239・トラック野郎、ゼニモウケ・フードフェスタ
早朝六時、『ゼニモウケ・フードフェスタ』が開催された。
何か合図なのか、号砲のような打ち上げ花火が上がる。昨夜ニナに聞いたが、フードフェスタ実行委員会なるものが存在し、その実行委員が打ち上げた号砲らしい。
俺はその号砲で目を覚まし、自室の窓を開ける。
「うわ······」
ここからでもわかる。
外の通りはすでに人がいっぱいだ、しかもオフィスの隣にある無人公園にも露店が並び、すでに営業を始めてる。
昨夜のバーベキューの酒が残ってるのか、少し気持ち悪い。
すると、俺の部屋のドアがドンドン叩かれる。
「ご主人様ご主人様、隣の公園に行こう!!」
「コハク······朝から元気だなぁ」
「もうみんな起きてるよ。ご主人様、仕事前に朝ごはん食べに行こう」
どうやら、朝食は公園の屋台になりそうだ。
寝間着のまま部屋を出ると、普段着のみんなが勢揃い。おいおい、もしかしてみんなフードフェスタを楽しみにしてたのか? このイベントは一月続くのに、最初から飛ばしすぎだろ。
いつからだろう、近所の祭りに参加しなくなったのは。
歳を重ねる毎に外出が面倒になり、祭り特有の太鼓や笛の音を聞いても「あー、祭りか」程度の感想しか浮かばなかった。
「ほらコウタ、下らないこと考えてないで、さっさと着替えなさいよ」
「······はーい」
何故だ、何故俺の思考が読めた?
でもまぁ別にいいか、朝めしが屋台でも。
着替えてみんなで隣の公園に。
公園の柵に沿うように露店が並び、数は二〇を越えている。しかも朝っぱらなのに人が多い。
「おぉぉ〜っ!!」
「くんくん······美味しそうじゃん」
コハクとパイがさっそく近くの露店へ行くと、炭焼きのサンマみたいな魚を買って食べていた。
「うっし、アタシも行くわよ!!」
「では我々も、行きましょうかブーさん」
「うむ。オレはあそこの『焼きマーロンパイ』の店が気になる」
シャイニーはコハクたちに混ざり、キリエとブーさんはリンゴの丸焼きみたいな果物を売ってる店へ。
「コウタさん、何を食べますか?」
「そうだな、胃に優しい物を」
お、何気にミレイナと二人きりだ。
俺とミレイナは、美味しそうな豚汁を売ってる露店へ向かう。どうやら豚汁ではなく『ポッチャリオークの野菜煮込み』というらしい。
「あれ、現金で買えるんだな」
「はい、この辺りは料理勝負のないお店ですね。勝負は基本的に本店のみ販売ですから」
「じゃあ露店は参加出来ないのか」
確かに、支店を出せば勝負は有利になる。でもそれはルール上禁止で、料理勝負は一店舗のみだ。
俺とミレイナはポッチャリオークの煮込みを二つ買い、使い捨ての木の革で作られた深い皿と箸を受け取る。
「あちち、いただきまーす」
さっそく熱いスープを啜る······美味い。
コンソメみたいな味付けの濃厚なスープだ。白菜や人参みたいな野菜もよく煮込まれて甘みを出している。それに何より胃に優しい。
「はぁ······」
「美味しいですね、コウタさん」
「ああ、これは美味い。コンソメ味もいいけど、味噌と混ぜて豚汁でもいけそうだ」
そう、これは野菜コンソメスープ。個人的な味付けとしては味噌が好みだ。
そして隣の屋台へ行くと、そこにはふっくらした茶色くて丸いホカホカした何かが売っていた。
「これは?」
俺は露店の店員であるおばちゃんに聞く。
「こいつは『リッチバイソン』の肉を細かく砕いて分厚い皮で包んで蒸したモチモチパンさ。食べると病みつきになるよ」
「ほぅ、モチモチパン······ミレイナ、どうだ?」
「美味しそうですね、食べてみたいです」
というワケで二個購入。
ああやっぱそうだ。この形といい、このモチモチ感といい、これは肉まんだ。
味も肉まんだ。モチモチの皮に濃厚なリッチバイソンの肉汁が広がり、なんともいえない美味しさだ。
二日酔いではないけど、昨日の肉のおかげで胃が重い。朝はこれくらいでいいか。
「ふぅ、ミレイナはまだ食べるか?」
「いえ、私はこれくらいで」
「俺も腹いっぱいだ。お、お茶が売ってるぞ、せっかくだし外でお茶飲みながらみんなを待つか」
「はい」
俺とミレイナは、モリバッカ産の茶葉をブレンドした特製のお茶を飲みながらみんなを待った。
のんびりしてるけど、今日はパイとブーさんの初仕事だ。
屋台の朝食を終え、俺たちは仕事着に着替えて事務所に集まった。ちなみにパイとブーさんのデスクも新しく入れてある。
「えー、今日からフードフェスタが始まる。そしてパイとブーさんの初仕事でもあり、アガツマ運送会社久しぶりの営業でもある。たぶんお客様は少ないだろうけど、頑張ろう」
「「「「「はい、社長」」」」」
うーん、従業員も増えて社長らしくなったかも。
「では、今日も一日よろしくお願いします」
「「「「「よろしくお願いします」」」」」
というワケで、仕事が始まった。
はい、開始から二時間お客様はゼロ。あまりにも予想通りで逆に笑える。
「ねーご主人、いつもこんな感じなの?」
『なうー』
パイは自分のデスクの上にしろ丸をのせ、指でつついて遊んでる。
「んなワケないだろ、今日······というか、フードフェスタだから仕方ないんだよ」
「ぶー、遊びに行きたいよー」
「ダメダメ、ただでさえ一月も休んでたんだ、フードフェスタだろうと営業はするからな」
「はーい、まぁいっか」
ブーさん以外、全員が座ってる。
俺は立ち上がり、ロビーにいるブーさんに声をかける。
「ブーさん、準備出来た?」
「······もう少し」
ブーさんは、売店の準備をしていた。
ロビーの一角にテーブルを置き、どこから持ってきたのか棚が設置されお洒落なテーブルクロスなんかも掛けられている。テーブルの上にはしろ丸ストラップが掛けられる台座が設置され、カラフルなストラップが展示されている。そして背後の棚には等身大しろ丸ぬいぐるみが並べられていた。
というか、二〇個ほどって言ったのに、どうみても五〇はあるぞ。いつ作ったんだ?
「······よし、これでいい。どうだ社長、完璧だ」
「え、ええと、うん」
なにやら拘りでもあるのか、ブーさんが一人で準備すると言ったので任せた。確かにキレイな配置だ。
すると、入口のドアが開く。
「おはようございます」
「あ、リーンベルさん、おはようございます」
この売店の販売員を務めるリーンベルさんが来た。いつものスーツではなくラフなシャツとズボンを履いている。
ちなみにこの服装は俺の指定。可愛らしい犬の販売員に、カッチリしたスーツは似合わないからな。
「では、さっそくお願いします。ブーさん、値段や商品の説明を」
「わかった。それと······これを」
「おぉ、これは······」
「ぶ、ブーさん、いつの間に」
ブーさんがリーンベルさんに渡したのは、可愛らしいしろ丸が刺繍されたピンクのエプロンだった。こんなの俺は頼んでない、完全なブーさんのサプライズだよ。
リーンベルさんはエプロンを装着すると、ブーさんから説明を聞いていた。
「へぇ、凄いわね」
「しろ丸、いっぱい」
「ブラスタヴァンのヤツ、ホントにキャラと違うね······」
カウンターからシャイニーとコハクとパイが覗いていた。みんなも暇なんだな。
時間は午前一〇時半くらい、お客はゼロ、外はフードフェスタで大賑わい。参ったなこりゃ、どうしたモンかね。
するとカウンターに肘を突くシャイニーが言う。
「そういえば、フードバトルのチケットってなかったわよね」
「フードバトル?」
「あのね、チラシに書いてあったでしょ、投票用の半券のことよ」
「······ああ、ゼニモウケ飲食店の頂上を目指すヤツか」
「ええ、ゼニモウケニ三区の中心に運営委員会のテントがあって、そこで販売されてるの。屋台や露店はともかく、大きな飲食店の登録料理はチケットがないと食べられないからね」
確かにそうだ。それに、モツ鍋屋の親父さんも新料理で挑むとか言ってたな。
「なぁ、チケットは何枚でも買えるのか?」
「もちろんよ」
ここの地区の中心は、冒険者ギルドの近くかな。
みんな暇してるし、何人かお使いに出そうかね。
「じゃあ、シャイニーとミレイナ、チケットを買ってきてくれ」
「え、アタシ? いいの?」
「わ、私もですか?」
「ああ」
お金関係はミレイナとキリエに任せてるからな。今回はミレイナでシャイニーはその護衛だ。シャイニーはフードフェスタの経験があるし、何かあっても対応出来るだろう。
「ご主人、ボクも行きたいよ」
「ご主人様、わたしも」
「うーん、今回は我慢してくれ」
コハクとパイには悪いが我慢してくれ。次にチケットを買いに行くときは行ってもらうからな。
「やたっ、じゃあさ、おやつ買ってきていい?」
「いいけど、みんなの分も頼むぞ」
「おっけ、じゃあミレイナ、歩いて行くわよ。たぶん車は狭くて使えないからね」
「はい、では行ってきます」
二人は仲良く出て行った。
さて、お客はいないけど待つとしますかね。




