182・トラック野郎、コロンゾン大陸へ出発
玄関前に全員が並び、アレクシエルの激励をみんなに伝えた。
「ふん、あの赤毛……アタシの武具を触ろうと」
「あのな、それぐらい見せてやればいいだろ」
「イヤよ。この双剣は可愛い妹と父親からのプレゼントなの、そう簡単に他人には触らせないわ」
「妹ねぇ……」
俺は『可愛い妹』のくだりで照れてるウィンクを見た。
ウィンクとシャイニーのやり取りや、ニナとシャイニーの和解の話は聞いた。素直に良かったと思えるし、これでミレイナが攫われていなければもっと良かったのに。
「シャイニー、これからはお隣さんになるんだから、あんまりケンカすんなよ?」
「それはアイツの態度しだいね」
「シャイニー、あなたはアレクシエルより年上なのですよ? もう少し」
「うるさいうるさいうるさーい!! そんな事より出発でしょ!? さっさと行くわよ!!」
俺とキリエは顔を見合わせて苦笑する。
すると、しろ丸を抱えたコハクが俺の隣に立つ。
「シャイニーの武具、強くてかっこいい。わたし、ゾクゾクした……負けられない」
「も、模擬戦は全部終わったらな?」
「はい、ご主人様」
『なおー』
コハクはコハクで燃えている。
シャイニーの武具が勇者と同じ武具なのに仰天したが、それはどうでもいいのか、ライバルが自分と同じ力を手に入れたことを喜んでいた。それにもし武具が壊れても、ご近所になるアレクシエルに直して貰えばいいしな。
というか、武具を造れるのは『ルーミナス』だけなのに、なんでゴンズ爺さんは武具を造れたんだろう?
「よーし、行こうぜおっさん!! 目指すはコロンゾン大陸、そんで魔界にあるプライド地域だ!!」
「正確にはプライド地域にある都市『ヒュブリス』ね……まさか、魔王の地に向かうことになるなんて」
「本来なら、わたくし達が武具を完全に使いこなした後……およそ三年後にコロンゾン大陸攻略を始める予定でしたわね。成り行きとは言え、この世界に来て一年も経過してないのに向かうことになろうとは」
「しかも、こんなカワイイ情報提供フクロウと一緒だしね~」
「本当に、何があるかわかりませんね」
クリスの肩にカイムは停まり羽ばたく。
『あ、あの~……ホンマに頼んまっせ。ワイは戦闘能力皆無なんや』
「カイムなだけにか。ははは、いいこと言うじゃないか」
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
俺以外の従業員、勇者パーティーの魂がシンクロした瞬間だった。
全員が無言でトラックに乗り込み、俺は一人取り残された。そして俺の肩に停まるカイムと足下で見上げるしろ丸。
「…………」
『兄さん、さすがにないで』
『うなーお』
あれ、なんか涙が……ははは、さっさと出発しよう。
涙を拭き運転席に座ると、助手席にはシャイニーが座っていた。
俺は持っていたしろ丸を離すと、しろ丸はそのままシャイニーの太股を枕にして大人しくなり、シャイニーはフカフカとしろ丸を撫でる。
「さ、行くわよ」
「ああ」
エンジンを掛けて出発。
肩に停まっているカイムは俺の胸ポケットに潜り込むと、そのまま昼寝を始めた。
「タマ、コロンゾン大陸までのルートは?」
『ゼニモウケ西の《デッドマン樹海》を超えた先になります』
「デッドマン樹海……はぁ、やっぱそこ通るのね」
「知ってんのか?」
「入ったら最後、脱出不能の迷宮の森よ。モンスターこそ大した事無いけど、何より厄介なのはその森の特殊性……魔術が掛かってるのか、方向感覚がおかしくなったり、付けていた目印が消えていたりと、おかしな事ばかり起こる森ね」
『デッドマン樹海は特殊な磁場に覆われた森ですが、トラックのセンサーとナビならば問題なく進めます。人間界からコロンゾン大陸へ侵入するルートで最も安全なルートです』
「安全ねぇ……」
問題は、その先なんだよなぁ。
ぶっちゃけ、どのくらいコロンゾン大陸がヤバいのかピンと来ない。
「あのさ、コロンゾン大陸ってどんくらいヤバいんだ?」
「………冒険者にとっては最悪の魔境にして最高のお宝が眠ってるって噂よ。誰も入った事の無いダンジョンや、大昔の財宝が眠る城、どんな病にも効く薬とか……いろんな伝説があり、それを求めてコロンゾン大陸に向かう冒険者はごまんと居たわ………誰も戻って来なかったけどね」
「わぁお……」
「出てくるモンスターは最低でも超危険種。超々危険種や災害級危険種なんてザラ、超危険種が群れで襲ってくるなんて事もあったとか……」
「…………」
「ここを横断できたのは、大昔の勇者パーティーだけらしいわ」
聞けば聞くほど恐ろしいな。
というか、ミレイナ救出に頭がいっぱいで考えてなかったが、かなりヤバくね?
たぶん、今まで超えてきた難所よりも危険なのは間違いない。
だが……今の俺には自信があった。
「ま、俺に任せろ。新しい力を得たのはお前だけじゃ無いって事を教えてやる」
「………ふーん」
おい、なんでそんなに胡散臭そうな目で俺を見る。
ゼニモウケを出てしばらくのんびり運転していると、しろ丸をフカフカしながらシャイニーが聞いてきた。
「あんた、随分とやる気だけど、何かあったの?」
「ん?……そりゃミレイナは大事な従業員だしな。当然だろ?」
「今までのアンタだったら、絶対に渋ると思ってた。でも、ミレイナが魔王に攫われたってわかった瞬間に『助けに行く』なんて言うから驚いたのよ」
「ま、今までとは事情が違うからな」
今まで渋ったのは、己の身に明確な危険が降りかかりそうだったからだ。
今回もそれはあるが、重要なのはそこじゃない。俺ではなく従業員の身に危険が迫ってる。
シャイニーやキリエの時とは違う、明確な危険が。
「お前やキリエみたいに、自分の足で立ち向かえるならそれでいい。怖いけど俺だって一緒に行く。でも今回は違う。ミレイナの意思じゃない明確な悪意でミレイナが攫われた……従業員のピンチに、社長が立ち上がるのは当然だろ」
「………へぇ、てっきりアタシはミレイナの事が好きなのかと」
「当たり前だろ。ミレイナだけじゃない、お前やキリエ、コハクだって大事な従業員だ。俺は好きだぞ」
「す、好きね……うん、その、アタシも好きよ」
「ああ、みんなミレイナが大好きだ。だからこうして危険でも進んでいける」
「そ、そうね………うん」
なぜかこっちを見ようとしないシャイニー。
助手席の窓を開けると、蒼い髪が風に揺れる。
「シャイニー、目的はミレイナの奪還だ。でも、もしかしたら」
「戦闘、でしょ? 望むところよ」
カイム曰く、魔王城には『獣魔四天将』の三人とミレイナの姉と弟、そして魔王がいる。
つまり、六人の超バケモノと戦う………死ぬなこりゃ。
こっちの戦力は、勇者パーティー五人とシャイニー・コハク。キリエとクリスは後方支援だから闘えない。俺も入れて前線メンバーは七人か。うーんどうなるんだろう。
とにかく、玄武王を完全攻略した俺も戦える。
デコトラカイザーの力、見せてやるぜ。
今回、俺は全力で戦うつもりだ。
ミレイナを助けるため、日常に戻るため。
敵の数は六人、そう思っていた。
だけど違う。
カイムですら知らなかった七人目、俺はそいつと全力で戦う事になる。
しがない運送屋の俺が魔界最強の敵と戦う事になるとは、この時は思わなかった。