191・閑話/その頃のアレクシエル
*****《アレクシエル視点》*****
商業都市ゼニモウケに存在する最高級宿屋『タイムイズマネー』の最上階に、アレクシエルとリーンベルは部屋を取っていた。
「ふぁ·········リーンベル、お茶」
「はい、ただいま」
リーンベルが紅茶を淹れるのを尻目に、アレクシエルは窓際に移動して窓を開けると、温かい空気を胸いっぱいに吸い込む。
「はぁぁぁ〜〜〜·········退屈ね」
「ラボの完成は一月後ですし、スゲーダロに置いてきた研究資料も本もまだ届きませんからね。しばらくはゆっくりなさるのも」
「退屈すぎよ!! まーったく、この町はモノが溢れてるクセに、あたしの想像力を掻き立てるような面白いモノがなーんにもない!! あぁ、あのトラックを解明したい······」
リーンベルは窓際の椅子にアレクシエルを座らせ、淹れたての紅茶をテーブルに置く。
「それなら、お買い物でもどうですか? それに、たまには外で食事でもしましょう」
「えぇ〜〜、人混みヤダ」
「もう、この一週間、宿に引き篭もりっぱなしでロクに動いてないじゃないですか。そんな事では身体に悪いですし、太っちゃいますよ」
「うぐ。べ、別に太ってないし、頭脳労働でカロリー使ってるし······」
「頭脳労働? なにかしましたっけ?」
「むー······」
「ふふ、それに······健康的な女の子は、コウタ殿の好みだと思いますよ?」
「なっ!?」
アレクシエルは顔を赤くして立ち上がり、リーンベルを睨みつける。だがリーンベルはクスクスと笑うだけだ。
リーンベルは、アレクシエルがコウタを気にし始めてる事に察しが付いていた。
「わ、わかったわよ!! 買い物でも散歩でも食事でもなんでもいいわよ、さっさと行くわよっ!!」
「はい、ではお着替えをして行きましょう」
リーンベルは、山積みのスーツケースから着替えを選び始めた。
リーンベルが仕立てた赤を基調とするゴスロリ服に着替え、アレクシエルとリーンベルは町に出掛けた。ちなみにリーンベルは大人っぽいカジュアルな私服だった。
「あんたがそんな服を着てるの初めて見たかも」
「ふふ、私だって年頃の女性ですから、オシャレくらいはしますよ?」
「ふーん、そういえばリーンベルっていくつ?」
「22です。いくつに見えました?」
「ええと······」
アレクシエルが指を折って数え、両手で二〇回を超えた辺りでリーンベルから怖いオーラが出始めた。
「に、二〇歳くらいかな〜なんて、あははは······」
「あらあら、アレクシエル博士ったら」
冷や汗を拭い、話題を変える。
「ね、ねぇリーンベル、あたし甘いモノ食べたい」
「そうですね。では、ゼニモウケおすすめのカフェに入りましょうか」
いつの間にか、リーンベルの手にはゼニモウケの観光マップが握られていた。
アレクシエルの運動不足も兼ねて歩きで来たが、ゼニモウケは人間界の中心都市なだけあり人やお店がたくさんある。
すれ違う冒険者グループや、馬車に乗る商人、路上でアクセサリーを売る露天商や、テントのような場所で食べ物を売る商人。見てるだけでも、ここが都会だとわかる。
そんなゼニモウケの中心街にある、オシャレなオープンカフェにアレクシエル達は入った。
ちょうど窓際の席が空いていたので二人で座ると、オシャレなウェイトレスが注文を取りに来た。
「あたし、フルーツパフェとハニーミルク」
「私はコーヒーを」
注文を終え、二人は世間話を始めた。
「ラボが完成する頃にはスゲーダロから研究資材や設備が届くわ。まずはコウタがくれた武具を修理してリーンベルにあげる。その後は新しい魔導車の設計と、コウタが帰って来たら本格的にトラックの研究と解明ね。くふふ、やる事いっぱいで忙しくなるわ」
「あの、武具はいつでもよろしいので」
「んーん、別に気を使ってるワケじゃないわ。簡単なのから片付けたいだけよ」
コウタがダンジョンで拾った伝説の武具である『冥闇銃ダスク・ウィンチェスター』は、人間界ではアレクシエルにしか修理できない。
「そういえば······一年ほど前に《勇者武具》の修理を依頼されたわね」
「はい、あの御方は私と同じ『七色の冒険者』の『橙』です。確かオレサンジョウ王国にある冒険者ギルド長でしたね」
「あぁ思い出した。確か王様のお気に入りの······ふん、どーせ王様が甘やかして譲渡したんでしょうね」
「確か、オレサンジョウ王国に保管してある武具の一つですね。今の勇者パーティーの身体に合わず、一つはドロドロに溶けて無くなったと聞いてます」
「そうそう、ふふん、過去のルーミナスの作った武具より、あたしの作った武具が優秀と証明されたようなモンね」
月詠が使った武具は、魔力を流し炎を発現させた瞬間に、ドロドロに溶けて無くなってしまった。そこでアレクシエルが再設計し、月詠専用にカスタムした『灼熱拳レーヴァテイン』が生まれたのだ。当然ながら溶ける事はない。
ここまで話すと、ウェイトレスがフルーツパフェとハニーミルク、コーヒーを運んできた。
アレクシエルは目を輝かせてかぶり付き、甘いハニーミルクをグビグビ飲む。
幸せそうに食べるアレクシエルを見て、リーンベルは微笑んだ。
食事が終わり一服していると、リーンベルが気が付いた。
「おや、あれは······ニーラマーナ殿?」
「んー? あ、ホントだ」
カフェから冒険者ギルドはすぐ近くなので、ギルドから出て来たニナにすぐ気が付いた。
深いスリットの入ったスカートに、大きく胸元の開いた服を着て、背中には装飾された槍を背負っている。
「むー······相変わらず色っぽいオネーさんね」
「はい、同性から見ても美しいと思います」
アレクシエルの視線はリーンベルの胸元へ。
服を押し上げる胸の膨らみ、キリッとまとめられた髪にワンポイントで入る紫のメッシュ、オシャレなメガネがアクセサリーにも見える。アレクシエルから見ればリーンベルも十分に美しい。
「恐らく、町の見回りでしょうね」
ニナはアレクシエル達の居るカフェに向かって歩いて来たので、リーンベルは軽く意識を向ける。
「ん?」
やはり、ニナは気が付いた。
まるで暗殺者のような勘の鋭さにリーンベルは驚きつつも、軽く会釈する。するとニナも会釈を返し、そのまま行ってしまった。
「さて、我々も出ましょうか」
「そーね。次は?」
「お買い物でもしましょう。何か欲しいものはありますか?」
「欲しい物·········コウタのトラック」
「買える物、です」
二人は、カフェを出て買い物へ向かった。
買い物を終え、両手に荷物を抱えた二人は馬車で『アガツマ運送会社』の前にやって来た。
「まだ基礎工事段階ですね」
「ま、そーでしょうね」
オフィスの裏では、何人もの建築作業員が働いてる姿が見える。ニナが紹介した建築会社は『休まず最速安心の建築』がウリなので、交代制で作業している。一月で完成というのも理解できた。
「むふふ、楽しみね」
「はい······」
これから始まる新しい生活に、二人は胸を踊らせた。