230・トラック野郎、アレクシエルと話す
太陽は、なかなか筋が良かった。
最初こそエンストしたりクラッチの繫ぎが甘くノッキングしたが、すぐに運転出来るようになった。ギアの切り替えも慣れたのか、町を走りたいと言ったが却下。運転を甘く見ちゃいけません。
逆にウィンクは全くダメだった。
エンストは当たり前、ギアの位置をいちいち見ながらじゃないと入れられなかったし、クラッチの繫ぎも甘くノッキングしまくりだ。一段落すると目に見えて落ち込んでいた。
煌星は、この中で一番上手かった。
太陽よりも筋がいい。初めてなのにエンストしなかったし、ギアの切り替えもスムーズ、これには驚かされたぜ。
全員一通り運転が終わり、俺は奇譚のない意見を述べる。
「太陽、煌星は練習すればすぐに路上も平気だな。ウィンクは練習あるのみだ」
「へへ、煌星すげぇな。見てたけどオレより上手かったぜ」
「そ、そうでしょうか? おじ様の指導が上手だからですよ」
「むむむ······わ、私は」
ちなみにクリスはキャンピングカーの居住スペースで一眠りしてる。運転出来ない悔しさを、キャンピングカーのスペースを独り占めする事で発散してるようだ。意味わからんけど。
太陽達は、しばらく交代で運転をするようにした。
俺はオフィス前に設置してある椅子に座り、その様子を眺めている。
「······そういえば、終わったのかな」
ふと、アレクシエルのラボを見た。
昨日確認した限りでは、作業は殆ど終わったようだ。仮設休憩室を買う時に作業員に確認したところ、スゲーダロから運ばれて来たアレクシエルの研究設備を入れるだけって言ってたし、見た感じ作業は昨日で終わってるように見えた。
「ったく、でけーなぁ」
アレクシエルのラボは四階建ての円柱の建物だ。
中はどうなってるのかな。あ、そうだ、ヴァルファムートからもらった『核』をアレクシエルにやろう。あいつなら勇者達の強化アイテムにしてくれるだろうし。
そんな事を考えていると、件の少女がやってきた。
「はぁい、元気にしてたかしら?」
人差し指を立ててフリフリしながらアレクシエルがやってきた。もちろんリーンベルさんも一緒だ。
太陽達はキャンピングカーを止めて降りてきた。
「アレクシエル博士じゃねーか。どうしたんだ?」
「太陽くん、アレクシエル博士はあちらのお宅にお住まいになられるんですよ」
「あ、そういえばそうだっけ······あ、そうだ、武具の修理を頼もうぜ!!」
「タイヨウ殿、落ち着いて······」
アレクシエルは赤いゴスロリ服を着ている。なんか高級なビスクドールみたいだ。
「ちょっと、武具が壊れたって? まーったく、どんなヤツと戦って壊れたのよ」
「えーと、魔界の神様」
「は?」
とりあえず俺もアレクシエルの元へ。
「よ、どうしたんだ」
「引っ越しよ引っ越し。作業は昨日で終わったから今日からここに住むわ」
「なるほど、じゃあこれからよろしくな。アレクシエル、リーンベルさん」
「······ま、まぁお隣だし、遊びに来てもいいわよ」
「はいはい、っとリーンベルさん、持ちますよ」
俺はリーンベルさんが抱えてる荷物を奪う。
男は常に紳士であれ、悪いな太陽、ここは俺の株を上げるぜ。
「まぁ、ありがとうございます」
「いえ、何かあったら何時でもどうぞ『オラァっ!!』はははっぶぇ!?」
アレクシエルが、俺のボディに頭突きしてきた。
ぐおぉ、みぞおちに入った······苦しい。
「な、なにすんだ······」
「うっさい。リーンベルにデレデレすんな」
荷物を抱えたまま悶絶すると、アレクシエルが睨んできた。
勇者パーティーはポカンとしてるが、煌星はクスリと微笑む。
「ふふ、なるほど······大変ですわね」
「ええ、前途多難です」
煌星とリーンベルさんはお互い頷き合う。なんだよ一体?
「あーもう、行くわよリーンベル。荷解きしなきゃね。それと勇者、武具が壊れたなら明日以降持って来なさい、設備は入れたけど可動試験してないから、すぐにはできないわ」
「は、はい。ありがとうございます」
太陽が敬語で言う。なんかアレクシエルって太陽の好みじゃないのかね。迷わずハーレムに入れそうな気がしたのに。
「ほら、行くわよコウタ。あんたはお客様第一号よ、光栄に思いなさい」
「へいへい」
太陽達にキャンピングカーの練習をさせ、俺はアレクシエルのラボへ向かう。
「お邪魔しま〜す」
ガラス製の引き戸をリーンベルさんが開き、更に奥の木のドアを開ける。なんともオシャレな玄関だな。
その先は広い客間になっていて、新品の家具が設置されていた。
「一階が応接室や執務室、二階と三階がラボ、四階が生活スペースよ。ちなみに屋上は展望室」
アレクシエルが教えてくれる。親切にどうも。
移動は部屋の中央に設置されてる螺旋階段だ。確かスゲーダロの学校もこんな感じだったな。
リーンベルさんの持ってた荷物は着替えや下着など、宿で使った物らしい。深くツッコむと痛い目に合いそうなので黙って持つ。するとアレクシエルが俺の胸倉を掴み、グイッと顔を寄せてきた。
「特別、とーくーべーつに!! あんたを四階に入れてあげる。いい、特別だからね」
「あ、ああ、ありがとよ」
うーん、眉が釣り上がってるけど、こうして見ると可愛いな。
おっと、俺にロリコン趣味はない。
アレクシエル、リーンベルさんに続いて螺旋階段を登り、生活スペースに案内された。
リビングにキッチン、そしていくつかドアがある。するとアレクシエルは一つの部屋のドアを指さした。
「いい、あそこがあたしの部屋。絶対に入らないでね、入ったらリーンベルが黙ってないから」
「は、入らねーよ。というか別に言わなくてもいいだろ」
「ふ、ふん······確かにそうね」
クスクス笑うリーンベルさんに荷物を渡すと、小声で言った。
「きっといつか、部屋に入れてくれると思いますよ」
「え?」
聞き返そうとしたが、リーンベルさんは去って行った。
高そうなソファに座ると、戻って来たリーンベルさんがお茶を淹れてくれた。なんか高そうないい香りがする。
「ゴジャス地区の高級茶店で仕入れた茶葉を、私が独自にブレンドした特製紅茶です。どうぞ」
「い、いただきます」
ゴジャス地区って、ゼニモウケにある中でも特に高級店が集まる地区じゃねーか。高級住宅地やレストランに宿屋、そして危険種や超危険種の素材を取引してる素材屋に、高級な大人の店も有るとか。くぅぅ、高級な大人のお店か······やっぱサービスが違うのかね。
「リーンベル、コウタをぶん殴っていいわよ。なんかムカつく」
「ちょ、ちょい待て、なんだよそれ!?」
アレクシエルのやつ、俺に厳しくない?
「とにかく、設備を可動させたら本格的に始めるわよ」
「·········何を?」
「あんたのトラックの解析に決まってるでしょ!!」
あ、そうか。そういえばそうだった。
そもそも、こいつがここに来た理由がトラックの解析だもんな。タマ曰く『絶対に不可能。いかなる天才だろうと神の技術を解析する事は出来ません』とか言ってたけどな。
「いいけど、仕事で使う時はダメだぞ。それ以外ならイジっていいから」
「むー、まぁいいわ。それより、勇者が乗ってたのは何? あんなの見たことない」
俺はお茶を飲みながらアレクシエルの雑談や質問に付き合った。こいつも引っ越して来たばかりだし、親睦会も兼ねてパーティーしてもいいけど、昨日パイ達の親睦会やったばかりだしなぁ。
「なるほど、居住空間を設けた魔導車か······うーん、難しいわね。居住空間ってことは最低でも寝室が必要ね、でもそれだけ大きくなれば重量も増すし、車輪を動かす魔力も大きくなる······うーん」
何か考えてる。まぁ研究者だし好きにしてくれ。
すると、アレクシエルの後ろに控えていたリーンベルさんが挙手した。
「少しよろしくでしょうか、コウタ様」
「はい、なんでしょうか?」
「実は·········折り入ってお願いがあります」
「お願い?」
ふむ、眼鏡美人秘書のお願いか。これは聞かなくてはならないね。
リーンベルさんはメガネをクイッと上げる。
「実は、資金が底を尽きまして······」
「ちょ、リーンベルっ!!」
「アレクシエル博士、ここはコウタ様に相談するべきです。スゲーダロならともかく、このゼニモウケでは土地勘も人脈もありません。頼れるのはコウタ様だけです」
「むぅ······」
何だ何だ、どういうこった。
資金が尽きたって、金がないってことだよな。
「ラボの建築、スゲーダロから設備の移動、そしてラボの家具の買い揃えに、この一ヶ月の宿代······我々の資金は底を突きかけております。なので、コウタ様の会社で我々を雇っていただけないでしょうか」
「あー······」
なるほどね。確かにそれだけ使えば金はなくなるだろ。
というか、トラックの解析なんてやってる場合じゃねーな。明日食う米もないんじゃ死んじまうぞ。
ここで俺は、ふと閃いた。
「ふ、ふん!! ど、どうせ『お金も仕事もやる、ただしお前の身体を差し出せ、ぐへへ』とか言うんでしょ!! り、リーンベルはやらないわ、で、で、でも、どーしてもってなら·········あ、あたしを」
「リーンベルさんは、接客は出来ますか?」
「はい、ノウハウは心得ています」
「なら、お任せしたい仕事があります。まだ未知数ですが、とある商品の販売をお願いしたいんです」
ちょうどいい。せっかくだし、しろ丸ぬいぐるみのブースでの販売員をお願いしよう。運送会社とは別に、ブーさんブランドのショップとして出してみるか。
「では、雇っていただけるのですか?」
「はい、詳細を説明······どうしたんだアレクシエル、顔を真っ赤にして」
「·········死ねっ!!」
「あだっ!?」
アレクシエルが投げたクッションは、思ったより痛かった。




