち出来ません。撤退を推奨します』
「うっそ……た、タイラントタートルですって!? まさか玄武王の!?」
「間違いありません。どうやら勇者パーティーは、玄武王バサルテスと接触したようですね」
俺は掠れ声でタマに確認した。これだけは聞いておかないといけない。
「た、タマ……玄武王の戦力は測れるか?」
『可能です』
「しょ、正直に答えろ………太陽たちは、玄武王バサルテスに……勝てるのか?」
『…………』
「タマ、答えろ」
予想外の力だ。こんな一般人の俺でもわかる。
ドス黒く威圧するような、漫画で見たような「気」が周囲の空気を押しつぶすような感覚が、実際にこの身体で感じてしまっている。距離がこんなに離れているのに、わかってしまった。
『戦力対比の結果。勇者パーティーの勝率は十二パーセント。現在戦闘中……全滅までの推定時間四十五分です』
俺たち四人は、血の気が引いた。
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全滅。すなわち……死。
ミレイナの言った通り、俺の考えは甘かった。まさか玄武王バサルテスがここまで強いとは思わなかった。太陽たちの勝率は十二パーセント。だが、勝てない数字じゃない。
「ど、どうするんですか、コウタさん……」
「………」
「コウタ、あいつら……助けるの? 行くなら早くしないと!!」
ミレイナとシャイニーが俺に聞く。待てよ、俺にどうしろってんだ。俺はただのトラック運転手だぞ? 戦いや魔王や四天王なんてのは俺の分野じゃない。トラックの武装だって通じないし、そもそもここで逃げても文句は言われないだろ。
「………社長。私は……貴方に従います」
「キリエ!! アンタの妹がいるんでしょ!?」
「その通りです。ですがクリスも覚悟はしているでしょう。ここで私が泣き叫んでクリスの元に向かったら社長にも貴女たちにも迷惑が掛かります」
「で、でも……」
「いいんです。ありがとうございます、シャイニー」
キリエの表情はいつもと同じだった。手を合わせ、祈るような仕草でシャイニーに礼を言う。
唯一の肉親が命の危機なのに、なんでこう落ち着いてられるんだ。
「コウタ、どーすんのよ!! 助けに行くなら早くしないと!!」
「で、でもよ……トラックの武装じゃ太刀打ち出来ないし、俺たちまで……」
「じゃあ見捨てるの!? アタシたちより年下の子供を!!」
「じゃあどうしろってんだ!! 仮に向かって行ったとしても俺たちまで標的になる!! 俺たちは運送屋だ、勇者じゃないんだ!!」
「っ……でも、こんなの……」
「くっ……ちくしょうっ……俺だって」
ここで太陽たちを見捨てて逃げるのが正しい選択だろう。
勝率は十二パーセントある。太陽くらいの熱血主人公なら、その可能性をモノにしてしまうかもしれない。俺たちが危険を冒して助けに向かっても返り討ちだ。そのくらい俺でも分かる。
するとミレイナが、俺に向かって祈るように言う。
「コウタさん、お願いします……勇者様を、助けてあげて下さい」
「え……み、ミレイナ?」
「タマさん、勇者パーティーを回収して逃げる事は可能ですか?」
『シミュレーション開始……………可能です。武装を使い煙幕を張り、その隙に勇者パーティーを回収。戦線を離脱します。成功確率は十八パーセント』
「お、おいタマ」
「……コウタさん、お願いします。私たち『アガツマ運送会社』は、依頼主の届け物を配達するのがお仕事です。勇者様たちをオレサンジョウまで送り届けるのが、私たちの役目です!!」
「そうね、アンタ言ったわよね……俺たちは運送屋だって。だったら、勇者パーティーを回収して、オレサンジョウまで届けないとね!!」
「お、おい……」
俺は頭を抱え、キリエを見た。
「キリエ、お前は」
「………お仕事なら、しないといけませんね」
「は?」
「ここで逃げ出したらアガツマ運送会社の信用問題に関わります。勇者パーティーを放って逃げ出した運送屋に、これから依頼が入るとは思えません。更にここは一つ勇者パーティーに貸しを作っておくのも悪くないですね」
「ふん、妹を助けたいんなら素直になりなさいよ。可愛くないわね」
「おや、私が一度でもクリスを心配するような発言をしたでしょうか?」
なんだよこれ、なんでこんなにやる気になってるんだ。
俺は未だにビビってるのに、シャイニー達はもう怯えてない。むしろやる気に満ちあふれている。
「あぁもう……俺は普通の人間だぞ。こんな死地に飛び込むようなマネ出来るかよ……」
「大丈夫です、コウタさん」
「そうよ。アタシ達がいるじゃない」
「はい。社長のお力になれればと思います」
「………」
勘弁してくれマジで。俺の平穏な運送屋生活はどこへ行った?
ああもう、わかった、わかったよ。行けば良いんだろ行けば。
「わかった、戦闘はナシ、とにかく勇者パーティーを回収して離脱するからな。玄武王の対策は勇者パーティーに任せる。その後はゼニモウケに帰るからな!!」
「はい!!」
「おっけ、っていうかビビり過ぎでしょアンタ」
「構いません。参りましょう」
俺は大きなため息を吐き、トラックを発進させた。