188・プラチナの煌めき②/ミレイナとミューレイア
*****《ミレイナ視点・天魔王城》*****
ミレイナは、ミューレイアの後に続き歩いていた。
その後ろにはグレミオが続き、逃げ出すことなど不可能に近い。
するとミューレイアが立ち止まり振り返る。そして、ミレイナをジロジロ見ると息を吐く。
「まず、その見窄らしい身なりを整えないとね。天魔王である兄上に謁見するのに、そんな人間が着るような服を着て出るなんて、失礼極まりない」
「そうかな? ボクは似合うと思うけど」
「黙りなさい……」
ミューレイアは指を鳴らすと、どこからともなくメイド服を着た数人の少女が現れた。
そのメイド達の顔を見てミレイナの表情が変わる。
「この子を風呂へ、そして着替えを」
「畏まりました」
「あ、じゃあボクも」
「貴方は私と来なさい」
「うぇ~………」
先ほどの殺し合いなど日常茶飯事なのか、グレミオはミューレイアと共に去った。
すると一人のメイドがミレイナに話しかける。
「それではこちらへどうぞ。ご入浴とお召し物の支度をさせて戴きます」
「はい」
メイドの何人かは先に行き、ミレイナは短い茶髪のメイド少女の後に続く。
そして何度か通路を曲がり、小部屋の前に着くとそのまま中へ。
「では、お召し物を」
「……はい」
そこは脱衣所、そして簡易入浴設備。
主にこの天魔王城に住み込みで働くメイドが使う小さな入浴設備だった。中には誰もおらず、メイド少女とミレイナの二人きり。
ミレイナは服を脱ぎ裸になると浴室へ。そしてメイド少女も一緒に中へ。
「………ミレイナっ!!」
「バレッタ……久し振り」
すると、メイド少女のバレッタはミレイナに抱きついた。
ミレイナもわかっているのか、抵抗せずに抱きしめ返す。
「良かった、ホントに良かったよぉ……転移魔道具を使って逃げ出したって、死んじゃったって聞いて……でも人間界で見つかったって、それで噂になって」
「お、落ち着いてよ、それに今、私はだか……」
「あ、ごめん。とりあえずお風呂入ってよ。使い方覚えてる?」
「うん、大丈夫」
メイド少女・バレッタは、ミレイナのかつての同僚。
この城でメイドをしていた時に、一番仲良くなったメイド仲間だ。
ミレイナはシャワーで身体を洗い流し、髪も丁寧に濯ぐ。シャンプーやリンスは無いが、湯で洗うだけでミレイナの髪はキラキラと輝いた。
「はぁ~、相変わらずキレイだねぇ~」
「ちょ、見ないでよ。というか出てって!!」
「ダーメ、こう見えてミューレイア様にあんたの世話を任されたんだから」
「もう……」
ミレイナは苦笑し、身体を洗い終える。
脱衣所で身体を拭いて、準備してあった服に着替え終わった。
「ミレイナ、何があったの? 噂じゃ脱走したとか言われてたけど……」
「ちょっと、その……」
ミレイナは再び苦笑した。
まさか、実の弟に乱暴されかけて逃げだし、隠れた魔道具倉庫にあった転移魔道具を起動させたなんて、知り合いだからこそ言いにくかった。
「ま、いいわ。ゼルルシオン様に報告したら、またメイドとして一緒に働けるみたいだし、あたしは嬉しいわ」
「あ……………う、うん」
バレッタだけじゃない。この城にはミレイナが世話になった魔族がたくさん居る。
ミレイナがゼルルシオンやミューレイアの妹だと知っても、誰もミレイナを差別したり揶揄したりしなかった。このバレッタも一人の友人として、ミレイナに接してきた一人である。
だけど、ミレイナの中には別の光景がよぎる。
コウタ・シャイニー・キリエ・コハク・しろ丸との思い出。人間界をトラックで走り、いろいろな町を巡り、笑い合った光景。
「ミレイナ……?」
「え、な、なに?」
「…………」
バレッタは、ジッとミレイナを見つめた。
そして、小さく息を吐くと、そっとハンカチを差し出した。
「涙、拭いなさい……」
「あ………」
ミレイナは、ずっと堪えていた。
バレッタと出会い安心したのか、貯めていた涙が決壊した。
「全く、やっぱり何かあったのね?……話、聞いてあげる」
「……うん、うん……あのね」
バレッタはミレイナを抱きしめると、プラチナの髪を優しく撫でた。
だが、話を聞いてる時間は無かった。
あまり時間を掛けすぎると、ミューレイアが何を言い出すかわからない。それに、ミューレイアとグレミオは、多忙なゼルルシオンに謁見するために、手続きを行っているはず。もしミレイナが遅いせいで遅刻でもしたら、ミレイナだけではなくバレッタも責任を取らされるかも知れない。
今回のゼルルシオンの報告は、あくまでも形式。
『魔王族』に認められていないとは言え、ミレイナはゼルルシオンの妹でありミューレイアの妹。
ミレイナが生まれる前から『天魔王』であったゼルルシオン。『魔王族』に認められていない『変異種』とはいえ、弟グレミオがミレイナを歪んだ性に満ちた瞳で見ているとはいえ、報告の義務はあるとミューレイアが判断した。
バレッタはミレイナが泣き止むのを待ち、後ほど必ず話を聞くと約束した。そしてミレイナを連れてゼルルシオンが待つ『謁見の間』へ連れて行く。
するとそこにはすでに、ミューレイアとグレミオが居た。
ミューレイアは苛立ちを隠そうとせず、ミレイナの身体を上下じっくり確認……そして、洗ったおかげで輝くようなプラチナの輝きの頭髪を見て、更に不機嫌になった。
「………チッ、遅い」
「も、申し訳ありません。ミューレイア姉様」
「ぷ、くくくっ」
グレミオはミューレイアの苛つきを正確に理解し、嘲笑。それを見たミューレイアが再び殺気を露わにするが、グレミオが謁見の間の扉を親指で刺すだけで殺気は霧散した。
「………行くわよ」
グレミオを睨み、ミューレイアは扉の前に立つ。すると扉の前に立つ魔族が、ゆっくりと扉を開けた。
謁見の間は豪勢な造りで広い。そして一番奥の王座に、一人の男が座っていた。
ミレイナと同じ輝きを持つプラチナのショートヘア、一〇人中一〇人が振り向くであろう甘いマスク。だが凜々しくも力強い瞳には、不思議な温かさが感じられる。
着ている服も高貴さを感じる黒と銀の礼服で、男性の雰囲気と合わせて一枚の絵画のような美しさを放っていた。
彼が魔族最強の七人の一人、『天魔王ゼルルシオン』
外見は二〇代半ばほどだが、実年齢はもっと上だろう。
「…………」
ミレイナは、男性を見た瞬間に理解した。
この人は、自分の兄であると。
「兄様、お忙しい中時間を作って戴きありがとうございます」
ミューレイアが、色っぽい女の目でゼルルシオンに話しかける。するとゼルルシオンは優しい声色で言った。
「構わないさ、それよりミューレイア……少し痩せたか? ちゃんと食事は取っているか?」
「え、あ、その……はい、食べています」
「そうか。もう少し時間が取れれば兄妹で食事も出来るんだが、何分忙しくてな」
ゼルルシオンは優しく苦笑し、ミューレイアは顔を赤らめる。
その様子を見たグレミオは、ニヤニヤしながら切り出した。
「あの~、盛り上がってるところ悪いんだけど、ちょっといいかい?」
「おっと、すまんなグレミオ。お前も久し振りだ、今度稽古を付けてやろう。少しは強くなったか?」
「……はぁ~、いつまでも子供扱いしないでくれよ、ゼルルシオン兄さん」
グレミオは頭を掻きながらイラついたように言う。
ミレイナは、これが照れではなく本当にイラついてるというのがわかった。
ミューレイアはうっとりして話にならないので、代わりにグレミオが言う。
「えーと、人間界にいたミレイナ姉さんを連れ帰りました」
「………そうか、ご苦労」
「………はーい」
グレミオは目を細めてゼルルシオンを観察した。
面白いくらい、ゼルルシオンはミレイナに関心が無い。
視界にすら入っていないのか、興味の欠片すら見せない。それが返ってグレミオには不自然に感じた。
「それで、どうします?」
「任せる。話はそれだけか?」
「………」
興味が無い、というよりは関わりたくない、いや……遠ざけようとしている。グレミオはそう判断し、その理由を探ろうとした。
そのためのカードは、すでに準備してある。
「あと、ミレイナ姉さんを取り戻しに、人間界から刺客が来ると思われます。その対策を取りたいのですが」
「え……」
ミレイナの視線が、グレミオに向いた。驚きと恐怖、そして愕然とした表情で。
そんな表情をするミレイナに、グレミオはニヤニヤしながら告げる。
「ミレイナ姉さん、あのメモ、ボクが気付かないとでも思った?」