233・それぞれの休日/月詠・パイ編
月詠とパイはゼニモウケ郊外の平原を競うように駆ける。
月詠は短距離選手のように、パイは四足でチーターのように走ってる。しろ丸はパイの頭の上に器用に張り付いていた。
するとパイが月詠に声を掛ける。
「ツクヨ、ちょっと待った」
「っと、何?」
『なうなう』
平原のど真ん中で二人は止まると、パイが近場の岩石の上によじ登り、クンクンとニオイを嗅ぐ。
「·········あー、こりゃ面倒だわ」
「どうしたの?」
「これ、一匹二匹じゃない。そこそこ強いのを筆頭に群れを作ってるね。しかもかなりの数」
「······どのくらい」
「くんくん·········ざっと五〇〇かな? もっと居るかも」
「なっ······そんなに!?」
「うん。人間界のモンスターはよく知らないけど、魔界じゃこういう群れを作るモンスターって珍しくないよ。まぁボクから見たらみんな雑魚だけどね」
「群れを作るモンスター·······ウェアウルフは群れで狩りをするけど、生息地は山林だし。もしかしたら、元々住んでいた場所を捨てて移動してきたとか?」
「もうちょい近付けばわかるよ。今は風下だからニオイがここまで届いてるけど、距離はもっと先だからね」
月詠は頷き、パイと同時に走り出す。
パイは野生の獣のような速度で、月詠は魔力を機動力に変えた走りで。特級クラスの冒険者でも月詠レベルの身体強化は不可能だ。
そして、ゼニモウケから離れた湿地帯に到着し、パイの動きが再び止まる。
「······近い、かなり血のニオイがする。ツクヨ、これは獣じゃない······たぶん、人間に近いモンスターだ」
「人間に近いモンスター?」
「うん。人間特有のニオイは殆どしないけど、鉄や鉛のニオイにモンスターの革のニオイも混ざってる。たぶんオークとかゴブリン系、人型モンスターかも」
「·········なるほどね」
「どうやらこの湿地帯に入ったみたい、ちょっと偵察してくる」
月詠の返事を待たずにパイは近くの木に登り、枝と枝を飛びながら湿地帯の奥へ消えていった。
それから一五分もしないうちに、一匹のモンスターを背負って戻って来た。
「とりあえず一匹だけ狩って来た。わかる?」
「·········そういうこと、謎が解けたわ」
パイが背負っていたモンスターは『ギャングオーガ』と呼ばれる危険種だった。
このモンスターは完全な上下社会のコロニーを作り、弱い者が強い者に従うというルールが絶対となっている。
個々の強さはもちろん、知能もそれなりに高く、集団で狩りをして獲物を取るのが一般的である。
「恐らく、このギャングオーガたちは新しいコロニーを作る場所を探してるのかも。それか古いコロニーを捨てて新しい餌場を開拓するために、集団で大移動をしてるのか······とにかく、放っておいたら甚大な被害が出るかも」
本来なら、上級以上の冒険者全員に招集が掛けられるレベルの危機である。大規模な殲滅戦は免れない事態であり、すぐにでもゼニモウケに引き返しギルドへ報告すべきだった。
だが、この二人は違った。
「じゃあ、狩り勝負といこうか。ボクと月詠でどっちが多く獲物を狩るか勝負!! あ、群れのボスは最後に残してね」
「数は五〇〇程度、いい運動になりそうね」
月詠は両拳を打ち付けると、両拳が発火した。
パイは指をコキコキ鳴らすと、五指の爪がビキビキと伸びる。
しろ丸は相変わらずパイの頭の上で、眠いのかダルそうにしていた。
「ツクヨ、あの赤い姿になるの?」
「無理ね。ゼルルシオンとの戦いでダメージを受け過ぎて鎧身は使えない、でも発火能力は問題ないわ。それを言うなら貴女は? あの白いトラに変身するの?」
「ムリムリ、『魔性化』は一度使うと三〇回は日が昇らないと次が使えないの。それにあの姿はお腹へるんだよねー」
つまり、一月に一度しか使えない。
月詠も鎧身は使えず炎を生み出すことだけ。
「じゃ、どっちが多く狩れるか······」
「いざ、尋常に······」
「「勝負っ!!」」
二人は同時に走り出し、狩りを開始した。
ギャングオーガは、身長二メートルほどの筋肉質で、薄青い皮膚に頭から二本の角が生えている。そして手には人間から奪った剣や鈍器を持ち、鎧を付けてる個体もいた。
パイの速度は、障害物の多い湿地帯でも変わらない。
ギャングオーガ程度では捉えることも出来ず、白い風が吹いた瞬間には首と胴体がキレイに切断されていた。
「これじゃただの掃除だね、つまんないなぁ」
ギャングオーガを狩りながら、パイは四肢を垂直な木に貼り付ける。まるで蜘蛛のように。
「······キミはやらないの?」
『なう?』
「んー、前はどうやって元に戻ったの?」
『なう、なうなう』
「·········わかんない」
頭の上にいるしろ丸はただ鳴くだけ。
パイは知らなかったが、身体を作り変えた今のしろ丸こそが本来の姿であり、『臥狼ヴァルナガンド』の姿は溜め込んだ栄養やカロリーを使いムリヤリ変身してるに過ぎない。なので前の変身から時間が経過していない今、ヴァルナガンドの姿に戻るのは不可能だった。
「ま、ツクヨとの勝負だしいっか」
木にへばり付くパイに気が付いたギャングオーガが殺到するが、パイは獰猛な獣のように笑う。
「あーあ、食べれる肉だったらよかったのに」
白い風が舞い、ギャングオーガの首が舞う。
月詠はギャングオーガに囲まれていたが、特に気にしていなかった。
「『不知火牡丹』!!」
月詠を中心に炎のサークルが広がり、包囲していたギャングオーガが一瞬で燃え上がり灰になる。もちろん周囲の木々を燃やすようなことはない。
「ふぅ、弱火の訓練にもってこいね。こういう苦手な場所で戦うのもいい経験になるわ」
実は、月詠は細かい魔力調節が苦手だった。
大規模な爆破や広範囲を燃やしたり、周囲をマグマの海にすることは大得意。だが森や林の中で大規模な炎を生み出すと、とんでもない山火事を引き起こしてしまう。というか以前月詠は実際に山火事を引き起こしてしまった。
勇者パーティーで一番魔力の扱いが上手いのは煌星で、月詠はこっそりと魔力調節のコツを煌星から習っていた。そして今、その修行の成果が現れていた。
「コハクさんやパイなら手加減しなくても平気だけど、雑魚相手だと気を遣うわ······」
だが、勇者ツクヨの手加減は手加減じゃない。
何も知らない冒険者や魔術師が見れば、その圧倒的火力にド肝を抜かれることは間違いない。
「さて、手加減手加減······」
両拳に炎を灯らせ、ギャングオーガの群れを焼き付くす。
ギャングオーガをあらかた討伐し、群れのボスである『ボスギャングオーガ』の前に二人はいた。
「あたしはニ四八体」
「むむ、ボクはニ四五体」
つまり、月詠の勝ち。
ボスギャングオーガを前に、月詠は勝ち誇りパイは悔しそうに頬を膨らませた。
そして、月詠はパイの前に出る。
「じゃ、勝者のあたしが倒すわね」
「ちぇー」
『なうなう』
しろ丸を抱きしめ、パイは近くの岩に座る。
「ふふ、ほーれほーれ」
『うなーお』
しろ丸の短い手足をいじり、ふわふわなお腹をワシワシとなでると、しろ丸は気持ち良さそうに鳴く。さらに頭をモフモフしながら口の下をカリカリ擦ると、しろ丸の顔がトローンと蕩けた。
「ここが気持ちいいんだ? よしよし」
『うなーう』
「あはは、キミは可愛いねぇ」
「······何してるのよ」
「あ、終わった?」
「ええ」
地面に倒れてる黒い何かがボスギャングオーガなのだろう。パイは特に興味を示さず、月詠に向かって嬉しそうに言う。
「あのさ、いい場所見つけたんだ、ちょっと来て」
「え?」
有無を言わさずパイは湿地帯の奥へ向かい、月詠は慌てて後を追った。
そして歩くこと数分······目的地に到着した月詠は驚いた。
そこは、小さな滝が流れる池だった。しかも池の水は澄んでいてキラキラ光り、魚も泳いでいる。
「汗掻いたし、流しっこしよ。それにお腹も減ったしね」
「······そうね」
パイは服を全部脱ぎ、大きな胸を揺らして池に飛び込んだ。
「んん〜〜っ、きんもちいい〜〜っ!! ほらツクヨ、早く早く!!」
「はいはい、全く、子供みたいね」
月詠も服を脱ぎ、裸になって池の中へ。
水は冷たいが、火照った身体には心地良い。月詠は水を掬い顔を洗うと、背後からパイが飛び付いて来た。
「ほらツクヨ、キレーキレーにしましょーねー」
「ちょ、こら!? やめなさいって!!」
二人はじゃれ合いながら身体を清めた。
月詠は池から上がり薪を集め、パイは爪で魚を捕り、ありきたりな焼き魚を作った。
調味料はないので素材そのままの味を楽しみ、魚を食べる。
しろ丸も美味しそうに焼き魚をモグモグ食べていた。
「ギャングオーガの件、念の為ギルドに報告しておきましょう」
「ん、いーんじゃない?」
パイは興味ないのか、三匹目の魚をモグモグ食べていた。
「食べたらゼニモウケに帰りましょう。今日はいい運動になったわ、ありがとね、パイ」
「いいって、それよりさ、フードフェスタだっけ? ツクヨたちも参加するんでしょ? 一緒に遊べるよね」
「そうね。武具の修理もあるし、暫くは滞在する予定よ」
「んふふ、楽しみだね」
「······そうね」
二人は、楽しそうに笑っていた。




