214・勇者パーティーvs天魔王ゼルルシオン①/ボス戦
間違いない、あれが天魔王ゼルルシオンだ。
俺の視線を察知したみんなが平原に視線を送る。
「おい、あれが……」
「……天魔王ゼルルシオン、このプライド地域最強の……魔王」
太陽と月詠とウィンクは冷や汗をダラダラ流しながらも構えを取る。
煌星とクリスは震えたままで動けず、その代わりとでもいうように、シャイニーとコハクが前に出る。
俺は完全にビビってしまい、トラックに戻ることすら出来なかった。ションベンを漏らさなかったのはさすがと褒めたい。
すると、ゼルルシオンの前に魔方陣が輝き人影が現れた。
「兄さん!!」
「……グレミオ」
天魔王ゼルルシオンの声は低いダークボイス。
ボロボロのグレミオはゼルルシオンを制止させる。
「兄さん、この件はボクに任せる約束のはず、何故ここに……」
「…………」
「ちょうどあそこに全員揃ってる。ここはボクの『魔王真化』で……」
「グレミオ」
「え?」
ゼルルシオンは、グレミオをひっぱたいた。
目の前で繰り広げられてるのは何だ? なんかケンカというか親が子供を叱ってるような雰囲気だ。ってか俺達は完全に忘れられてね?
「やはり、お前には荷が重かったか」
「……な、なにを」
ああ、俺でもわかった。
ゼルルシオンの表情から読める感情は「失望」だ。
「ヒュブリス内の兵士、四天将共に全滅、お前とミューレイアは敗北、ミューレイアに至っては勇者達に捕らえられる始末……グレミオ、これほどの惨状と被害を出したのは、全てお前の作戦と采配が招いたミスだ。この一件、どう責任を取るつもりだ」
「そ、それは……そ、そうだ、ボクはまだ負けていない!! 見ててよ兄さん、ボクの『魔王真化』とこの暗黒剣ノワールネイトの力で」
「無理だ」
「え……」
「認めろグレミオ、お前は勇者パーティーと人間に、完全に敗北した」
ゼルルシオンは真っ直ぐグレミオを見ていた。
このやり取りの最中も、一切の隙がない。
「罰としてお前を『天』の後継者候補から外す。再び、イチから鍛え直せ」
「な………ば、バカな!? て、『天』の候補から外すだって!? 何を考えてるんだ兄さん、そんなこと許されるはずが」
「もう黙れグレミオ…………これ以上、失望させるな」
「うっ……うぅ、う」
ゼルルシオンがキツく睨むとグレミオは黙り込み、グレミオは涙ぐんでいた。
俺達はどう動けばいいかわからなかった。すると。
「あとの始末はオレが付ける。まずは……ミューレイアだな」
再び、ゼルルシオンの「圧」が襲ってきた。
ゼルルシオンは、ゆっくりと歩いて来た。
お伽話の魔王みたいに、空中浮遊だとか瞬間移動とかじゃない、二本の足でゆっくりと俺たちの元へ向かってくる。
「び、ビビんじゃねぇぞ!! 構えろみんな!!」
太陽が吠えるが、何故だろうか……チンピラの遠吠えみたいに聞こえてしまった。
でも、太陽と月詠とウィンクはなんとか武具を構え、動けないクリスと煌星の代わりとでも言うようにシャイニーとコハクが武具を構える。
その間も、ゼルルシオンはゆっくり迫る。
俺はミレイナの手を掴み、ゆっくりと後ずさりする。
「コウタさん……」
「…………」
チクショウ、怖くて声が出せない。
足はガクガク震え、耳のイヤホンからはひっきりなしに警告音が流れてる。
コイツはまずい、コイツは最初に出会った玄武王と同じだ。勝ち目の無い戦いに身を投じてる。
現に、太陽達は武具を構えてるがゼルルシオンの歩みを止められない。構えてるだけで、突っ込めば負けると理解してる。
そして、ゼルルシオンは難なくミューレイアの元へ到達。その場にしゃがみ込む。
ああそっか……コイツ、太陽達なんて眼中に無い。
「……ミューレイア」
「ん……あ、に、兄様……?」
ゼルルシオンは、ミューレイアを抱き起こし、長いけどどこかくすんで見えるプラチナの髪をなでつける。するとミューレイアはくすぐったそうに目を開けた。
「あ……あ、あぁぁっ!! も、申し訳ありません兄様っ!! わ、私は」
「落ち着け。怪我は平気か?」
「あ……は、はい」
「そうか……よかった」
「あ………」
俺達はかなり戸惑っていた。
だってあの天魔王ゼルルシオンが妹を抱き起こし、あまつさえ微笑を浮かべてるんだよ。
ミューレイアは感極まったのか、涙を流してる。
「く……くそ、なんだよそれっ!! チクショぉぉぉぉーーーッ!!」
「た、太陽っ!!」
すると、何かがキレた太陽がゼルルシオンに飛びかかった。
ゼルルシオンは背中を向け、ミューレイアを介抱してる。こんな言い方はアレだが卑怯すぎる。
「にいさ」
「ああ」
グロウソレイユが背後に迫る。
ミューレイアが右手に魔力を集中させようとするが、ゼルルシオンは優しく制す。
「スカしてんじゃねぇぇぇぇーーーーーーッ!!」
黄金の光を放つグロウソレイユの袈裟斬りがゼルルシオンは背中へ。
俺から見てもわかる。太陽のヤツはゼルルシオンに吞まれてしまい恐怖してる。そこで見せた妹を気遣う表情だったり、自分の使命が魔王の討伐だったりを思い出して、軽度のパニックを起こしてる。
現に、素人の俺でもわかるほど太陽の剣はブレて見える。
「な……」
「背後からとはな。だが戦いとは本来、卑劣や卑怯と言った戦法が常套手段、そこに異を唱えるつもりはない」
ゼルルシオンは、魔力を集中させた人差し指で太陽の剣を止めた。
しかもミューレイアを抱きしめたまま、振り返りもせず。
「お前達の相手はすぐにしてやる、暫し待て」
指先の魔力が弾けると、太陽の剣は押し戻される。
太陽はヨロヨロと後ずさり、そのまま尻餅をついた。
「…………」
「た、太陽」
「タイヨウ殿……」
完全に、圧倒されていた。
やばい、ヤバすぎる……逃げるべきか。というか、太陽達も強敵と戦ってるし、体力も魔力も残り少ないはず。こんな状態で魔王とガチバトルは危険すぎる。
ゼルルシオンはミューレイアを抱きかかえ、一瞬でグレミオの傍へ。
「グレミオ、ミューレイアを頼む」
「…………」
「兄様、私は」
「いい、後はオレに任せろ」
なんだこれ……まるでピンチに登場する真打ちじゃねーか。
この展開は本来、勇者であるコッチのモンだろう。
逃げようにも、俺達の背後はヒュブリスの町、ゼルルシオン達の位置は平原……あいつらを倒さないと逃げられん。
ゼルルシオンは、ここでようやく太陽達を見た。
「さて、やろうか……」
敵意を向けられただけで、俺は腰を抜かした。
*****《勇者タイヨウ視点》*****
オレ達がこの世界に召喚された理由。『悪しき魔王を倒して欲しい』と言われ、ラノベの世界でしか味わえないスリルと興奮に、オレは心を躍らせた。
魔力は常人の数百倍、数千倍はあるし、特撮ヒーローみたいに変形する武器も貰って、オレの一六歳の人生は輝いているのは間違いない。
訓練と称し、オレサンジョウ王国の周辺に生息する危険種や超危険種もたくさん倒したし、オレの強さに敬意を表したのか、お偉い騎士さんや国の重鎮はオレに頭を下げた。それに、王国のお姫様であるエカテリーナ姫と是非とも婚約して欲しいと言われ、次期国王として国を治めて欲しいと王様に懇願された。
誰だってこんなことがあればいい気分になるだろ?
オレは天狗だった。でも、玄武王との戦いで自分の弱さを知った。
手も足も出ない戦いを経験して、オレは変わったと思う。どんな敵が相手でも油断しないし、武具の特性を理解して必殺技なんてのも作った。訓練での下積みでオレは本当に強くなったと思う。
そして今、オレの目の前に『魔王』がいる。
この世界に来た目標でもある魔王が、オレ達勇者パーティーを敵として見てる。
「みんな……行けるか」
間違いなく総力戦になるだろう。
それこそ、命を賭けないといけない。そんな状況だ。
「あたしは行ける、それに倒さなきゃ帰れないしね」
月詠は構えを取る。
「わ、わたくし、怖いです。でも……やります」
煌星は矢を番える。
「さ、サポートは……私に」
クリスも杖を構える。
「ここでやらなければ騎士の名折れ!!」
ウィンクは槍をクルクル回して構えを取る。
「付き合うわ、当然だけどね!!」
シャイニーさんも双剣を構える。
「援護はお任せを。といっても絞りカス程度の魔力しかありませんが」
キリエさんも魔力を漲らせる。
「わたし、戦う」
コハクさんも拳を突き出す。
どうやら、みんなの準備は整ったようだ。
「おっさん、おっさんは離れてろ!!」
「あ、ああ、わわ、わかった……」
離れろってか腰抜かしてる……まぁ仕方ないな。ミレイナさんが傍にいるし、問題はないだろう。
オレは剣を天魔王ゼルルシオンに突き付ける。
「行くぜ魔王、覚悟しろやっ!!」
さぁ、ボス戦と行こうじゃねぇか!!




