36・トラック野郎、勇者の実力に驚く
「タマ、『ソーコナシ沼地』までのルートをよろしく」
『畏まりました。ルート検索中·········検索完了。推奨ルートは《へーボン街道》を抜けて《フツーの森》を通るルートです。危険も少なくモンスターの襲来も最低限の道で到着までの日数は十日となります』
「平凡だの普通だの、この世界の地名はどうなってんだよ······まぁそれでいいか」
ちなみに、隣には誰もいない。
ミレイナは食事の支度、シャイニーは武器を磨き、キリエはクリスと一緒に馬車の荷台に乗っている。何だかんだで姉妹仲はいいのかね。
となると、俺の話し相手は自動的にタマになる。
「なぁタマ、玄武王とかいう奴は強いのか?」
『不明です。情報がありません』
「だよなぁ······はぁ」
『戦力値が不明ですので、用心する事をお薦めします』
「わかってるよ。ていうか絶対に会いたくない」
『同意します。社長、これだけは覚えて置いて下さい』
「ん?」
珍しいな、タマがこんな事を言うなんて。
『この世界には、トラックの武装も敵わないモンスターがいます。ポイントを消費すればどんな状態でもトラックは直せますが、社長の身体能力は人間のままです。死ねば今度こそ終わります』
「わ、わかってるよ」
『はい。お忘れなく』
「······何だお前、心配してんのか?」
『·········回答を拒否します』
「はは、お前も変わったな」
それはきっと、いい変化だと思った。
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旅は順調に進む。
タマの選んだルートは、モンスターの少ない平凡なルートだった。そのおかげか特に戦闘も無く進む。太陽は新しい武器を試したくてウズウズしていたが、俺はそんなのお構いなしにトラックを走らせる。
馬車とは違いトラックに疲れは無い。なので時速六十キロで街道を飛ばす。
「コウタさーん、そろそろご飯にしましょ-」
「おーう」
ミレイナの声が俺を呼ぶ。どうやらお昼みたいだ。
トラックを停車させると、ドアが開いてミレイナ達が出てきた。手には大きな皿があり、おにぎりや唐揚げなど、まるでオードブルみたいだ。
「せっかくですし、みんなでご飯を食べようと思いまして」
「みんなで作ったのよ!!」
「流石のシャイニーも、ご飯を握る事は出来るようです」
「どう言う意味よ!!」
俺はトラックから降りると、ちょうど勇者たちも降りてくる所だった。
ミレイナたちの手にある大皿を見て、太陽が目を輝かせる。
「おぉぉっ!! すっげぇ!!」
「あの、もしかして……」
「もちろん、皆さんも一緒ですよ」
「わ、わたくし達も一緒で構わないのですか?」
ミレイナの笑顔は眩しいね、月詠も煌星も顔を綻ばせてる。そう言えばミレイナと太陽たちって一歳しか変わらないんだよな。
「やったぁ!! 早く食べよっ!!」
「クリス、はしたないですよ」
「だってオナカ空いたんだもん、キリエ姉もでしょ?」
「私は別に」
あっちの姉妹は放っておこう。仲が良いのか悪いのか分からんな。
トラックの脇にシートを広げ、みんなで仲良くオードブルを囲む。
太陽はバクバクがっつき、俺はのんびりおにぎりを囓る。女性陣達はワイワイ仲良く食べている。こんな姿を見ると、この少女たちが勇者には見えないな。
だが、暫く進むとその意味がよく理解出来た。
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『社長。前方三キロ先が《ソーコナシ沼地》の入口です。不特定多数のモンスターの気配を感知。危険種・超危険種の存在を感知しました』
「き、来たか……」
旅は順調に進んでいた。勇者たちの出番は全く無く、ゴブリンやウルフなんかの弱いモンスターはトラックで轢いた。俺も慣れてきたのが怖い。
そして、すれ違う馬車や冒険者たちとも全く出会わなくなり、空気が徐々に重くなるのを感じた頃……ついに到着した。
俺はトラックを止め、目の前の不気味な森を見る。
「こ、ここ……か?」
『はい。ここが《ソーコナシ沼地》です。車幅は広くトラックの通行に支障はありませんが、大小様々な沼地が至る所に存在します。ご注意を』
「わ、わかった」
そう言うと、トラックのドアがゴンゴン叩かれた。どうやら太陽が降りてこいと言ってるらしい。
「おっさん、こっからは地獄だぜ。気を付けろ」
「わかってるよ、さっさと乗れ」
「おう!!」
と言ったらコイツ、助手席に乗りやがった。
まぁ別にいいや。どうせ中間地点まで送り届けたら俺たちは入口まで引き返すしな。
俺はトラックをゆっくりと発進させ、ソーコナシ沼地へ進んで行く。
「魔王四天王か……へへ、オレの聖剣の試し切りには持って来いだぜ」
「おい、用心しろよ」
「はん、オレに適うモンスターはいねぇよ。そのうち見せてやるよ、勇者タイヨウの剣技をな」
「はいはい。俺は運転しか出来ないからな、頼りにさせて貰うぜ」
「おう!!」
うーん、調子こいてるけど悪い奴じゃないのかな。
だけどこういうヤツは、いつか必ず壁にぶち当たる。まぁ月詠や煌星が支えてくれるなら、こいつは大丈夫だと思うが……って、俺が心配することじゃないか。
すると、太陽は興味深そうに聞く。
「なぁおっさん、なんでおっさんは運送屋に?」
「あ? いや、それしかなかったからな。日本じゃ運送会社勤務の運転手だったし。それにこの世界に来たときにトラックも一緒だったし、生きて行くには金がいる。だから前職での経験を生かして運送屋を始めたんだよ。この世界にゃトラックなんてないしな……意外と当たるかと思ったんだ」
「へぇ~、確かにな。馬車しかないこの世界でトラックなんて見たら、誰だって驚くよな」
「まぁな、俺としては聖剣にビックリしたぜ。何だよ最新型の聖剣って」
「あ!! それはオレも思った、フツー聖剣って伝説の武器だろ!? オレサンジョウに保管してあった聖剣はボロくてさ、それでもけっこう強かったから使ってたんだけど、ある日突然新しいの作るからって言われてよー、驚いたぜ」
「ははは、やっぱそんなもんか」
太陽についていろいろ言ったけど、やっぱ男同士ってのは楽で良い。小生意気だけど。
「ところでおっさん、おっさんの会社の従業員って、みんな美少女だよなぁ」
「それは否定しないが、俺は別にハーレムなんて考えてないぞ」
「んだよもったいねぇ!! ここは異世界だぜ!? しかも一夫多妻制の夢のハーレム!! オレはやるぜ、月詠も煌星もクリスもエカテリーナも嫁にして、毎日ウハウハしまくってヤる!!」
「…………」
こいつ、やっぱアホだわ。
こういうタイプはヤることはヤッてんだと思うが……まぁ、男同士だし確認してみるか。
「あのさお前………経験したか?」
「は? 何が?」
「いやだから、オトコとオンナ的な………」
『性体験です』
「おわっ!? 何だ何だ!?」
「タマてめぇっーーーッ!!」
完全に不意を突いた発言だった。この野郎、今までだんまりだったのに、急に言いやがった。
『初めまして勇者太陽様。私はトラックに搭載されてる《神工知能》タマと申します』
「へ、あ、ああ……どうも」
「お前マジで黙ってろ!! なんつータイミングで話しかけてくるんだよ!!」
『社長が言いにくそうでしたので、アシストを』
「時と場合を選べ!!」
くそ、完全な不意打ちだ。太陽はポカンとしてるし。
こうなったら勢いで聞いてやる。俺は空気を変えようと咳払いをして、真面目な顔で言う。
「で、太陽……その、ヤッたのか?」
「………ああ、そっちか………まだ」
「へぇ、意外だな」
「いやだって……経験無いし。どういうタイミングで誘えばいいのか……そもそも、まだ何の実績も挙げてない勇者がそんなことしちゃマズいだろ」
「そ、そうか……」
「ああ。実は何度か良い雰囲気になった事があったんだよ。クリスや煌星と二人きりになって、ベッドに腰掛けて……でも、出来なかった」
「………」
「やっぱり、そういう事はその、結婚してからかなって。まぁ順番もあるし……」
「………」
俺は、ちょっと誤解してた。
異世界の勇者なんて、権力にモノを言わせた傲慢な人物を想像していた。だからトラックの武装や室内を見せたら、きっと勇者専属の運転手になれとか言われる気がしていたから黙っていた。現に、ここまでの旅路でトラックの中に勇者達は入れてない。食事こそキッチンで作るが食べるのは外だし、勇者たちは風呂に入らず身体を拭いているだけで、ミレイナたちは風呂を使っている。
第一印象こそ最悪だが、太陽なりに考えてるのかもしれない。
「……悪かった」
「は? いや何が?」
「気にすんな。それより本当に気を付けろよ? 帰ってきたらご馳走にしてやるよ」
「お、そりゃいいな!!」
四天王を倒したら、室内でパーティーでも開くか。
女性陣たちは風呂に入れて、ポイントでお菓子をご馳走してやろう。
すると突然、タマの声が響いた。
『前方十五メートル先、超危険種モンスター《ドラゴンナーガ》と危険種モンスター《リトルリザード》確認』
「え……」
俺と太陽は同時に前を向く、すると……下半身はヘビ、上半身はドラゴンのバケモノがこっちを見ていた。しかも傍には小さなトカゲみたいな生物がウジャウジャいる。
「来たか。ま、見てなおっさん。俺たちの実力を見せてやるよ」
そう言って太陽は飛び出し、後ろから勇者パーティーも飛び出してきた。
それぞれが武具を構え、恐怖を微塵も感じさせない佇まいでドラゴンに向き合う。
すると、トラック後部のドアからミレイナたちが来た。
「コウタさん、モンスターです!!」
「ああ、太陽達が」
「ど、ドラゴンナーガ……ちょ、超危険種よ!? あんなのアタシが十人居ても勝てる気しないわ!!」
「ですが、勇者パーティーには余裕が感じられますね……」
「ああ……」
不思議と、太陽達が負けるビジョンは見えなかった。
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「月詠たちはザコを、オレはドラゴンを片付ける!!」
「わかった!! 煌星、アシストよろしく!!」
「畏まりました、クリス、サポートを」
「りょうかいっ!!」
全員が武器を構え、太陽と月詠が突っ込んでいく。その後ろで煌星が弓を構え、クリスは赤い光を纏っていた。なんだありゃ?
「クリス……あの子、いつの間に魔術を」
キリエが驚いていたが、その質問には誰も答えなかった。
月詠が一メートルほどの小さなトカゲを蹴りまくり踏みつぶし、トカゲが吐き出す酸を華麗に躱す。そして弓を構えた煌星が、絶妙なアシストで月詠に近づくトカゲを射る。
「ナイス煌星っ!!」
「月詠ちゃんには近付けさせません!! 暴れちゃって下さいっ!!」
「サンキューっ!!」
「私もいるからねっ!!」
すると、クリスの周囲にいくつもの火の玉が舞い、トカゲめがけて飛んで行く。するとトカゲに命中した火の玉は燃え上がり、トカゲは消し炭になった。
三人の猛攻でトカゲはあっという間に全滅した。すげぇ、五十匹ひゃ居たのに三分掛からず全滅させちゃったよ。
「り、リトルリザードは単体でも厄介なのに、群れで出てくるから更に厄介なのよ……それを三人で、こんな短時間でなんて……」
「す、凄いです」
確かに、女子三人もスゴいけど、真にスゴいのは太陽だ。
たった一人でドラゴンナーガと渡り合ってる。ドラゴンナーガの吐くブレスを聖剣で切り払い、不意打ちで繰り出される尻尾の薙ぎ払いを華麗に躱す。しかも表情には余裕が感じられる。
「おっさーーんっ!! 見てろよーーッ!!」
太陽が叫んだのを俺は聞いた。
アシストに向かおうとしていた月詠を制止し、太陽はタイマンでケリを付けるようだ。男らしいっちゃらしいが、これはゲームじゃなくて現実なんだけど。
「見やがれドラゴンナーガ!! これがオレの『太陽剣グロウソレイユ』の真の力だ!!」
「ちょ、待ちなさい太陽!!」
「行くぜ、『鎧身』!!」
聖剣を構えた太陽を中心に、黄金の輝きが太陽を包む。
すると聖剣がドロリと液状になり太陽の全身を包み、徐々に形が変わっていく。
「な、なんだ……?」
「あれがニーラマーナの言ってた変形かしら?」
「す、すごい魔力です」
「確かに。通常の魔術師が百人集まっても、これだけの魔力は扱えないでしょう。これが勇者の力なのでしょうか?」
いろいろ意見が出てるが、俺は目の前の太陽の変化に驚いた。
変形が終わり、そこに居たのは……黄金の全身鎧を纏った騎士だった。肌の露出は一切なく、まるで特撮に出てくる戦士みたいだ。
『コイツが聖剣の戦闘形態だ!! 全ての能力が数倍以上にアップしてるぜ!!』
太陽はそれだけ言うと、聖剣を掲げる。すると黄金のオーラが聖剣に集まった。
ドラゴンナーガは圧倒されたのかジリジリと下がった。ありゃ完全にビビってるな。
『終わりだ!! 喰らいやがれぇぇぇぇぇっ!!』
太陽が剣を振り下ろすと、聖剣から放たれた波動はドラゴンナーガを消滅させた。おいおいマジかよ、とんでもねぇ攻撃だぞ。
『はっはっは、これが勇者の力だ!! 見たかおっさん!!』
だから、いい加減におっさんって呼ぶの止めろよ。