最終話・トラック野郎は運ぶよどこまでも
月日は巡り、俺がこの世界に来てから二年半が経過した。
俺も三十歳になり、貫禄が出てきたと思いたいが……ミレイナやシャイニーは『コウタは変わらない』とか言うからちょっとへこむ。
初めてのフードフェスタから二年。アガツマ運送もだいぶ変わった。
まず、敷地内に喫茶店がオープンし、女性客を中心に賑わいを見せている。アレクシエルとサクヤだけでは手が足りず、バイトの従業員も増えた。
ブーさんのレパートリーも増え、ゼニモウケの新聞社が取材に来るほどの店となり、翌年のフードフェスタでは最優秀賞をもらった。おかげで、運送屋の仕事よりも繁盛している。
繁盛するのはいいけど、運送屋より儲かるのはちょっと複雑……。
さて、今日の仕事は事務仕事。
ミレイナとキリエと三人で……おっとしろ丸もいたな。事務所で書類を書いている。
すると、ミレイナがゼルルシオンからもらったペンダントから、ピーピーと音が鳴り始めた。
「はい、ミレイナです」
『ミレイナか。悪いな、コウタを呼んでくれ』
「はい、お兄ちゃん」
ミレイナのペンダントから立体映像が映り、ゼルルシオンの胸部が映る。なんとなく用事は察していた。
ミレイナは、俺のところにペンダントを持ってくる。
「よぉ、なにかあったのか?」
『ああ。お前に運んでほしいものがある。それと、ヴァルファムート様がお前に会いたいそうだ』
「またか……運ぶのはいいけど、ヴァルファムートの用事って風呂に付き合えとかだろ? あのドラゴン、ほんとにヒマしてるのな」
『そういうな。対等に話せる相手というのは、いるだけで嬉しいものだ』
「わかったよ……じゃあ、日程を決めよう。運ぶ場所は?」
『魔界にあるいくつかの領地だ。資料をそちらに送る』
すると、俺のデスクにピンポイントで資料がワープしてきた。
ゼルルシオンの送った資料には、ゼルルシオンの統治する領土以外の場所もあった。
だが問題ない。ヴァルファムートの復活によって魔界の均衡は完全に崩れ、実質、ゼルルシオンが魔界で最高の力を持つ魔族ということになっている。
そりゃそうだ。最強最悪の魔獣であるヴァルファムートを復活させ、尚且つそいつを容易く倒した俺が友人として傍にいるんだからな。しかもヴァルファムートのやつ、『他の魔王? ふん、そんな連中がちょっかいを出そうものなら、その領土を火の海にしてくれるわ!』とか物騒なことを言ていた。
まぁ、そういうことで、魔界は平和です。何やら怪しい動きもあるようだけど、俺は勇者じゃなくて運送屋だ。
「……資料を受け取った。じゃあ、こっちの予定と合わせて受けるよ」
『よろしく頼む』
「あ、あと依頼料は適正価格で頼むぞ。宝石が山ほど詰まった宝箱とか、大量の札束とかはいらないからな」
『む……わかった』
魔王となると金銭感覚もおかしいのかね。
と、言い忘れていたけど……今はこうして魔界の依頼もボチボチ受けている。ゼルルシオンもたまに遊びに来るし、付き合いは良好だ。
「ミレイナ、キリエ、ゼルルシオンの依頼を受けた。日程はこちらに合わせるそうだから、予定の調整を頼む」
「はい、社長」
「はい、社長」
資料をキリエに渡すと、足下にフカフカした丸いのが転がってきた。
『なうなーう、なうなーう』
「おお、よしよし」
しろ丸を抱き上げ、思いきりフカフカする。
この職場の癒しだ……かわいい。
しろ丸をフカフカしながら仕事を再開すると、スーツを着た一人の女性が入ってきた。
「お疲れ様」
「あ、ニナさん」
「お疲れ様です。支店長」
そう、元ゼニモウケ冒険者ギルド長・ニーラマーナことニナだ。
「コウタ社長。書類を届けに来た」
「ありがとう。というか、シャイニーに届けさせればよかったのに」
「いいんだ。私が届けたかったからな」
「そ、そうか……」
ニナは、二年前に起きたフードフェスタの戦いで怪我を負い、そのまま冒険者を引退した。
引退後はうちで仕事を手伝ってもらっていたが、一年前にオープンさせた『アガツマ運送・ゼニモウケ支店』の支店長として働いてもらっている。
ここ本店だけではすべての配送依頼を賄えず、資金もあったので二号店をオープンさせたらヒットした。シャイニーとニナを常駐させ、ニナの伝手で事務員も数名雇って営業している。
でも、二号店をオープンさせるにあたって、シャイニーが騒いだ。
「なんでニーラマーナが支店長なのよ! アタシは!?」
「お、お前は配達員だろ……それにニナは、冒険者ギルド長だけあって書類仕事とか完璧だし、接客も問題ないから適任だろ」
「っぐ……」
「シャイニーブルー、諦めろ」
「ニーラマーナ、なんかアンタに言われるのムカツク!」
といった感じで揉めたが、給料をアップしてやったら黙った。まぁシャイニーだけじゃなくみんな給料を上げたんだけどね。
「ちょっとニーラマーナ、さっさと行くわよ!」
「ああ。それとコウタ社長、今夜食事でもどうだ? 美味しいワインのある店を見つけたんだが……」
「お、いいな。じゃあ仕事終わりにみんなで」
「…………そうだな」
あれ、なんか変なこと言ったかな?
ミレイナやキリエは苦笑してるし、シャイニーはなぜかニヤニヤしてるし……。
「で、では、仕事に戻る。また」
「ああ、おいシャイニー、安全運転で頼むぞ」
「わかってるわよ!」
シャイニーはニナを小突き、ニナはシャイニーの頭をスパンと叩く、なにやら面白そうなやり取りをしながら二人は支店に帰って行った。
すると、キリエが言った。
「社長」
「ん?」
「社長は結婚の意思はないのですか?」
「結婚? うーん……もう三十だし、そろそろって思うな。まぁ、自分の子供とか想像できないけどな、あははは」
「社長。ゼニモウケの法律では重婚も許可されています。迷った際には全員を嫁にするという考えもありかと」
「は?」
「き、キリエっ!! コウタさん、キリエとお昼の支度をしてきますっ!!」
「ミレイナ、そんなに引っ張らなくても歩けます」
「いいからっ!!」
「…………?」
ミレイナとキリエは二階に上がっていた。
おかしいな……まだ10時半くらいだけど?
ミレイナとキリエが二階に上がると、倉庫整理をしていたコハクとブーさんが戻ってきた。
「ご主人様、おわった」
「二人ともお疲れ、二階でミレイナたちがお昼の支度してるから、ジュースでももらってきたらどうだ?」
「飲む!」
『うなーう』
コハクはしろ丸を抱っこすると、二階に上がっていった。
ブーさんはというと、外にある喫茶店が気になるようだ。
「社長。オレは喫茶店に行く。冷蔵庫の中身をチェックしないとな」
「お願いします。ブーさんのスィーツがなくなったら暴動が起きますからね」
「……ふっ」
ニヒルな笑みを浮かべ、ブーさんは喫茶店へ。
ブーさん、フードフェスタで有名になってから毎日忙しそうなんだよな。パイもウェイトレスで入ってるし、美人美女だらけの喫茶店とか言われてるし。
以前、パイをナンパしていた冒険者がブーさんに叩き出されたときは驚いた。だってこの町最強クラスの冒険者パーティーが、スィーツ店の店長に叩き出されたんだからな。
アレクシエルもなんだかんだで接客が上手になってるし、ここ二年で子供っぽさも抜けて可愛くなったと思う。
最近ではスィーツ作りに挑戦して、味見と称して俺に食わせる毎日だ。なぜか他の人には味見させずに、俺だけを呼んで味見させるんだよなぁ。しかもリーンベルさんは何も言わずにほほ笑むし、アレクシエルも顔を赤くして『お、美味しい……?』とか言うし。
バイトの子ともうまくやってるし、不愛想なアレクシエルはもういないってことだ。
事務所に一人でいると、しろ丸がポンポン跳ねながら階段を下りてきた。
『なうなーう』
「よしよし、ふふ……お前は可愛いな」
『なおーん』
しろ丸をデスクに乗せると、デスクに積み重ねてあった書類の束にぶつかり、バサバサと床に落ちてしまった。
『うなーお』
「はは、大丈夫だから、そんな顔するなって」
『なうなうー』
しろ丸をフカフカなでて書類を拾うと、一通の手紙があった。
「あ……これ、太陽からだ」
一月ほど前に送られてきた、勇者パーティーからの手紙だった。
内容は、驚くべきことばかりだ。
まず、太陽はハーレムを完成させ、オレサンジョウ王国の国王に就任した。
妃の数は総勢20名、行く先々で嫁を見つけてモノにしていったらしい。そして最も驚いたことは、月詠が妊娠、出産したということだ。おいおい、17歳のママだよ。
太陽からの手紙に『おっさん、オレは夢を叶えたぜ!……あと、童貞も卒業した』って書いてあったときは、笑いつつも涙を流した。
異世界でハーレムを作る勇者に碌な奴なんていないと思ってたけど、太陽みたいなバカもいるってことだ。しかも手紙には毎日毎晩搾り取られてるらしい……爆発しろ。
ま、あのバカなら、不思議とオレサンジョウ王国も安泰な気がした。
「コウタさーん、お昼ごはんでーす」
「わかった、今行くよ」
時間的には早いけど、ミレイナのあったかご飯の時間だ。
俺はガレージに向かい、トラックに乗り込む。
理由なんてない。なんとなく、こいつと話したくなったからだ。
「タマ」
『お疲れ様です。社長。なにか御用でしょうか?』
「いや……なんとなく、お前と話したくなった」
『そうですか。では、話題の提供をお願いします』
「お前は変わんねーな……もう、こっちに来て二年以上、日本の思い出なんてほとんど忘れそうだ。こんなこと言うのはあれだけど……こっちの世界に来てよかったよ」
『それはつまり死んでよかった、ということでしょうか?』
「どうかな……」
死んでよかったなんて思わない。
でも、死ななければこっちの世界に来れなかった。みんなにも出会えなかったし、こうしてお節介な神工知能にも出会えなかった。
「死んでよかったとは思わない。でも……こっちに来たのはよかったと思う。それだけは言えるよ」
『そうですか』
「そうですかって……まぁいいや。タマ、これからも頼むぞ」
『はい。私は社長が存命中はサポートをします。まずは社長の結婚相手を検索します…………検索完了。マップに表示します』
「いらんことすんなっ! あと、マーキングが会社に集中してるのはなんでだよっ!?」
俺の結婚相手とやらは、アガツマ運送に集中していた。あとは支店にも二つほどマーキングされている……。
「ったく、お前も冗談が上手くなったよ」
『ありがとうございます』
「褒めてないし……」
運転席に寄り掛かると、窓をコンコン叩く音が。
「コウタさん、少しお願いがあるんですけど……」
「ん、どうした?」
「ニナさんに渡す書類を渡しそびれちゃって、申し訳ありませんが、届けてくれませんか?」
「ああ、いいよ。距離もそこまでないし、ミレイナも一緒にいくか」
「……はいっ!」
ミレイナが助手席に乗り、シートベルトを締める。
そういえば、初めて人を乗せたのもミレイナだっけ……。
「ふふ、なんだか初めての頃を思い出します」
「ああ……ミレイナが素っ裸で」
「ち、ちがいます! もう……」
「ははは、でも、あれから二年以上か……」
「はい。いろんなことがありました」
「そうだな。でも……人生は長いんだ、まだまだ面白いことがいっぱいあるぞ」
「はいっ!」
俺はエンジンをかけ、トラックを発進させる。
「行くぞ、タマ」
『はい、社長』
ギアを入れ、アクセルを踏む。
トラックはゆっくり走り出し、ゼニモウケの公道を進んでいく。
依頼があればなんでも運ぶ。この相棒のトラックと共に、どんな危険な場所でも進んでいく。このロボットに変形するトラックは、地上最強のトラックなのだ。
俺の名前は吾妻幸太。異世界で運送屋を経営している、異世界の配達屋さんだ。
──完──
これにて完結です。
書籍も一巻で終わり、続刊はありません。誠に申し訳ありません。
本当はミレイナ奪還編で終わりの予定でしたが、続刊の可能性も考えていくつか章を考えました。ですが、他の連載作品や投稿サイトに載せている作品を完結まで書きたいので、トラック野郎はここで終わりとさせていただきます。
他の魔王との戦いやトラックの最終形態とかも考えましたが、ズルズル続けてもクオリティが下がるだけになると思いますので……。
最終話までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
現在、カクヨムで連載中のこちらもよろしくお願いします!
なろうでも連載していますが、カクヨムだと先の話が読めますので、どうかよろしくです!
勇者の野郎と元婚約者、あいつら全員ぶっ潰す。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889430999
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