210・紅の勇者ツクヨvs白虎王パイラオフ②/燃えろ拳
*****《勇者ツクヨ視点》*****
天魔王城へ続く一本橋の上で、打撃音が響いていた。
武器も持ったことが無い一般人なら何が起きてるか理解出来ないだろう。何故なら、打撃音だけで肝心の二人はその場にいなかった……いや、視認できなかった。
紅の勇者ツクヨこと獅子神月詠と、魔虎族の少女パイラオフこと白虎王パイラオフの戦いは、常人では視認することすら不可能な超高速戦闘だった。
「あははははっ!! 楽しい、楽しいよ、まさかボクに張り合えるスピードなんてお姉ちゃん以来かも!!」
「…………」
月詠は冷静にパイラオフの攻撃を分析していた。
パイラオフは獣のように四足歩行で飛びかかり、鋭利な爪で引き裂くような攻撃を繰り出す。そして鍛え抜かれたのか魔虎族の特徴なのか、常人を遥かに超えた脚力から繰り出される蹴り攻撃だ。
月詠の攻撃は悉く回避され、足で受け止められる。
炎を載せた拳も上手く躱され、単純な打撃は受け止め流される。
つまり、打撃ではなく炎ならダメージを与えられる。
「つまり、打撃じゃなくて炎なら……って考えてる?」
「っ!!」
眼前にいたパイラオフが一瞬で消え、月詠の背後から耳元に向けて囁く。
月詠は咄嗟に肘打ちを背後に繰り出したが、パイラオフはすでに月詠の正面にいた。
「正解。ボクに出来るのは走る事だけ、魔術は苦手で殆ど使えないし、武器はキミの読み通り、この爪と足だけ……キミの炎をまともに喰らえばそれで終わりかな」
「……そんな事、ペラペラ喋っていいのかしら?」
「うん。だってさ、知られたところで今まで誰もボクに付いて来れなかった。ボクのスピードに付いて来れたのはキミで四人目、ゼルルシオン様とお姉ちゃんとお母さん以来かな」
「……それは光栄ね」
ツゥ……と、月詠の額から汗が流れる。
確かにパイラオフは速い。模擬戦の時に全力で戦った太陽よりも速い。
だが、月詠は負ける気がしなかった。
「キミはすっごく強いよ。報告にあった勇者パーティーは、魔神器の性能に頼ったお子ちゃまで、辛うじてバサルテスを討伐した、なので危険度はBレート程度だっだけど……こりゃSSSレートクラスだね」
「………」
確かに、月詠達は強くなった。
武具の性能はもちろん、有り余る魔力の制御を覚えた今、誰にも負ける気がしない。おそらく太陽も煌星も同じだろう。
「にゃふふ、楽しいね。そうだ、キミの名前を教えてよ」
「………獅子神月詠、ツクヨでいいわ」
「シシガミ、ツクヨ……うん、ツクヨね」
「ええ、パイラオフ」
月詠は、パイラオフに関して恨みは無い。むしろ清々しささえ感じていた。
純粋に自分に匹敵する速度を持つ月詠が嬉しいのだろう、魔神器の回収という目的はとうに忘れ、ただ月詠とのスピード勝負を楽しんでいるようにも見えた。
そして、月詠も同じだった。
「…………ふふ」
太陽の事を悪く言えない。
月詠もまた、好敵手との戦いを楽しんでいた。
久し振りに、血湧き肉躍る相手との戦いにゾクゾクしてる自分がいる。
「じゃ、行くよー」
「どうぞ」
パイラオフは四足歩行に、月詠はオーソドックスな半身の構え。
そして、全く同時に二人の姿は消えた。
パイラオフが言ったように、月詠の攻撃は殆ど防がれた。
同じように、パイラオフの攻撃も月詠に全て弾かれる。
このままでは決着が付かない。むしろ、先に体力が尽きるのは人間である月詠が先だろう。だが魔力量では月詠が圧倒的に上、ゴリ押しでケリを付けようか考えていると、それが伝わったのかパイラオフの動きが止まり、月詠もブレーキをかける。
「隠し球、あるんだね?」
「ええ、あなたもでしょ」
「まーね。でももうちょっとキミと楽しみたいし……」
「………へぇ」
つまり、その気になれば終わらせるのは容易い。
言葉の意味を月詠はそう捉えた。要は、舐められている。
「あ、怒った?……その、ゴメンね」
「別に」
月詠の考えは一瞬で変わった。
パイラオフは、自分が楽しんでるだけだ。好敵手との戦いだとか、魔神器の回収だとかじゃない。自分が楽しければ相手なんて誰でもいいのだ。
親近感を覚えた月詠は、一瞬で冷めた。
「パイラオフ、楽しみたいところだけど、そろそろ決着を付けましょう」
「えー……もう?」
「ええ、あたしも本気で終わらせる。楽しむ暇なんてないわよ……『鎧身』」
武具から真っ赤な炎が燃え上がり、赤いスタイリッシュな鎧に包まれた。
炎蜥蜴を模した兜から月詠の声が告げる。
「パイラオフ、本気で来なさい。じゃないと……」
「じゃないと?……ッ!?」
首を傾げたパイラオフの背後に殺気。
頭頂部に生えてる斑模様のトラ耳にボソリと聞こえた。
「死ぬわよ」
直後、パイラオフの背中で爆発が起きた。
「ッガァッ!?」
衝撃でパイラオフは前のめりに転がる。
服の背中部分が破れ、白い肌は真っ赤に焼けただれていた。
「う、ぐ……あっつ、っ!?」
「遅い」
「ッぼえっ!?」
突如、目の前に真っ赤な鎧が現れ、ボディに強烈な一撃を貰う。
炎を載せた拳はパイラオフの腹部を焼き、甚大なダメージを与える。
「あがァァァァァァッ!!」
あまりの激痛にパイラオフは地面をみっともなく転がり、再び現れた月詠がパイラオフの腹部を思い切り踏みつけ地面に縫い止める。
「ぐがぁっ!!」
「……ねぇパイラオフ、貴女自分が死なないとでも思ってる? あたし、舐められたからにはもう楽しむの止めた、全力であなたを潰して先に進む」
「な、なめ……なにを」
「あたしは全力であなたに答えようとしたけど、あなたは違ったみたいね。悪いけどあたし、あなたの暇潰しの道具じゃないの」
月詠は、イラついていた。
もしかしたら拳を通して分かり合えるかも……そんな幻想があった。
だが、現実は違った。この少女は楽しんでるだけだ。爽快感や好敵手との戦いなど自分が求めていただけで、パイラオフは月詠を暇潰しの相手としか見ていなかった。
何故だろう、それがもの凄くカンに触った。
「さっさと本気を出しなさい。さもないと……ここで終わらせる」
「ぐ、な、舐めるなっ!!」
パイラオフは痛みを堪え立ち上がり、再び四足歩行へ変わる。
それだけじゃない、パイラオフから魔力が溢れ、その姿も変わっていく。
「………へぇ、玄武王と同じね」
そこに現れたのは、白黒の斑模様の白虎。
しろ丸よりも大きく凛々しい、そしてなによりも。
「綺麗………」
『アリガトね』
白黒の美しくしなやかな体毛は触れればサラサラしてるだろう。
月詠は少し悲しかった。何故なら、今からこの白虎を再起不能にするのだから。
「じゃ、本気で行くわ」
月詠はアクセルトリガーを取りだしスライドを引く。すると鎧の腰からジョイントが現れた。
「オーバードライブ・超鎧身」
鎧の各部が展開し、月詠の魔力に反応してマグマがあふれ出す。
パイラオフは本能で理解した。これはとんでもない強さだと。
『ウゥゥゥゥガァァァァァァァァッ!!』
パイラオフは虎のような雄叫びを上げ、月詠に飛びかかる。
圧倒的速度で襲い掛かり、瞬きの間もないくらい速く月詠を切り裂いた……が。
『え……ウソ』
パイラオフが切り裂いたのは、残像だった。
全力のパイラオフより、アクセルトリガーを使用した月詠は速かった。
「灼熱拳レーヴァテインよ、真っ赤に燃え上がれ。マグマの如く噴火せよ」
ザワッと、殺気を感じた。
月詠は、パイラオフの真下にいた。
パイラオフは、全く気が付かなかった。あり得ない速度で移動し、パイラオフに気取られる事無く四肢の間に潜り込み拳を構えてる。
『あ……』
パイラオフは動けなかった。
純粋に、死の恐怖を感じ動けなかった。
灼熱とマグマを纏う真っ赤な鎧の怪物に、心底恐怖した。
だが、もう遅い。
「灼熱の咆吼よ焼き尽くせ!! 『炎巨人の拳』!!」
灼熱のマグマに包まれ、パイラオフは宙を舞った。
「……………………ん」
パイラオフはゆっくりと目を開ける。
視界には魔界の空が映り、柔らかそうな雲と風の音が聞こえた。
「あ、起きた?」
「へ?」
そして、視界には月詠の顔がアップで写る。
どうやらパイラオフは、一本橋の上に寝かされているようだ。
「つ、ツクヨ? なんで……」
「あーその、ちょっと一言ね」
「え?」
パイラオフは自分の身体を確認する。
全身に火傷を負い、とくに手足がヒドい。回復までしばらく掛かりそうだ。
「手加減したから命に別状は無いわ。手足は仕方ないから我慢してね」
「…………殺さないの?」
「ええ。何故かしらね、あなたを殺す気にはなれない、その……楽しかったし」
「……でも、怒ってたじゃん」
「そりゃそうよ、あんたの言い方にムカついたからね。さっきも言ったけど、あたしはあんたの暇潰しの道具じゃないわ」
「ふーん……じゃあ何? ボクとキミは敵同士だよ、それ以外になにかある?」
すると月詠は何故か顔を逸らした。
「その、あのね……あたしも楽しかったのよ。あんたと戦ってゾクゾクした、太陽やウィンクとは違う緊張感………最高だった。本来の目的を忘れそうになるくらいね」
「…………」
「だからその……敵とかじゃなくて、ライバルとか」
「…………」
パイラオフは仰向けのままポカンとして……すぐに噴き出した。
それを見た月詠の顔が赤く染まる。どうやらかなり恥ずかしかったらしい。
「あははははっ!! ライバルって……ボク、キミに完膚なきまでに叩きのめされたんだよ? 『魔性化』を使って力を解放したのに手も足も出なかった。そんなボクをライバル? ボクはキミより格下だよ?」
「だったら、強くなりなさいよ。あたしと同じ位ね……どうせ、退屈なんでしょ?」
「…………」
「ま、そういう事よ」
すると突然、爆発音のような音が聞こえた。
何事かと思い音の方を振り向くと、上空に巨大な白い鳥が見えた。
「な、なにあれ……」
「あー……アレ、アルマーチェの魔性化だね。どうやら押されてるみたいだ」
「アルマーチェ……煌星」
「どーするの?」
「………煌星なら平気よ。きっと勝つわ」
月詠は立ち上がり、天魔王城を見る。
「じゃ、行くけど……」
「ん、じゃあね」
月詠は一瞬だけパイラオフを気にしたが、すぐに止めた。
怪我の心配をするのは筋違いだし、ここでパイラオフを心配するのはパイラオフに対する侮辱だ。だから前を向き、先に進む。
パイラオフはゆっくりと這い、一本橋の柵にもたれ掛かった。
「はぁ……こりゃ『白虎王』は返上だなぁ」
天魔王の配下である自分が戦闘で負けた。そして敵に心底恐怖してしまった。
こんな情けない姿でゼルルシオンの前に出るのもおこがましい。パイラオフは空を見上げた。
「………あは」
惨敗だった。本気を出したのに勝てなかった。
それでも、不思議と心は満たされていた。




