226・トラック野郎、ブーさんとお買い物
さて、やることがいっぱいだ。
俺はまず、みんなとガレージへ向かう。
「ここがブーさんの職場だ」
「うむ」
スペースを横長に広くしたおかげで、トラックとエブリーだけじゃなくハイエースを停めてもまだ余裕がある。イヤホンからタマに命令してエブリーの隣にハイエースを出した。
「ふふん、これがアタシの愛車になるのね」
「エブリーよりデカいから運転には気をつけろよ。ちなみに属性は『爆』だ」
「は?」
こいつは乗り物より先に、デコトラウェポンとしての登場が早かった。装弾数三発の『ハイエースバズーカ』に変形する。
「いいなー、わたしも乗ってみたい」
「ボクも興味あるなぁ」
「じゃあさ、みんなで買い物行く? アンタの部屋に置くモノ必要でしょ? 男連中には家具を任せて、女だけで買い物行きましょ」
「ふむ、いいアィデアですが、どうでしょうか社長」
俺は別にいいけど。でもブーさんと二人きりってのもメッチャ緊張する。
「そうだな、行ってこいよ。男じゃわからん買い物もあるし」
「えー、ボクはご主人と一緒でもいいのにー」
「ダメよ、ほら乗った乗った」
「すみませんコウタさん、行ってきますね」
「ああ、そうだミレイナ、最近スターダストに行ってないだろ? 新作とかいっぱい出てるかもよ」
「·········」
ミレイナの顔色が獲物を狙うハンターのような目に変わった。
ハイエースを見送り、俺とブーさんはトラックへ乗り込んだ。頼まれた通り、ベッドや机などの家具を買いに行く。
「む······」
「あ、狭い? 悪いけど我慢してくれ」
ブーさんはちょい狭そうに首を曲げてる。シートベルトもパツパツしてるし。
では、オフィスの家具を揃えた家具屋へ行きますか。
「ブーさんサイズのベッドあるかな」
「·········」
「あー、まだ早いけど、なんか飲みます?」
「·········いや」
き、気不味い。
よく考えたら敵対から和解まで数日しか経ってない、しかもコハクの叔父さんだし、なんで俺と二人でトラックに乗り家具屋を目指してるんだろう。
脂汗を流しながら運転していると、ブーさんが呟いた。
「······コハクは、どうだ?」
「へ?」
「数日、話してわかったが、あいつは昔のあいつとは違う。明るくなった······いや、それだけじゃない。戦って思ったが、拳が重くなっていた。武具だけじゃない、今までのコハクにはない『思い』が載っていたように感じる」
喋ったと思ったら、こりゃまたかなり長いね。
昔と違うと言われても、俺にとってコハクは今のコハクだからなぁ。
「うーん······コハクは、今がとても楽しいんじゃないかな。ミレイナやシャイニー、キリエと一緒に暮らす今が楽しいから、それを失いたくないから、必死に守ろうとしたブーさんと戦った······と思う」
「······む、そうか」
それっきり、ブーさんは黙ってしまった。
俺の答えが正しいかなんてわからない。でも、間違っていないような気がした。
今度の静寂は、不思議と居心地がよかった。
家具屋に到着し、必要な家具を買い揃える。
ベッドや机、椅子、そして一人用のソファに棚を選ぶ。
「デザインがけっこうあるな······うーん、一人くらい女の子を連れてくればよかった」
「パイラオフはデザインより質を重視する。それにあいつは丸くなって寝るからベッドの大きさはそこまで拘らなくて構わん。むしろベッド本体よりマットレスや毛布の質を拘わるべきだ」
なんか詳しいな。
ちょっと驚いた視線を送ると、ブーさんはポツリと言う。
「あいつとは三〇年の付き合いだ。ある程度の好みは把握している」
「へぇ···············三〇年!?」
今日、一番の衝撃だった。
ブーさんは説明してくれる。
「我々、魔虎や魔竜などを総称して魔獣族と呼ぶが、寿命は人間のおよそ三倍だ」
「さ、三倍? じゃあブーさんやパイはいくつなんだ?」
「オレは一〇七、パイラオフは六五だ。人間に換算するとオレは三〇、パイラオフは一九ほどだ」
「はぇ〜〜〜······」
驚く俺に、ブーさんは更に告げる。
「因みに、魔王族の寿命は個体差もあるが千を越える。ミレイナ嬢はとある事情で普通の人間と変わらぬらしいがな」
「ま、マジで?」
ミレイナの事情ってのは恐らく、ゼルルシオンが母親に使った覚醒魔術だろうな。ミレイナの才能や魔王族としての力を消しちまったらしいし。
ブーさんのアドバイスを元に家具を買い、ブーさんが一人でトラックへ運んだ。片手でベッドを持ち上げたら店員が仰天してたぞ。
「社長、次はどこへ?」
「えーと、備品はミレイナ達に任せたから終わりかな」
「なら、買いたい物がある」
「え、あ、ああ」
な、なんだろう。鉄下駄とかサンドバッグとか?
「············」
ブーさんから行き先を聞いて、ナビを頼りに到着した。
俺は、自分の目を疑った。
「では行こう」
「·········」
トラックから降りて店の中へ。
ドアを開けて入店すると、店員さんが挨拶してきた。
「いらっしゃ、ひいぃっ!?」
「邪魔をする」
女性店員さんはブーさんに驚き、同僚の女性店員さんに抱きつく。
俺はたまらずブーさんに聞いた。
「あ、あの······」
「む、どうした社長」
「いや、その······ここになんの用事で?」
「決まっている。買い物だ」
買い物って·········その。
俺は確認を込めて、改めて質問した。
「ここ、洋裁店だけど······」
そう、ここはとってもオシャレな洋裁店。
服はもちろん、布やレース、ビーズアクセサリーの素材やキレイなリボンやら、ぬいぐるみ用の綿やら、俺の知らない道具とか素材が売っているお店。ある意味ブーさんから最も縁遠いお店だ。
俺は棚に置いてあるロール状の布を選別してるブーさんに聞く。
「仕事をするのに制服が必要なのだろう。デザインは見せてもらって記憶してる。後は自分で作れる」
「じ、自分で?」
「ああ」
どうやら本気みたいだ。
こんな二メートル近い筋肉ダルマが裁縫かよ。意外すぎるぞ。
ちなみに、パイラオフはミレイナ達との買い物で制服の発注もするらしい。ブーさんは自作するみたいだけど。
「それに、これは『龍神流魔闘術』の修行の一つでもある。魔力と闘気をブレンドさせた『龍闘気』を頭から足の指先まで送り込むためには、手足の繊細さが何よりも大事だ。裁縫など指先を重点的に使う作業は立派な修行でもある」
「そ、そうなんだ」
俺の脳内で、筋肉ダルマの門下生達が長机に横一列で座り、チクチクと針仕事をしてる姿が浮かんできた。
「コハクにもやらせたが、あいつは針仕事がさっぱりでな。そこは兄者と似ている」
「コハクの父親?」
「ああ、兄者は針仕事より彫刻が得意だ。もしかしたらコハクにもその才があるかもな」
布ロールをいくつも抱え、ビーズアクセサリーやぬいぐるみの材料などもまとめて購入した。店員さん、ドンマイ。
「さて、これで終わりだ。感謝するぞ社長」
「ど、どうも」
大きな荷物を抱え、ブーさんはホクホクしてる。
修行とか言いつつ、ホントはただの趣味なんじゃねーの?
とりあえず、買い物終わったし帰るとするか。
町中を走って気が付いたが、町全体が浮ついているように感じる。これってやっぱりフードフェスタが間近だからだよな。
オフィスに戻るとミレイナ達はまだ帰っていない、お昼もどこかで食べてくるみたいだし、俺とブーさんは家具を運び込む。というか殆どブーさん一人で運んじまった。
終わる頃にはお昼を過ぎていた。
正直かなり疲れた。朝イチで人間界に戻りオフィスの掃除、そして家具の買い出しで今に至るからな。そろそろ腹ごしらえしたい。
ブーさんの部屋に家具を運び終え、一息入れる。
「ブーさん、メシ食いに行こうぜ。美味い店があるんだ」
「ほう、いいな」
太陽とはまた違い、大人の男同士もいい。
しろ丸にドッグフードをあげた後、近くの居酒屋街に徒歩で行き、工事現場の作業員が集まりそうな定食屋に入る。
「ブーさんが殆ど家具を運び出してくれたし、ここは俺が奢るよ」
「そうか、なら遠慮なくいただこう」
冒険者にも大柄な男が多いからか、ブーさんが店に入ってもそんなに注目されなかった。とりあえず、俺はオススメ定食にブーさんは焼肉定食を頼む。
「メシを食った後はどうする?」
「そうだな······俺はトラックをいじるから、ブーさんは自由にしてくれ」
「わかった。では早速だが制服を作ろう。最近は忙しくて修行が疎かになっていたからな、気合を入れる」
うーん、やっぱり修行ってか趣味だよな。




