30・トラック野郎、休日を満喫
配送の都合で翌日の配達はゼロ。つまり、久しぶりの休みになった。夕食時にその話をすると、シャイニーが嬉しそうに言う。
「じゃあさ、みんなで買い物行かない?」
「いいですね‼ 最近忙しくて『スターダスト』を覗けなくて······それにお洋服や靴、バッグなんかも」
「私は飲食店が気になりますね。最近オープンした『辛辛飯店』というお店は、たっぷりの香辛料を使った激辛料理を出すお店だそうです。是非とも一度行ってみたいですね」
「キリエ、お前って辛いの好きなのか?」
「はい。それはもう」
というワケで、今日の予定は決まった。
みんなで買い物してキリエ一押しの激辛料理店で食事をする。ちなみにトラックは使わず歩きで行く。たまには歩かないとね。
久しぶりの休日、満喫しますかね。
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町をトラックで走ることは多かったが、歩くことは初めてかも知れない。何だか景色が違って見えるぜ。
「まずはスターダスト‼ 新作のアクセサリーを見たいです‼ 次は洋服屋で新しいスカートに帽子に」
「·········ミレイナ?」
「あぁ、ミレイナはファッション関係になるとテンションが上がるんだ。気にすんな」
「なるほど。これは面白········いえ、新しいミレイナを知ることが出来ました」
「アンタ絶対に楽しんでるわね」
町の中央付近、最も賑わいを見せてる場所に、俺たちはやって来た。するとミレイナのテンションはマックスになり、この様子を初めて見るキリエは眉を顰めた。
「ふふ、今日はみんなに似合うお洋服やアクセサリーを選びますね」
「よろしくねミレイナ。それと、着せ替え人形にだけはしないでね」
「私は面白いから構いません。シャイニーは可愛いですし、2人で着せ替え人形にしましょうね」
「はいっ‼」
「ちょい待てこら」
うーむ。果たしてシャイニーはミレイナとキリエの魔の手から逃れられるのだろうか。俺は荷物を持ちつつ求められたら答えよう。所詮俺は男、ファッションのことは分かりません。
「コウタさんには······うん、新しいベルトを買いましょう‼ 作業服でも付けられる丈夫なモノが良いですね」
「いいかもね。じゃあアクセサリーは?」
「社長にはアクセサリーより衣服など如何です? 例えば帽子とか」
「良いですね‼ じゃあさっそく行きましょう‼」
ベルトか。まさか名前にあやかって戦国的なベルトじゃないだろうな。もしそんなベルトだったら、ぜってぇ許さねぇっ‼ なんてな。帽子はいいな、運送屋ではみんな被ってるイメージだ。
みんなで歩くこと数分。なんか注目されてる事に気がついた。
その視線は俺ではなく、俺の前を歩く美少女3人だ。ワイワイと楽しそうに歩く3人は誰が見ても美少女。しかもとびきりのだ。ふっふっふ、よーく見るがいい。彼女たちが俺の会社の従業員だ。
なーんて優越感に浸りながら歩くと、『スターダスト・ゼニモウケ店』に到着した。中は女性だらけ、冒険者やら若い女の子やら、はっきり言って居心地悪い。
「さぁ、ここからが本番ですよ‼」
ミレイナちゃん、テンションマックス過ぎるだろ。
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買い物を終えた俺たちは昼飯を食べに来た。場所はキリエおすすめの激辛料理店『辛辛飯店』だ。いかにも辛そうな感じがいいね。席に案内されて座る。
「私のおすすめは『マグマリザード』の激辛煮込みです。一口食べたら汗が滝のように流れる様から『狂気の煮込み』と呼ばれてるそうですよ」
キリエは淡々とそんな事を言う。何言ってんのこの子は?
「わ、私、辛いのはちょっと」
「お、俺はフツーの七味チャーハンで」
「アタシはマグマリザードの煮込み‼ 面白そーじゃない‼」
「私もシャイニーと同じで」
シャイニーはアホなのか?
まぁ止めない。面白そうだしどんな反応をするか見てみたい。
それからしばらくすると、件の料理が運ばれて来た。
「う、うわぁ······」
「ま、真っ黒です······目が痛い」
「おぉ、あまりにも辛くしたために黒くなってしまった肉の煮込みですね。うふふ、嬉しいです」
「お、お、面白いじゃない‼」
「おいシャイニー、顔色が悪いぞ」
「シャイニー、無理しないほうが······」
「うう、うるさいわね。いただきまーすっ‼」
シャイニーはマグマリザードの煮込みをパクリと一口。
何度か咀嚼すると、にっこり笑った。
「何よ、美味しいじゃぶぉぶぇぇッ⁉」
「シャイニーっ⁉」
シャイニーは盛大に吹き出した。汚ぇっ⁉
すると舌を真っ赤にしながら泣き出した。
「ぐぶふぇぇぇーーーッ⁉ みふ、みふぅぅぅーーーっ⁉」
「お、落ち着けシャイニー‼ それはアツアツのお茶だ‼」
「ぶっばぁぁぁぁっ⁉」
「シャイニーっ、水ですっ‼」
「んぐ、ング······ぶふぇぇぇっ、おぎゃわりっ‼」
「どうぞ、氷もあります‼」
「うぅぅ······」
ようやく落ち着いたシャイニーは、机に突っ伏して動かない。俺とミレイナは運ばれて来た料理を食べながらシャイニーに言う。
「シャイニー、なんか食えよ。チャーハン食べるか?」
「私のマーボー豆腐、いかがですか?」
「いい······夜まで何も食べない」
「では、勿体無いので、こちらはいただきますね」
「え?」
自分の分を食べ終えたキリエは、シャイニーの残したマグマリザードの煮込みを食べていた。マジかよコイツ。
「美味しいですが、少し辛さが足りませんね。あと5倍は欲しいところです」
顔色を変えず食べるキリエに、俺たちは戦慄した。
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「いやー、今日は楽しかったな」
「はい‼ 美味しい物を食べて、いっぱいお買い物しました‼」
「うぅ、まだ舌がヒリヒリするわ······」
「ふふ、唇がパンパンですね。触っていいですか?」
「うわわっ⁉ 手を伸ばすなバカ‼」
あぁ、幸せだな。こんな美少女に囲まれて休日を満喫出来たなんて。俺は生き返ってこんな幸せなことはない。神様どうもありがとう。
「今日はリフレッシュ出来たし、明日からまた頑張ろう」
「はいっ‼」
「おっけー」
「お任せ下さい、社長」
うん。休日を一緒に過ごした事で、俺たちの結束は強くなった。決してハーレムじゃないぜ? みんなは大切だけどラブじゃなくてライクの気持ちだ。
会社兼自宅へ戻ると、玄関先に誰かがいた。
「······げ」
「あ、ニーラマーナさん」
「やぁミレイナ。今日は休みだったのか」
「そーよ、残念だったわね。今日はお休みだから依頼の話はナシー」
「シャイニー、そんな事を言ってはいけません、不幸の神が貴女に祝福を授けるでしょう」
「そんなのいらないわよ‼」
「おい静かにしろって、ところでニナ、何か用事か?」
プライベートなので敬語は使わない。馴れ馴れしいかも知れないけど年下だし、ニナもそれでいいって言ってくれたしな。
「ああ。依頼をしたい」
「ギルドの依頼か······」
ギルドの依頼にはいい思い出がない。凶悪なゴリラのバケモノに襲われたし、もうあんな経験はしたくない。
「心配するな、危険はない。君たちにはあるモノを運んで欲しいんだ」
「あるモノ······?」
「ああ。目的地は『勇者王国オレサンジョウ』だ。そこにいる『勇者』に、ある届け物をして欲しい」
「ゆ、勇者⁉」
「そうだ。異世界より召喚された3人の勇者とこの世界の1人の聖女に届け物をして欲しい」
「·········クリス」
そう言えば、聖女はキリエの妹だっけ。
でも問題は、何を届けるかだな。正直なところ、異世界から召喚された勇者になんて会いたくない。絶対に同郷のヤツだろうし、召喚されたのは絶対に若い男女だ。男1女2で。
「勇者ねぇ······それで、どんなヤバいブツなのよ」
「ああ。産業都市スゲーダロで開発された、最新型の聖剣だ」
「えっ⁉ せ、聖剣⁉」
「そうだが? 何かおかしいか?」
「あ、いや、聖剣って作れるんだ」
「え?」
「はぁ?」
「社長、武器とは造る物では?」
「ふむ、君も勇者と同じ事を言うのだな」
どうやら俺がおかしいらしい。だってそうだろ、聖剣って神様が作ったとか、王家に代々伝わるとか、選ばれし者しか使えないとか、そんなイメージしかない。
「と、とにかく、仕事の依頼だな」
「ああ。長期の依頼になるから早めに知らせておこうと思ってな。スゲーダロから武具が届くまで日数がある。明日からしばらく休業の知らせをしつつ、仕事をしてくれ。その時にギルドの名を出しても構わん」
「ちょっと‼ 勝手にアンタが決めないでよ‼」
「ギルドからの依頼だ。報酬は破格だぞ?」
「むむ······」
う〜ん、勇者には会いたくないけど、オレサンジョウには行ってみたいな。まぁプチ旅行気分で行ってみるか? 明日から仕事をしつつ、ギルドの依頼があるからしばらく空ける旨を伝えればいいか。
「わかった。明日また来て正式に依頼をしてくれ」
「そうか、ではまた明日」
そう言ってニナは帰って行った。
「勇者王国ですか······」
「もう、ニーラマーナのヤツ勝手なんだから‼」
「クリス、久しぶりに会えるかも知れませんね」
「勇者ねぇ、それに最新型の聖剣と来たもんだ」
そんなワケで、次の目的地は勇者王国に決まった。
だけど、俺はまだ気付いていなかった。
勇者に最新型の聖剣を与える理由なんて、少し考えればわかったのに。