26・トラック野郎、気持ちを新たにする
特にトラブルもなくゼニモウケに帰還。
キリエは最初こそ驚いたが、すぐにトラックに馴染んでいた。シャイニーと助手席に交代で座り、ミレイナの家事手伝いをしたりと、大忙しだ。ちなみに帰りは安全を考慮したルートを走って来た。ポイントに余裕はあるから戦闘はナシで。
そして我らが『アガツマ運送会社』に到着し、ガレージにトラックを入れて事務所へ。
「ここがコウタ社長の会社ですか。凄く立派ですね」
「ああ。建てたばかりだし」
「ふふ、今お茶を淹れますね」
「あ、アタシはレモネードで‼」
「じゃあキリエ、部屋に案内するよ。荷物を」
「ありがとうございます」
空き部屋はあるし、一通りの家具は入れたので問題ない。キリエの荷物を2階へ運び、再び1階へ。
ミレイナが淹れたお茶を飲みつつ、これからの予定を話す。
「とりあえず、俺はギルドに行ってニナに依頼完了の報告をするよ。みんなはキリエの買い物に付き合ってやってくれ」
「え、でも、いいんですか?」
「ああ、報告だけだしな。それに制服も必要だし、女の子同士のほうがいいだろ?」
「アタシはそれでいいわ。ニーラマーナと顔合わせたくないしね」
「ご迷惑をお掛けします」
というわけで、ここからは別行動だ。
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俺は1人、冒険者ギルドへ向かった。
手にはオーマイゴッド冒険者ギルドの印が押された受取証書。これを渡せば依頼は完了だ。
相変わらずギルドは混んでる。しかも新人なのか中学生くらいの少年少女たちもいた。この世界はどうなってんのかね、勉強しなくていいのかよ。俺はギルドの受付嬢さんのところへ向かう。
「お疲れ様です、アガツマ運送です。ギルド長をお願いします」
「はい、少々お待ち下さい」
受付嬢さんはにっこり笑って奥へ。するとニナを連れてすぐに戻ってきた。ニナの顔はなぜか険しい。俺の1歳下なのに眉間にはシワが寄っている。
「········まさか、依頼放棄か?」
「え?」
「とぼけるな。お前に依頼してまだ15日しか経っていない。本来ならオーマイゴッドまで片道一月は掛かる計算だ」
「あー······」
そっか。そう言えば本来ならオーマイゴッドまで馬車で一月は掛かるんだっけ。トラックのスピードを知らないから、そう思われるのは仕方ないよな。
「いえいえ、ちゃんと配達しました。これが受取証書です」
「なんだと?············む、確かに。これはオーマイゴッドギルドの印。偽造······をしてもお前たちには何の得もない。一月掛かる道を15日で戻って来たところで疑われるだけだしな」
「信じてくれましたか?」
「ああ、もしや、あの鉄の塊の力か?」
「まぁそうです。商売道具なんで細かい事は話せませんけどね」
中を見せろと言われたら拒否するしかない。あんな生活スペースを見られたらトラックを取られるかもしれない。まぁ俺しか運転出来ないし、渡すつもりもないけどね。
「疑ってすまない。まさかここまで早く帰って来るとは思わなくてな」
「いえいえ、お気になさらず」
「残りの報酬を渡そう。こちらへ」
別室に案内され、フカフカのソファに座る。すると受付嬢さんがお茶を出してくれた。
「まずは、残りの報酬だ。確認してくれ」
「ありがとうございます。確認します」
布に包まれた札束を差し出され、俺は丁寧に確認。当然だけどちゃんと二百枚あった。俺は持ってきたバッグに札束をしまう。
「ところで、シャイニーブルーたちは?」
「ああ、彼女たちならキリエの······新しい従業員の買い物を手伝ってます」
「従業員? 増えたのか?」
「ええ、元シスターのキリエ・エレイソンって子です。なんでも運送屋に興味があったとか」
絶対にウソだけど。本当は勇者と旅に出た妹が羨ましくて、自分も外に出るタイミングを見計らってた。そこで俺たちに出会ったんだけどな。
「そうか。なら良かった」
「え?」
「いや、これから忙しくなるだろうからな。従業員が増えるのはいい事だ」
「えーと、どう言うことで?」
「簡単だ。お前たち『アガツマ運送会社』の宣伝をしたらな、依頼をしたいという者たちが集まったのさ。近隣の町への届け物や、馬車では運べない大型荷物の運搬、都市内の荷物運搬など様々だ」
「ま、マジですか⁉」
「ああ。冒険者ギルドからも依頼をしたい。先日、私たち冒険者ギルドの有志たちで危険種の討伐をしたんだが、倒したモンスターを運搬する手立てがない。そこで運送の依頼をしたいんだ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。えーと」
「ああ、もちろん後で構わない。モンスターの死骸は凍らせてあるから腐敗の心配はないが、出来れば一週間以内に頼みたい」
なんでも、モンスターの身体が硬い甲殻で覆われているため、専門の設備でないと解体が出来ないそうだ。せっかくの素材を諦めるのも勿体無いので現地で凍らせてるらしい。
それもだが、まずは一般の依頼をこなしたい。せっかく依頼が来てるのに、ギルドばかりじゃ信用されないからな。
「明日以降、ギルドから正式な依頼として会社に遣いを出そう。頼むぞ」
「はい、ありがとうございます‼」
ヤバい。なんか楽しくなって来た。
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その日の夜。ミレイナが作った夕食を食べながら、今日のニナとの会話をみんなと共有した。
「じゃあ、明日から依頼が来るんですか?」
「ああ。どうやらニナがこの会社の話を広げてくれたらしい。腕のいい運送屋だってな」
「腕がいいも何も、初依頼じゃん」
「そ、それはそうだけどよ、いいだろ別に」
「ふむ。明日から忙しくなるようです。今日は早めに寝るとしましょう」
ここでおさらい。
依頼は急ぎの物を優先して運ぶが、その分料金も高くなる。距離に応じて値段も変わる。日数が掛かるような依頼はお断りする。この辺りはミレイナとキリエに頼もう。
このゼニモウケ周辺には、大小様々な村や集落が存在し、商人たちや冒険者たちは旅の立ち寄り所としてよく利用してる。なので届け物や物資など運ぶ物はいくらでもある。
物資だけじゃなく、集落や村に住む両親や友達などへの贈り物など、依頼には事欠かない。
今までは商人に依頼するなどして荷物を運搬していたが、目的の集落へ運ぶタイミングなどは商人任せだったので、いつ届くか分からないし、生モノなどは当然運べない。
だから純粋な運送屋は殆ど存在しない。そもそも馬車しかないこの世界では大変過ぎるからな。
配達は何回かに分ける予定だ。
まず午前中に受付をして荷物を預かり、タマに運搬ルートを計算してもらいゼニモウケ内の荷物を運搬する。
午後には集落や周辺の村や町を周り、午後に受付をした荷物は翌日へ回す。つまり残業はしない。
「とりあえずこんな感じで。ミレイナとキリエは会社で受付を担当。俺とシャイニーは運搬を担当だ」
「おっけー」
「わかりました。あの、2人で大丈夫でしょうか?」
「まぁ最初だしな。失敗しても仕方ない。でもミレイナなら大丈夫だ」
「そうですね。私も付いてますから平気ですよ」
「なんでアンタが言うのよ。その自信はなに?」
「ふふ、私には神が付いてます。貴女と違って幸運の神が······ふっ」
「アンタは一言多いのよ‼」
こうしていくつかの取り決めをして、営業の準備は整った。
後はやってみなきゃ分からない。正直なところ俺もビビってる。だってギルドの依頼とかじゃなく、小さなコツコツとした依頼だ。むしろここからが本当のスタートと言える。
俺はいつになくやる気になっていた。
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翌日の朝。俺はガレージからトラックを出して洗車をした。
汚れらしい汚れはないが、これからお世話になる意味もあるし、今までの汚れを落として頑張ろうという気持ちからだ。
「今日から頼むぞ、タマ」
『畏まりました。社長』
耳のイヤホンからタマの声が聞こえる。声色は変わらないが、なんとなく俺には嬉しそうに聞こえる。
「タマには、依頼を受けた場所の運送ルートを計算してもらう。最短ルートでお届けをしたいからな」
『畏まりました。お任せ下さい』
「ああ。お前がいてホントに助かるよ」
『それが私の役目です。社長のサポートとトラックの管理カスタマイズが私の使命です』
「真面目だな······よし、キレイになった」
『ありがとうございます』
トラックのボディはピカピカに磨かれ、新たに塗装したバンボディには『アガツマ運送会社』と描かれてる。
さて、今日も1日頑張ろう‼
第三章完