250・トラック野郎、休日③
さて、ゴンズ爺さんの店を出たはいいが、行く場所はない。
そういえば、ゼニモウケでの交友関係ってかなり狭い。ゴンズ爺さんにニナ、それとモツ鍋屋の親父さんに、近所の取引業者くらいだ。取引業者に至っては、俺よりキリエのが付き合いがある。
『なーう、なうなう』
「はいはい、まだ帰らないから安心しろよ」
抱えたしろ丸が起き、なうなうと鳴く。さて、このままブラブラするかな。しろ丸を抱えたままじゃ大人の店にも入れないし。
現在位置はチューオー区の外れ。適当に歩いてるが、ゼニモウケの中心なだけにまだまだ栄えている。
『なう······なうなうなうなうっ‼』
「っと、どうした?······お? あれは」
いきなりしろ丸が吠えたので驚いた。
短い足をパタパタさせて暴れるので抱きしめて大人しくさせると、視線の先にあるオープンテラスの喫茶店が目に入る。
「あれって、ミレイナたちか?」
『うなーう』
「お前、よく見つけたなぁ」
イギリスとかにありそうなオシャレな喫茶店だ。ミレイナたちはパラソルの下で紅茶とケーキを嗜み、何やら楽しそうにお喋りしてる。足元にはスターダストの袋がいくつもあり、楽しい買い物の後のティータイムなのは明白だ。
それぞれの私服も美しい。
ミレイナは清楚なロングスカートにフワッとしたカーディガンを着こなし、美しいプラチナロングをシュシュで緩く纏めてる。
キリエは黒っぽいロングワンピースに着こなし、長い白髪をそのまま流し、どこぞの令嬢みたいな大人っぽい雰囲気を出している。
パイはカジュアルで露出の多いヘソ出しシャツにショートパンツとレギンスという、二人とは対象的な若者ファッション。おしとやかというよりは元気いっぱいのパイにはよく似合ってる。
あのパラソルの下だけ、世界が違っていた。それくらいあの三人は美少女だった。現に、周りの冒険者らしき男衆がチラチラ様子を伺ってる。ミレイナやキリエだけなら心配だが、パイがいるから安心だ。
俺とミレイナたちの位置はかなり離れてる。人も多いし、俺が近付かないと気付かれないだろうと思っていた。
「ん······ご主人?」
パイが、俺としろ丸に気が付いた。
けっこうな距離なのにバッチリと目が合い、パイはブンブンと手を振っている。ミレイナとキリエもキョロキョロするので、俺はしろ丸を掲げながら近付いた。そして距離が五メートルほどになり、オープンテラスの柵の手前に到着した。
「パイ、よくわかったな」
「ふふん、ご主人の匂いがしたからね。しろ丸もボクの匂いに気が付いたでしょ?」
『なうっ‼』
なるほど、しろ丸が鳴いたのはパイの匂いを感じたからか。というか匂いにしてもかなり距離があるが。
すると、ミレイナがオープンテラスの柵越しに聞く。
「コウタさんとしろ丸もお買い物ですか?」
「まぁな。しろ丸の散歩ついでに、町を見て周ってたんだ。勇者パーティーやニナにも会ったぞ」
すると、キリエも会話に参加する。
「なるほど。では社長、これからの予定は?」
「うーん、特にないな。ブラブラして買い食いして、満足したら帰ろうと思ってたからな。せっかくの休みだし、町に満足したら、次はパチンコで満足したい」
「じゃあご主人も一緒に遊ぼうよ、ボクはご主人がいれば嬉しいな」
その提案も悪くないが、さすがに無理だ。
「悪いな、ミレイナとキリエはスクーターだし、歩きじゃ付いて行けないよ」
「じゃあボクが背負っていくよ」
「······遠慮しとく」
ミレイナとキリエはスクーター、パイは走って付いていくようだ。ここに俺が混ざれば大幅なスピードダウン、というか担いで行かれるなんてかっこ悪い。
ミレイナとキリエもそう思ってたのか、俺を引き留めようとはしなかった。
「たまには、女の子同士で楽しく過ごせよ。じゃあな」
「はい、ではコウタさん、また」
「お疲れさまです、社長」
「まー仕方ないか、またねご主人っ‼」
ミレイナたちと別れ、俺は再び歩き出す。
完全に、予想外の再会だった。
「ぎゃーっはっはっは‼ 酒がウメェぜっ‼」
とあるビアガーデンの側を通り過ぎたとき、そんな声が聞こえてきた。なんか聞き覚えある声だなと思い声の主を見ると、その姿を見て懐かしくも驚いた。
髪は真っ赤で、顎髭と一体化してるからライオンの鬣のように見える。そして赤いジーンズにロングブーツにタンクトップを着込んだ、軍人みたいな男だ。しかも筋肉がハンパなく盛り上がり、力を込めればタンクトップなんて簡単に弾けそうだった。
剥き出しの二の腕や胸は傷だらけで、左のおでこから右頬にかけて三本の引っ掻き傷が走ってる。
久しぶりに会ったこいつは、『赤』の『七色の冒険者』である『赤い鉄拳タイタンレッド』だ。たしか愛称はタイタン。
タイタンは、十人が座れる円卓を独り占めし、酒と大量の料理、そして十人の美女をはべらせて酒を楽しんでいた。
美女はキャバクラにでもいそうな、化粧をしてドレスを着た女ばかりで、声の主である男にせっせとサービスをしてる。しかもウットリとした表情で。
「ほーれほれ、チップだとっとけ!!」
「「「きゃあーっ、タイタン様ステキーっ‼」」」
うわぁ······タイタンのやつ、美女の胸の谷間に札束をねじ込んだよ。どこのセレブだっての。
一度話しただけで顔見知りではないし、さっさと通り過ぎようとしたときだった。
タイタンと、目が合ってしまった。
「んん? オメェどこかで······あ、そうだ!! シャイニーブルーが護衛してた野郎だな!?」
バレました。頭悪そうなくせに、俺のこと覚えてたのかよ。
逃げることもできなくなり、俺はビアガーデンに入る。ちくしょう、帰ってパチンコでもしようとおもってたのに。
仕方なくタイタンの席に座ると、しろ丸は膝上で寝てしまった。
「ここで会ったのも何かの縁だ、飲め飲め!!」
「い、いただきます」
しろ丸を膝に抱え、タイタンの対面で俺はエールのジョッキを渡される。飲まないと殴られそうだし、ここは飲もう。
タイタンは美女に囲まれながら、骨付き肉を豪快に齧る。
「聞いたぜ? シャイニーブルーが冒険者辞めて、オメーのところで働いてるんだってな。カッカッカ、ポメランチェが知ったら大騒ぎだろうぜ」
「は、はい。シャイニーはその、ウチの従業員で」
ってか、ポメランチェって誰だろう。あんまり深くツッコめないから聞き流しておくか。
「新しい『蒼』はニーラマーナとか言ってたな。いやぁ実に嬉しいぜ、シャイニーブルーはいい女だが、まだ青臭ぇガキだからな。ニーラマーナみてぇに脂の乗った女は実にいい!! 元『藍』のアインディーネもいい女だったがよ、あいつは冒険者を永久追放されちまうし、強くていい女が復帰したのは実に嬉しいぜ!!」
「は、はぁ······」
というか、タイタンは何をしにここに来たんだ? 骨付きを齧り、エールのグビグビ飲む姿は、俺から見ると恐怖以外の何者でもない。というかさっさと帰りたい。
「あ、あの······」
「ん、ああわかってるわかってる。オレがここに来た理由だろう!?」
ちげーよ。誰も聞いてねぇし。
タイタンは勝手にベラベラと喋りだした。
「聞いて驚け、実は新しい『藍』をニーラマーナに預けに来たんだよ!! アインディーネの後任として、空席だった『藍』の冒険者の座を見事に勝ち取った期待の新鋭!! 最初はオレんとこで預かってたんだけど、どーも育成が苦手でなぁ、そこでそういうのが得意そうなニーラマーナに預けようと思って連れて来たんだよ!! だけどニーラマーナは忙しいとかで会えねーし、とりあえず酒でも飲んで待ってるワケだ!!」
こいつの性格からして、アポとか取ってないんだろうな。届けた書類もナナメ読みしてぶん投げるくらいだし。
「そうだ兄ちゃん、運送屋なら依頼を受けてくれや。そこにいるガキをニーラマーナに運んでくれや。報酬は払うからよ」
「え?」
すると、タイタンの後ろ、美女の影から一人の少女が現れた。
俺と同じ黒い髪と瞳で、ストレートのロングヘアをポニーテールにして、簪を刺している。服装はスリットの入った藍色の着物を着て、腰に長い剣······日本刀を差していた。
「コイツはコノハナサクヤ、長げーからサクヤでいいぜ。ちなみに持ってる剣は伝説の《勇者武具》の一つ、『逢魔我時』だ。スゲーだろ?」
ええと、勇者の武具なら毎日見ています、とはいえない。
すると、少女は俺にペコリと頭を下げた。
「お初にお目にかかる、我輩はコノハナサクヤじゃ、サクヤと呼んでくれ」
「あ、どうも、コウタです」
礼儀正しい少女だった。タイタンのヤツ、ビアガーデンにこんな女の子連れて美女はべらせて酒飲んでたのかよ。
「えーと、まず報酬の一〇〇万コイン!! んでウチの副ギルド長が書いたニーラマーナ宛の書状だ!! コイツを渡せばいいからよ。じゃーあとは頼んたぜ!! オレはホテルでた〜っぷりと汗を流すからよ、がーっはっはっは!!」
円卓の上に、札束とギルドの印が押された書状の筒を置き、タイタンは去った·········美女を連れて。
そして、残されたのは俺とサクヤ、そして俺の膝で眠るしろ丸。
「あー······よし、ギルドに行くか」
「うむ、よろしく頼むのじゃ」
しろ丸を抱えてビアガーデンを出ると、サクヤは俺の隣を歩く。チラチラとしろ丸を見てるのは間違いない。
「ほら、触るか?」
「······うむ、これも一興じゃのう」
『うなーお』
「ひっ!?」
「あ、起きたか。ほら」
「······」
サクヤはおっかなびっくりとしろ丸を抱くと、すぐに顔をほころばせた。
さて、しろ丸をサクヤに任せてギルドへ行くか。




