189・プラチナの煌めき③/ミレイナとグレミオ
サァ……と、ミレイナの背中が冷たくなった。
あのメモは、間違いなくミレイナが残した物。
姉の姿を見た瞬間、ミレイナは連れ帰られる事を悟った。なのでミューレイアに迫られてダイニングテーブルによろめいたフリをして、キッチンペーパーにポケットに入れておいたペンで書き殴ったのだ。
コウタなら、助けに来てくれる。
シャイニーなら、キリエなら、コハクなら、きっと来てくれる。そんな願いを込めて残したメモだった。
「ミレイナ姉さん、ボクはずっと見てたんだ。姉さんが助けを求めてメモを残したのもね」
「あ、あ………」
「…………メモ?」
グレミオの話を聞き、ミューレイアがようやく我に返る。
ジロリとミレイナを睨み、視線をグレミオへ移す。
「グレミオ、どういう事かしら?」
「ふふふ、ミューレイア姉さんは気が付いていなかったね。ミレイナ姉さんはあそこの人間達にメモを残していたのさ、自分を助けに来てくれるようにね」
「へぇ……面白いわね」
ミューレイアの目付きが鋭くなり、ミレイナを睨み付ける。
ゆっくりとミレイナに歩み寄り、そのまま思い切り頬を張った。
「あぐっ!?」
「ナメたマネを……ッ!! どうやら、お仕置きが必要ね」
「まぁ待ってよ姉さん、面白いのはここからなんだし」
グレミオは楽しそうに話を続ける。
頬を張られ、口から血を流すミレイナを歪んだ笑みで眺める。
「間違いなく、人間はここに来るよ。しかも『勇者』を連れてね」
「勇者?……ああ、先代の『天』であるお父様が死ぬ原因を作った存在ね? 『魔神器』のデータを盗み出し、己が物として力を振るってる……」
「そう、四天将の眷属も、その力で屠られた……くくく、そんな面白い奴等が来るんだ。こっちも迎えてあげなきゃ」
両手を広げ、謁見の間に居る全員にアピールする。
グレミオは楽しそうにしてるが、ミューレイアは冷めていた。
「バカね。いくら『魔神器』の力を持ってるとはいえ、コロンゾン大陸を超えるのは不可能よ。あそこを越えられるのは私達や四天将レベルだけ……モンスターのエサになっておしまいよ」
「くくく、ところがそうじゃないのさ……」
グレミオは指を鳴らすと、謁見の間にいくつもの魔方陣が浮かぶ。
するとそこには、ミレイナにとってはお馴染み、ゼルルシオン達を驚愕させる映像が映っていた。
『デコトラカイザー!! 配送開始!!』
ミューレイアは、驚愕していた。
映像に写されていたのは、トラックからロボットに変形したデコトラカイザーだった。
「な、何よこれ……」
「これが、今の人間の技術さ。これだけの力、そして現在の勇者が持つ『魔神器』……いや、確か『勇者武具』だったかな。奪って解明すれば、ボク達の技術向上、そしてこの『プライド地域』は七地域でも最強の力を得る事になる」
「………グレミオ、貴方まさか、このためにミレイナのメモを放置したのね?」
「ああ、そうさ。この映像もミレイナ姉さんを見つけたのもボクの部下……ふふふ、どうだいゼルルシオン兄さん、これでもボクは子供かい?」
ここまで黙っていたゼルルシオンは、ゆっくりと口を開く。
「ふふ、大したものだグレミオ。流石はオレの弟だ」
「………で?」
「この件、お前に任せよう。四天将と魔術・魔騎士部隊の総指揮権をお前に渡す。人間の乗り物を捕獲し、勇者が持つ人間製の『魔神器』を回収しろ。見事完遂すれば、お前をオレの後継者として認めよう」
「な、に、兄様っ!?」
「ありがとうございます、ゼルルシオン兄さん。いえ……天魔王ゼルルシオン様」
驚くミューレイア、最敬礼でゼルルシオンに応えるグレミオ。
話が終わり、ゼルルシオンは立ち上がる。
「では、後は任せたぞ」
今だ床に倒れるミレイナを、最後まで見ることは無かった。
謁見の間から出たミューレイアは、ミレイナなど眼中に無かった。
「グレミオ!! 貴方……これが狙いだったのね!!」
「さぁね~、でもまぁ、兄さんの言質は取った。ミューレイア姉さん、ボクに従ってもらうよ」
「ふざけ」
「ま・さ・か、ゼルルシオン兄さんの言葉に逆らうのかい? 兄さんが言ったの聞いてたでしょ?……『この件、お前に任せよう』ってさ」
「ぐ……」
「くくく、魔術・魔騎士部隊、そして『獣魔四天将』の指揮権。ミューレイア姉さんが最も欲しがってた、ゼルルシオン兄さんの右腕だ。不本意だけど、これでボクは兄さんの傍にずっと居なくちゃいけないのかぁ……」
「グレミオ、貴様!!」
「おーっと、そんな口聞いていいのかな? 総指揮官のボクは姉さんを降格処分にする事も出来るんだよ? 総指揮官権限を使ってさぁ……」
グレミオは優しく、脅すようにミューレイアの頬を撫でる。
端から見ると仲のいい姉弟だが、雰囲気は最悪だった。
グレミオは、真っ青になり俯くミレイナに優しく声を掛ける。
「ミレイナ姉さんは、暫くはまたメイドとして働いてもらおうかな。ああ安心して、勇者と姉さんのお友達は、捕らえたらちゃーんと会わせてあげる。そ・れ・と………」
グレミオは、ミレイナの耳に顔を寄せ、囁いた。
「今回の件、全て終わったら……姉さんの初めてをいただくよ。くくく、ぜーんぶキレイさっぱり精算して、まっさらになったミレイナ姉さんを、ボクのモノにするから。それまでは大人しくしてなよ?」
甘く吐かれたのは、猛毒だった。
思わずミレイナはグレミオを突き飛ばす。
「おっとっと、痛いなぁ……ま、いいか。今日はゆっくり休んで、また明日から頑張ってね」
グレミオが指を鳴らすと、近くに居たメイドがミレイナを連れて行った。
「じゃ、行くよミューレイア姉さん。四天将を含めてさっそく会議だ」
「…………チッ」
グレミオは、楽しそうに歩き出した。
ミレイナが案内された部屋は、机とベッドとクローゼットしかない簡素な部屋だった。昔、メイドをしていた時に与えられた自室とほぼ同じだ。
ミレイナはフラフラとベッドに向かうと、そのまま倒れる。
「·········」
ミレイナの頭には、最悪の事ばかり浮かんでいた。
獣魔四天将にミューレイア、そして精鋭部隊である魔騎士団と魔術部隊の総指揮権を得たグレミオが何をするか、想像するのは簡単だ。
恐らく、コウタは魔界へ来るだろう。
玄武王だけではない、災害級危険種や超危険種を何度も葬ったトラックなら、コロンゾン大陸を突破するのは難しくない。
それに、コウタは勇者パーティーと一緒だ。事情を知れば共に来る、ミレイナはそう思った。
だが、今回は流石に相手が悪過ぎる。
グレミオやミューレイアは災害級以上の強さを誇り、魔王直属の精鋭であるパイラオフ、ブラスタヴァン、アルマーチェもそれに匹敵する強さだ。いくら勇者パーティーが強くても、例え相手になったとしても、犠牲が出る可能性だってある。
それに、敵はグレミオだけではない。
「·········天、魔王」
ゼルルシオン。あの天魔王は、それらより強いのだ。
コウタやシャイニー達が、死んでしまう。
「いやぁっ!!」
ミレイナはベッドに顔を押し付ける。
考えれば考えるほど恐ろしい。
そして、思ってしまった。
「あんなメモ、残すんじゃなかった······」
自分のせいで、大事な人達が死んでしまうと。