196・トラック野郎、ワナに嵌まる
平原の先に、大きな人工の壁が見えた。
中の様子は見えないが、巨大な塔のような物が見える。そしてそれ以上に気になったのが……トラックの前方に立つ、灰色の礼服を着た少年。
中性的な容姿に、ややくすんだプラチナの髪、腰にはゴテゴテした黒い剣を下げ、ピシッと背を伸ばして立っている。まるでトラックを出迎えるかのように。
「………誰だ?」
『警告。警告。敵反応アリ。推定戦力災害級危険種を凌駕。警告。警告』
「………」
ザワッとイヤな汗が流れる。
あの子供、そこまでヤバいのか。
「タマ、車内放送。太陽達を呼んでおいてくれ」
『畏まりました』
俺はゆっくりとトラックを前進させ、一〇メートルほど離れた場所で停車。
念のため拳銃を取りだしておく。もちろん、こんな子供に向けて引き金を引く覚悟はない。
すると、目の前の少年はゆっくりと歩き出し、トラックの正面五メートルまで来た。
運転席の俺と目が合い、少年はニッコリ笑い一礼する。
「初めまして、不思議な乗り物の運転手」
「え、ああ……どうも」
おい俺、どうもじゃねーだろ。
得体が知れない以上、絶対にトラックから降りないからな。
「おうおう、誰だよオメーは!!」
「え」
そう思った瞬間、太陽のアホがトラックから降りた。
しかもゾロゾロと勇者パーティー達がトラックから降り、コハクとシャイニーまで一緒に降りる。
「………マジかよ」
「申し訳ありません社長、止められませんでした」
キリエが申し訳なさそうにしながら助手席に座り、手に持っていたしろ丸をフカフカする。
すると、いつの間にか寝台スペースに隠れていたカイムが、少しだけ顔を覗かせながら震えた声で言った。
『に、兄さん………ありゃマズイで、ありゃ……』
「おいカイム、どうした?」
『あ、ありゃ……ありゃ、ありゃマズイで』
カイムはガタガタ震え、尋常じゃない震えだった。
俺はフロントガラス越しにニコニコしてる少年を見るが、太陽達と対峙してるのに全く表情が変わらない。
すると太陽が一歩前に出て言う。
「お前、誰だ? なんでここにいる……まるでオレ達を待ってたみてーじゃねーか」
「ははは、そりゃそうさ。人間界から来た勇者達に、得体の知れない金属の乗り物を操る人間。キミ達がここに来たのは、ミレイナ姉さんを取り返しに来たんだろう?」
その答えに、月詠の眉がピクリと反応する。
「……何故、その事を知ってるの?」
「知ってるさ。だってミレイナ姉さんが残したメモを、ワザと破棄しないでおいたんだから。そうすればお人好しのキミ達は絶対に助けに来る。そこでボク達の目的である、人間界製の『魔神器』を回収、そしてそこの金属の乗り物を貰い受けるって算段さ」
「まぁ、随分と調べてますわね……」
「まぁね。人間界にはたくさんの魔族を送り込んでるから、キミ達が思ってる以上に人間の情報は集まってるんだよ? ちなみに、ホーリーシットとオーマイゴットの戦争も魔族が関与してる。人間の中に魔族を紛れ込ませて、上層部を上手く煽ったからね」
「う、うそ……じゃあ、あなたが!!」
「ま、そんな終わった事はどうでもいい。さっそくだけど、キミ達が使ってる武具を貰えないかな? 今ココでくれるなら、命は見逃してあげる」
「ふざけんなクソボケ。逆にこっちが言ってやる……ミレイナさんを返せ、そうすればテメーの命は見逃してやってもいいぜ」
おいおい、メッチャ険悪な雰囲気になってきた。
でも、数では圧倒的にこっちが勝ってる。あの少年は一人だし、太陽達に加えてシャイニーもコハクもいる。
だが、少年の余裕は変わらなかった。
「ははは、キミは面白いね………そうだ、自己紹介がまだだったね」
少年は優雅に一礼し、顔を上げる。
たったそれだけの動作なのに、俺の背中に冷たい汗が流れた。
「ボクの名は『グレミオ・サザンクロス・ヴァーミリオン』。誇り高き魔王族にして『天魔王ゼルルシオン』の実弟であり、魔騎士部隊総団長にして軍の統括司令官さ」
つまり、目の前の少年は敵の大将クラスだった。
敵の大将クラスが目の前にいても、太陽の表情は変わらなかった。
「つまり親玉クラスか。ちょーどいいじゃん、コイツをブチのめしてミレイナさんを解放して貰おうぜ。ウダウダ作戦考えるより楽でいいや」
「………確かに、それしかないわね」
「はい、わたくしもそう思います」
意外にも、月詠と煌星も同じ考えだった。
クリスとウィンクは何も言わずに武具を取りだし、シャイニーとコハクは成り行きをジッと見守ってる。
するとキリエがしろ丸をモフモフしながら言う。
「この場に大将クラスがいるという事は、私達の存在や作戦など全てお見通しなのでしょうね………やられました、どうやらあちらが一枚上手でしたね」
「いやいや、だってあのガキ一人じゃん。捕まえるなりぶちのめすなり……」
「社長。何の策もナシに大将クラスが姿を見せるとでも?」
「う……」
「恐らく、退路は既に封鎖されています。彼らが転移の魔術を扱える以上、私達の通ったルートには既に兵士やモンスターが配置されてる可能性があります」
「じゃ、じゃあ、やっぱアイツを倒すしか」
俺がそう言った瞬間だった。
上空に無数の魔方陣が現れ、モンスターがボトボト落ちてきた。
そして足下にも無数の魔方陣が現れ、甲冑を纏った鎧騎士が何人も現れたのだ。その数は一〇〇や二〇〇じゃ利かない、一〇〇〇、二〇〇〇……もっといる。
この平原全体をモンスターや鎧騎士が囲んでいた。
「わ………ワナ、か」
「そのようです。もしかしたら、狙いは初めから私達、いえ勇者パーティー達だったのかも」
キリエさん、めっちゃ落ち着いてますね。
「ヤバい、肝心な事を忘れていた……」
「社長?」
モンスターならまだいい。でも、相手は魔族といえ人間の姿をしてる。
ぶっちゃけ、二〇〇〇や三〇〇〇のモンスター相手なら何とでもなる。だけど人間を殺す事は俺には出来ない。その覚悟が出来ていない。
俺は冷や汗を流し、太陽達を見つめた。
*****《勇者タイヨウ視点》*****
敵の大将クラス……グレミオの近くに、いくつのも魔方陣が展開される。
中から鎧騎士や飼い慣らされたっぽいモンスターが無数に現れ、平原いっぱいに騎士やモンスターで埋まった。
「………最初から、ワナだったのね」
「そ、狙いはキミ達の持つ人間界製の『魔神器』さ。ミレイナ姉さんを連れ戻すついでに思いつきで試したんだけど、こうも上手く行くとは思わなかったよ」
月詠がグレミオを睨み付けるが、グレミオはケラケラ笑う。
メッチャ勘に触る笑い声だ。やっぱコイツぶちのめしたい。
「さ、どうする? 魔神器とあの乗り物を渡せば見逃してあげてもいいよ。まぁ生身でコロンゾン大陸に向かえば数分でモンスターのエサだけどね」
「………渡さなかったら?」
「あはは、聞かなくてもわかるだろ? キミ達を殺して死体から拾うだけさ」
答えは決まってるが、渡すわけない。
すると、シャイニーさんが前に出た。
「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」
「なに?……あ、お姉さん、あの時ボクが眠らせた人だよね?」
「そうね。ところで、ミレイナはどこ?」
「ミレイナ姉さん? ああ、ミレイナ姉さんなら『天魔王城』にいるよ」
「天魔王城……あそこに見える大きな建物ね。じゃあもう一つ、ミレイナは望んで帰ってきたワケじゃないわよね?」
「そーだね。口には出さないけど、きっと人間界に帰りたがってるんじゃないかなぁ……まぁ、帰れないし、ミレイナ姉さんの家はここだからね」
「そう……それだけ聞ければ十分ね」
シャイニーさんは『親愛双剣ナルキッス&セイレーン』を抜きクルクルと回転させて構え、コハクさんは両拳を打ち付けて拳を突き出した。
「あんたら、もう難しい事を考えなくていい……コイツら全員ぶちのめして、ミレイナを連れ帰るわよ」
「わたし、がんばる」
それを見たオレ達は、覚悟を決めた。
「ま、それしかねーな」
「いい、大技の使いすぎには注意よ」
「アシスト、サポートは任せて下さい」
「私、やっちゃうよっ!!」
「ウツクシー王国主席槍士ウィンクブルー、押して参る」
それぞれの武具を構え、臨戦態勢になった。
「あははっ!! いいねいいね、やっぱりそう来るんだ、ふふふ、楽しくなってきた!!」
グレミオは剣を抜き、漆黒の刃をオレに向ける。
オレは黄金の剣グロウソレイユをグレミオに向ける……コイツ、かなり強い。
「雑魚は任せる。アイツはオレがやるぜ」
さぁ、戦いの始まりだ。