35・トラック野郎、危険地帯に出発
ミレイナのカミングアウトの翌日。朝食を終えて4人でまったりしてると、タマからアナウンスが入った。
『社長。お客様がいらっしゃいました。個体名『獅子神月詠』です』
「お、もう来たのか……って、1人か?」
『はい。トラック周辺を確認……他の勇者反応はありません』
「ふーん、1人で来たのか」
とりあえず迎えに行くために立ち上がり、トラック前部にあるドアに向かう。
「あ、ここに案内するから、お茶の準備を頼む」
「わかりました」
ミレイナはにっこり笑う。どうやら昨日の事は気にしてないようだ。こっちとしてもあんまりズルズル引き摺って欲しくないし、ミレイナちゃんはやっぱり笑顔で居て欲しいからな。
俺はドアを開け、キョロキョロしてる勇者少女に声を掛けた。
「よう、こっちだ」
「わ、びっくりした。えぇと……詳細を話に」
「ああ。とりあえず中に入れよ、お茶くらい出すから」
「は、はい」
「そういや、なんで1人なんだ?」
「他のみんなは城で鍛錬してます。誤解してるかも知れませんが、ああ見えて太陽は真面目なんです。魔王を倒すための鍛錬は、毎日欠かしません」
「ふーん。なんか意外だな」
俺は勇者少女を中に招き入れ、スリッパを出してやる。今更だがトラック内の居住ルームは土足厳禁だ。これは俺が日本人だからであり、ミレイナたちは最初困惑していた。だがこれだけは譲らなかった。
勇者少女はトラックの意外な広さにキョロキョロしていた。ふふふ、驚くのはこれからだぜ。
「さ、どうぞ」
「はい、失礼し………え、えぇぇぇぇぇっ!? 何これ!?」
「いらっしゃいませ。どうぞお掛け下さい」
「お菓子もあるわよー」
「まずはゆっくりと寛いで下さい」
居住ルームは広いからな。キッチンにダイニングテーブルと椅子、さらにカーペットが敷かれてソファも設置してある。まさに俺たちの憩いの空間だ。
「ど、どうなって……」
「ま、これが俺のチートスキル《デコトラ》だ。トラックを好きに改造できる能力なんだ」
「ち、チートスキル……す、すごい」
「そうだ、これはあのバカ勇者には内緒な。こんなの見られたら五月蠅そうだし」
「確かに……わかりました」
「じゃ、席にどうぞ。えぇと、月詠……でいいか?」
「はい」
俺は月詠を席に案内する。するとミレイナがすかさずお茶を出し、シャイニーがポッキーの箱を差し出す。すると月詠は日本製のポッキーの箱を見て驚いていたが、俺がニンマリと笑うと理解したのか、ポッキーを1本摘まみ、コリコリ食べた。
「美味しい……まさか、異世界でポッキーを食べれるなんて」
「ここでなら好きなだけ食わせてやるよ。お土産には渡せないけど」
「……ありがとうございます。煌星にもあげたかったな……」
「悪いな」
「いえ、そんな……と、すみません、お話をしに来たのに」
表情を引き締めた月詠は、詳細を話し始めた。
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「まず、玄武王バサルテスの居場所ですが、奴は『ソーコナシ沼地』の最奥に生息してると情報が入りました」
「そ、底なし沼地? なんだそりゃ?」
「『ソーコナシ沼地』よ。ふぅん、超危険地帯じゃん」
相変わらず、この世界のネーミングセンスはワケわからん。
「どうやら、そこに住む危険種や超危険種たちを手懐けて配下にしたり、自身のエサとして食らってるそうです。まだ人間には手を出していないようですが······それも時間の問題でしょう。奴が人間の味を覚えたら、町や集落に大規模な被害が出るのは間違いありません」
「ま、マジですか? そ、そんなの勝てるのかよ⁉」
キリエも言ってたけど、先代勇者が魔王を倒すまで40年以上掛かったんだろ? そんなバケモノ集団の四天王の1匹を、召喚されて1年も経ってなさそうな子供が倒せるとは思えない。
「はい、倒します。先代勇者とは違い聖剣や装備の技術も進歩しています。どんな相手だろうと遅れは取りません」
ま、まあそうだけどよ。確かに技術の進歩をプラスすれば違うのかな。くそ、わからん。
「コウタさんたちは、ソーコナシ沼地の中程まで送って頂きたいのです。あたしたちを降ろした後は入口まで戻り待機。その後戻ってきたあたしたちを連れて帰還。こんな流れです」
「なるほどな······」
俺としては、太陽を煽り1人で突っ込ませ、その隙に女の子を連れてトンズラするという作戦だ。だけど、勝ち目があるなら勇者全員で戦った方がいいのかも。
「コウタさん······」
「ミレイナ······?」
ミレイナが俺の袖を軽く引っ張る。その表情は不安げだ。
多分、四天王の強さを知ってるからだ。だから不安になってる。
「大丈夫だ。意外と楽勝かも知れないぞ? ここは任せてみるか」
「·········はい」
か細く、消え入りそうな声だった。どうしても不安は消えないらしい。とは言え、仕事を受ける以上はやるしかない。
「出発は3日後、ルートはお任せします」
「え、いいのか?」
「はい。運送屋さんですもんね、配達ルートまで指定するのは変かなって」
「ははは、そうだな。じゃあ俺たちに任せてくれ」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って月詠は帰った。どうやら城で鍛錬をするらしい。太陽はどうでもいいが、あんなしっかりした子が死ぬところなんて見たくない。四天王を倒せる事を祈ろう。
「確かに、先代勇者とは時代が違うのよね。もしかしたら四天王を倒せちゃうかも」
「可能性はありますが······私達は勇者と四天王の実力を知りません。どうなるかは予想が尽きませんね」
「·········」
「どうしたミレイナ?」
「······いえ、やっぱり不安で」
「大丈夫だって。俺たちが四天王と対面することはなさそうだしな」
その考えが甘かったのは、後で身を持って知ることになった。
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翌日。長旅になるので準備を入念に済ませる事にする。
ミレイナたちは買い出しに出掛け、俺はトラックの強化をする。久しぶりにやりますかね。
「タマ、四天王のデータはあるか?」
『該当項目なし。魔王関係のデータは不足しています。対象となる生物をスキャンする事で情報を入手可能です』
「ふーん、じゃあ玄武王とか言う奴をスキャンすれば、魔族に関するデータが入手出来るのか」
『はい。対象の戦闘能力が不明なので、トラックの車体強化をお薦めします』
「そうだな。ポイントはかなり稼いだし、いっちょやりますか。トラックのステータスを頼む」
『畏まりました。項目の増大に伴い、システム画面を整理しました。該当項目を開く場合はフロントガラスをタッチして下さい』
「フロントガラスをタッチって······タッチパネル方式?」
俺は久しぶりにトラックの強化画面を呼びたした。
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【機体名】 未定 レベル37
【運転手】 吾妻幸太
【機体スペック】 《トラックフォーム》
【武装詳細】
【車内設備詳細】
【車体強化詳細】
【経験値ポイント詳細】
【ドライブイン詳細】
【追加装備詳細】
○以下項目未開放
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「おお、かなりスッキリしてるな。じゃあ試しに経験値ポイントをタッチ」
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【経験値ポイント】
○経験値ポイント《129500》
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「じゅ、12万⁉ こんなにあったのか⁉」
『危険種のポイントは平均で1万です。デンジャー山脈で倒した危険種の数は18体です。これまでのポイント消費を計算するとこの数値になります』
「まぁ結構な買い食いしてたしな······」
最低でも6万ポイントの買い食いをしたってことだ。シャイニーはポッキーにカフェオレ。ミレイナはポテチとフルーツジュース。キリエはスルメとイカとミルク。俺もお茶だのビールだの飲むし。
「ま、まぁこれからはポイントを気にしつつ買物しよう。車体強化を開いてくれ」
『畏まりました』
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【車体強化】
○車体強度 レベル15 経験値消費600
○タイヤ強度 レベル15 経験値消費600
○エンジン出力 レベル10 経験値消費100
【車体換装詳細】
【???】
○以下項目未開放
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「う〜ん·········取り敢えず、全部のレベルを30くらいまで上げるか」
『畏まりました』
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【車体強化】
○車体強度 レベル30 経験値消費3000
○タイヤ強度 レベル30 経験値消費3000
○エンジン出力 レベル30 経験値消費3000
【車体換装詳細】
【???】
○以下項目未開放
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「これだけあれば平気だろうな。どんくらい強いのかは知らんけど」
これ以上はポイントが勿体無いし、取り敢えずここまでにしておく。そう言えば最近、車内設備の項目をチェックしてなかった。何か役立つ装備はないかな?
「タマ、車内設備を頼む」
『畏まりました』
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○車内設備
【居住ルーム詳細】
【ベッドルーム詳細】
【シャワールーム詳細】
○未購入
【地下ルーム】
【??????????】
【??????????】
○以下項目未開放
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「あれ、地下ルーム? なんだこれ」
『デンジャー山脈でレベルアップ時に開放されました。詳細はお伝えしましたが』
「そ、そうだっけ?」
『はい。ちょうどミレイナ様が食事の招集を掛けられた時です』
「·········ごめん」
聞いてなかったです。ミレイナちゃんの作るご飯の方が気になったのかも知れない。それは仕方ないよね、うん。
「えーと、じゃあ地下ルームの詳細を」
『畏まりました。地下ルームは2万ポイント消費で開放されますが宜しいですか?』
「う〜ん·········よし、開放‼」
『畏まりました。地下ルーム開放。項目を表示します』
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【地下ルーム】
○業務用冷蔵庫[12000]
○ワインセラー[10000]
○戸棚[8000]
○収納ケース[800]
○以下項目未開放
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「こりゃ完全な倉庫だ。でも長旅にはちょうどいいな、業務用冷蔵庫とかデカくていいだろうし」
ワインセラーとかはいらないな。俺はビール派だし、シャイニーやキリエもそんなに飲まない。ワインが飲みたい時は、1本単位で買えばいいだろう。
「えーと、業務用冷蔵庫と収納ケースを4つほど買おう」
『畏まりました·········設置完了』
「よし」
取り敢えずこんなところか。後はレベルが上がって項目が増えたら追加していけばいい。ミレイナは業務用冷蔵庫を気に入ってくれるかな。
少し一服したら、ミレイナたちを迎えに行くか。
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地下ルームはダイニングの真横に階段が設置された。ミレイナは業務用冷蔵庫を大いに喜び、買ってきた食材をさっそく地下ルームの冷蔵庫へ入れた。喜んでもらえて俺も嬉しいぜ。
それから2日後、勇者たちを連れてソーコナシ沼地へ向かう日がやってきた。俺たちは指定された場所へ迎えに行くと、勇者たちは馬車の荷台部分と共に待っていた。どうやらあれをトラックと連結させて行くらしい。
「ようおっさん、さっそくだけど頼むぜ‼」
「おう、それとおっさんは止めろ。俺はまだ26だ」
「そーなのか? なーんかくたびれた感じがするからよ、てっきり30超えてんのかと思ったぜ」
「ほっとけ、大きなお世話だ」
俺はトラックをバックさせ、牽引用のワイヤーを使いトラックと荷台を連結させる。
すると、ゆるふわウェーブの女の子が近付いて来た。たしかこの子は太陽のハーレムその1。
「お疲れ様ですコウタ様。今日は宜しくお願いしますね」
「ああ、えーと」
「煌星です、延寿道煌星。長いので煌星とお呼び下さい」
「わかった。よろしくな、煌星」
「はい。その······此度は誠に申し訳ありません。太陽くんの我儘でご迷惑をお掛けして······」
「月詠にも言われたけどもういいって。お前たちも太陽の子守で大変だろ? 俺たちにまで気を回す必要はないから、もっと気楽にしてろよ」
「······お心遣い、痛み入ります」
なんか堅そうな女の子だな。名前もスゴいし、もしかしたら金持ちのお嬢様なのかも。
煌星は丁寧に一礼すると、太陽の元へ向かっていく。
「よし、これでいい」
「おーし、じゃあ行くぜ‼ 目指すはソーコナシ沼地の魔王四天王だ‼ 待ってろよ玄武王、オレたちが倒してやるぜ‼」
剣を抜いて宣言する太陽。
こんなの相手にしながら進むのかよ。マジで面倒くさいな。
俺はため息を吐きつつ、運転席へ乗り込んだ。