183・プラチナの煌めき①/ミレイナと獣魔四天将
*****《ミレイナ視点・天魔王城》*****
時間は戻り、ミレイナが攫われた直後。
実弟グレミオに拘束され、プライド地域最強の魔術師である実姉ミューレイアの転移魔術でミレイナはプライド地域首都ヒュブリス・天魔王城へ戻ってきた。戻ってしまった。
「さ、ここまで来たら諦めるしかないよ、ミレイナ姉さん」
「…………」
グレミオはミレイナに肩を寄せ、その美しいプラチナの輝きを放つ髪を弄る。
その光景を見ながら、ミューレイアは眉を寄せる。
「グレミオ、まずは兄様に報告よ。脱走したミレイナを連れ戻したとね」
「はいはい、別にしなくてもいいと思うけどなぁ」
「ダメよ」
「ちぇー、ミレイナ姉さんが帰ってきたのは嬉しいけどさ、兄さんに報告したところでどうなるのさ? だってミレイナ姉さんは『魔王族』に認められてないし、兄さんだって気にしてなかったじゃないか」
「ふん、そんな事はわかってる。でもね……」
「あぐっ!?」
ミューレイアは、ミレイナの長い髪を掴み引っ張る。
シュシュが千切れて床に落ちた。
「このプラチナの髪を持つ以上、たとえ認められなくてもこの子は『魔王族』なのよ……」
「ああ、くくく、そういう事ね、あははははっ!!」
グレミオは、心底可笑しそうに笑う。
それを見たミューレイアは眉間にしわを寄せ、グレミオを睨み付けた。
「何が可笑しいの……?」
「いやぁ、ミューレイア姉さん、ミレイナ姉さんが羨ましいんでしょ?」
「…………なに?」
クックックとグレミオは笑い、邪悪な笑みを浮かべる。
それはまるで、実の姉を嘲笑するかのような醜い笑みだった。
「ボク知ってるんだよねぇ……ミューレイア姉さんが、ゼルルシオン兄さんを愛してるってこと。要はさ、ミレイナ姉さんをダシにして、多忙な兄さんに会う口実が欲しいだけでしょ?」
「………」
ザワリと、ミューレイアからドス黒い魔力が溢れる。
殺気が充満し、通路の窓に亀裂が入る。だがグレミオは止まらない。
「そして何より許せないのが……ミレイナ姉さんの髪」
「………え?」
髪を掴まれたミレイナは、思わず姉を見た。
「ボクやミューレイア姉さんも魔王族としての白金色の髪を持つけど、ゼルルシオン兄さんほどの美しさは無い……そう、ゼルルシオン兄さんに釣り合うほどの美しいプラチナの髪を持つ、ミレイナ姉さんに嫉妬してるんだよね? だから昔からミューレイア姉さんはミレイナ姉さんが気に食わなかったんだ」
次の瞬間、グレミオを黒い炎が包み込んだ。
瞬間、ミレイナはグレミオに突き飛ばされて床を転がった。
グレミオの身体を黒炎が包み込むが、ミレイナは歪んだ笑みを浮かべたままのグレミオを見た。
そしてグレミオの姿が完全に炎に包まれた瞬間、ミレイナは聞いた。
「ヒドいなミューレイア姉さん、実の弟を焼き殺す気かい?」
黒炎が弾け、そこには無傷のグレミオが居た。
ミューレイアは殺気を出したまま全身に魔力を滾らせ、グレミオは小さく息を吐き、仕方ないと言った感じで腰の剣に手を伸ばす。
「止めろ」
だが、突然割り込んだ声に姉弟の動きはピタッと止まった。
「ここは天魔王ゼルルシオン様の居城、ここで暴れるという事は謀反と見なし拘束せねばならん。たとえお前達がゼルルシオン様の姉弟でもな」
そこに立って……いや、仁王立ちしていたのは『武人』だった。
青い髪に龍を思わせる巨大なツノ、全身を覆う鋼の筋肉、龍の皮を使い作られた胴着を着た、二メートルを超える身長の男だ。
「やだなぁブラスタヴァン、ちょっとしたじゃれ合いさ。ネコのケンカのがよっぽど危ういレベルのね」
「ふむ、お前はそう思っていても、姉は違うようだが」
「………」
ミューレイアは、再び殺気を纏わせ始める。
「ああ~……ホントに面倒だな。ミューレイア姉さんにとってゼルルシオン兄さんの話題は地雷だね」
「グレミオ、ちゃんと謝れ」
「は~い、ミューレイア姉さん、申し訳ありま」
グレミオがそこまで言いかけた瞬間、グレミオの真上から雷が落ちてきた。
ミューレイアが詠唱を行わず、一瞬で発動した魔術だった。
「…………」
「…………」
グレミオの顔が怒りに歪み、ミューレイアの顔は笑みに歪む。
一触即発の空気を押さえたのは、またしても別の乱入者だった。
「はいはいおしまいおしまい、なーにやってんのさ」
白い肌に短めの白髪、真っ赤な瞳を持つ女。頭頂部には白い猫のような耳がピンと立ち、臀部の辺りからは白と黒の模様の尻尾が生えている。年齢は一〇代後半ほど、子供っぽい笑みを浮かべた少女。
「今度はパイラオフか、じゃあアルマーチェもいるのかな?」
「あのお嬢ちゃんなら部屋で寝てるよ。とにかく、こんなところでやめなよ、グレミオもミューレイアもさ、ほらほら」
パイラオフはトラ耳とトラしっぽをピコピコ動かしながら、グレミオとミューレイアの間に割って入る。
パイラオフのフワッとした雰囲気に、ようやく二人は殺気を収める。
「グレミオ、これからはつまらない事を言わないようになさい………命が惜しければね」
「はーい」
ミューレイアは、ミレイナの傍まで来ると冷たい目でミレイナを見下ろす。
「立ちなさい、兄様に報告するわ」
「は、はい……」
ミレイナは立ち上がると、ミューレイアの後に続き歩き出す。
その後ろにはグレミオが続き、パイラオフとブラスタヴァンは見送った。
三人の姿が消えた後、パイラオフは言う。
「まーったく、歪んだ姉弟だねぇ」
「言うな、あれはもうどうにもならん」
「だよねー、それにあの……ミレイナだっけ? 確か脱走したとか?」
「そうだ。宝物庫の転移魔道具を起動させ、人間界に転移したらしい」
「ふーん……」
「正確には、グレミオに襲われて宝物庫に逃げ込み、逃げるために発動させたらしいがな」
「ははぁ、あのお坊ちゃん、血の繋がった姉を肉欲の対象にしてるのかぁ。歪んだ性欲から逃げ出したお嬢ちゃん……可哀想だねぇ」
「ああ、どのみち『魔王族』とは認められていなかったんだ。わざわざ探し出さなくともよかった気もするが……」
「どうせお坊ちゃんの命令だったんじゃない? 諜報員が見つけ出したらしいじゃん?」
「そうだな……」
ふと、会話が途切れた。
するとブラスタヴァンは歩き出し、その後をパイラオフが続く。
「ま、見つかったんならそれでいいか。どーせまたメイドか、今度こそお坊ちゃんの性欲の捌け口だろうしね」
「………」
ブラスタヴァンは、何も言わなかった。