203・紅の勇者ツクヨvs白虎王パイラオフ①/スピードクイーン
*****《コウタ視点》*****
煌星と別れ、天魔王城へひたすら走る。
グレミオが言った事は事実らしく、町中には敵の影は全くなかった。どうやら本当に都市外の平原に戦力を集中させてるみたいだ。
「外は大丈夫かな······」
「問題ないと思います。シャイニーさんやウィンクもいるし、クリスも居ます。ところで······キリエさんは何者なんですか? あれほどの大魔術、それこそクリスでも詠唱出来るかどうか」
「あー······まぁ、キリエは凄い魔術師って事にしといてくれ」
「······わかりました」
キリエが『聖王』って事は知らせないほうがいい。
ここが魔界だからこそキリエは遠慮なく魔術を使えるんだろうし、人間の目がない今は正体が露見することも無い。
トラックは順調に進み、ついに見えてきた。
「お、あれか」
「あれが天魔王城······魔王のいる城」
テンプレなお城って感じだな。
悪いけどトラックで入らせてもらうぜ。トラックから降りたら俺は生身、一般兵より雑魚いからな。
まず、城へ入ったらタマにミレイナの位置をサーチしてもらう。そして城内をトラックで進みミレイナを回収、そのままおさらばだ。
いろいろ問題がありそうだけど、まずはミレイナの回収が最優先。囚われのお姫様を助ける救世主として華麗に参上してやるぜ。
問題は、俺の戦闘力くらいだ。
こちとら雑魚も雑魚の一般人だ。化物の亀に攫われたお姫様を助ける配管工みたいな強さは持ち得ていない。
トラックに乗ったまま土足で人様の城に踏み込むのに抵抗はあるが、ミレイナを無理矢理攫った奴らに遠慮はしない。ちょっと意味が違うかもしれんけどな。
城前の巨大な石橋に到着し、一時停止する。
「いよいよだ······月詠、コハク、行くぞ」
「はい、ミレイナさんを助けましょう」
「邪魔するやつはみんな殴る。ふんす」
頼りになる女の子だぜ。
コハクが先行し、トラックも後に続いて走り出す。
石橋は横幅が広く、四車線ほどの広さがある。とりあえず堂々とド真ん中を走らせてもらいます。
「あー·········緊張してきた」
「大丈夫ですよ、あたし達が付いて」
「止まって!!」
バンボディの上にいる月詠と話していると、コハクが叫んだ。
俺が反射的にブレーキを踏むと同時に、月詠がトラックから飛び降りた。
「ど、どうし」
「ツクヨッ!!」
「わかってます!!」
俺はワケもわからず首を傾げていると、月詠とコハクが腕を交差した。
そして、二人の身体が吹き飛んだ。
『警告。警告。敵影を確認。警告。警告』
今更なタマの警告。
戦いは、既に始まっていた。
コハクと月詠は同時に振り向き、トラックを見た。
もちろん、俺を見たのではない。バンボディの上に立つ一人の女性だ。
「へぇ、ボクの動きが見えたのかい? にゃふふ、こりゃ楽しめそうだ」
そんな、楽しそうに若い女性の声が聞こえた。
フロントガラスには、お尻を高く突き上げて両手をアルミボディに添える、四足歩行の獣がいた。
お尻からはフサフサした白黒の縞模様の尻尾がユラユラ揺れ、白黒の混ざったショートヘアの頭頂部には白いトラ耳が見えている。しかもこの子、かなり体付きがエロい。
「······あなたも四天将ね?」
「そうだよ。天魔王直属部隊『獣魔四天将』の一人、パイラオフ。よろしくね」
パイラオフ······確かに、いいパイを持ってやがる。
前屈みなので豊かな胸元がよく見える。しかも着てる服の生地が薄いのか、先端部分の形も······ほほう。
俺の思考を読んだのか、パイラオフが表示されてるモニターだけ胸元がアップされた。タマの野郎、気が利くじゃねーか。
「一度だけ言うね、魔神器ちょうだい?」
「嫌よ」
交渉はあっさり決裂。
コハクと月詠が構え、パイラオフも前屈みの戦闘スタイルへ。
なんかマジバトル多すぎる。マジで早く帰りたいぜ。
「ボクは優しいから殺しはしないよ、でも覚悟はしてね?」
そして、パイラオフは消えた。
月詠がガードしてコハクが飛び出したのは見えた。そしてコハクの身体がくの字に折れ、月詠が左手で右手首を掴んだ瞬間、何かが爆ぜる音が聞こえた。
「······やるじゃん」
「コハクさんのおかげです」
「ぐ······けほっ」
俺には理解出来なかった。
タマの解説によると、コハクが飛び出したと同時にパイラオフがコハクにボディブロー、そしてコハクに気を取られ一瞬動きが止まり、月詠が先にパイラオフの腕を掴んだ······らしい。
するとパイラオフは月詠の手を振り解き、コハクを見る。
「キミのニオイ、知ってる······」
「え······わたしは知らないよ」
「なんだろう、元々のニオイに何か混ざってるような······うーん」
パイラオフは腕組みをして考えるが、月詠の容赦無い拳が飛んだ。
「おっと」
「余所見とは、随分余裕ね······」
「にゃふふ、そうかな? キミのスピードは見切ったからもう当たらないよ。それ故の余裕ってやつさ」
「ふぅん、ナメてくれるじゃない」
チリチリと月詠とパイラオフの空間が歪む。
コハクも立ち上がり、少し距離を取った。
「コウタさん、ここはあたしに任せて先へ。ミレイナさんを」
「お、おう」
「ツクヨ、がんばって」
コハクはあっさりと振り返り、城へ向けてダッシュした。
俺もコハクの後に続いてギアを入れてアクセルを踏む。
「おっと、行かせないよ」
「それはこちらのセリフよ」
月詠がパイラオフの前に立ち塞がる。
二人の間に流れる空気は、燃えるように熱かった。
*****《勇者ツクヨ視点》*****
月詠は、一人で戦う不安が全く無かった。
恐らくだが煌星や太陽もだろう。自身の身に感じる魔力の流れ、そしてその力強さが物語る。
「さぁて、始めようか。にゃふふ、実は勇者と戦うの楽しみだったんだよねー」
「そう、良かったわね」
四足歩行のパイラオフは、月詠の前から一瞬で消えた。
月詠は構えたまま微動だにせず、全身に魔力を漲らせ集中する。
そして、真横から突き出されたパイラオフの手刀を、右手だけ動かして掴み取った。
「な······」
「やっぱり、間違いない」
ギリギリとパイラオフの手首を握り締め、パイラオフの顔が苦痛に歪む。
パイラオフは右手首を掴まれたまま、脇腹を狙ってハイキックを繰り出す。しかし足を上げた月詠にガードされた。
「この、離せっ!!」
「······」
「いっぎ······ぐぁ」
月詠の握力は、魔力を加えると三〇〇キロを超えている。
ギシギシとパイラオフの骨が軋み、握り砕かれる寸前で月詠は手を開放した。
「太陽や煌星も言ってたの······身体に違和感があるって」
「はぁ?」
「あたしも思ってた。何かが噛み合わないような、ズレてるような感覚······この世界に来たときから感じてた正体、それは膨大な魔力を持て余してたズレ。数多の戦い、そしてアレクシエル博士の調整を経てようやくモノにした」
「な、何いってんの?」
「ようやく、あたし達は『勇者』に相応しい力を手に入れた。あたしの場合、コハクさんとの模擬戦がきっかけだけどね」
月詠は、パキパキと指を鳴らす。
ずっと持て余してた勇者の魔力を、ようやく全力で使える。
「太陽や煌星もきっと感じてる。あたし達、異世界人の魔力の凄さに」
「·········こ、こいつ」
パイラオフは、月詠から感じる魔力に戦慄した。
先程とは違う、濃厚で熱い魔力の波動を。
身体の準備は既に完了していた。王国での厳しい訓練に、専用に作られた武具、そして死線も潜り実戦で鍛えられ、アレクシエルにより武具と完全に同調した。
足りなかったのは、自覚。
だが、タイマンという条件と頼れるのは己のみという自覚が、勇者としての力を覚醒させた。
「パイラオフ、あんた、スピード勝負がしたいのよね。だったら付き合ってあげる」
「······面白いじゃん」
月詠はその場で軽くジャンプし、パイラオフは再び四足歩行スタイルへ。
「行くわよ」
「いつでも」
二人は睨み合い······爆ぜる。
戦いの火蓋が切って落とされた。