205・プラチナの煌めき⑥/ミレイナとコウタ
*****《ミレイナ視点》*****
その日は、いつもと違った。
城に勤務するメイドや執事、料理人や清掃員は、数カ所の多目的ルームに集められた。
何の仕事かと思ったが兵士から一言、『指示があるまで部屋から出るな』と言われただけ。
噂好きのメイドはすぐに理解した、これが兼ねてより言われていた魔騎士部隊や魔天術士部隊が総出で対処しなくてはならない討伐任務だと。
多目的ルームでは噂話が飛び交う。
獣魔四天将が総出で掛からなければならない大物だとか、魔王の弟妹であるグレミオとミューレイアが出なくてはならないほど危険な任務だとか、魔王様自ら出向くとか……そんな、のんきな会話が部屋のあちこちで繰り広げられていた。
そんな部屋の隅で、ミレイナとバレッタは話している。
「ねぇミレイナ、もしかして……」
「うん、たぶん……コウタさん達だと思う」
この多目的ルームで、ミレイナとバレッタしか知らない話だった。
バレッタは半信半疑だったが、ミレイナは確信している。恐らくはコウタがシャイニー達と勇者パーティーを連れて、魔界へ来たに違いないと。
「………どうするの、ミレイナ」
「………」
ミレイナの答えは決まっている。
ここは、自分の居場所じゃない。人間界のアガツマ運送会社こそ、ミレイナが帰る場所だ。
「バレッタ、私……」
「はぁ、わかってるわよ。一緒に仕事してわかったわ、あんたどこか身が入ってないしね。仕事はキッチリこなすけどなーんかつまんなそうだったし」
「え、その……ご、ごめん」
「あぁもう、責めてるんじゃないの。ミレイナの居場所はここじゃないってのはよくわかったわ、でも……ちょっと淋しいかな」
「バレッタ……」
バレッタは頬をポリポリ掻きながら、恥ずかしそうに言う。
「いやーその、なんとかしてあんたをウチの喫茶店に引っ張れないか考えてたんだけどねー……でも、必要なかったみたい」
「あ………」
バレッタの優しさは、ミレイナの身に染み渡る。
間違いなくバレッタはミレイナの親友だ。一緒に仕事をして、食事をして、ちょっぴりお酒も飲んだりした。ミレイナが淋しくなかったのは間違いなくバレッタのお陰だ。
「バレッタ、バレッタも一緒に」
「ストップ」
「んむ……」
バレッタは、人差し指をミレイナの小さな唇に押し当てる。
ミレイナは目をぱちくりさせるが、ようやく気が付いて自分の言動を恥じた。
「ミレイナ、あたしの喫茶店……いつか来てね」
「………うん、バレッタ……ありがとう」
多目的ルームの隅で、二人は抱擁を交わした。
そして、入口のドアがゆっくりと開かれた。
*****《コウタ視点》*****
タマの案内で、トラックは廊下を進む。
敵地とは言え、高そうな絨毯の上をトラックの頑丈なゴムタイヤで走るのはやはり気が引ける。よーく見ると走った跡にタイヤ痕が……申し訳ありません。
そして、豪華な装飾が施された階段が見えた。
「ケツ穴、スタンバイ完了。行きます!!」
ケツに力を込め、アクセルを踏んで階段へ。
恐ろしい衝撃がケツを襲う。荒れた登り砂利道みたいな振動で車体が揺れ、俺のケツと腰に深刻な負荷が掛かる。
「ぐおぉぉぉぉぉっ!!」
『ひょわぁぁぁぁっ!? に、兄さん揺れとるぅぅぅっ!!』
「仕方ねーだろが、我慢しろ!!」
いつの間にか助手席に移動したカイムがコロコロ転がる。
あれ、そういえば戦いばかりでしろ丸の事をすっかり忘れてた。
「かか、カイムっ、しろ丸、はっ?」
『ああ、あのお方なら、寝とる、でっ!!』
階段にガタガタ揺られながら話す。
ようやく階段を登り切り、俺はケツと腰を擦る。
「ね、寝てるのか?」
『ええ、床をコロコロ転がりながら寝とりましたで』
うーん、可愛い。
しろ丸を抱きしめて俺もコロコロ転がって寝たいね。でもそれはおあずけ、まずはミレイナを救出だ。
しろ丸は戦力としてはかなりの強さだけど、元の姿に戻るには相当なエネルギーが必要だ。
変身に必要なエネルギーは食事で摂取し、普段の小さな姿は節電モード、本来の白狼の姿は今となってはかなり無理した姿らしい。
それもそのはず、しろ丸は一度オセロトルに殺され、肉体を作り変える事で辛うじて生き長らえた。おかげで思考力や運動性能も低下、柔らかくフワフワのバレーボールサイズの愛らしい姿になってしまった。
白狼形態は、いつかオセロトルと戦うため忘れないように、しろ丸の脳裏に焼き付けてある『臥狼ヴァルナガンド』の記憶を呼び覚まし、バレーボールサイズの身体に無理矢理反映させるらしい。よくわからん。
まぁ何が言いたいのかというと、しろ丸に無理はさせられんって事だ。このままのんびりと寝かせてやろう。
タマの案内で廊下を進み、なんの変哲もないドアの前に到着した。
「······ここか?」
『肯定』
どうやらこのドアの向こうにミレイナが居るらしい。
「······よし」
俺は念の為準備しておいたボディアーマーを装備し、拳銃をガンベルトに挿してカービン銃を手に取る。
フルフェイスヘルメットを被ると誰だかわからないので、イヤホンだけを耳に付けた。
「タマ、頼むぞ」
『了解。社長の身に危険が迫ると判断した場合は発砲します』
「殺すなよ」
『了解。暴徒鎮圧弾を使用します』
サイドミラーが変形し機銃に変わる。
それを確認した俺は、カービン銃を持ってトラックから降りた。
「·········行くぞ」
流れる汗を手で拭い、深呼吸をしてドアノブに手を掛ける。
中にミレイナがいる事は確認した。非戦闘員の魔族ばかりというのもトラックのセンサーで確認してる。
だが、ここは俺一人しかいない。
シャイニー達も太陽達もボスキャラと戦闘中だ。
でも、今回の俺は違う。ミレイナを救うと言ったのも俺だ、だったらここでミレイナを助けるのは俺なんだ。
俺は精一杯の気合の表情でドアを開けた。
部屋に入った俺は、反射的にカービン銃を構える。
まぁ銃がない異世界じゃ脅しにもならんけど。それにポーズもなんちゃって軍人みたいでカッコいいのか悪いのか。
「こ·········コウタ、さん?」
そんな下らない考えも柄の間、部屋の隅にミレイナがいた。
可愛らしいメイド服を着て、同世代の少女と抱き合っている。
「ミレイナ······はは、ミレイナだ」
「コウタさん······コウタさん、です」
何かを察したのか、ミレイナと抱き合っていた少女はミレイナの背中を押す。その表情は笑っていた。
「ほら、行きなよミレイナ」
「あ······」
ミレイナは押され、俺の目の前に。
俺はカービン銃を下ろし、ミレイナを正面から見た。
「あー、その······無事か? 変な事はされてないか?」
「······はい」
「えーと、メイド服か。スーツ姿もいいけどメイド服もいいな、似合ってるぞ」
「······はい」
おい、俺は何を言ってんだ。
うぅん、なんか久しぶりで声が出ない。
「コウタさん」
「ん······おわっ!!」
ミレイナは、俺に正面から抱き着いた。
ちくしょう、ボディアーマーじゃなかったら、しろ丸に負けず劣らずフワフワのミレイナおっぱいの感触が。
「信じてました······必ず来てくれるって」
「······当たり前だろ」
俺はミレイナを優しく抱きしめる。
すると、何故か部屋にいた魔族の方々が拍手した。
「いいぞ兄ちゃん!!」「ったく、最近の若いモンは」「キスしろキス!!」
なんだこの人達、見た目は普通の人間なのにやたらフレンドリーだし、思考がオッサンみたいだ。
というかこの人達、俺が人間だって知ってるのかな。
「あの、コウタさんですよね」
「え、ああどうも、コウタです」
ミレイナと抱き合ってた少女が俺の前に来た、というかミレイナを抱きしめたままで恥ずかしい。
「ミレイナをよろしくお願いします。この子、ずっとあなたに会いたかったみたいで」
「ば、バレッタ!!」
そうなのか。実は俺もだから安心してくれ。
よし、目的は達成したしあとは引き上げるだけ。俺はミレイナを促して室外へ。
「ミレイナ、元気でね」
「バレッタ······」
「いつか必ず······あたしの店に遊びに来てね」
「うん、約束」
ミレイナが少女と別れを済ませ、部屋を出る。
機銃を向けたままのトラックを見て、ミレイナは微笑む。
「お久しぶりです、タマさん」
『お久しぶりですミレイナ様』
俺達はトラックに乗り込み、シートベルトを締める。
「よし、帰るぞミレイナ!!」
「······はい!!」
よーし、みんなを回収してさっさと帰るぞ。
そう思ってた。
だけど、本当の戦いは始まってすらいなかった。