265・ラストイベント
*****《勇者タイヨウ視点》*****
ヴァージニアの出演する、ゼニモウケ・フードフェスタのメインイベントである『ゼニモウケ・フードバトル』の会場にオレたちはやってきた。会場は、まるで有名アイドルのコンサート会場みたいな場所だ。
フードフェスタの期間は三〇日。その内の二〇日間、ゼニモウケ内にある飲食店が事前に登録した料理の注文総数を競うイベントだ。チケットは前日に集計され、あとは結果発表だけだが、かなり興奮している。
チューオー区のやや外れにある大きな公園に特設ステージが設置され、ヴァージニアは『ゼニモウケ・フードバトル』の特別ゲストとして観客の前に姿を現した。
すると、観客席は熱狂の渦に包まれた。
「な、なんだなんだ!?」
「す、すっごいわね……」
スタンディングオベーションってヤツか? まさかヴァージニアの登場だけでこうも興奮するとは思わなかった。すると、会場の熱気に当てられやや興奮したクリスが言う。
「そりゃそーだよ!! だってヴァージニアは人間界に四人しかいない『神話魔術師』なんだよ!? 魔術師だけじゃなく冒険者や傭兵、一般人だって知ってる超有名人なんだから!!」
「お、おう……」
クリスのヤツ、そんな超有名人と一緒に遊んでたの忘れてるのか?
まぁ、国民的アイドルみたいなモンか。実力はもとよりビジュアルも超美少女だし……う。
「…………」
「タイヨウ殿?」
「あ、いや……」
やべ、ヴァージニアとキスしたこと思い出しちまった。
くそ……なんか恥ずかしい。クリスやエカテリーナともキスしたことあるのに、なんか思い出すだけで恥ずかしい。
「あ、始まるみたいですね」
煌星が魔力で視力強化してステージを見ている。ステージはオレたちの場所からだとやや遠い。なのでオレたちは全員、魔力で視力強化をしてステージを見た。
司会者らしき派手な服を着た男が、魔道具のマイク片手に現れた。
『えー、長らくお待たせしましたッ!! それではこれより『ゼニモウケ・フードバトル』の結果発表と参りますッ!!』
「「「「「ウオォォォーーーーーッ!!」」」」」
すんげぇ大歓声。地鳴りまでしやがる。
俺は耳を塞ぐ。すると月詠と煌星も耳を塞いだ。クリスとウィンクは周りと一緒になって興奮していた。
『えー、特別ゲストのヴァージニア様、このフードフェスタの期間中に行ったお店で、印象に残ってるお店はありますか?』
『もちろん!! チューオー区のちょっと外れにある『ラ・ピュセール』ってカフェで食べたフルーツパンケーキがすっごく美味しかっ……あ、言っちゃったらマズイですか!?』
すると、会場内は爆笑に包まれる。
でも、オレにはわかった。そのカフェ、オレと一緒に行ったカフェだってのが。
『あはは、みなさーん、他にも美味しいお店はいっぱいありましたよーっ、フードフェスタもあと一日、みんないっぱい食べましょーっ!!』
うーん、ヴァージニアは可愛いなぁ。
ちなみになんで最終日前日に発表するかというと、最終日は買ったチケットの余りを換金したり、運営委員会の都合らしい。あと、このフードバトルで上位に輝いた飲食店に行ってみたい人もいるだろうしな。最後の一日はそういう都合に合わせた日だ。
司会者とヴァージニアのトークが続き、いよいよ結果発表となった。
『それでは第一〇位からの発表です!! ヴァージニア様ヨロシクッ!!』
『はーい。では第一〇位!!』
ヴァージニアは、事前に渡されていたらしい羊皮紙を取りだし、ゆっくりと開いていく。
店名を確認し、ニッコリ笑って大声で叫んだ。
『第一〇位!! とーっても甘くてフワッととろけるウルトラスイーツ!! ケーキショップ『アーマルティーナ』登録料理、『フワッとクリームとハチミツシュガーのハニーケーキ』でーす!!』
発表したらまた大歓声。ステージにはパティシエっぽいお姉さんがペコペコしながら上がってきた。
司会者とヴァージニアがお姉さんにインタビューしてる。まるでどっかのアイドル総選挙みたいだ。
「ねぇねぇウィンク、ハニーケーキ食べたよね!!」
「はい!! おかわりもしちゃいました!!」
クリスとウィンクは楽しそうだ。
月詠と煌星もなんだかんだで楽しんでるし……でも、オレはイマイチだな。だって結果発表だけだし、オレはヴァージニアが見れればそれでよかったんだけど、周りがうるさいし、男共がヴァージニアにハァハァしながら声援を送るのは正直見たくない。
オレはなんとも複雑な気持ちで、発表を聞いていた。
*****《コウタ視点》*****
フードフェスタ最終日前日となると、やはり寂しい。
たくさん飲み食いしたし、一〇〇枚あったチケットはもう一〇枚もない。お昼はブーさん特製スイーツだったし、今日はみんなで焼き肉でも行こう。
午後も客足はさっぱりだった。依頼された仕事はほんの数件。近隣の集落への配達なので、シャイニー・コハク・パイの三人に任せた。
現在、事務所には俺とミレイナとキリエのみ。ブーさんとリーンベルさんは、外にあるファンシー喫茶『龍のブーさん』の営業準備をしていた。
宣伝らしい宣伝は特にしていない。せいぜい受付ロビーにミレイナ手作りのチラシを置いたくらいだ。そのチラシも、かなり少なくなってるのが見てわかる。
それにしても、この客足の少なさは心配になるな。
「大丈夫、フードフェスタが終わればいつも通りになりますよ」
「ん、ああ」
不安が顔に出てたのか、ミレイナが笑って言った。
パイやブーさんが入ってから忙しいという実感がない。社員も増えたし楽になると考えてたが、これじゃヒマすぎる。
「社長。フードフェスタも明日で終わりですね」
「そうだな······なーんか寂しいよな」
「はい。ですが明後日からは隣のファンシー喫茶がオープンします。寂しいなんて言ってられませんよ?」
「ははは、そうだな。昼はスイーツだったし、今夜はみんなで高級焼肉店に行かないか? オープンの前祝いも兼ねて、リーンベルさんやアレクシエルも誘ってさ、どうよ?」
「わぁ、いいですね······そうだ!!」
ミレイナは、自分のデスクから一枚のパンフレットを取り出し、俺のデスクに広げた。キリエはパンフレットの邪魔にならないように、俺のデスクで寝ていたしろ丸を抱き上げる。
「なるほど。チューオー区の飲食店マップですか」
「はい。みなさんよく食べますし、食べ放題の焼肉店なんてどうでしょう? 少し値は張りますが······この『ミート・フェスティバル』なんてどうです?」
チューオー区にある食べ放題の高級焼肉店だ。ふむふむ、まだ行ったことはないな。いいね、フェスティバルって名前も気に入った。
「よーし、じゃあここにするか。予約ってできるのかな?」
「えーと、店舗で直接予約が必要みたいですね」
「では私が行ってきます。ちょうど備品の買い物も必要でしたので、済ませてきます」
キリエはしろ丸をデスクに戻し、ヘルメットを片手に出ていった。
「焼肉か······甘い物いっぱい食べたからちょうどいいな」
「はい、楽しみです」
うーん、ミレイナは可愛い。
何気に二人きりだし、穏やかな時間が流れていく。今更だが、こんな可愛い美少女と談笑できるなんて、日本にいた時には考えられないぜ。
すると、なんの前触れもなく入口のドアが開いた。
「いらっしゃいませ······って、リーンベルさん。ん?」
店の準備をしていたリーンベルさんは、ピッチリムチっとしたジーンズに無地のシャツ、そしてエプロンと三角巾をした家政婦みたいなスタイルだった。
それだけならまだいい。問題はその背後。
「失礼する」
どこか懐かしさすら感じる佇まい。長い黒髪のポニーテールとクリっとした黒目、和服を改造したような服装に、身の丈に合わない大太刀を腰に差した一人の少女が入ってきた。
「あれ、確か······サクヤだよな?」
「うむ、覚えておったかコウタ殿」
サクヤは微笑を浮かべ小さく頷く。なんか子供っぽくない。
するとリーンベルさんがサクヤの肩に手を乗せて言った。
「コウタ社長。彼女が喫茶店のアルバイトです」
「······は?」
ど、どゆこと? 新人とはいえ『七色の冒険者』が喫茶店員?




