179・トラック野郎、勉強会
人がたくさん集まっているが、パーティーなんて雰囲気じゃない。本来ならダンジョン帰還と仕事達成、アレクシエルとリーンベルさんの歓迎で大いに盛り上がれるはずだった。
アレクシエルとシャイニーのじゃれ合いのおかげで少しは明るい雰囲気になったものの、ミレイナが居ないことに変わりない。
俺とキリエは簡単な夕食を作り、みんなに振る舞う。ちなみにメニューはサンドイッチだ。
会話も弾まないまま夕食を食べているが、さっきからアレクシエルとシャイニーがやかましい。
「ねぇあんた、武具を見せてよ」
「嫌よ。なーんでアタシの愛剣をアンタに見せなきゃいけないのよ」
「べつにいーでしょ? 減るもんじゃないし」
「い・や。どうしても見せて欲しいなら誠意を見せなさい」
「あ?」
「なによ?」
「あーもうやかましい!!」
俺はついにキレた。
普段は温厚な俺だが、こうもやかましいと頭にくる。
「社長の言うとおりですよ、シャイニー。そちらのお嬢さんに見せてあげてもよろしいのでは?」
「嫌よ」
キリエのフォローも虚しく、シャイニーはサンドイッチを齧りカフェオレで流しこむ。
食べ終わると立ち上がり、コハクに声をかけた。
「コハク、食べたら付き合って。身体を動かしたいのよ」
「いいよ。行こう、しろ丸」
『うなーお』
コハクは、サンドイッチを頬張りながら立ち上がり、しろ丸を抱えてシャイニーと外へ出た。
「コウタ社長、少しいいか?」
「ああ」
ニナとリーンベルさんだ。
二人の話は土地の譲り受けや住まい兼ラボの話で、ニナは信頼できる建築業者を紹介するために、明日はリーンベルさんと一緒に出かけるそうだ。当然だがアレクシエルとリーンベルさんはミレイナ救出に加わらない。
「コウタ様、こちらへ居候というお話でしたが、事情が事情なので遠慮させて戴きます。私とアレクシエル博士は町の宿へ身を寄せますのでお構いなく」
「……そうですか、それは申し訳ありません」
「いえ、それと土地の件ですが」
「あ、はい」
土地の権利書を出してリーンベルさんと交渉し、オフィス裏の一部を格安で売る事にした。それにしてもこの眼鏡美人秘書さん、何でもできそうだけど歳はいくつなのかな?
「ふふ、歳は秘密ですよ?」
「えっ······」
ジッと見すぎたのか、そんな事を言われた。
俺がわかりやすいのか、リーンベルさんが鋭いのか······この人、なかなか出来るな。
この日はアレクシエル達も勇者パーティーも泊まり(応接室やシャイニーたちの部屋に泊まった。空き部屋があと1部屋しかなかったため)、具体的な話は明日以降する事にした。
会社は再び長期休業となるが仕方ない。ニナの提案で現在残っている配達は冒険者ギルドで引き受けてくれた。もちろん報酬は発生したが、ダンジョンで手に入れた財宝を使って破格の値段で申し込んだ。それでも財宝は腐るほどあるから問題ない。
一度受けた仕事を放り投げるのは俺のプライドが許さないが、ミレイナと比べれば俺のプライドなぞ捨ててやる。
こうして、会社に残ってた配達は全て終わり、アガツマ運送会社は長期休業へ入った。
時間は、ミレイナ誘拐から三日ほど経過していた。
会社が落ち着き、ようやく話し合いを再開する。
ニナはアレクシエルとリーンベルさんを連れて建築会社へ向かったので、ここにいるのは勇者パーティーとアガツマ運送会社従業員だ。
「改めて勇者パーティーのみんな、協力に感謝する」
「水臭いぜおっさん、それにオレらはオレらの目的を果たすために同行するんだ」
「ええ、コロンゾン大陸から先の魔界は未知の領域、調査は必要だしね」
「もちろん、ミレイナさんの救出にも全力を注ぎますわ」
「うんうん、私達にまかせてよ」
「全力を尽くさせて戴きます」
ホントにこいつらいい奴らやで。
とにかく、作戦を決めなくては。
『こほん、フレーズヴェルグの姐さんが消えて眷属が全滅した今、ワイも死んだ事になっとるはずや。うひひ、これで大手を振って生きていけるっちゅーことや。美味いメシに酒ももろうたし、報酬分は働きまっせ』
カイムはごきげんなのか、テーブルの上で昼寝をするしろ丸の頭に留まると、パタパタと翼をはためかせる。
さっそくだが、カイムに確認しなくては。
「何から聞けばいいのか······まず、魔族ってなんだ?」
『難しい質問やね。そうやな······見た目は人間みたいな奴も居ればモンスター寄りの奴も居る。魔族っちゅーのは簡単に言うとモンスターの血が混ざった種族のことや。外見が異形に近ければ近いほど強大な力を持ち、体内に混ざるモンスターの種族でも強さが分かれる。中でもプライド地域最強の種族と呼ばれるのが『魔鳥族』『魔竜族』『魔虎族』『魔亀族』の四種族やね』
「わたし、魔竜族」
コハクの唐突なカミングアウトに、勇者パーティーは絶句した。確かにミレイナの正体を晒した以上、コハクの事も秘密じゃなくなるけど、空気を読んでくれよコハク。
「でも、わたしは血が薄いから人間と変わらない。ちょっと力が強いのと魔力があるだけ、あとツノくらい」
コハクはバンダナを外し、小さな二本のツノを見せる。
太陽達はやっぱり驚いていたが、カイムは話を続ける。
『ま、そうやな。魔族はモンスターの血が流れる種族と思えばええで。性格も人間とそう変わらんけど、中にはケンカっ早い奴も居れば種族の掟とやらに縛られてる種族もおる。特に『魔亀族』は気性が荒いから要注意や』
「ああ、玄武王か」
『バサルテスは暴れん坊やけど大した強うないで、玄武王になれたのも前玄武王が隠居して、その孫に当たるバサルテスが強引に跡を継いだだけや』
そんな経緯があったのか。
というか、あのレベルで大した強さじゃないっておかしくね?
『みなさんが目指すプライド地域は、魔虎族が多く生息する地域や。魔虎族は魔竜族と並んで戦闘に秀でた種族やから、戦いになったら逃げるべきやで』
「そんな必要ねーよ。オレが倒すからよ」
ま、太陽ならそういうと思ったぜ。
『中でも、魔虎族最強の女戦士であり『白虎王』と呼ばれてる女傑パイラオフには要注意や。ヤツは全魔族最高のスピードを誇り、気が付くと首が落ちてたなんて事もあるそうやで』
「怖っ、女の戦士で?」
『そうやで。しかもメッチャ美人のボインやで〜? 彼女を嫁にしようと何人もの魔虎族が挑んだが、未だ誰も触れることすら出来ないそうや』
美人のボインに俺と太陽は反応してしまい、女性陣から冷たい視線をもらってしまった。仕方ないじゃん、男の子だもん。
『プライド地域の首都ヒュブリスに、魔王城は存在します。魔王城には獣魔四天将や天魔王ゼルルシオンの直属である『姉弟』が守りに付いているため、何か作戦を考えないとあかんな』
「ええと、魔王を守ってる幹部が······」
『最低でも五人ですな。朱雀王アルマーチェ、青龍王ブラスタヴァン、白虎王パイラオフ、灰銀の暗黒騎士グレミオ、黎銀の魔術師ミューレイア、どいつもこいつもバケモンですわ』
よし、俺の『絶対に出会いたくないリスト』を大幅に更新しておこう。
すると月詠が質問した。
「あの、四天将はともかく最後の二人は?」
『その二人は天魔王ゼルルシオンの実の姉弟ですわ。それぞれがプライド地域最強の剣士と魔術師で、魔王の率いる軍勢の司令官でもあります。間違いなくミレイナはんの姉弟だと思いまっせ』
そういえば以前ミレイナは言ってたな、姉も弟も災害級危険種を遥かに上回る強さだって。
「とにかく、ヤバい連中が山ほどいるのはわかった。問題はどうやってミレイナを取り返すかだけど」
「社長、ミレイナはここで攫われました。つまりこっそり取り返したところですぐに居場所がバレるのがオチかと」
キリエの言うとおり、仮にこっそりとミレイナを連れ出してもここに魔族が来られたら最悪だ。もし暴れられでもしたらどうすりゃいい?
「じゃあどーすんのよ」
「方法は二つあります、まずは力ずくでミレイナを取り返し、魔王を屈服させるか」
「オレは賛成っ!!」
「ちょっと黙りなさい、太陽」
月詠に口を塞がれ、太陽はムームー唸る。
話を止められやや不機嫌になったキリエは、月詠に促され話を続ける。
「もう一つは······交渉するか」
「え、こ、交渉だと?」
「はい。魔王にお願いするのです、ミレイナを返してくれと」
「いや、無理だろ」
「ええ、ですから可能性です」
『う〜ん······天魔王と交渉かぁ、難しいちゃいます?』
「ではこうしましょう、まずはプライド地域首都ヒュブリスへ向かい、ミレイナがそこへ居るかどうか調べ、天魔王に交渉出来るかどうか判断しましょう」
『な〜る、ワイの腕の見せ所やな』
とにかく、俺達は魔界へ向かう。
攫われたミレイナを助けるため、魔王と交渉しなくちゃならない。いや、もしかしたら戦いになる。
でも今回は譲らない。俺だって男だ、やるときゃやるってところを見せてやる。
待ってろよ、ミレイナ。