185・トラック野郎、迷いの森
デッドマン樹海へは順調に進んでいる。
補給などはしなくていいので、村や町はスルーしての移動だ。宿泊は全てトラック、ただひたすら魔界へ向けて走り続ける。
俺はずっと運転しっぱなしなので、隣には常に誰かが座ってくれた。
「こうして話すのは初めてですね。改めまして自己紹介を、私はウィンクブルーと申します」
「ああ、俺はコウタだ。よろしくな」
シャイニーの妹であるウィンクが隣に座る。
確かによく似てる。聞いた話ではシャイニーが母親似でウィンクは父親似と聞いたが、目元はよく似ている気がする。
蒼い髪をお団子にまとめ、車内なのに軽鎧を着込んだ姿で助手席に座り、背筋をピンと伸ばして前を向いていた。
お堅い女騎士って聞いてたけど、マジみたいだ。
「えーと、なんか飲むか?」
「いえ、お構いなく」
会・話・終・了。
いや待て待て、流石にちょっとキツいぞこれ。
太陽やシャイニーみたいにベラベラ喋るのと違うし、キリエや煌星みたいな静かだけどフンワリした空気とも違う。
もしかして俺って嫌われてんのかな?······いやでも、こうして話すのは初めてだし、自意識過剰かも。
「コウタ殿」
「うおっ!? あ、は、はい!?」
不意打ちに近い一撃だ。
おいおい騎士にあるまじき行為だぞ、ちくしょう。
「コウタ殿、貴殿には礼を言わねばならない」
「え?」
「姉上が世話になっている件と、アルルの件だ。冒険者を解雇された姉上を雇い、孤児のアルルをウツクシーまで運んでくれた。騎士として受けた恩は返さなければならない。私に出来る事があれば何でも言ってくれ」
「·········あ、ああ」
かってぇなコイツ。ガチガチの堅物だ。
受けた恩とか騎士としてとか、現実で言うヤツを初めて見た。
「まぁ、今回同行してくれるだけでありがたいよ。魔界なんて物騒な場所を進むんだ、戦力はいくらでも欲しいからな」
「では、我が槍で恩を返そう。貴殿の安全とミレイナ殿の奪還、この槍に掛けて成し遂げてみせる」
「ああ、よろしくな」
いちいち堅いなコイツ、もっと力抜けばいいのに。
次に隣に座ったのは、ゆるふわウェーブ巨乳少女の煌星だ。
そういえば、割と初期に知り合ったのに、二人で話すのは初めてかもな。シートベルトに圧迫された巨乳が凄いですね、先程の温泉でも見たけど、とても十六歳とは思えない。
「おじ様、なにか?」
「いや、なんでもない」
ちょっと見すぎたかな。
女の子って視線に敏感らしく、男が何処を見てるかなんてすぐにわかるそうだ。
「うふふ」
「あ、あはは······」
うーん、この子は何処か末恐ろしいね。
とりあえず、話題を変えてみるか。
「えーと、煌星はお嬢様なんだよな? 太陽とはどうやって知り合ったんだ?」
「うふふ、太陽くんとは学校の屋上で出会いました。わたくし、お昼はいつも一人で食べていたんですけれど、わたくしのお弁当を見た太陽くんが目を輝かせて近付いて来たのがきっかけですね」
「べ、弁当?」
「はい。家のシェフが作った三段重ねの重箱です。栄養管理された味気ない物ばかりで······わたくし、一度でいいから購買の焼きそばパンを食べてみたかったのですが、現金を持たされていなかったし、友人もおりませんでしたので」
「ええと、煌星の家ってお金持ちなのか?」
「まぁ······日本の五指に入る程度は」
マジかよ、絵に描いたようなお嬢様じゃん。
そう言われてみれば、気品を感じるような気がする。
「学校で友人というものは作れませんでした。皆さん、延寿堂家の名前を聞くだけで遠巻きにして······でも、太陽くんと月詠ちゃんだけが、わたくしを煌星として見たくれたのです」
煌星は嬉しそうに微笑んだ。
うーん、やっぱり可愛いね。お嬢様というか恋する少女だな。
「太陽くんから貰った焼きそばパン······美味しかった」
煌星は、思い出を反芻するように呟いた。
そんなこんなで、ようやくデッドマン樹海へ到着した。
到着と言っても、現在位置はデッドマン樹海を見下ろせる崖の上で、眼下に広がる広大な森を見てげんなりしてる。
「あの、見渡す限り森なんだけど」
『総面積一四〇〇〇平方キロメートル。社長に理解可能な例えですと、日本にある福島県よりやや大きい森です』
「おいおいマジかよ······要するに、福島県を突っ切るようなモンか?」
『肯定。ただし迂回等もありますので実際は』
「あーもういい、とにかく案内頼むぞ」
『畏まりました』
山を降りてすぐに樹海に入った。
見た目は普通の森だが道なんてない、藪や枝を踏み砕きながら強引に進む。だがレベル一〇〇まで上げたトラックのタイヤはこの程度でパンクするほどヤワじゃない。
『社長。周辺の木々に『グリンマンキー』の反応あり。迎撃を』
「はいよ、じゃあ【機銃】展開」
フロントガラスには、木々を飛び跳ねながら移動するオランウータンみたいな猿が写っていた。しかも手には石を持ち、トラック目掛けて投げつけてくる。
何もしなければ見逃してやったが、明確な敵意があるとやらざるを得ない。
「よっ、ほっ、よっと」
『キキィッ!?』『ウギャっ!!』『ギャウッ!?』
機銃で撃ち落とされたオランウータンは地面をゴロゴロ転がる。イタズラ程度だし殺しはしない。
全てのオランウータンを撃ち落とし、トラックは森を進む。
以前ならビビっていただろうが、今は冷静に対応出来る。やはりダンジョンでの経験は俺に度胸を与えてくれたのだろう。
『兄さん、調子ええやないか』
『なうなうー』
「ふ、まぁな」
助手席の座布団に転がるしろ丸と、転がるしろ丸を上手く躱すカイム。なんか仲良くなってるな。
『人間界の森はようわからへんが、なんやここ······気味悪いわ』
『なおーん』
俺は手を伸ばしてしろ丸をモフモフすると、しろ丸は気持ち良さそうに鳴く。ついでにカイムの頭も指でウリウリと撫でた。
「特殊な磁場があるらしいけど、トラックのナビゲーターは優秀だからな、特に問題ない」
『社長。そのまま三〇〇メートル前進後、進路を北西へ』
「はいよ」
タマのナビゲートは何よりも信頼出来る。
強いて言えば、路面が最悪でガタガタ揺れるくらいかな。
『兄さん、あの巨人にはならへんの?』
「ああ、今は必要ないしな。コロンゾン大陸に入ったら嫌でも出番はあるだろうよ」
『そりゃ楽しみや。あのフレーズヴェルグの姐さんを倒した乗り物や、さぞかし強いんやろなぁ』
『うなー』
俺の膝上に来たしろ丸をモフモフすると、しろ丸は気持ち良さそうに昼寝を始めた。するとカイムは俺の肩へ。
『うーん、ホンマに別モンやなぁ。あの凛々しいオオカミはんは何だったんや?』
「可愛いからいいだろ、むしろ俺はこっちのがいい」
『はぁ。そうや、よかったらワイが身体の縮め方教えましょか? たぶんやけど、しろ丸はんは身体を縮める際、そのまんま縮めとるから思考能力も低下してまうんや。思考能力や知識はそのままで、このサイズまで身体を縮めるコツなら教えられるで』
「いやダメだ、しろ丸はこのままでいい」
『は?』
だって、この姿であの低いダークボイスで『我』とか聞きたくない。フワフワフカフカの姿で『なおー』ってデブ猫みたいに鳴くしろ丸が一番可愛い。
「いいか、教えるなよ、絶対だからな」
『は、はぁ······わかりました』
首を傾げるカイムを置いて、トラックは森を進む。