252・イエロー、グリーン
『七色の冒険者』の『黄』を司る冒険者であり、人間界最高と言われる『三大傭兵団』の一つ、『戦女神レイヴァの使徒』の総団長でもある少女・メイクィンことメイは、とある貴族の屋敷の屋根の上にいた。
メイは、息を殺し周囲の気配を探る。
「…………」
この屋敷には屋根裏に続く天窓があり、屋根の上からの侵入は容易である。そもそも、この屋敷の住人は賊の侵入など考えたこともない。
「ふん、舐められたモノだ」
ゼニモウケの貴族たちは、それぞれ屋敷を守護する傭兵団を雇っている。
人間界最高の傭兵団を率いるメイからすれば、この屋敷を守る傭兵団は中堅クラスといったところだろう。戦闘にでもならないかぎり、傭兵団のクセや布陣を読むことなどメイにとっては容易い。
仮に戦闘になっても、メイ一人で制圧する自信はあった。
「……今は、調査が先だ」
メイは、天窓に近付きナイフを取り出す。そして窓枠に沿ってナイフを入れると、天窓にかけられていた木製の閂を切断した。
そこから慎重に窓を開け、屋敷内へ侵入する。
もちろん、これは犯罪行為だ。勇者パーティーと休暇を楽しんでるヴァージニアや、この町で知り合った『蒼』のニーラマーナも知らない。
メイは、ヴァージニアに降りかかる危険を回避するため、ニーラマーナから提供された、怪しい貴族の屋敷を徹底的に調査していた。そこで、不可解なモノをいくつか見つけたのだ。
まず、貴族間でやり取りされた暗号文。解読は傭兵団の暗号解読専門の兵にやらせてるが、どうもフードフェスタの間に何かを起こす文章が記されているらしかった。
もう一つは、人間界最大と呼ばれてる人身売買組織の存在、そしてその痕跡。
フードフェスタは、人間界で最大規模の祭りの一つ。人攫いにとっては稼ぎ時でもあり、高名な貴族令嬢や逞しく強い冒険者などが攫われるケースも多い。現に、過去のフードフェスタでは、失踪者が相次いで出ている。
そして最後……メイの手にある、一枚の羊皮紙だ。
「……『至高の魔術師ヴァージニア』か」
これまで侵入した数件の屋敷で、ヴァージニアの名が記された羊皮紙が見つかった。
ヴァージニアはフードフェスタ最終日に開催されるイベントの特別ゲスト、名前の載った羊皮紙があってもおかしくない。だが、問題は羊皮紙の内容だった。
『至高の魔術師ヴァージニア・行動予定リスト』
なぜ、ゼニモウケの貴族たちがヴァージニアの詳細な予定をチェックしてるのか?
確かに、挨拶の予定は入れたが、ここまで詳細な予定はニーラマーナにしか報告していない。これではまるで、貴族たちがヴァージニアの行動を把握し、何かしようとしてるのではないか。
そこでちらついたのが、人身売買組織の存在。
まさか、貴族たちは結託してヴァージニアを攫おうとでもいうのか。
貴族たちを動かすほどの巨大な人身売買組織は、メイの知る限り一つしかない。
「ゼニモウケを狙った人身売買組織……恐らく」
「『アプリストス』、だね?」
メイの背後から、男の声が聞こえた。
メイは、瞬間的に振り返る。するとそこに一人の若い男性がいた。
「やぁ」
「······っ‼」
男性はニコニコしながら片手を上げる。メイはその男性に見覚えがあった。
「お前、確か······『緑』」
「うん、初めましてメィクイン。ボクはサルトゥース、キミと同じ『七色の冒険者』さ。よろしくね」
毒気のない笑顔で自己紹介するサルトゥースに、メイは警戒を緩めない。メイはなぜここに『緑』がいるのか聞いた。
「······貴様、なぜここにいる。何が狙いだ」
「ん、まぁキミがこの屋敷に侵入するのが見えたから。こんなことを言うのはなんだけど、この屋敷には何もないよ。それよりさ、キミが探してる情報とボクの狙ってる情報は同じみたいだし、協力しないかい?」
「·········なんだと?」
「だってキミ、ヴァージニア様の護衛でしょ? キミは彼女の安全を確保したい、ボクは人身売買組織『アプリストス』の情報を得て、なおかつ組織を潰したい。利害は一致すると思うけど。それに、協力してくれるなら、ボクの持つ情報をキミにあげる」
「·········噂では、『緑』は裏ギルドの一つ、諜報ギルドのマスターだとか」
「ははは、キミだって冒険者なのに傭兵団の団長じゃないか」
「む······」
「強制はしない。この件にはアプリストスの幹部が関わってるからね、少しでも腕の立つ人が欲しいんだ」
「幹部、とは?」
「そのまま、アプリストスの幹部の一人さ。『要犀リノリング』って聞いたことあるかな? 単独で超危険種を討伐した元冒険者で、今はアプリストスの幹部」
「······聞いたことがある。腕利きの冒険者だったが、金銭トラブルで仲間を殴り殺した犯罪者だ。確か捕まったと聞いたが」
「脱獄したんだよ。そして今は裏世界の幹部、やりきれないねぇ」
「·········」
サルトゥースは肩をすくめ、メイの反応を待つ。
するとメイは、ここでようやく警戒を解いた。
「······いいだろう、協力してやる」
「お‼ こりゃありがたい。ははは、助かるよ」
「だが、フードフェスタの期間だけだ。その後のことは知らん」
「もちろん、キミみたいに優秀な人間がいれば、リノリングの逮捕も夢じゃない······と言いたいけど、もう少し戦力が欲しいね、何か宛はあるかい?」
「なんだ、私じゃ不満なのか?」
「いやいや、もしリノリングと戦闘になった場合、単独じゃ危険だからね」
「私が負けるとでも?」
「·········ああ、リノリングは危険だ。それにはちゃんとした理由がある」
「·········ほぅ」
サルトゥースは笑顔を消し、真顔で言った。
「リノリングは、《勇者武具》を所持してる」
とある屋敷の地下に、一人の男性が座っていた。
彼は二メートルを越える屈強な体躯に、圧倒的腕力が自慢の三十代後半の男だ。そんな彼は今、葉巻をふかしながら部下の報告を聞いていた。
「家出したハスプルズ家の令嬢一名、上級冒険者チーム『ワイルドピッチ』総勢六名、魔術ギルド所属の魔術師二名捕獲完了。現在倉庫に保管。明日にはオークション会場に引き渡す予定です」
ここは、人身売買組織『アプリストス』の所有する隠れ家の一つ。この時期のゼニモウケで使われる隠れ家の一つにで、アプリストスの幹部である『要犀リノリング』は葉巻をふかしていた。
「親父、明後日のオークションには親父も参加なさるんで?」
「アホ、ワシらの仕事は攫って金貰うまでじゃ。人身売買なんか興味ねぇよ」
すると、部下の一人がリノリングに言う。
「へへへ、親父、次の獲物は······」
「おうよ、生きる伝説の魔術師、ヴァージニア様よ。けけけ、オークションでもいい値で売れるぜぇ?」
「で、でも親父、ヴァージニアの護衛には『七色の冒険者』が付いてるって話だぜ?」
「は、ンなもん関係ねぇよ。このリノリング様と最強の武具、『剛拳シュナウザー』にかかれば、どんな野郎でも挽肉にしてやるぜ」
「おお、さすが親父だぜ!!」
「ああ、やっぱ親父は最強だぜ!!」
リノリングの左腕は、指先から肩まで銀色の装甲を纏っていた。
これこそ、伝説の勇者が使っていた武具の一つ、《剛拳シュナウザー》である。
リノリングの計画は、順調に進んでいる。




