212・コハクvs青龍王ブラスタヴァン③/コハクの秘密
「ん············あれ」
目覚めたコハクの頭はボンヤリしていた。
ゆっくりと身体を起こし確認する。服は破れて上半身は裸だが、武具も綺麗なままだし怪我も消えていた。
「え、なんで?」
「起きたか·······」
「あ······お、おじさんっ!?」
声の方を向くと、ブラスタヴァンが座っていた。
腹部から血がドクドクと溢れ、床が血に染まっている。
「大した事はない。それより上を着ろ、女の子がはしたない」
「あ、うん」
コハクは自分の裸体に無頓着であり、ブラスタヴァンに裸を見られる事に特に羞恥はなかった。それもそのはず、ブラスタヴァンは父と母に見捨てられた時から世話になっており、一緒に風呂に入った事も何度もある。
とりあえず適当にカーテンを胸に巻き、汚れの無い比較的綺麗なカーテンを何枚も持っていく。
「おじさん、お腹······」
「ああ、すまんな」
先程まで戦っていたとは思えないほど二人は触れ合った。
ブラスタヴァンの傷口を畳んだカーテンで押さえ、更にその上を包帯の代わりにカーテンでぐるぐる巻く。
「痛くない?」
「ああ、もう血は止まった。それより······覚えてないのか?」
「·········あんまり。おじさんに倒された後の記憶がボンヤリしてる」
「なら、説明しよう」
ブラスタヴァンは先程までのコハクの状態を説明する。
鎧が変化した事、魔性化を発動させた事、ブラスタヴァンがコハクの魔性化を抑えた事などを説明した。
「魔性化······わたしが」
「そうだ。思った通り、普通の魔性化ではなかった。二つの血が混ざりあった不完全な魔性化だ」
「二つの、血······」
「ああそうだ。お前の中に眠る二つの血······魔竜族と魔虎族の血だ」
ブラスタヴァンは、真っ直ぐコハクを見た。
父と母の事を何も知らないコハクに、説明する。
「おじさん、教えてくれるの?」
「ああ、お前はオレに勝ったからな。その権利はある」
「違うよ、おじさんは負けてない。だっておじさん、手加減してた。『龍神流魔闘術』の技を一つも使わなかったし、魔性化も使わなかった。単純な腕力だけでわたしを······」
「ははは、そうかもな······それは、オレがお前を見くびったからだ。お前相手に技は必要ないと、お前を舐めて掛かったからだ。その結果お前は新しい力に目覚め、オレを圧倒した。魔性化だろうが技だろうが、オレはお前に負けた······見事だぞ、コハク」
ブラスタヴァンは、大きな手でコハクを撫でる。
コハクは顔を歪め、ポロポロと涙を流した。
「全く、泣くなコハク」
「······うん」
暫し、静寂な時間が流れる。
ブラスタヴァンは、ついに語りだした。
「コハク、約束通り話そう。お前の母について」
「うん」
ブラスタヴァンは、小さく息を吐く。
「お前の父は、オレの兄であり魔竜族の長である『竜帝ブラスドラ』なのは間違いない。そしてお前の母は······」
コハクは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「お前の母は、パイラオフの姉であり魔虎族の長『虎女帝パイラン』······つまり、お前は魔竜と魔虎の族長同士の間に生まれた子供なんだ」
コハクは驚愕した。
魔竜と魔虎の族長の間に生まれた子供、つまり。
「異種族の交わりを禁じてる魔竜と魔虎でありながら、その族長同士が愛し合い、子供が生まれたとなれば一族に示しがつかん。だからお前の母はお前を捨てて一族を選び、父はお前を腫れ物でも触るかのように扱った。族長として悩んだ結果だろうがオレには納得出来ん。だからオレは兄者とパイランが許せなかったのだ」
「おじさん······」
「オレは何度も兄者に言った。『コハクと向き合え』と······だが兄者は聞く耳持たず、幼いお前に愛を注がず見ようともしなかった。パイランもパイランでお前を忘れて再婚し、今は何人もの子宝に恵まれている······お前の存在は、無かった事にしてな」
ブラスタヴァンは、本気で怒っていた。
コハクにはそれが嬉しくもあり、同時に悲しかった。
「これが真実だ。コハク、お前の両親はお前の存在を無かった事にして今を生きている。オレは······それが許せん」
「·········」
コハクは黙り込むが、すぐに顔を上げた。
「おじさん、教えてくれてありがとう」
「······すまん」
「ううん、お話聞けてよかった」
「······兄者が、母が憎くないか?」
「うん。お父さんはわたしを鍛えてくれたし、お母さんは顔も覚えてないからよくわからない。それに、今はおじさんが居るから寂しくないよ」
「······そう、か」
コハクはブラスタヴァンに抱きつき、硬い胸に顔を埋める。
「それにね、今はとっても楽しいの。人間界でご主人様に助けられて、ミレイナやシャイニーやキリエと一緒にお仕事して、美味しいご飯をいっぱい食べて······毎日が宝石みたいにキラキラしてる。だからホントのこと聞けただけで嬉しいよ」
「楽しい······そうなのか?」
「うん。だから、攫われたミレイナを取り戻す。わたしの大事な日常に帰るために、わたしのお家に帰るために」
「·········」
「だから······行くね」
コハクはブラスタヴァンから離れ、立ち上がる。
魔族として魔界に留まるより、魔族として人間界で生きる事を選択した。その選択を止める権利はブラスタヴァンにはない。
「待て、コハク」
ブラスタヴァンは、先程拾った青と黄色のナックルダスターをコハクに投げた。
「これは?」
「お前の鎧が解除された時にお前から分離した物だ。恐らく、お前の魔神器を強化させる道具だろう。魔性化と合わせて上手く使え」
コハクはそれを胸の谷間に入れる。
「ありがとう、おじさん」
そう言って、コハクは奥のドアへ走って行った。
ブラスタヴァンはそれを見送ると、再び息を吐く。
「敗北、そして娘の巣立ち······はは、失い過ぎた。こんなザマでは『青龍王』は引退だな」
ブラスタヴァンは引退を決意した。
それと同時に、コハクの言う『ご主人様』に興味が湧く。
「ご主人様······ふん、人間め、まさかコハクに不埒な事をしとらんだろうな」
あの金属の乗り物でミレイラを助けようと向かって来た人間。
可愛い姪っ子は巣立った。だがまだ心配でもある。
「·······ふん」
ブラスタヴァンは新しい目標を見つけた······かも知れない。




