240・フードフェスタ開幕①/清き清流ヴァージニア
*****《ミレイナ・シャイニー視点》*****
ミレイナとシャイニーは、この地区の中心に向かって歩いていた。
シャイニーの予想通り、町は人でごった返している。もしハイエースで来ていたら多大な迷惑をかけていただろう。
「確か、それぞれの地区の中央に、運営委員会のテントが設置されてるの。地区ごとの飲食店が記された案内図を売っていたり、食券を売ってたりしてる」
「なるほど、じゃあ案内図を買っていきましょう」
「いいけど、地区ごとに分かれて売ってるから、全部買うとかなりの量になるわよ」
「じゃあ、とりあえずこの地区だけ」
「そうね」
ミレイナはフードフェスタの質問をシャイニーにして、シャイニーはその質問にわかる範囲で答えている。
「始まりから数日は一般的な営業をするわ。それぞれの有名飲食店が登録した料理をみんなが食べたがるからね」
「あ、ほんとだ……」
ミレイナの視線の先には、行列の出来ている店があった。
よく見ると、行列が出来ている店があちこちにある。
「あのくらいの行列ならどこでも見るわよ。本当の有名店の行列はこんなもんじゃないわ」
「はぁ……凄いです」
キョロキョロしながら歩くミレイナを見て、シャイニーは苦笑した。
「ほら、はぐれちゃダメよ」
「わわわ、ごめんなさい」
そこで、ミレイナは気が付いた。
町のあちこちに、紋章の刻まれた銀の肩当てを付けている人たちが大勢いた。
「……ああ、あれは運営委員会が雇った傭兵団よ」
シャイニーは、ミレイナが質問する前に答えてくれる。
でも、その声は不快な思いが混じっていた。
「傭兵団?」
「ええ、金のためならどんな汚い仕事もこなす連中よ。特にこの『黙示録の傭兵騎士団』は騎士団なんて名乗ってるけど、中身は最低のゲスよ。いいミレイナ、あいつらにケンカ売られたらアタシが買うから、いいわね」
「しゃ、シャイニー? あの」
シャイニーは、何故か怒っていた。
ミレイナは傭兵団に視線を送るが、特に不快な感じはしない。
共通装備なのか銀の肩当てに剣を下げ、怪しい者をチェックしてるのか視線が一箇所に留まることはない。姿勢も直立不動で手を抜いてるようにも見えなかった。
「さ、あんなのはどうでもいいわ。さっさとチケット買っておやつ買いましょ。コハクとパイがやかましそうだしね」
「は、はい……」
運営委員会のテントまで、もう間もなくだ。
運営委員会のテントは、地区の中央広場に建っていた。
大きな円形の仮設テントに、弧を描くようにテーブルが並んでいる。そしてテーブルの前には何人もの事務員がチケットとコインの交換に対応していた。
「す、すごい大きいです……」
「ほら、テントの奥が見える? 木箱がいっぱい積んであるでしょ?」
「は、はい」
「あれ、中身は全部チケットよ。あれでも足りないから追加が届くはずね」
テントの奥に、木箱が山のように積まれている。そしてその護衛には銀の肩当てを付けた傭兵がついていた。
「さ、アタシ達も並びましょ」
「は、はい」
二人は短めの列に並び、談笑しながら待つ。
先ほどの傭兵団の話題には触れず、行きたい店や食べてみたいお菓子や料理などの話をしていると、あっという間にミレイナとシャイニーの番がきた。
ミレイナは事務員の前で考える。
「ええと、コウタさんとキリエとコハクと……」
「とりあえず、チケット一〇〇枚ちょうだい」
「え!? ひゃ、一〇〇枚!?」
「あのねー……まさかミレイナ、一人一枚とか考えてた?」
「う……」
「ほらほら、お支払いお支払い」
「は、はい」
業者支払いなどで使う、会社用のバッグからお金を出して払い、そのままバッグに一〇〇枚のチケットを入れる。っそして列から離れ、ウキウキしたシャイニーが言った。
「さ!! 次は買い食い改めおやつ買いましょ!!」
「はい、でもシャイニー、コハクやパイは鼻がいいから、あんまり美味しいの食べると匂いで気付かれちゃいますよ?」
「う……じゃ、じゃあ少しだけ、ね?」
「そうですね、じゃあ行きましょうか」
二人は、遅くならない程度に町の散策を始めた。
*****《勇者タイヨウ視点》*****
オレたち勇者パーティーは、昨日の歓迎会を終えて宿に戻り、これからの予定を話していた。
「まず、アレクシエル博士に武具の修理を依頼、そしてキャンピングカーの運転練習をしながら修理が終わるのを待つわ。その後、オレサンジョウ王国に帰還ね」
「武具の修理はどのくらいかかるのでしょうか?」
「昨日確認したら、武具の材料がまだ足りないらしく、スゲーダロから届くまで一〇日ほど、修理には数日ほど、まぁ二週間前後ね」
「じゃあ、オレらの運転練習は?」
「……一月あれば十分でしょ」
「ふっふ~ん、さすがツクヨ!!」
「つまり、ゼニモウケ・フードフェスタを漫喫しつつ運転練習をして、武具の修理を待つということですね」
「ま、まぁ………そういうことね」
へへへ、月詠は素直じゃねぇなぁ。
オレも煌星も顔を見合わせて笑うと、顔を赤くした月詠が睨む。
「と、とにかく!! 時間はあるんだから運転練習をする、オレサンジョウ王国に帰ったら勇者の依頼があるはずだら、今のうちだけだからね!!」
「へいへい、エカテリーナにも会いたいしな。土産話だけじゃなくて、ゼニモウケでいっぱい土産を買っていこうぜ」
「そだね。久し振りにエカテリーナのお茶飲みたいなぁ……」
そのために、まずはやることがある。
「月詠、オレサンジョウ王国に手紙を出すんだろ」
「ええ、キャンピングカーのことと、武具の修理、そしてカイムのことも報告しなきゃ」
オレたちの視線はベッドへ。するとそこには、黒いチビデブフクロウが豪快に腹を出して寝転んでいた。
『くかぁ~~~、くかぁ~~~っ』
幸せそうに寝やがって。図太さはマジで災害級危険種だな。
「あたしはオレサンジョウ王国への報告書を書くから、みんなはエカテリーナ姫に手紙を書いたら?」
「そうだな、書きたいことが山ほどあるぜ」
「私も~」
「僭越ながら、私も」
手紙は、ゼニモウケの冒険者に頼んで運んでもらう。ギルド長のニナさんなら、いい人を紹介してくれるはずだ。
それが終わったら、ゼニモウケ・フードフェスタを堪能しよう。
*****《?????視点》*****
『自然王国ネィチュラル』から、美しい装飾の施された一台の馬車が出発して一月ほど経過していた。
その馬車は一目で要人が乗っているとわかる。何故なら、その馬車の周りには何人もの護衛が集まり、前方と後方には数台の護衛馬車が走っている。
その豪勢な装飾の施された馬車の中に、二人の少女が乗っていた。
一人は、長いウェーブの金髪をなびかせた十六歳ほどの美しい少女。
もう一人は、ショートカットの黒髪に外套で身体を隠した十八歳ほどの少女で、仏頂面で腕組みをして少女を睨んでいる。
「…………」
「あの………メイ、怒ってる?」
「………別に」
「怒ってるよ、だってずっと不機嫌だもん」
金髪の少女が口を尖らせて抗議するが、抗議したいのはショートカットの少女メイの方だった。
それもそのはず、この金髪の少女はネイチュラルでは国王と並ぶ超重要人物。
「やっぱり、ゼニモウケのお祭り……参加しちゃダメだった?」
「当然だ。この人間界で四人しかいない『神話を奏でる四の巫女』が、食の祭典如きに参加だと? そんなバカな話があるか」
「うぅ、でもでも、ようやく王様からお許しが出たし……」
「確かにな。でもそれは私が護衛に付くのが条件ということだ。このクソ忙しい時に、なんで私がお前のお守りをしなければならん」
「うぅ、メイちゃん冷たい……昔はもっと優しかったのにぃ」
「ふん、昔は昔。今は違う」
「………とか言っても、結局は一緒に来てくれるし」
「何か言ったか?」
「うぅん、べっつにー」
金髪の少女の名はヴァージニア。
この人間界で四人しかいない、神話魔術の使い手である四人の巫女の一人であり、公式では人間界最高にして至高の魔術師の一人である。
そんな彼女が向かう先は、商業都市ゼニモウケ。
ゼニモウケで開催されるフードフェスタ最終日のイベント、『フードフェスタ・究極料理頂上決戦』の特別ゲストとして招かれたのだ。もちろんネイチュラルはその話を断ったが、フードフェスタ実行委員会が送った書状をヴァージニアに見られてしまったことが始まりだった。
「はぁ~、でもさぁ、レイナちゃんもルーちゃんもシーちゃんも来れないってさ。せっかく久し振りに会えると思ったのにぃ~」
「大バカ、そう易々と許可が下りるわけがないだろう。お前の外出が許可されたのは」
「はいはい、『七色の冒険者』の『黄』である自分が護衛に付いてるから、でしょ?」
「………わかればいい。お前と残り三人の違いはそこだ」
「それに、メイちゃんの優秀な部下が護衛に付いてるから、でもあります」
「……………そうだ。我ら『戦女神レイヴァの使徒』がお前の護衛、そしてこの私がお前の傍にいる。いいか忘れるな、お前は」
「この世界で四人しかいない神話魔術の使い手、でしょ」
「そうだ」
もう何度もしたやり取りを確認する。
ヴァージニアは、ゼニモウケの宿の一つを丸々借り切って宿泊をする。
護衛はメイの部下、ゼニモウケ内の案内役に『蒼』の七色の冒険者を雇う。
町の観光は半日だけ、最終日のイベントまで宿で大人しくする。
「いいか、同じ『七色の冒険者』だが私も護衛に付く」
「全く、心配性だよメイちゃん」
「ダメだ」
「………はーい」
ヴァージニアは、ムスッとした返事をする。
メイは頷き、周囲の警戒をしながら黙り込む。
「…………ふふ」
メイは気付いていない。
ヴァージニアが、この日のために開発したとっておきの魔術で、密かに抜け出す計画を企てていることを。
ヴァージニアは、気付いていない。
ヴァージニアに、運命の出会いが待ち受けていることを。




