201・プラチナの煌めき⑤/ミレイナと天魔王ゼルルシオン
*****《ミレイナ視点・天魔王城》*****
コウタ達が魔界に入る前、ミレイナは天魔王城のメイドとして再び働き始めた。
メイドの仕事は大きく分けて二つ。天魔王城内の清掃・雑務と、魔騎士部隊や魔天術士部隊の世話などだ。
メイドは交代でスケジュールを組み、いくつかのチームに分かれて仕事をしていた。
日の出と共に起床して朝食の支度と庭の清掃。それが終わったら騎士や魔術師の朝食の世話を行い、片付けをする。そしてメイドの達の朝食を急いで済ませ、各チームに分かれて仕事を始める。
訓練が終わった騎士や魔術師の汚れ物を洗濯したり、天魔王城内の清掃をする。交代で休憩を取りながら昼食を済ませ、午後も清掃と夕食の支度をする。
ミレイナは、天魔王城に連れ戻された翌日から仕事を始めていた。
メイド仲間はミレイナの帰還を歓迎し、バレッタと同じチームに編入させた。グレミオのミレイナに対する歪んだ欲望はメイド内でも評判だったので、少しでもミレイナが安心するように気を遣ったからである。
それから数日、ミレイナにとって久し振りの仕事だったが、次第に勘を取り戻し始めていた。
現在、メイド達の朝食を終えて、ミレイナとバレッタは客室の清掃をしていた。
「ミレイナ、こっち手伝って」
「はーい」
バレッタに呼ばれ、ミレイナはベッドメイキングを手伝う。
この客室は、別の地域からゼルルシオンに謁見するために来た要人の護衛が使った部屋である。
「よし、さんきゅミレイナ」
「うん。じゃあ最後にチェックして終わりだね」
ミレイナとバレッタは清掃した客室のチェックをし、掃除道具を纏めていた。
「ミレイナさー、大丈夫なの?」
「え?……なにが?」
「いや、フツーに仕事してるけど、帰るために何かしないの?」
「何かって……」
「そうね、例えば……もう一度転移魔道具を使うとか、この天魔王城内で反乱の準備をするとか!!」
「あのね……」
明るく話すバレッタはとても楽しそうだ。
ミレイナは苦笑すると、バレッタに向き直る。
「私に出来る事は、たぶん無いよ。コウタさんはきっと来てくれる………来てしまう。だから、その時まで私はここで出来る事をするの」
「それがメイド?」
「うん。頑張って仕事をするのは間違ってないよ」
「そんなモンかねー……」
バレッタは、わざわざ腕組みして唸っている。
この少女はどこまでも明るく、頼りになるとミレイナは思った。
「私のことより、バレッタはどうなの? お金は貯まったの?」
「ふふん、実はもうチョイなんだよね」
バレッタの実家はヒュブリス内で喫茶店を営んでいる。
だが、実家は古めかしく設備も悪く、都市の一等地にありながら客足はイマイチ。両親は趣味で経営してるような喫茶店なのでいつ閉店してもいいと考えている。
そこでバレッタが経営を引き継ぎ、自分好みの喫茶店を作ろうとした。だがバレッタの両親は資金援助するつもりはないと言うので、お金を稼ぐために給金の良いこの天魔王城のメイドに応募したのだ。
天魔王城のメイドはヒュブリス内でも人気の職業で、従業員募集の時期が来るとたくさんの応募者が集まる。バレッタも求人にダメ元で募集したら、なんと受かってしまったのだ。
それからバレッタはこの天魔王城でメイドとして働いている。給金は全て貯金し、喫茶店リフォーム資金を稼ぐために毎日激務に耐えていた。
「あーあ、ミレイナが私の店で働いてくれたらなー。ミレイナ目当てのお客さんでガッポリ儲けられるのに」
「あはは、私目当てなんて…………」
ミレイナは、アガツマ運送会社での日々を思い出す。
コウタやシャイニー、コハクが配達に出かけた直後に現れる馴染みの男性客。
発送商品と合わせてミレイナとキリエにプレゼントを用意したり、それがニナに見つかり冒険者達から白い目で見られたり、ミレイナがちょっと声を掛けると飛び上がって喜んだり……ミレイナ目当てというのも間違っていない。
「ミレイナ? どしたの?」
「い、いえ、別に」
「ふーん、それより……実はさっき、魔天術士と魔騎士の人達が喋ってたの聞いたんだけど」
「何?」
バレッタは、客室内なのにキョロキョロすると、ミレイナに顔を寄せて小声で話す。
「あのさ、魔騎士部隊や魔天術士部隊の全部隊に招集が掛かったみたい。なんでも、近いうちに大規模なモンスター討伐を行うから、最低限の人員を残して全部隊が出兵するそうよ」
「全部隊って……」
「噂じゃ『勇者』じゃないかって。噂だけど……もしかしてミレイナ、迎えが来たかもね」
「………」
来るとしたら、トラックに乗ってくるだろう。
ミレイナは、複雑な気分だった。来てくれるのは嬉しいが、はっきり言ってこれはワナだ。バレッタの言う事が真実なら、グレミオは万全な状態でトラックを出迎えるつもりだろう。
「ま、まぁメイドのウチらには関係無いよ。仕事仕事、稼がなきゃね」
「………うん」
ミレイナは、小さく頷いた。
ミレイナは、一人で天魔王城の通路を歩いていた。
仕事も終わりバレッタとも分かれ、自室に戻る途中である。昔はよくグレミオやミューレイアがちょっかいを出してきたが、最近は二人も忙しいのか全く出会わない。
その事に安堵しつつ、早く自室に戻ろうと歩を進めていた。
「あ……」
ミレイナはとある通路の前で立ち止まり、その奥を見る。
日も落ちて薄暗いが、通路の先は何本もの蝋燭で照らされているので明るい。
「確か、『守護龍の間』だったかな」
そこは天魔王城の中にある、大きな礼拝堂。
このプライド地域の守り神である『守護天龍ヴァルファムート』の石像が安置されてる部屋であり、城の関係者だけでなくヒュブリス内の住人も礼拝をする。
「…………」
ミレイナは通路の奥をジッと見つめ、小さく頷く。
この時間帯なら誰もいないだろうと思い、守護天龍の石像にコウタや勇者パーティー達の無事と安全を祈願しようと考えた。
「コウタさん、みんな……」
コウタ達の顔を思い浮かべるだけで、胸が切なくなる。
何も出来ない自分には、祈ることしか出来ない。だからせめて精一杯祈ろうと、守護龍の間へ向かって歩き出した。
「でも、魔界の神様に安全を祈願するのもヘンかな……」
そんな事を考えながら、礼拝堂のドアを開けた。
「…………あ」
「…………」
そこで、出会ってしまった。
礼拝堂の奥、守護天龍ヴァルファムートの石像前に佇むゼルルシオンに。
ミレイナは礼拝堂の入口、ゼルルシオンは最奥に展示されている『守護天龍ヴァルファムート』の石像前に立っていた。
礼拝堂の天井は一面ガラス張りになっており、礼拝堂内のロウソクの明かりと月と星の煌めきで室内はかなり明るい。
優しい月明かりの光が、ミレイナとゼルルシオンのプラチナの髪をより一掃美しく光らせていた。
二人の髪は全く同じ輝きを見せ、その美しさはまるで宝石のような……いや、宝石以上の美しさだ。もしこの場にミューレイアがいれば、さぞかし嫉妬したであろう。
ゼルルシオンとミレイナは、無言で見つめ合う。
「…………」
「…………」
ミレイナは確信する。同じ血を分けた兄妹であるのは間違いないと。
ゼルルシオンとミレイナは、髪も目も全く同じ輝きだ。もし兄妹だと言えば、誰もが信じるであろう。
ミレイナは、勇気を出してゼルルシオンに話しかけた。
「あ、あの……」
「………」
距離は決して遠くない。
グレミオとミューレイアの紹介で、ミレイナが妹であるのは知ってるはずだ。
だが、ゼルルシオンは全く関心が無いようなそぶりで、再び石像を見上げた。
「守護天龍、ヴァルファムート……」
そう言いながら、ミレイナはゆっくりとゼルルシオンに近付く。
礼拝堂一番奥にある、高さ二〇メートル以上横幅も三〇メートルはある巨大なドラゴンの形をした石像だ。この石像の制作者は不明であり、このヒュブリスの国宝の一つでもある。
微動だにしないゼルルシオンの隣にミレイナは立つ。何故か拒絶されない、そんな気がした。
ゼルルシオンの隣で、ミレイナは手を合わせる。
コウタ達の無事を願い、このプライド地域の守り神に祈る。
「…………」
「あの、その……私、あなたの」
妹、そう言おうとした途端、ゼルルシオンは踵を返す。
まるで、それ以上は聞かない、そう言ってるような気がした。
「あ……」
ミレイナは、その後ろ姿に手を伸ばす。
ゆっくりとした足取りで去って行くゼルルシオンは、止まらず進む。
そして、礼拝堂入り口まで進み、ドアに手を掛けた。
「………………い」
「え?」
ポツリと、ゼルルシオンが何か呟いた。
それを聞き返す間もなく、ゼルルシオンは礼拝堂から立ち去った。
「…………」
ミレイナは、手を伸ばしたまま止まっていた。
ゼルルシオンの最後の言葉の意味が、全くわからなかった。
「………『顔がない』って、どういう意味……?」