234・それぞれの休日/コハク・ブーさん編
アガツマ運送会社で買い取った、工事現場によくある仮設休憩所。今は新たな従業員である元青龍王ブラスタヴァンことブーさんの私室に、コハクとブーさんはいた。
ブーさんの私室はわずか一日で様変わりしている。
壁際に大きな棚が設置され、様々な色合いの布ロールが置かれ、更に別の棚にはビーズや金属チェーンなどの細かい素材や綿や藁などのぬいぐるみの中身がたくさん置いてあった。
さらに、ブーさんが魔界から持ち込んだ裁縫道具が並び、まるで洋服屋の作業場みたいになっていた。
家具屋で買った大きな机と、壁際にある長い作業テーブルで、ブーさんとコハクは針仕事をしていた。ちなみに長テーブルはこの仮設休憩室を買い取ったときにもらった物だ。
コハクは、小さな編みぐるみをブーさんへ見せる。
「おじさん、できた」
「どれ······ふむ、よく出来てる。だがまだ甘い」
「むー······」
コハクが作ったのは、手のひらサイズのしろ丸ストラップ。コウタの発案で、大きな等身大も重要だが、小さな編みぐるみも売れるかもという考えで作り始めた物だ。
「コハク、指先に集中しろ。魔力を集中させて指を動かせ。そうすれば指の震えは止まり、均等な間隔で縫える。更に通常では考えられないほど繊細な作業も出来る······こんな風にな」
「·······わぉ」
ブーさんが使っていた針は大きさにして一センチ、糸も通常の糸を細かく解した特別製だ。
ブーさんはゴツい指先で特注の針を摘み、手のひらサイズのしろ丸ストラップに刺繍を施していた。
「慣れれば指先だけではなく、視力、姿勢も魔力で強化する。いいか、魔竜族の『龍神流魔闘術』は魔力が命、魔力の流れを支配しろ」
「うん、やってみる」
コハクは再び布を取り、ブーさんが作った型紙に合わせて切る。すると作業を中断したブーさんが、壁際に置いてあるお茶セットを使いお茶を淹れ始めた。
「コハク、少し休憩だ。集中するには甘い物が一番だ。魔界から持ってきたアブルティーがある」
「ほんと? 飲む飲む」
窓際のソファに移動し、二人はお茶を飲む。
暫しの静寂、そしてブーさんがコハクに聞く。
「コハク、明日から仕事だが大丈夫か?」
「もちろん。おじさん、仕事ではわたしが先輩だよ?」
「そうだったな、お前の人間界での生活を知らないからな。少し心配になってな」
「わたし、毎日が楽しいよ。あのね、ご主人様に買われてから面白いことがいっぱいあったの」
「ほぅ、聞かせてくれ」
「うん!!」
ブーさんが知らないコハクの顔。
兄であり魔竜族の長であるブラスドラは、生まれて間もないコハクを連れて帰って来た時は大いに驚いた。母親は誰だと問い詰めても何も語らなかったし、その時既に妻子がいたにも関わらず別の女との子を作り、あまつさえ妻にその子を育てさせたのだ。
ブーさんは本気で怒った。
兄の不誠実さ、何も語らない卑怯さ、そして連れて来た子供を徹底的に無視する外道さ、全てが腹立たしかった。
そして、成長したコハクは、ブラスドラ本来の子供から壮絶なイジメを受けた。全て母親の指示であり、何も語らないブラスドラへの反抗でもあった。
コハクは泣くが誰も助けてくれなかった。なのでコハクは泣くのを止め、感情を押し殺した。この頃からコハクは怒ったり泣いたり、笑ったりしなくなった。
そして、ブラスドラの子が武術の手ほどきを受けているのを見て、見様見真似で武術を始めた。ブーさんはその様子を見て、空いた時間にコハクに武術を教えるようになった。
青龍王としての務めもあり禄に構えなかったが、ブーさんはコハクを精一杯強くしようとした。ブーさんがいない日は、我が子らに武術の手ほどきをするブラスドラの動きを見て独学で学んだ。それをコハクは『父から習った』と言っていた。
コハクは、とても強くなった。
身体付きが女の子らしくなり、ブラスドラの息子たちの視線が女を見る目になり、コハクは乱暴されかけた。
だが、コハクは息子たちを徹底的に叩きのめした。
泣き叫び、歯が折れ、骨が折れ、許しを乞いても、コハクは息子たちを殴り続けた。
まるで、今までの恨みを晴らすかのように。でも違った。
コハクは、父が手ほどきした息子たちより、自分のほうが遥かに強いとブラスドラに見せつけたのだ。
そして、コハクはブラスドラに叩きのめされた。
そして、コハクは負けた。
そして、コハクは魔界から去りコロンゾン大陸を越え人間界へ渡った。
そして、コハクはコウタと出会い、今に至る。
「それでね、赤い豹が牙をプーって出してね、わたしとシャイニーで同時に飛んだの。そこで初めて鎧が出たの」
楽しそうに語るコハクは、とても輝いた笑顔を見せる。
そこにはかつて、魔界で一人修行に明け暮れていたコハクはいない。
人間の、コウタたちとの出会いがコハクを変えた。
「おじさん?」
「······ん?」
「なんか嬉しそう。どうしたの?」
「いや、何でもない。続きを聞かせてくれ」
「うん」
ブーさんは、話の続きを促した。




