257・せまる脅威
*****《ニナ視点》*****
ニナとサルトゥースは、満身創痍だった。
目の前のリノリングも多少の負傷はしている。だが、それを感じさせない動きで二人を翻弄している。先程まで片手で掴んでいたメイは、リノリングの邪魔になったのか床に捨てられていた。
「·····ヤバい、ね」
「く·····」
サルトゥースとニナは肩で息をする。
この狭い空間では本来の実力を出せず、チマチマした攻撃しか出せない。それに対してリノリングは、全身を使った格闘術を繰り出し二人を追い詰めていた。
「どうしたどうした、オレを楽しませろよ!!」
心底楽しそうな笑みで二人を挑発する。
時間稼ぎというわけではないが、ニナは質問した。
「リノリング、なぜ貴様はアプリストスに肩入れしてる······腐っても元冒険者、その誇りはどうしたんだ」
「あん? 誇りだぁ? カッカッカッ!! そんなモンはとうにドブに捨てたっつーの。オレをクビにしたギルドにも冒険者にも恨みはあっても未練なんざカケラもねぇ。それに······アプリストスのゼニモウケでの責任者には、オレが自ら志願したのさ」
「······なんだと?」
ニナは槍を持つ手に力を込め、リノリングを睨む。
サルトゥースは、リノリングの隙を伺いつつ短弓に矢を込める。
「決まってんだろ、復讐だよ復讐。アプリストスも知らねぇオレの壮大な計画さ」
「······どういうことだ」
ニナは睨むが、リノリングは自身の右腕に装着された武具をなでつける。
「くくく、この武具はすげぇぜ。装備するだけで防御力があがる仕掛けだ。こんなお宝をくれた組織には感謝してるけどよ、オレは別に人身売買なんぞ興味はねぇ。カッカッカッ、見てろよニーラマーナ、オレは······この町で大暴れしてやる」
「なんだと!?」
「組織の義理を果たすため、神話魔術師のガキは攫ってやる。その後は町で大暴れして、このフードフェスタ、いやゼニモウケの町をメチャクチャにしてやるよ。その後は刑務所を襲撃して罪人たちを集めて最強最悪の組織を作る。誰も逆らえねぇような最凶の組織をなぁ!!」
「き、貴様······本気なのか!?」
「当然。今のオレは勇者より強ぇえ、仮に勇者が来ても捻り潰してやるよ」
リノリングは右手の中指を立ててニナをさらに挑発する。その表情は、ニナを嘲笑っていた。
「最初の標的は冒険者ギルドだ。知ってるぜぇ? 新人が増えてるんだってなぁ? ギルドを潰して修練場を潰したらさぞ面白ぇだろうよ。くくく、ついでに新人のガキ共も一緒に······」
次の瞬間、ニナはブチ切れた。
サルトゥースの声無き静止も振り切り、槍を構え飛び上がる。
「リノリングゥゥゥーーーーッ!!」
「っはぁっ!! いい顔してるぜニーラマーナァァァーーーーッ!!」
「くそっ!!」
飛び上がったニナに対し、サルトゥースは地を這うように駆け出す。ニナに注視してるリノリングの視界から外れるためだ。
決着は、近い。
冒険者最強ともいえる槍使いニーラマーナだが、最も得意とする技は、投擲だった。
槍とは本来、投げる武器。
ニナが自ら設計し、高純度の風と火の魔石を埋め込んだ突撃槍『アラドヴァール』は、青い炎を纏いながら対象を確実に貫く。
「貫け、『ブリューナク』!!」
ニナの魔力を吸い取った青い炎の槍は、真っ直ぐにリノリングの心臓に向かう。対してリノリングは笑みを浮かべ、真っ向から迎え撃つ。
「はっはぁーーーーーっ!!」
ショルダータックルの構えで槍を迎え撃つ。たが、蛇のように地面を這うサルトゥースが右腕の短弓を構えて迫っていた。
「悪いけどキミ、死んだほうがいい」
ゾッとするような冷たい声でサルトゥースは言う。だが、リノリングはショルダータックルの構えのまま、ポツリと呟いた。
「『獣甲』」
*****《アガツマ運送会社》*****
自室の床でしろ丸と遊んでいたパイは、頭から生えるトラ耳をピクッと動かした。
パイは、仕事や外出以外では縞模様のトラ耳と尻尾は常に出している。魔術で隠すのは大したことでないが、ないと落ち着かないらしい。
「·········ん」
パイは立ち上がると、しろ丸を抱えて一階へ。そしてガレージを抜けてブーさんの小屋へ行く。そしてノックもせずにドアを開けて、中にいるブーさんに話しかけた。
「ねぇ、ブラスタヴァン」
「······放っておけ」
何も言ってないのに、ブーさんはすでに答えを出した。
ブーさんは、自ら描いた型紙に合わせて布を切っていた。どうやら服を作っているらしい。
「うーん、でもさ······」
「これは人間の問題だ。オレたちが介入する問題じゃない」
パイは黙り、しろ丸を抱く手に力を込める。さらにブーさんは言った。
「オレたちが介入するのは、社長に危機が迫った時だ」
「ま、確かにね。最近ヒマだったからちょっとね」
「なら手伝え。手先は器用だったろう」
「いいよ。ほらしろ丸も」
『なうなう、なーう』
しろ丸はパイの腕でふるふると身体を揺する。どうやら手伝いは出来ないらしい。
「で、ボクは何すればいい?」
パイはブーさんの隣に立ち、さっそく手伝いを始めた。
この二人は、誰よりも早く危機を感知していた。
*****《ニナ視点》*****
ニナは、石畳の上に倒れていた。
全身傷だらけで何ヶ所も骨折している。身じろぎしただけで激痛が全身を駆け抜ける。
サルトゥースは、石畳にめり込んでいた。まるで巨大な何かに押し潰されたようで、完全に気を失っている。
かろうじて意識のあったニナは、目の前にいる異形を見た。
「ま、少しは楽しめたぜ。コイツのいい実験台になった」
リノリングの身体は、純銀の鎧に覆われていた。
全身が丸みを帯び、銀色の輝きがとても眩しい。体格もリノリングより大きくなり、手足の太さだけで丸太よりも大きく見えた。何よりも変わったのは頭部で、突き上げるような一本の鼻のようなツノと、突き刺すように額から生える二本のツノが特徴的だった。
もしコウタや勇者たちが見れば、トリケラトプスのようだと言ったに違いない。
「り、の······りんぐ」
「へ、まーだ殺さねぇよニーラマーナ。見てろよ、お前の守りたい物全てを破壊してやる」
リノリングは、その巨体に合わない跳躍で屋敷の屋根を破壊して外へ出た。
その異形を見た憲兵隊の悲鳴がニナに聞こえる。だが、助けようにも身体が全く動かない。
「······く、そ」
ニナは、そのまま意識を失った。
*****《ミレイナ・シャイニー・コハク視点》*****
スターダストでの買い物を終え、店舗内にあるカフェスペースで、彼女たちはお茶を楽しんでいた。
足元には買ったばかりの衣服や靴、鞄などがスターダストの紙袋に入っている。
シャイニーは、机に突っ伏して息を吐いた。
「はぁ〜、お金、そろそろヤバいわね」
シャイニーの足元には小さな紙袋が一つ。中身はブルートパーズと呼ばれる宝石を加工したイヤリングで、深海に住む危険種『トパーズシェル』が体内で作り出す青く透き通るような宝石を加工した物だ。シャイニーは、これをペアで二つ購入した。
「ふふ、もうすぐお別れですからね······シャイニー、ウィンクちゃんも喜びますよ」
「そ、そうかな」
騎士らしくだの、騎士としてだの、女の子らしさがあまりない妹にあげるプレゼントとしてペアで購入したのだ。もちろんそれなりに値は張ったが。
「シャイニー、お姉ちゃんだね」
「ま、まぁ······ウィンクは可愛いしね」
コハクもにっこり笑う。するとシャイニーは顔を赤くしてそっぽ向いた。
ちなみに、コハクの足元には布の束が入った紙袋がある。ブーさんへのお土産だ。
「でも、少し買いすぎました······次のお給料まで節約しないと」
「確かにね······ポッキーとカフェオレ、我慢しないと」
「わたしも。しろ丸にあげるビーフジャーキー、ちょっと減らす」
コハクは、よくコンビニでビーフジャーキーを買ってしろ丸にあげていた。
三人はお茶を飲みながら、楽しく談笑をしていた。すると、コハクがピクッと何かに反応し、あさっての方向を見た。
「どしたのコハク?」
「······なんか、変な感じがした」
「変な感じ、ですか?」
ミレイナとシャイニーは顔を合わせるが、コハクは顔を固定したまま動かない。
何かが、始まろうとしていた。




