245・アレクシエル博士の発明①/孤独の強さ
*****《アレクシエル視点》*****
アレクシエルのラボは、円柱型の四階建て構造。
一階は執務室や来客用応接間、二~三階がラボ、四階がアレクシエルとリーンベルの部屋となっている。
だが、このラボには地下が存在する。
「う~ん……」
アレクシエルは、地下の特別ラボで唸っていた。
その原因は、目の前にある巨大な『核』である。
コウタからもらったヴァルファムートの『核』で、アレクシエルはこれを『神核』と名付けた。
「……ダメ、これは人間の手に負えない。そもそもアダマンタイトやオリハルコンの数百倍近い強度があるし、破壊や加工なんかしたら内包されてる魔力が暴走してゼニモウケ全体が更地になる大爆発を起こすわね……どうしよう」
コウタやシャイニーが聞いたら卒倒しそうな独り言をアレクシエルは呟く。
すると、一階からリーンベルが降りてきた。
「アレクシエル博士、お茶を煎れました」
「ん……そうね、休憩するわ」
アレクシエルは背伸びすると、一階の応接間へ向かった。
応接間に行くと、コウタがいた。
「なによ、招いた覚えはないけど?」
「お前な……ったく、メシを誘いに来たんだよ。外は相変わらずフードフェスタだし、会社は開店休業状態だしな。交代でメシを食ってるからお前もどうかなって」
コウタの会社は相変わらず客が来なかった。
コウタは休業も考えたが、あまり怠けるのもよくないと考え休業はしなかった。なのでオフィスは開けていつでも仕事が出来る状態にしている。
「ミレイナたちは食事が終わったから、俺とシャイニーとコハクでメシ食いに行くんだけど、お前もどうだ?」
「えー、あの蒼いのもいるの?」
「ああ、仲良くすれば武具を見せてもらえるかもよ」
「うー……」
アレクシエルはリーンベルをチラッと見るが、リーンベルは優しく微笑んで頷くだけだ。
「わかった、行く」
「よし、じゃあ何食べる?」
「んー……甘いのがいいな」
「甘いのか、じゃあデザートはケーキで、お昼は軽めに露店にするか?」
「うん、ってかあたしの食べたいのでいいの?」
「ああ、遠慮するな」
コウタは優しく微笑み、アレクシエルの胸がドキッとする。
フレーズヴェルグに襲われて以来、アレクシエルはコウタが気になっている。こうしてお昼を誘いに来てくれるのも、内心は嬉しかった。
「ふん、まぁいいわ、行くわよ」
「はいはい」
でも、まだ素直にはなれなかった。
外に出ると、シャイニーとコハク、そしてしろ丸が待っていた。
「遅い」
「悪い悪い」
シャイニーがコウタをジロッと軽く睨む。するとアレクシエルはちょっとイラついた。
「全く、ちょっとも待てないのかしら、見た目通り短気なヤツね」
「あぁん!?」
「おいおい、やめろって。アレクシエルも煽るなよ」
「ふん」
「相変わらずムカつくガキね。小さいクセに態度はでかいんだから」
「なによ、あんただって胸は小さいクセに態度はでかいじゃん」
「あ……?」
「ふふん、あたしは一四歳で成長期だしー、しかも昨日測ったら五ミリも大きくなってたわ」
「いやそれ誤差じゃね?」
「あ゛?」
「ひっ、す、すんません」
コウタを睨むとすぐに謝るが、シャイニーは睨んでくる。
二人は顔を合わせ、ジリジリと詰め寄った。
「「…………」」
バチバチと紫電が散り、一触即発の空気が流れる。
「ご主人様ご主人様、ご飯ご飯」
『なうなーう』
「そ、そうだ、ご飯!! ご飯にしよう!! な、シャイニー、アレクシエル!!」
しろ丸をフカフカしていたコハクが、耐えきれずに言う。
すると二人はそっぽ向き、無言で歩き出した。
「はぁ……やっぱ仲良くなれないか」
後ろから、そんなコウタの声が聞こえてきた。
今日は、会社から徒歩で二〇分ほど歩いた場所にある、配達でもよく通るゼニモウケのメインストリートにやって来た。
ここは宿屋に武器防具屋、雑貨店やお土産屋などが並ぶ道で、当然ながら露店はたくさん並んでいる。
馬車が通る道を半分に削り、フードフェスタの期間中だけ露店が建ち並ぶストリートへ変貌する。今日のお昼はこのストリートでの買い食いだった。
「さて、さっそく好きなの食べよう。一本道だし迷わないな」
「うん、行ってくる」
『なうなーう』
しろ丸を抱えたコハクはさっそく目の前にあるケバブの露店へ。コハクはケバブを買うと、しろ丸に食べさせる。
「美味しい?」
『なうなう』
しろ丸は三口ほどで完食し、コハクも自分の分を食べながら隣の店へ。どうやら順番に露店を進んで行くようだ。
「じゃあ俺は……うん、あっちの魚介スープにしよう」
「アレクシエル博士、どうしますか?」
「あんたも好きにしていいわよ。あたしは一人でいいわ」
「ですが……」
「いいって、たまにはあんたも一人で好きなの食べなさい。こんな機会はなかなかないし、休暇をあげる」
「……わかりました。では」
リーンベルは何故かコウタの隣に立ち、同じ魚介スープを注文して一緒に食べ始めた。しかも二人ともスープを飲みながら談笑している。
「リーンベル……くぅ、やるわね」
「何がよ?」
「ふん、別に」
「変なヤツ……じゃあアタシはどうしよっかな」
シャイニーはキョロキョロして悩んでるので、アレクシエルは無視して歩き出す。
特に食べたい物はなかった。それよりも『神核』をどうやって加工するかで頭はいっぱいだ。適当に腹に詰めてラボへ戻ろうと決めた。
「……あ、ドーナツ」
「ドーナツにしよっと」
ふと、背後からそんな声が。
「………なに、マネしないでよ」
「アンタでしょーが。というかイチイチ突っかかって来ないでよ、鬱陶しい」
「は? 鬱陶しいのはあんたでしょ。いい歳した大人の癖にガキみたいに」
「はん、正真正銘のガキに言われたくないわ。大人ぶった偉そうなガキのクセに背伸びしちゃって、見てて痛々しいのよ」
「ふん、あたしはもう大人よ。すっと大人の世界で生きてきたし結果も残してる。そういうあんたは何かを成し遂げたことがある? いい、子供ってのは親に甘えて温々とした暮らしをしてる世間知らずのことよ。あたしは違う、あたしはずっと大人の世界で生きてきた。毎日毎晩研究に明け暮れて成果を出して、あたしが子供だからとか、女だからとか言う大人をみーんな黙らせてやったわ」
「…………」
シャイニーは、黙ってアレクシエルの話を聞いていた。
そして、アレクシエルに質問する。
「アンタ、無理してる?」
「はぁ?」
「アンタが凄いのはわかった。結果も出してるんだろうし、実際に名前も知られてる。アタシなんかより凄いんでしょうね……アタシもそうだった」
「……何がよ」
「アタシも昔、毎日毎日戦いに明け暮れてたわ。強くなろうと必死だったし、実際に『七色の冒険者』の称号を得た。それなりに強さに自信はある。でも、アンタみたいに周りに噛みついたりしなかったわ」
「…………」
「アンタ……一人ぼっちなのね」
「ッ!!」
この時、初めてアレクシエルは他人に殺意を抱いた。
友達なんていなかった。研究さえあればよかった。
前『ルーミナス』である祖母のラボに入り浸り、研究をした。
父と母の顔は知らない。知っているのは二人とも研究者だったこと、実験による事故で幼いアレクシエルを残して死んだこと。そして祖母に育てられたこと。
アレクシエルにとって、研究と祖母が全てだった。
祖母の技術を全て盗み、自らの手でさらに昇華させて驚かせた。
祖母は言った。「今日からお前が新しい『ルーミナス』だ」と。
そして、祖母は死んだ。アレクシエルは一人ぼっちになった。
アレクシエルは今まで以上に研究に没頭した。祖母のラボで寝泊まりし、継承した『聖剣』の技術をさらに昇華させた。
身の回りの世話をさせるために、護衛であり家政婦のリーンベルを雇った。
そして、オレサンジョウ王国の使者が現れ、異世界から来た勇者の武具を制作した。
アレクシエルは、天才だった。
でも、ずっと孤独だった。
「あたしを憐れむな!!」
アレクシエルは叫んだ。
喧噪のおかげで騒ぎにはならなかったが、その叫びはシャイニーに届いた。
「確かに、あたしは一人ぼっち……でも、それが何よ!!」
「………」
シャイニーは、何故か悲しげに微笑んだ。
それは憐れみでない、慈しむような笑み。
「アンタ……アタシに似てるのよ」
「え……」
「アタシも一人ぼっちだったから、でも……アタシはいい奴等に出会えて更に強くなった。いい、孤独は人を強くも弱くもする。でもね、一人じゃない強さは孤独よりもずっと強くなれる……アタシの学んだことよ」
「…………」
「それに、アンタはもう一人じゃないみたいだしね」
「あ……」
シャイニーは、コウタと一緒にいるリーンベルを見る。
二人は一緒に露店巡りをしてるようだ。
「はぁ……悪かったわね。お詫びにドーナツ奢ってあげる、行くわよ」
「…………」
アレクシエルは、蒼い背中の後に続いた。




